月はなぜ、いつも同じ面を
こちらに向けているの?
世界中どこから見ても、いつの時代でも、月の模様は同じです。人類は数十万年のあいだ、月の裏側を一度も見ないまま暮らしてきました。偶然そうなっているのではありません。地球が長い時間をかけて、月の回転にブレーキをかけた結果です。そしていま、月は地球にブレーキをかけ返しています。
月にはウサギの模様があります。あの模様は、いつ見ても同じ向きに見えます。今夜も、来月も、10年後も、そして1000年前の人が見た月も同じでした。
これは、実はとても不思議なことです。月が地球のまわりを回っているなら、いろいろな面が見えてよさそうなものです。ボールを持って自分のまわりを一周させてみてください。ボールの向きを変えなければ、一周のあいだにボールのあらゆる面がこちらを向きます。
月がいつも同じ面を向けているということは、公転しながら、それにぴったり合わせて自転しているということです。1回まわるあいだに、きっかり1回転している。
そんな都合のいい一致が、偶然に起こるでしょうか。
地球に近い側と遠い側では、引かれる強さが違います。その差で、月はわずかにラグビーボールのように伸びています。
月が自転していると、ふくらみが地球の方向からずれます。すると地球の重力がそれを引き戻そうとし、自転にブレーキがかかります。
ブレーキは、ふくらみがずれなくなるまで効き続けます。ずれがなくなる状態が、「いつも同じ面を向ける」ことです。そこで止まったのが、いまの月です。
なぜ月は細長くなるのか
重力は、近いほど強く働きます。月の「地球に近い側」と「遠い側」では、引かれる強さが違います。
近い側は強く引かれて地球のほうへ寄り、遠い側は引かれ方が弱いので取り残されます。結果として、月は地球と月を結ぶ線の向きに、わずかに伸びます。
この伸びはごくわずかで、月が壊れるようなものではありません。しかし、「向きを持ったふくらみ」ができるという点が決定的です。ふくらみがある以上、それが地球の方向を向いていないと、引き戻す力が生まれてしまいます。
同じことは地球でも起きていて、こちらは潮の満ち引きとして毎日目にしています。海の水が月に引かれて盛り上がる、あれです。月の場合は岩そのものが少し変形しています。
ほかの状態は、すべてブレーキで削られたのです。
「月の裏側は暗い」は誤りです
「月の暗い面(ダークサイド)」という言い方をときどき見かけますが、これは誤りです。裏側は「見えない面」であって、暗い面ではありません。
月にも、昼と夜があります。月から見れば太陽は昇り、沈みます。裏側にも、ちゃんと日が当たります。むしろ新月のとき、地球から見えない裏側は真昼になっています。
裏側が「見えない」だけなのは、地球との関係で決まっている話であって、太陽との関係ではありません。2つを混同したのが、この誤解の正体です。
人類が裏側を初めて見たのは1959年、旧ソ連の探査機が撮影した写真によってでした。それまで誰も見たことがなかったのです。そして写真を見た研究者は驚きました。裏側は、表側とまるで違っていたからです。表側にある大きな黒い「海」が、裏側にはほとんどありませんでした。
「いつも同じ面」といっても、厳密に半分だけではありません。長い期間で見ると、月面のおよそ59%が地球から観察できます。
理由は、月の軌道が真円ではないからです。地球に近いときは公転が速く、遠いときは遅くなります。ところが自転の速さは一定です。すると公転と自転にわずかなずれが生じ、月が首を振るように見えます。この現象は秤動(ひょうどう)と呼ばれます。
月をていねいに観察すると、縁のあたりが月ごとに少し見え隠れしていることがわかります。望遠鏡があれば、自宅から確かめられる現象です。
いま、月が地球にブレーキをかけています
ここからが面白いところです。力は必ず両方向に働きます。地球が月の自転を止めたのなら、月も地球に同じことをしているはずです。
実際、そうなっています。月の重力で海が盛り上がり、そのふくらみが地球の自転で少し先へ運ばれます。月はそれを引き戻そうとし、地球の自転にブレーキをかけます。
結果、1日の長さは、少しずつ長くなっています。その割合は、100年でおよそ1.7ミリ秒とされています。とても小さな値ですが、積み重なると無視できません。
- 恐竜がいたころの1日は、約23時間半だったと見積もられています
