月のウサギの模様は、何でできているの?
― 黒いところは、30億年以上前にあふれ出た溶岩の平原です
「月でウサギがおもちをついているよ」。子どものころ、そう教わった人は多いはずです。では、あの黒い模様は何なのでしょう。影でも、汚れでも、水でもありません。正体は、月の中からあふれ出て、冷えて固まった溶岩です。
11月の夜、塾の帰りに子どもと満月を見上げます。白く光る丸の中に、うっすらと黒い模様があります。
「ねえ、あの黒いのって何?」と聞かれました。「ウサギだよ」と答えると、「そうじゃなくて、本当は何なの?」と重ねて聞かれます。
大人もつい「影かな」「くぼみかな」とごまかしがちな質問です。実はこの問いには、月の40億年分の歴史がつまっています。
黒い模様ができた理由は、2つだけ
白いところは、月ができてすぐに固まった軽くて白い岩です。黒いところは、あとから中からわき出した溶岩が固まった、鉄を多くふくむ黒い岩です。色の違いは、岩の種類の違いです。
月の表面の「皮」は、地球に向いた側がうすく、裏側が厚いとされています。うすい側だけ、溶岩が地表まで届きました。だから模様は、私たちに見える側にばかりあります。
ひとつずつ見ていきましょう。まずは、黒いところがどうやってできたのかです。
巨大なくぼみに、溶岩が何億年もかけてたまった
月ができたばかりのころ、表面はどろどろにとけた岩でおおわれていたと考えられています。それが冷えるとき、軽くて白い鉱物が上へ浮かび、白い地面をつくりました。これがいまの月の白いところで、「高地」と呼ばれます。
そのあと、月には大きな天体がいくつもぶつかりました。直径数百kmをこえる巨大なくぼみ(盆地)が、あちこちにできたとされています。
さらにそのあと、月の内部で岩の一部がとけ、溶岩になりました。溶岩は割れ目を通って上がり、低い盆地にたまっていきました。図1のつまみを右へ動かすと、その様子が分かります。
溶岩の多くは、いまから約39億年前から31億年前ごろにかけて流れ出たとされています。何億年もかけて、少しずつ平原を広げていったのです。そのあとの30億年、月の顔はあまり変わっていません。私たちが見ているウサギは、恐竜よりはるか昔の「顔」なのです。
黒く見えるのは、溶岩が固まった岩(玄武岩)に鉄が多くふくまれるためです。光を吸いやすく、はね返す割合は白い高地のおよそ半分とされています。平らで目立つクレーターも少ないので、遠くから見るとのっぺりした黒い面になります。
黒いところは「静かの海」「雨の海」のように、海と名づけられています。昔の天文学者が、本当に水をたたえた海だと考えたからです。17世紀に月の地図をつくったイタリアの天文学者がつけた名前が、いまも使われています。実際には、水は一滴もない溶岩の平原です。
模様が「地球に向いた側」にばかりあるのは、なぜ?
月はいつも同じ面を地球に向けています(理由はこちらの記事で説明しています)。1959年、探査機が初めて裏側を撮影すると、研究者は驚きました。裏側には、黒い「海」がほとんどなかったのです。
表側では、面積のおよそ3割が海だとされています。裏側では、ごくわずかしかありません。月の顔は、表と裏でまるで別の天体のように違います。
大きな理由と考えられているのが、月の表面をおおう「皮」(地殻)の厚さです。図2を見てください。探査機で月の重力を細かく測ると、地殻は表側でうすく、裏側で厚いことが分かってきました。
とけた岩は、まわりの岩より少し軽いので上へ上がろうとします。ただし、上に乗った地殻が厚すぎると、地表までたどり着けません。うすい表側では届き、厚い裏側では届かなかった。これが、模様が地球側にかたよっている理由の、いちばん有力な説明です。
では、なぜ表側だけ地殻がうすいのか。ここはまだ答えが出ていません。熱を出す元素が表側に集まっていた説、裏側に大きな天体がぶつかった説などがあり、研究が続いています。
同じ模様を、ほかの国ではカニ、本を読む女性、ロバなどに見立ててきたといわれます。人の目は、ばらばらの形の中にも、顔や動物を見つけてしまうくせがあります。どれに見えるかは文化しだいですが、見ている岩はどこの国でも同じです。
まとめ
月の黒い模様は、巨大な衝突でできたくぼみに、月の中から溶岩が流れこんで固まった平原です。白い高地より鉄が多く、光をあまりはね返さないので黒く見えます。溶岩が地表まで出られたのは、地殻のうすい表側だけでした。そのため、模様は地球から見える側にばかりあります。
月のウサギは、30億年以上前に固まった溶岩の地図。
地球に向いた側だけ、月の中身があふれ出しました。
月がいつも同じ面を向ける理由は「月はなぜ、いつも同じ面をこちらに向けているの?」、月の満ち欠けは「月の形は、なぜ毎日変わるの?」で紹介しています。月や地球が丸い理由は「地球は、なぜ丸いの?」もどうぞ。
- 半月のころ、月の光っている部分と暗い部分の境目を、双眼鏡で見てみましょう。
- 白い高地の側は、境目がぎざぎざです。クレーターの影がたくさん並んでいます。
- 黒い海の側は、境目がなめらかです。溶岩が固まった平らな地面だからです。
満月の日は影ができないので、模様の黒さがいちばんはっきり見えます。逆に、でこぼこを見るなら半月が向いています。目を守るため、昼間に太陽の近くへ双眼鏡を向けるのはやめましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(惑星科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 月の海:月の表面で黒く見える、溶岩が固まってできた平原。水はありません。
- 高地:白く見える、古くてクレーターの多い地域。斜長岩という白っぽい岩でできています。
- 玄武岩:鉄やマグネシウムを多くふくむ、黒っぽい火山岩。月の海も、地球の海の底も、おもにこの岩です。
中学高校式で確かめる:月の黒い模様は、どれくらいの広さ?
