空気中の二酸化炭素は、なぜ毎年5月にいちばん多くなるの?
― ハワイの山の上で、地球の「呼吸」を測り続けた人がいました
空気中の二酸化炭素は、1年じゅう同じ量ではありません。毎年5月ごろに最も多くなり、10月ごろに最も少なくなります。北半球の森や草原が、夏に吸って冬に吐き出しているからです。この「地球の呼吸」を最初に測り当てたのは、ひとりの若い研究者が手作りした装置でした。
ニュースで「二酸化炭素の濃度が過去最高になりました」と聞くのは、なぜか春から初夏にかけてが多い気がします。
秋になると、そんな話はあまり聞きません。でも二酸化炭素を出す量が、秋だけ急に減るわけではないはずです。
実はこれは気のせいではありません。空気そのものが、毎年同じリズムで「増えて、減って」をくり返しているのです。
5月に多く、10月に少ない理由は2つだけ
春に葉が開くと、植物は光合成で二酸化炭素を大量に取りこみます。5月から9月にかけて、空気中の量はぐんぐん減っていきます。
葉が落ちると、吸う力はほとんど止まります。一方で、落ち葉を分解する小さな生き物や菌は、冬も二酸化炭素を出し続けます。
そして、陸地の大部分は北半球にあります。だから地球全体の呼吸のリズムは、北半球の季節に合わせて動きます。このことを最初に確かめた人の話から始めましょう。
テントで暮らしながら、空気を測った若者
1950年代のはじめ、空気中の二酸化炭素の量は、まだ誰も正確に測れていませんでした。測る人によって値がばらばらで、場所や日によって大きく違うと考えられていました。
アメリカの若い研究者チャールズ・キーリングは、二酸化炭素をとても正確に量れる装置を自分で組み立てました。そして1955年ごろ、カリフォルニアの海辺の森でキャンプをしながら、数時間おきに空気をびんに集めたとされています。
すると、ふしぎなことが分かりました。森のそばでは、夜に値が上がり、昼に下がります。ところが風のよく通る午後の空気は、どこで測ってもほぼ同じ値に落ち着いたのです。地球には、まだ誰も知らない「ふだんの値」がある。キーリングはそう考えました。
ハワイの山の上で見えた、ゆっくりした呼吸
その「ふだんの値」を測るには、森や工場から遠く離れた場所が必要です。選ばれたのは、太平洋のまん中にあるハワイ島のマウナロア山、標高およそ3400メートルの観測所でした。測定は1958年3月に始まりました。
1年分のデータがそろうと、値は春に向けて上がり、5月に最も高くなりました。そこから夏にかけて下がり、10月ごろに底を打って、また上がり始めたのです。図1のつまみを動かして、月ごとの変化を確かめてください。
キーリングはこれを、北半球の植物が夏に二酸化炭素を吸いこんでいる証拠だと考えました。山の上の空気は、何千キロも先の大陸の森が吸った分まで含めて、よく混ざっています。だからたった1か所の観測所で、半球全体の森の呼吸が見えたのです。
呼吸のギザギザは、右肩上がりの坂の上にあった
測定を続けると、もうひとつのことが分かりました。毎年の5月の山は、前の年の5月より少しだけ高いのです。10月の谷も、前の年より高くなっていました。
図2を見てください。ギザギザの呼吸をくり返しながら、全体が坂を上っています。1958年におよそ315 ppm だった値は、2020年代には420 ppm をこえました。石炭や石油などを燃やして出した二酸化炭素が、森や海に吸いきれずに空気中に残っている分です。
この右肩上がりのグラフは、彼の名前をとって「キーリング曲線」と呼ばれます。人間の活動で空気が変わっていることを、はっきり数字で示した最初の記録とされています。
何年も同じ値を測り続ける研究は、「もう分かったでしょう」と思われがちで、お金が集まりにくいものです。マウナロアの観測も、資金不足で何度も止まりかけたとされています。それでも続けたからこそ、呼吸のギザギザと坂の両方が見えました。キーリングが2005年に亡くなったあとも、観測は続いています。
南極点でも同じころから測定が行われていますが、季節の上下はごく小さいとされています。南半球は大部分が海で、森が少ないからです。反対に、森の広がる北極圏に近いアラスカでは、上下の幅がマウナロアの2倍以上になると報告されています。
まとめ
