富士山は、どれくらい遠くから見えるの?
― 300km以上離れた和歌山の山から、見えたことがあります
東京から富士山までは、およそ100kmです。冬の朝にはくっきり見えるのに、夏はほとんど見えない日が続きます。どこまで見えるかを決めているのは、空気のにごりと、地球の丸みの2つです。計算してみると、どちらの限界も、およそ300km台に落ち着きます。
冬晴れの朝、駅のホームから西の空を見ると、白い富士山が小さく浮かんでいます。
ところが夏に同じホームに立つと、空は白っぽくかすみ、山の影すら見えません。
富士山は動いていません。変わったのは、あなたと山のあいだにある、100km分の空気のほうです。
見える距離を決めているのは、2つだけ
山からの光は、途中で空気の分子や細かな粒に当たって散らばります。遠いほど山は空の色に溶けこみ、やがて見分けられなくなります。湿った夏は粒が水を吸ってふくらみ、にごりが強まります。
遠くの山は、地平線の下へ沈んでいきます。富士山の頂上でも、地面すれすれに見通せるのは約219km先までです。それより遠くから見るには、見る人の側も高い場所にいる必要があります。
1つ目は「その日に見えるかどうか」を、2つ目は「どんなに晴れても、どこまでか」を決めています。順番に見ていきましょう。
遠くの山は、なぜ白っぽくかすむの?
山から目に届く光は、何十kmもの空気の中を進んできます。途中で空気の分子やちりにぶつかると、光は向きを変えて散らばります。山からの光は少しずつ減り、代わりに空からの明るい光が横から混ざってきます。そのため、遠くの山ほど空と同じ色に近づいていきます。
山と空の明るさの差が、元の2%ほどまで縮むと、人の目は見分けられなくなるとされています。この距離を「視程(してい)」と呼びます。図1を見てください。つまみで空気の澄みぐあいを変えると、100km先の富士山がどれくらい見えるかが分かります。
図1の曲線は、距離に比例して下がるのではありません。10km進むごとに「同じ割合」で減っていきます。視程が100kmの日なら、50km先の山には差が14%ほど残ります。ところが100km先では、それが2%まで落ちます。距離が2倍になると、残る差は2乗のぶんだけ小さくなるのです。
夏に見えにくいのは、空気中の細かな粒が湿気を吸ってふくらむためです。粒が大きくなると、光を散らす力が急に強まります。冬の太平洋側では、日本海側に雪を降らせたあとの乾いた北西の風が吹きます。湿気もちりも少ないので、視程が100kmを大きくこえる日が増えます。
ただし、ちりがまったくない空気でも、空気の分子そのものが光を散らします。空が青く見えるのと同じしくみです。そのため、どんなに澄んだ日でも、視程はおよそ300km台が限界と計算されています。
地球の丸みは、どれくらい景色を隠すの?
