方位磁針の北は、なぜ地図の北とずれているの?
― 山では、1km歩くごとに100mほど横へそれます
登山や測量をする人は、地図を広げるとまず鉛筆で斜めの線を何本も引きます。「磁北線」と呼ばれる線です。方位磁針が指す北と、地図の上の北は、同じ北ではありません。日本では、その差はおよそ5〜10度あるとされています。わずかな角度ですが、歩くほどに開いていきます。
地図と方位磁針を持って、林の中を歩いています。目指す小屋は、地図の上では「ほぼ真北」にあります。
そこで方位磁針の針に合わせて、まっすぐ北へ歩き出します。地図では1kmほどの道のりです。
ところが、着いた場所に小屋はありません。少し西の斜面に出てしまいました。方位磁針は壊れていませんし、地図も正しいものです。
理由は2つだけです
地図の北は、地球が回るときの軸が指す北です。方位磁針の北は、地球という大きな磁石の軸が指す北です。この2つの軸は、はじめからずれています。
磁力は地球の内部で作られていて、その分布には場所ごとのゆがみがあります。だからずれの向きと大きさは、立っている場所によって変わります。
この2つが重なって、「地図の北」と「針の北」の差が生まれます。この差には名前があり、磁気偏角と呼ばれています。日本ではどこでも針が西へ寄っていて、北海道では西へ9〜10度ほど、関東では7度半ほど、沖縄では5度ほどとされています。
1つめ:地球の磁石は、傾いて入っている
地球のまわりの磁力は、中心の核で作られていると考えられています。そのはたらきが作る磁石の軸は、地球が回る軸に対して十数度ほど傾いています。つまり、針が指す先は、地図の北極点そのものではありません。
しかも針の北は、じっと止まっていません。長い年月のあいだ動き続けていて、20世紀にはカナダの北方にありましたが、いまはシベリア寄りへ移ってきたとされています。地図の北が動かないのに対して、針の北は動く目印なのです。図1の左を見てください。縦の点線と傾いた実線が、そろっていないことがわかります。
2つめ:ずれ方は、場所ごとに違う
もし地球がきれいな棒磁石なら、ずれは計算だけで求められます。しかし実際の磁力の分布は場所ごとにゆがんでいて、大陸の下や海の下で強さも向きも変わります。
そのため、ずれは地方ごとに測っておくしかありません。国土地理院は全国で地磁気を測り、何度西へ寄っているかを示した図を作って公表しています。地形図の端に書かれている方位の注記も、この測量の結果です。
ずれは年ごとにも動きます。日本では西へ寄る角度が少しずつ増えていて、1年あたり数分(1分は60分の1度)の割合とされています。古い地図の注記をそのまま使うと、わずかに合わなくなるのはこのためです。
飛行場の滑走路には「34」「16」のような番号が塗られています。これは針の北を基準にした方位を、10で割った数です。針の北が動くと番号が実際の向きと合わなくなるため、世界のあちこちで番号の塗りかえが行われてきました。動く目印を使うと、地面の文字まで書きかえることになるのです。
まとめ
方位磁針は正直に地球の磁力を指しています。ただ、その磁力の軸が地球の回転の軸とそろっていないので、地図の北とは一致しません。日本ではおよそ5〜10度西へ寄り、その角度のぶん、歩くほどに横へそれていきます。だから現場では、地図に磁北線を引いてから針を合わせます。
針は「北」を指しているのではなく、
地球の磁石の向きを指しているだけです。
針そのものが北を向くしくみはコンパスの針は、なぜ北を向くの?で、動かない目印としての星の使い方は北極星は、いちばん明るい星なの?で説明しています。
- 紙の地形図を用意し、端の注記を探します。「西偏7度10分」のように、何度西へ寄るかが書かれています。
- 分度器で、地図の縦線からその角度ぶん左へ傾けた線を、地図いっぱいに何本か引きます。これが磁北線です。
- 屋外で方位磁針を地図に置き、針と磁北線が平行になるように地図ごと回します。地図の向きが地面と合います。
鉄の柱や車のそば、電線の下では針が引っぱられます。数メートル離れて、置く場所を変えて2回読むと気づけます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・数学I」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(地球電磁気学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 磁気偏角:地図の北(真北)と、方位磁針が指す北(磁北)のなす角。日本では西へ寄るので「西偏」と書かれます。
- 磁北線:偏角のぶん傾けて地図に引く線。針と地図を合わせるための道具で、登山や測量の現場で使われます。
- 伏角:針が水平からどれだけ下(または上)を向くかの角。日本では北を向いた先が下がり、その角は約50度とされています。
中学高校式で確かめる:7度半のずれは、何メートルになる?