- さらに古い時代の化石には、1年の日数が今より多かった痕跡が残っているとされています。サンゴの成長線を数えると、当時の1年が400日近くあったことがうかがえます
- うるう秒が必要になる理由のひとつも、この効果です
そして、失われた地球の回転の勢いは、消えたわけではありません。月に渡されています。そのぶん月は少しずつ遠ざかっており、年におよそ3.8センチメートル離れていることが実測されています。アポロ計画などで月面に置かれた反射鏡へレーザーを当てて、距離を測り続けた成果です。
- 皆既日食は、いつか見られなくなります。いま太陽と月が空でほぼ同じ大きさに見えるのは、偶然の一致です。月が遠ざかれば小さく見えるようになり、太陽を隠しきれなくなります。私たちは、たまたま良い時代に生きています
- 太陽系の大きな衛星の多くが、同じ状態です。木星や土星の主な衛星も、惑星に同じ面を向けています。同じしくみが、あちこちで働いた結果です
- 冥王星とその衛星は、互いに向き合っています。大きさが近いため両方にブレーキがかかりきり、互いに同じ面だけを向け合う状態になっています
- 水星は、少し違う形で落ち着きました。太陽を2周するあいだに3回自転する、という比になっています。楕円軌道では、このような形も安定になりえます
家で確かめられること
- ボールか、顔を描いた紙コップを持つ。これが月です
- 腕を伸ばし、顔をいつも自分のほうに向けたまま、自分のまわりを一周させる
- ここで、部屋の壁を見てください。一周のあいだに、月は壁のあらゆる方向を向いています。つまり1回自転しています
- 次に、月の向きを部屋に対して固定したまま(自転させずに)一周させる。今度は自分から見て、月のあらゆる面が見えます
「同じ面を向け続ける」ことと「自転している」ことは、矛盾しないどころか同じことだとわかります。月は自転していない、と誤解されがちですが、公転と同じ速さできちんと自転しています。体を使うといちばん腑に落ちる話です。
まとめ
月がいつも同じ面を向けているのは、地球の重力が月をわずかに細長くし、そのふくらみのずれを引き戻し続けたからです。ほかの回転のしかたはブレーキで削られ、ずれが生じない状態だけが残りました。そしていま、同じことが地球の側で進行しています。
月の見え方は、何十億年かけた綱引きの結果です。
そしてその綱引きは、まだ終わっていません。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(天体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:月をめぐる言葉
- 自転と公転:自転は自分が回ること、公転は相手のまわりを回ること。月はどちらも約27.3日で、これが一致していることが本記事の主題です。
- 潮汐固定(ちょうせきこてい)/同期回転:自転と公転の周期が一致した状態。英語では tidal locking。
- 潮汐力:天体の場所によって重力の強さが違うことから生まれる、引き伸ばす向きの力。潮の満ち引きの原因でもあります。
- 秤動(ひょうどう):月がわずかに首を振って見える現象。おかげで月面の約59%が観察できます。
- 朔望月(さくぼうげつ):満ち欠けの周期で約29.5日。公転周期(約27.3日)と違うのは、その間に地球も太陽のまわりを進むためです。
高校式で確かめる:太陽は月より重いのに、潮では負ける
潮の満ち引きを起こしているのは、主に月です。太陽ではありません。太陽のほうが圧倒的に重いのに、です。なぜ逆転するのかは、割り算2回で説明がつきます。
引力そのもの:F ∝ M ÷ r²
潮を起こす力:F ∝ M ÷ r³
| M 相手の質量 | 重いほど強い |
| r 距離 | 遠いほど弱い |
| 2乗と3乗のちがい | ここがすべてを決めます |
なぜ潮だけ3乗なのか。潮を起こしているのは引力そのものではなく、「地球の手前側と向こう側で引力がどれだけ違うか」だからです。差を取ると、距離の効き方が1段きつくなります。
遠い相手ほど、地球の手前と奥での差が小さくなります。「全体を強く引く」ことと「引っぱりに差をつける」ことは、別のことなのです。
| 太陽は月の何倍重いか | 約 27000000 倍 |