空気が完全に透明だったとしても、無限には見えません。地球が丸いからです。図2を見てください。富士山の頂上から、地面すれすれに線を引きます。この線が地面に触れる点が、頂上から見た地平線です。その先にある低い場所からは、頂上が地平線の下に隠れてしまいます。
線の長さは、見る場所の高さで大きく変わります。海辺に立つ人の目の高さ(約1.6m)だと、水平線はたった4.5kmほど先です。富士山の頂上(3776m)からだと、約219km先まで伸びます。見る人の側も標高1000mの山にいれば、その人の側の地平線(約113km)が足され、合わせて約330kmになります。
さらに空気は、地面に近いほど密度が高くなっています。光はその差で、わずかに下向きに曲がりながら進みます。そのため実際には、この計算より1割弱遠くまで見通せるとされています。
富士山が写真に写った最も遠い場所は、和歌山県の那智勝浦町にある山の峠で、距離は約323kmとされています。高い場所にいること、空気が極めて澄んでいること。2つの条件がそろった日だけ届く距離です。
空気の分子だけで決まる視程の限界も、地球の丸みで決まる見通しの限界も、どちらも300km台です。どちらか一方だけが良くても、それ以上は見えません。300kmという記録は、2つの壁にほぼ同時に当たっている距離だといえます。
まとめ
見える距離は、空気のにごりと地球の丸みで決まります。夏は湿気でふくらんだ粒が光を散らし、100km先の富士山もかすみます。冬は乾いた空気のおかげで、遠くまで見通せます。一方、どれだけ澄んでも、地球の丸みと空気の分子そのものが、およそ300km台という壁をつくっています。
「その日に見えるか」は空気が決め、
「どこまで見えるか」は地球の丸みが決めています。
空気の分子が光を散らすしくみは「空はなぜ青いのに、夕焼けは赤くなるの?」で、富士山にかかる雲の話は「『富士山が笠をかぶると雨』は、なぜ当たるの?」で詳しく紹介しています。
- 晴れた日に、近くの山と遠くの山が重なって見える場所を探します。遠い山ほど、青白く薄い色に見えることを確かめましょう。
- 同じ場所から、1週間ほど毎朝、遠くの山や建物がどこまで見えるかを記録します。その日の天気予報の湿度も一緒に書きます。
- 国土地理院の地図などで、見えた山までの距離を測ります。湿度が低い日ほど、遠くまで見えたかをくらべてみましょう。
遠くを見るときは、高い所の手すりから身を乗り出したり、道路で立ち止まったりしないよう、安全な場所で行ってください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(大気光学・測地学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 視程(してい):目で物の形をはっきり見分けられる、いちばん遠い距離。天気の観測項目のひとつです。
- 光の散乱:光が空気の分子や細かな粒に当たって、いろいろな向きへ散らばること。遠くの景色がかすむ原因です。
- 大気差(たいきさ):空気の密度の差で光が曲がり、物が実際より少し高い位置に見えること。地平線近くで大きくなります。
中学高校式で確かめる:富士山の頂上から、地平線は何km先?
主題の量である「見通せる距離」を、地球の丸みから計算します。あわせて、空気の澄みぐあいで決まる視程も求めます。
| 記号で書くと | d = √( 2 × R × h ) |
| 言葉で書くと | 地平線までの距離 = 2 × 地球の半径 × 高さ、の平方根 |
| どこから来る式か | 三平方の定理。地球の中心・頂上・地平線の点が直角三角形をつくり、( R + h )² = R² + d² が成り立つ。h は R よりずっと小さいので h² を省く |
| 空気の側の式 | V = 3.912 ÷ σ(視程 = 3.912 ÷ 空気の光の弱めやすさ)。明るさの差が距離とともに同じ割合で減り、2%になる距離が視程。3.912 は 50 の自然対数 |
記号の意味:d は地平線までの距離(km)、R は地球の半径(km)、h は見る場所の高さ(km)、V は視程(km)、σ は1kmあたりに光が弱められる度合い(単位は 1/km)です。
| 地球の半径 R | 6371 km |
| 富士山の高さ h | 3.776 km |
| 海辺に立つ人の目の高さ | 0.0016 km(1.6 m) |
| ちりのない空気の σ(緑の光、地上付近) | およそ 0.0116 /km とされる |
| 夏のかすんだ日の σ(一例) | およそ 0.2 /km |
| 2 × R | 2 × 6371 = 12742 |
| 富士山の頂上:2 × R × h | 12742 × 3.776 ≒ 48114 |
| その平方根(頂上から地平線まで) | 48114 の平方根は およそ 219 km |
| 海辺の人:2 × R × h | 12742 × 0.0016 ≒ 20.4 |