空気中の二酸化炭素が5月に最も多いのは、北半球の植物が冬のあいだ吸うのをやめ、分解で出る分だけがたまっていくからです。葉が茂る夏には森が吸いこみ、10月ごろに最も少なくなります。陸地の多い北半球のリズムが、地球全体の呼吸になっています。キーリングは、それをハワイの山の上で初めて測り当てました。そして同じ記録が、呼吸のギザギザごと空気が年々変わっていることも示しました。
春の空気は、冬に森が吐いた息でいちばん濃い。
その呼吸の下で、坂は毎年少しずつ高くなっています。
海が二酸化炭素を吸うしくみは「海は二酸化炭素を吸っている ― では、その先は?」、わずかな量で気温が変わる理由は「空気の0.04%しかない二酸化炭素で、なぜ気温が変わるの?」で解説しています。同じく、南極の小さな観測所の記録が世界を動かした話は「オゾンホールは、なぜ人工衛星より先に南極の小さな観測所で見つかったの?」をどうぞ。
- 気象庁の「二酸化炭素濃度の経年変化」のページを開き、岩手県の綾里など国内の観測点の月ごとのグラフを見ます。
- 1年の中で、いちばん高い月といちばん低い月を探してみましょう。マウナロアと同じく、春に高く、夏の終わりから秋に低いはずです。
- 近くの公園の木が芽吹いた日と、葉が落ちた日をメモしておきます。グラフの下がり始めと上がり始めの時期とくらべてみてください。
観測点が北にあるほど、上下の幅は大きくなる傾向があります。沖縄県の与那国島と綾里をくらべてみるのもおすすめです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」「地学」「化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生態学・大気化学・地球化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- キーリング曲線:1958年からマウナロア観測所で測り続けている、空気中の二酸化炭素の量のグラフ。
- 季節変動:1年の周期でくり返す上下。マウナロアでは5月が最大、10月ごろが最小です。
- 光合成と呼吸・分解:植物が二酸化炭素を取りこむはたらきと、生き物が二酸化炭素を出すはたらき。季節によってどちらが勝つかが変わります。
中学高校式で確かめる:夏の森は、どれだけの炭素を吸いこんだのか
マウナロアで見える1年の上下の幅から、北半球の植物が夏に差し引きで吸いこんだ炭素の量を見積もってみます。空気はよく混ざっているので、濃度の変化に「空気全体の粒の数」をかければ、増えた・減った炭素の量が出ます。
| 記号で書くと | ΔC = Δx × ( M ÷ m ) × 12 |
| 言葉で書くと | 減った炭素の量 = 濃度の変化 × 空気全体の物質量(大気の質量 ÷ 空気1モルの質量)× 炭素1モルの質量 |
| どこから来る式か | 物質量の考え方そのもの。濃度は「空気の粒100万個のうちの何個か」なので、空気全体の粒の数をかけると二酸化炭素の粒の数になり、1粒に炭素が1つずつ入っています。 |
| 記号の意味 | Δx は濃度の変化(単位は ppm)、M は大気全体の質量(約5.1×10¹⁸ kg)、m は空気1モルの質量(約0.029 kg)、12 は炭素1モルの質量(グラム) |
| 上の式で1 ppm あたりを計算した値 | 炭素 約21億トン とされる |
| マウナロアの1年の上下の幅 | 約6 ppm |
| 二酸化炭素の重さは、炭素の重さの | 44 ÷ 12 で 約3.67倍 |
| 化石燃料などから人間が1年に出す二酸化炭素 | 約370億トン とされる |
| 1958年の値と2024年ごろの値 | 約315 ppm と 約420 ppm(66年の差) |
| 夏に減った炭素の量(億トン) | 6 × 21 = 126 |
| 二酸化炭素の重さに直す(億トン) | 126 × 3.67 ≒ 462 |
| 人間が1年に出す量とくらべる(倍) | 462 ÷ 370 ≒ 1.25 |
| 66年で増えた濃度(ppm) | 420 − 315 = 105 |
| 1年あたりの平均の増え方(ppm) | 105 ÷ 66 ≒ 1.6 |
マウナロアの上下だけから見ても、夏の北半球の植物は、差し引きで約460億トンの二酸化炭素を吸いこんでいる計算になります。人間が1年に出す量を上回る規模です。ただし秋から冬にかけて、ほぼ同じ量が吐き戻されます。呼吸は毎年ほぼ差し引きゼロで、坂を押し上げているのは人間が出す分のほうです。なお、実際の植物の吸収量はこれよりずっと多く、ここで見えているのは「吸う」と「吐く」の差の部分だけです。