| 太陽は月の何倍遠いか | 約 390 倍 |
| 距離の2乗 | 390 × 390 = 152100 |
| 引力の比 | 27000000 ÷ 152100 ≒ 178 倍 |
太陽が地球を引く力は、月の約180倍です。圧倒的です。地球が太陽のまわりを回っているのですから、当然といえば当然です。
| 距離の3乗 | 390 × 390 × 390 = 59319000 |
| 潮汐力の比 | 27000000 ÷ 59319000 ≒ 0.46 倍 |
逆転しました。太陽の潮汐力は、月の半分以下しかありません。
引力では178倍勝っているのに、潮では0.46倍で負ける。変えたのは「2乗を3乗にした」ことだけです。390で1回よけいに割っただけで、178が0.46になりました。
「どちらが強いか」は、何の強さを問うているかで変わる。この記事でいちばん面白いところだと思います。
太陽は無視できるほど弱くはありません。月の半分ほどはあります。だから、月と太陽の向きが合うかどうかで、潮の大きさが変わります。
| 月と太陽が一直線(新月・満月) | 1 + 0.46 = 1.46(大潮) |
| 月と太陽が直角(半月) | 1 − 0.46 = 0.54(小潮) |
| 大潮は小潮の何倍か | 1.46 ÷ 0.54 ≒ 2.7 倍 |
大潮と小潮では、潮の動きが3倍近く違うことになります。潮見表を見ると、実際に大きな差があります。
そして大潮が新月と満月に来るのも、この計算どおりです。月の形を見れば、今日の潮がどちらかわかります。暦と潮がつながっているのは、偶然ではありません。
潮の満ち引きは、地球の自転をわずかに遅らせ、そのぶん月を外へ押し出しています。観測では年に約3.8 cmとされています。
| 10億年で | 3.8 × 1000000000 = 3800000000 cm |
| km に直すと | 3800000000 ÷ 100000 = 38000 km |
| いまの距離 | 約 380000 km |
| いまの距離の何割か | 38000 ÷ 380000 = 0.1(1割) |
年3.8 cm という、測るのがやっとの動きが、10億年で距離の1割になります。逆にたどれば、昔の月はもっと近く、潮はもっと大きく、1日はもっと短かったことになります。
※ 遠ざかる速さは一定ではなく、過去にさかのぼるほど単純な掛け算からはずれるとされています。桁をつかむための計算です。
高校なぜ「差」が効くのか
万有引力は距離の2乗に反比例します。F = G M m / r²。月の近い側と遠い側では r が違うので、受ける力も違います。
大事なのは力そのものではなく、力の差です。月全体は同じように加速されて落ちているので、共通部分は感じられません。残るのは場所ごとの違いだけで、これが月を引き伸ばします。
| 月までの距離 | 約 38万 km |
| 月の自転周期・公転周期 | ともに 約 27.3 日 |
| 地球から見える月面の割合 | 約 59% |
| 月が遠ざかる速さ | 年 約 3.8 cm(レーザー測距による実測) |
| 1日が長くなる割合 | 100年で 約 1.7 ミリ秒 |
※ 値は代表的な目安です。1日の長さの変化には、地球内部や氷床の影響も含まれます。
高校+潮汐力は、距離の3乗で効く
近い側と遠い側の引力の差を計算すると、潮汐力は距離の3乗に反比例することがわかります。F潮汐 ∝ G M R / r³(R は月の半径、r は距離)。
ふつうの重力(2乗に反比例)より、距離による効き方がずっと急です。だから遠くの天体の潮汐力は、重力の割にほとんど無視できます。太陽は月よりはるかに重いのに、地球の潮汐への影響が月の半分ほどにとどまるのは、この3乗のためです。
また、近くにありすぎると天体は壊れます。潮汐力が自分の重力を上回る距離をロシュ限界といい、土星の環はこの内側にあります。
ブレーキの正体はトルク(回す力)です。ふくらみが地球の方向からずれていると、地球の引力が月に回転を止める向きのトルクを与えます。ずれがゼロになればトルクもゼロになり、そこが安定点です。
大学勢いはどこへ行ったのか ― 角運動量
地球の自転が遅くなるとき、失われた回転の勢い(角運動量)は消えません。地球と月をあわせた系の全体では保存されます。