角度のずれは、進んだ距離をかけると長さに変わります。主題である「横へのずれ」そのものを計算します。
| 記号で書くと | d = L × tan θ |
| 言葉で書くと | 横のずれ = 進んだ距離 × 偏角の正接(タンジェント) |
| どこから来る式か | 直角三角形の三角比の定義から来ます。進んだ距離を底辺、偏角を出発点の角とみると、横のずれは向かい側の辺になります。 |
| 進んだ距離 L | 1000 m(地図の上で1km) |
| 偏角 θ(関東のあたり) | 西へ 7.5 度 とされています |
| 7.5 度の正接 | およそ 0.132 とされています |
| 谷から谷までの間隔(山での目安) | 300 m |
| 1km 進んだときの横のずれ(m) | 1000 × 0.132 = 132 |
| 5km 進んだときの横のずれ(m) | 132 × 5 = 660 |
| 谷の間隔いくつぶんか | 660 ÷ 300 = 2.2 |
1km で約132m、5km で約660mです。谷ひとつぶんの幅を300mとすれば、その2.2倍にあたります。尾根を2つ越えて、別の谷へ入ってしまう量です。角度は小さくても、距離をかけると地形をまたぐ長さになります。
高校高校+針が向く向きは、何で決まるのか
高校針が向きたがるのは、地球の磁場のうち水平な成分(水平分力)の向きです。地球の磁場は斜め下を向いているので、その水平な向きだけを取り出したものが、地図の上での「針の北」になります。
高校+ある地点の地磁気は、偏角・伏角・全磁力の3つで表せます。これを地磁気の三要素と呼びます。地球を1本の棒磁石とみなす双極子磁場の近似では、伏角と磁気緯度の関係が tan(伏角)= 2 × tan(磁気緯度)という式で結ばれます。実際の値がこの近似からどれだけ外れるかが、場所ごとのゆがみの大きさを表します。
大学世界の偏角は、どう計算されているのか
地球全体の磁場は、球面調和関数による展開で表されます。その係数(ガウス係数)を世界中の観測所と人工衛星の記録から決めた標準模型が、国際地磁気標準場(IGRF)です。地図や機器が示す偏角は、この模型に地点と日付を入れて計算した値です。磁場そのものを作る流れの理論は、地球ダイナモ理論と呼ばれます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:地磁気(三要素と双極子近似) / ダイナモ理論
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 針の北が速く動く理由。 20世紀の後半から北の磁極の移動が速くなったとされていますが、核の内部でどんな流れの変化が起きているのかは、まだ議論が続いています。
- 南の大西洋に広がる弱い領域。 南大西洋からブラジルにかけて磁場が弱い場所があり、広がっているとされます。地磁気が反転する前ぶれなのかどうかは決まっていません。
- いつ、どれくらいで反転するのか。 過去に何度も南北が入れかわった記録が岩石に残っていますが、次の反転の時期や進み方を予測する方法は、まだ確立していません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。偏角の数値も測量のたびに更新されるので、実際に使うときは新しい図で確かめてください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野「電流と磁界」 | 地球が大きな磁石であること、針が磁界の向きを指すこと |
| 高校 | 数学I「三角比」/物理基礎「磁界」 | 横のずれを正接で求める計算、水平分力の考え方 |
| 高校+ | 地学「地球の磁場」 | 地磁気の三要素、双極子磁場の近似からのずれ |
| 大学 | 地球電磁気学・測地学 | 球面調和関数による展開、国際地磁気標準場(IGRF) |
| 研究 | 地球内部物理学 | 磁極の移動、地磁気の反転の予測 |
| ― | 生活とのつながり | 登山で地図に磁北線を引く、地形図の方位の注記を読む |
- 国土地理院「地磁気測量・磁気図」(日本各地の偏角の分布と、その年ごとの変化)
- 気象庁 柿岡地磁気観測所の観測記録(長期間の偏角・伏角・全磁力の変化)
- 国際地球電磁気学・超高層物理学協会(IAGA)「国際地磁気標準場(IGRF)」の係数表
- ウィキペディア日本語版「地磁気」(三要素・双極子近似・磁極の移動のまとめ)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。山に入るときは、最新の地形図と現地の案内、自治体や関係機関の情報に従ってください。