高校高校+なぜ北半球が勝つのか、なぜ5月なのか
高校植物の光合成量から呼吸量を引いたものを「純生産量」といい、さらに落ち葉や土の分解で出る分を引いたものを「生態系純生産量」といいます。冬は光合成がほぼ止まり、分解だけが続くので、この値はマイナスになります。春に葉が開いてプラスに転じるまで、二酸化炭素はたまり続けます。だから最大は春の終わり、5月にきます。
高校+地球の陸地のおよそ3分の2は北半球にあります。南半球の季節は逆なので打ち消し合いますが、北の森の量が圧倒的に多いため、北のリズムが残ります。また、空気が南北に混ざるには1年ほどかかるため、南半球の観測点では上下がさらにならされて小さく見えます。
大学高い精度で測るしくみと、炭素循環
キーリングは、気体の体積と圧力を精密に測る「マノメーター」を使って二酸化炭素の量を決め、それを基準にして「非分散型赤外線吸収法」の分析計を校正しました。二酸化炭素が特定の波長の赤外線を吸う性質を使った方法です。測った値は、大気・海洋・陸上生態系のあいだで炭素がやりとりされる「炭素循環」の見積もりの土台になりました。人間が出した二酸化炭素のうち、空気中に残る割合は「大気残存率」と呼ばれ、およそ半分とされています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:キーリング曲線(ウィキペディア) / 炭素循環(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 呼吸の幅が大きくなっている理由。 北半球の高い緯度では、季節の上下の幅が1960年代より大きくなっていると報告されています。北の森の成長期が長くなったためか、農地の生産が増えたためか、割合はまだ議論が続いています。
- 森と海は、いつまで吸い続けてくれるか。 いまは人間が出した分の約半分を森と海が吸っています。温暖化が進んだとき、この割合が下がるかどうかは、将来の予測で最も不確かな部分のひとつです。
- 年ごとの増え方のむら。 エルニーニョの年には、空気中の増え方が速くなる傾向があります。熱帯の森の乾燥や山火事がどれだけ効いているのか、詳しい内訳は調べられている最中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ひとつの観測所の記録が、いまも新しい問いを生み続けています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「植物のつくりとはたらき」「自然と人間」 | 光合成と呼吸、分解者のはたらき |
| 高校 | 生物基礎「生態系と物質循環」、化学基礎「物質量」 | 純生産量、式で確かめる |
| 高校+ | 地学「大気の運動」 | 南北で上下の幅が違う理由 |
| 大学 | 大気化学・生態学・地球化学 | 赤外線吸収による測定、炭素循環、大気残存率 |
| 研究 | 地球システム科学 | 季節の幅の拡大、吸収の将来 |
| ― | 生活とのつながり | 春に「過去最高」のニュースが多い理由、身近な木の芽吹きと落葉 |
- 気象庁「二酸化炭素濃度の経年変化」
- アメリカ海洋大気庁 全球監視研究所「Trends in Atmospheric Carbon Dioxide」
- スクリップス海洋研究所「The Keeling Curve」
- Keeling, C. D. (1960). The concentration and isotopic abundances of carbon dioxide in the atmosphere. Tellus, 12(2), 200–203.
- Keeling, C. D. (1998). Rewards and penalties of monitoring the Earth. Annual Review of Energy and the Environment, 23, 25–82.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。図のグラフは観測値の傾向をもとにしたおおよその形で、実際の月ごとの値は気象庁やアメリカ海洋大気庁の公開データでご確認ください。