地球の自転から取り出された角運動量は、月の公転へ渡されます。公転の角運動量が増えると軌道は大きくなり、月は遠ざかります。これが年3.8 cmの後退の正体です。
なぜブレーキが働くのかというと、地球が完全な弾性体ではないためです。海水には粘性があり、地形もあるので、潮のふくらみは月の真下にぴたりとは来ず、自転によってわずかに先へ運ばれます。この角度のずれがトルクを生みます。摩擦(散逸)がなければ、潮汐固定は起こりません。
ちなみに現在の地球の潮汐散逸は、浅い海や大陸棚での摩擦が大きく効いているとされています。大陸の配置が変われば、月が遠ざかる速さも変わります。
研究まだ解けていないこと
- 月の表と裏が、なぜこれほど違うのかがわかっていません。表側には広い「海」(溶岩でできた暗い平原)がありますが、裏側にはほとんどありません。地殻の厚さも違います。もうひとつの小さな月が低速で衝突して合体したという説、地球からの熱放射で表側の地殻が薄くなったという説などが提案されていますが、決め手はありません。月の最大級の謎とされています。
- 月がいつどうやってできたのかも、完全には決着していません。火星ほどの天体が地球に衝突したという説が有力ですが、大きな問題が残っています。月と地球の岩石の同位体の組成が、あまりにも似すぎているのです。衝突した天体の材料が多く残るはずなのに、その痕跡が見つかりません。衝突の規模や条件をめぐる議論が続いています。
- 月が遠ざかる速さを過去にさかのぼると、計算が合いません。いまの速さのまま逆算すると、15億年ほど前に月が地球にぶつかってしまうことになります。実際の月はもっと古いので、過去には後退が遅かったはずです。大陸配置による潮汐散逸の変化が原因と考えられていますが、詳細な復元はまだ途上です。
- 月の内部にも、わかっていないことが残っています。小さな核があると考えられていますが、その状態や大きさの推定には幅があります。地震計の設置数が限られているためで、今後の探査計画に期待がかかっています。
毎晩見上げている、いちばん身近な天体です。それでも、まだ答えの出ていない問いが並んでいます。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・月の満ち欠け/自転と公転/重力 | 同じ面を向けるしくみ、ボールを使った観察 |
| 高校 | 物理・万有引力/地学基礎・太陽系 | 力の差が引き伸ばす、数値の一覧 |
| 高校+ | 物理・剛体にはたらく力とモーメント | 潮汐力が距離の3乗で効く、トルクと安定点 |
| 大学 | 天体力学・地球物理学 | 角運動量の受け渡し、潮汐散逸、ロシュ限界 |
| 研究 | 惑星科学(未解決) | 月の表裏の違い、月の起源、後退速度の履歴 |
- Murray, C. D. & Dermott, S. F., Solar System Dynamics(潮汐固定と天体力学の標準的な教科書)。
- Dickey, J. O. et al., Lunar laser ranging: a continuing legacy of the Apollo program, Science 265, 482–490, 1994(月の後退速度の実測)。
- Jutzi, M. & Asphaug, E., Forming the lunar farside highlands by accretion of a companion moon, Nature 476, 69–72, 2011(月の表裏の違いに関する一説)。
- Canup, R. M., Forming a Moon with an Earth-like composition via a giant impact, Science 338, 1052–1055, 2012(月の起源と同位体の問題)。
- 国立天文台による月と暦に関する解説。
※ 距離や周期の数値は、測定方法や定義によってわずかに異なります。本記事では一般に用いられる値を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安であり、条件や定義によって幅があります。太陽の観察を行う場合は、専用の器具を用い、決して直接見ないでください。