カエデの種は、なぜくるくる回りながら落ちるの?
― 回ると、小さな羽が「大きな円」に化けます
紅葉のころ、カエデの木の下でくるくる回って舞い降りてくる、羽のついた種。あの回転は飾りではありません。回ることで、種は自分の羽よりずっと広い空気をつかみ、落ちる速さを大きく下げています。ゆっくり落ちる時間のぶん、風に乗って遠くへ運ばれるのです。
秋の公園で、赤くなりかけたモミジの下を歩いています。ふと、目の前を小さなものが回りながら落ちてきました。
拾ってみると、片側に固い種、反対側に薄い羽がついています。トンボの羽を1枚だけちぎったような形です。
頭の上に持ち上げて手を放すと、一瞬だけまっすぐ落ちたあと、すぐに回り始めました。そして、まるで小さなヘリコプターのように、ふわりと地面に降りていきます。
ゆっくり落ちられる理由は2つだけ
羽は細長い1枚でも、回ると羽の先がえがく円の全体で空気を受け止めます。止まった羽の何倍もの広さで、空気を下へ押しのけながら落ちるのです。
回る羽の前のふちには、小さな空気の渦ができます。この渦が羽の上にとどまり続けるので、羽はふつうの翼より強く空気を引き寄せられます。
この2つがそろうと、種は秒速1m前後というゆっくりした速さで落ちるとされています。人が歩く速さより遅いくらいです。
回ると、小さな羽が大きな円に化ける
落ちるものには、空気の抵抗がはたらきます。抵抗は、空気を押しのける面が広いほど大きくなります。そして、落ちる速さが増すほど強くなります。
やがて、下向きの重さと上向きの抵抗がつり合うと、それ以上は速くならなくなります。この「落ち着いた速さ」は、面が広いほど遅くなります。
カエデの種の羽は、長さ数cm、幅1cmほどの細長い板です。ところが回り始めると、羽の先が円をえがきます。空気から見ると、羽の通り道の円全体が、空気を押しのける1枚の円板のようにはたらきます。羽の長さが4cmなら、円の面積は羽そのものの十数倍になります。
図1は、この円の大きさで落ちる速さがどう変わるかを示したものです。つまみで羽の長さを変えてみてください。羽が長いほど円が広がり、落ちる速さが下がります。高い枝から落ちる時間が延び、そのぶん風に流されて遠くへ着地します。
羽の前のふちに、渦が張りつく
円板のように広く空気を受けるだけなら、紙の円盤でも同じはずです。けれど、カエデの種にはもう一つ仕掛けがあります。
回る羽は、空気に対してかなり急な角度で進んでいます。ふつうの飛行機の翼なら、角度が急すぎると空気が翼の上からはがれてしまいます。すると持ち上げる力が急に失われます。これを「失速」といいます。
ところがカエデの種の羽では、前のふちで巻いた渦がはがれずに、羽の上に乗ったまま一緒に回り続けます。渦の中は空気の圧力が低いので、羽は上へ強く引かれます。図2の左と右を見比べてください。
このしくみは、2009年にオランダとアメリカの研究チームが確かめました。下から風を吹き上げる装置で本物の種を宙に浮かせ、さらにロボットの模型の羽で空気の流れを調べたのです。その結果、前のふちの渦が、種を支える力の大きな部分を担っていることが分かりました。
実はこれは、ハチやハエなど小さな昆虫が羽ばたくときに使っているしくみと同じ種類のものです。動物は筋肉で羽を動かし、カエデは落ちる勢いだけで羽を回します。まったく違う生き物が、同じ空気の使い方にたどり着いています。
カエデの種は、重い種が羽の根元の片はしについています。重さが片側に寄っているので、落ち始めるとすぐに種の側が下を向き、羽が少しねじれた角度で風を受けます。そのため、どんな向きで手を放しても、ほんの短い距離で勝手に回り出します。
ヘリコプターは、もしエンジンが止まっても、すぐには落ちません。下から通り抜ける空気で回転翼を回し続け、その回転で落ちる速さを抑えながら降りる操縦があります。これを「オートローテーション」といいます。カエデの種は、毎日これをしているわけです。
まとめ
カエデの種は、回ることで羽の何倍も広い円で空気を受け止めます。さらに、羽の前のふちに張りつく渦が、急な角度でも失速しない強い力を生みます。こうして種はゆっくり落ち、そのあいだに風が種を親の木から遠くへ運びます。親の木の真下は日陰で、若い芽が育ちにくい場所です。回って落ちるのは、子どもを遠くへ旅立たせるための工夫なのです。
回る羽は、小さな体で空気を広くつかむ道具。
落ちる時間が長いほど、風は遠くへ運んでくれます。
落ちるものの速さが途中で一定になるしくみは、雨粒が高い空から落ちてきても痛くない理由と同じです。秋に葉が色づくしくみは、紅葉の記事で解説しています。
- 秋の公園で、カエデやモミジの羽つきの種を2〜3個拾います(落ちているものだけを拾い、枝からはとらないでください)。
- 頭の上くらいの高さから手を放し、地面に着くまでの秒数を数えます。次に、同じ種の羽をはさみで半分に切って、もう一度落としてみます。
- 最後に、羽を全部切りとった種だけを落とします。回り方と、落ちるまでの時間を3回くらべてみましょう。
羽を短くするほど速く落ち、羽のない種はすとんと落ちるはずです。種が見つからない季節は、細長い紙の片はしにクリップを付けて、羽の形をまねても試せます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・航空工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 翼果(よくか):カエデやトネリコのように、種に羽のような薄い部分がついた実のこと。風に運ばれて散らばります。
- 終端速度:落ちるものにはたらく重さと空気の抵抗がつり合い、それ以上速くならなくなったときの速さ。
- オートローテーション(自動回転):動力を使わずに、通り抜ける空気の力だけで羽が回り続ける状態。
中学高校式で確かめる:種はどれくらいの速さで落ち、どこまで運ばれる?