| その平方根(水平線まで) | 20.4 の平方根は およそ 4.5 km |
| 標高1000mの山の人(12742 × 1)の平方根 | およそ 113 km |
| 2人の地平線を足す | 219 + 113 = 332 km |
| ちりのない空気の視程 | 3.912 ÷ 0.0116 ≒ 337 km |
| 夏のかすんだ日の視程 | 3.912 ÷ 0.2 ≒ 19.6 km |
富士山の頂上と、標高1000mの山にいる人は、地球の丸みだけなら約330km離れても見通せます。一方、ちりのない空気の視程も約340kmです。2つの壁がほぼ同じ高さにあることが、数字で確かめられます。夏のかすんだ日の視程は約20kmで、100km先の富士山には遠く届きません。
高校高校+遠くの山は、なぜ青くかすみ、湿った日は白くかすむのか
高校空気の分子のように、光の波長よりずっと小さいものによる散乱をレイリー散乱といいます。散らされる強さは波長の4乗に反比例し、青い光ほど強く散ります。遠くの山が青っぽく見えるのは、途中の空気が散らした青い光が上乗せされるためです。一方、湿気を吸って光の波長に近い大きさまで育った粒による散乱はミー散乱と呼ばれ、色をあまり選ばないので、景色は白くかすみます。
高校+地上近くを進む光の曲がり方は、測量では「屈折係数」で表され、平均でおよそ 0.13 とされます。この曲がりを入れると、地球の半径が見かけ上およそ 7分の6 倍に大きくなったのと同じになります。地平線までの距離は、その平方根の分だけ、つまり約7%伸びます。本文の「1割弱遠くまで」は、この値に基づいています。
大学コシュミーダーの法則と、粒の吸湿成長
図1の曲線は、光が進むごとに一定の割合で弱まる「ベール・ランベルトの法則」と、背景の空の光が混ざる効果を組み合わせた「コシュミーダーの法則」に基づいています。視程を 3.912 ÷ σ と表す式は、ここから導かれます。世界気象機関(WMO)が定める「気象光学距離」では、見分けの境目を2%ではなく5%に置くとされ、その場合の係数は約3.0になります。また、粒が湿度に応じて水を吸い大きくなる過程は「ケーラー理論」で説明され、相対湿度が高くなるほど急にふくらむことが知られています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:視程(ウィキペディア) / 大気差(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 粒ごとの水の吸い方の違い 空気中の粒は、海の塩・燃焼でできた粒・土ぼこりなどが混ざっています。成分によって水の吸い方が大きく違うため、湿度から視程を正確に予測するのは今も難しいとされています。
- 地上近くの光の曲がりの日ごとの変化 地面近くの温度の分布によって、光の曲がり方は大きく変わります。遠くの陸や船が浮き上がって見える現象も起こり、見通し距離の計算に幅を生んでいます。
- 人の目の「見分けの境目」 2%や5%という境目は目安で、明るさ・物の大きさ・見る人によって変わります。実際の見え方をどう数値にするかは、今も議論があります。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに最遠の記録の距離は、地形の計算と撮影の報告にもとづく値です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 数学「三平方の定理」、理科「光の性質」 | 地平線までの距離の式、光が散らばること |
| 高校 | 物理「光の散乱」、地学「大気の構造」 | レイリー散乱とミー散乱、冬の乾いた北西の風 |
| 高校+ | 物理「光の屈折」の発展 | 屈折係数と、1割弱遠くまで見える理由 |
| 大学 | 大気光学・測地学 | コシュミーダーの法則、気象光学距離、ケーラー理論 |
| 研究 | エアロゾル科学・大気放射 | 粒の吸湿性の違い、見分けの境目 |
| ― | 生活とのつながり | 冬の朝に遠くの山が見える理由、見通しの悪い日の運転への注意 |
- ウィキペディア「視程」
- ウィキペディア「大気差」
- ウィキペディア「レイリー散乱」
- ウィキペディア「ミー散乱」
- Koschmieder, H. (1924) Theorie der horizontalen Sichtweite. Beiträge zur Physik der freien Atmosphäre.
- World Meteorological Organization, Guide to Instruments and Methods of Observation (WMO-No. 8), 視程の観測に関する章。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。最も遠い記録の距離は、報告・計算にもとづく値です。