月の表面積を球の公式で出し、そのうち海が占める割合をかけて、黒い模様の広さを求めます。
| 記号で書くと | S海 = 4 × π × r² × p |
| 言葉で書くと | 海の広さ = 4 × 円周率 × 月の半径の2乗 × 海が占める割合 |
| どこから来る式か | 前半の「4 × π × r²」は、球の表面積の公式です。それに、表面のうち海が占める割合をかけています。 |
| S海 | 海(黒い模様)の面積。単位は平方キロメートル |
| r | 月の半径。単位はキロメートル |
| p | 月の表面全体のうち、海が占める割合(単位なし) |
| 月の半径 | 約1737 km |
| 4 × 円周率 | 約12.57 |
| 月全体で海が占める割合 | 約16%(0.16)とされる |
| 表側だけで海が占める割合 | 約31%(0.31)とされる |
| 日本の国土の面積 | 約37万8000 km² |
| 半径の2乗 | 1737 × 1737 = 3017169 |
| 月の表面積 | 3017169 × 12.57 ≒ 37926000 km² |
| 海の広さ(月全体) | 37926000 × 0.16 ≒ 6068000 km² |
| 日本の何個分か | 6068000 ÷ 378000 ≒ 16 |
| 表側の面積(半分) | 37926000 ÷ 2 = 18963000 km² |
| 表側にある海 | 18963000 × 0.31 ≒ 5879000 km² |
| 海のうち表側にある割合 | 5879000 ÷ 6068000 ≒ 0.97 |
黒い模様の広さは、およそ600万km²。日本の国土の約16個分です。しかもその約97%が、地球に向いた表側にあります。割合の数値は資料によって少しずつ違いますが、「ほぼ全部が表側」という結論は変わりません。
高校高校+白い岩と黒い岩は、どう違うの?
高校高地の斜長岩は、斜長石という白く軽い鉱物がほとんどを占めます。海の玄武岩は、輝石やかんらん石など鉄を多くふくむ黒い鉱物が多い岩です。火成岩の分類でいえば、色のうすい岩と色の濃い岩の違いにあたります。
高校+アポロ計画では、1969年から1972年にかけて約382kgの月の石が地球へ持ち帰られました。その年代測定から、高地の岩は約44億年前ごろ、海の玄武岩の多くは約39〜31億年前にできたことが分かりました。クレーターの数を数えて地面の古さを見積もる方法も、この年代で目盛りが合わせられています。
大学マグマオーシャンと、月の表裏の二分性
月ができた直後、表面から数百kmまでがとけた「マグマオーシャン」になったと考えられています。冷える途中で軽い斜長石が浮いて集まり、高地の地殻になりました。重い鉱物は沈んでマントルをつくりました。その後、マントルの一部がとけて(部分溶融)できた玄武岩質のマグマが、衝突盆地を埋めたのが月の海です。表側と裏側で地殻の厚さや海の量が大きく違うことは「月の二分性」と呼ばれます。NASAの重力探査機の観測では、地殻の厚さは平均で30〜40km台とされ、表側のほうがうすいことが確かめられています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:月の海(ウィキペディア) / NASA・月の重力探査機の解説(英語)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- なぜ表側の地殻だけがうすいのか。熱を出す放射性元素が表側に集まっていた説、裏側に別の天体がぶつかって地殻が積み上がった説、できたばかりの熱い地球に照らされて表側が冷えにくかった説などがあり、決着していません。
- 月の火山は、いつまで活動していたのか。2020年に中国の探査機が持ち帰った石は、約20億年前の溶岩だったと報告されました。それより若い溶岩があるかどうかは、まだ調べられています。
- 盆地をつくった衝突は、短い期間に集中したのか。約39億年前ごろに衝突が急増したとする説がありますが、試料のかたよりによる見かけだという反論もあります。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。月の石を持ち帰る計画は今も続いていて、新しい試料が届くたびに、ウサギの模様の歴史は少しずつ書き直されています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「月と金星の見え方」「火山と火成岩」 | 月の表面の模様、玄武岩という岩 |
| 高校 | 地学「惑星と太陽系」「火成岩の分類」 | 斜長岩と玄武岩の違い、海の広さの計算 |
| 高校+ | 地学の発展「放射年代」 | アポロの石の年代測定 |
| 大学 | 惑星科学・月惑星地質学 | マグマオーシャン、部分溶融、月の二分性 |
| 研究 | 月の起源と熱の歴史 | 表側だけ地殻がうすい理由、火山の終わり |
| ― | 生活とのつながり | お月見、双眼鏡での月の観察 |
- ウィキペディア「月の海」
- NASA Science, GRAIL (Ebb and Flow)
- Wieczorek, M. A. et al. (2013) The Crust of the Moon as Seen by GRAIL. Science 339, 671–675.
- Hiesinger, H. et al. (2011) Ages and stratigraphy of lunar mare basalts: A synthesis. Geological Society of America Special Paper 477.
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(月の半径などの数値)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。月の年代や地殻の厚さは、研究によって見積もりが異なります。