回る羽がえがく円を、空気を押しのける1枚の円板とみなして、落ち着いた速さ(終端速度)を見積もります。記号の意味は次のとおりです。
| 記号 | 意味と単位 |
| v | 落ちる速さ(m/s) |
| m | 種の質量(kg) |
| g | 重力加速度(m/s²) |
| ρ | 空気の密度(kg/m³) |
| C | 抵抗の係数(単位なし) |
| A | 羽が回ってえがく円の面積(m²) |
| 記号で書くと | v = √( 2 × m × g ÷ ( ρ × C × A ) ) |
| 言葉で書くと | 落ちる速さ =「2 × 種の重さ」を「空気の密度 × 抵抗の係数 × 円の面積」で割ったものの平方根 |
| どこから来る式か | 下向きの重力 m × g と、上向きの空気の抵抗 ½ × ρ × C × A × v² がつり合う、という式を v について解いたもの |
| 種1個の質量(大きめのカエデの種の目安) | 0.1 g(0.0001 kg) |
| 羽が回ってえがく円の面積(半径4 cm) | およそ 0.005 m² |
| 空気の密度 | 1.2 kg/m³ |
| 抵抗の係数(平らな円板とみなす) | およそ 1 |
| 重力加速度 | 9.8 m/s² |
| 2 × 質量 | 2 × 0.0001 = 0.0002 |
| 重さに直す(× 重力加速度) | 0.0002 × 9.8 = 0.00196 |
| 空気の密度 × 円の面積(係数は1) | 1.2 × 0.005 = 0.006 |
| 割り算 | 0.00196 ÷ 0.006 ≒ 0.33 |
| 平方根をとる=落ちる速さ | 0.33 の平方根は およそ 0.57、つまり 秒速 約0.57 m |
| 高さ10 mから落ちるまでの時間 | 10 ÷ 0.57 ≒ 17.5(秒) |
| 秒速3 mの風に流される距離 | 17.5 × 3 = 52.5(m) |
見積もりでは、種は秒速0.6m弱で落ち、10mの枝からなら約50m先まで運ばれます。実際に測られた落ちる速さは秒速1m前後とされ、羽がえがく円をまるごと板とみなした見積もりよりやや速いものの、けたは合っています。秒速1mでも落ちるまで10秒、風に流される距離は約30mです。くらべると、羽のない重い実が10mを空気なしで落ちる時間は、2 × 10 ÷ 9.8 の平方根で、およそ1.4秒にすぎません。
高校高校+空気の抵抗と、回る羽の力
高校物理基礎では、空気の抵抗が速さとともに大きくなり、重力とつり合ったところで一定の速さ(終端速度)になることを学びます。上の式は、抵抗が速さの2乗に比例するとした場合の終端速度です。円の面積が4倍になると、落ちる速さは半分になります。
高校+回る羽の各部分は、落ちる向きの風と、回転による横向きの風を合わせた「斜めの風」を受けています。羽の先ほど回転の速さが大きいので、受ける風も強くなります。種の重さが片側に寄っていることで、回転と落下がつり合った安定な状態に自然に落ち着きます。
大学前縁渦と、回転翼の理論
回る羽の前のふちにできる渦は「前縁渦(ぜんえんうず)」と呼ばれます。急な迎え角でも前縁渦が羽の上に安定してとどまることで、失速せずに大きな揚力が得られます。ヘリコプターの回転翼の理論では、羽がえがく円を「作動円板」とみなす運動量理論で、落下速度と円の面積の関係を扱います。前縁渦が回転中に安定する理由としては、羽の根元から先へ向かう流れが渦の勢いを外へ運び出す効果などが挙げられています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:オートローテーション(ウィキペディア) / 終端速度(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 実際の森で、種はどこまで飛ぶのか。 林の中の風は乱れており、上昇気流に乗ると見積もりよりはるかに遠くまで運ばれる種もあるとされます。こうした「まれな遠距離の旅」は数を測るのが難しく、まだよく分かっていません。
- 種類ごとの形の違いが何に効いているのか。 カエデの仲間でも、羽の長さや重さのつり合いは種類によって違います。どの形が、どんな環境で有利なのかは調べられている途中です。
- 種をまねた小さな飛ぶ道具。 回って落ちる種の形をまねて、空から散布する小型のセンサーを作る研究が進んでいます。小さな羽が受ける力の細かな理解は、まだ発展の途中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。前縁渦がなぜこれほど安定なのかは、今も詳しく調べられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「植物のつくり」・理科3年「力のつり合い」 | 翼果、重さと空気の力のつり合い |
| 高校 | 物理基礎「空気の抵抗と終端速度」 | 式で確かめる |
| 高校+ | 物理「円運動」の発展 | 回る羽が受ける斜めの風 |
| 大学 | 流体力学・航空工学 | 前縁渦、作動円板の運動量理論 |
| 研究 | 種子散布の生態学・生物に学ぶ工学 | 遠距離散布、種をまねた小型の飛ぶ道具 |
| ― | 生活とのつながり | 秋の公園での観察、ヘリコプターの緊急着陸 |
- Lentink, D., Dickson, W. B., van Leeuwen, J. L., Dickinson, M. H. (2009) Leading-Edge Vortices Elevate Lift of Autorotating Plant Seeds. Science 324, 1438–1440.
- Azuma, A., Yasuda, K. (1989) Flight performance of rotary seeds. Journal of Theoretical Biology 138, 23–53.
- 終端速度 - ウィキペディア
- オートローテーション - ウィキペディア
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算で、種の種類や大きさ、風の状態によって大きく変わります。