🌊 日常のふしぎ 🌍 環境・生態 予備知識なしでOK 読了 約6分

海は二酸化炭素を吸っている
― では、その先は?

「海は二酸化炭素を吸収している」という話は、よく聞かれます。実際、人間が出した二酸化炭素のうち、少なくない部分を海が吸い込んでいるとされています。ただし、話はそこで終わりません。吸いこまれた二酸化炭素は、海水の中で姿を変え、別の問題を引き起こしています。

公開:2026.08.28 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、思い出してみてください

ニュースなどで、「海は人間が出した二酸化炭素の一部を吸収している」という話を聞いたことがあるかもしれません。「海が二酸化炭素を吸ってくれるなら、それで一件落着」と考えてしまいそうになります。

ところが、吸収された二酸化炭素は、消えてなくなるわけではありません。海水の中で、化学的に姿を変え、海そのものの性質を、少しずつ変え続けているとされています。

吸いこまれた二酸化炭素は、海の中で、いったい何になっているのでしょうか。

1
海水は、二酸化炭素を溶かしこみます

空気中の二酸化炭素は、海の表面から、海水の中に溶けこみます。気体が液体に溶ける、ごくふつうの現象です。

2
溶けたあと、化学反応が起こります

溶けた二酸化炭素は、海水中の水と反応して炭酸になり、さらに水素イオンを放出します。これが、海水を、じわじわと酸性寄りに変えています。

「吸収して終わり」ではない、その先の化学変化を見ていきます。

① 大気から、海水に溶けこむ 大気中の二酸化炭素 海水(表面) ② 海水の中で、段階的に反応する CO₂ + H₂O H₂CO₃(炭酸) (二酸化炭素と水が結びつく) H⁺ + HCO₃⁻ (水素イオンが放出される) 一部はさらに → 2H⁺ + CO₃²⁻
図1:上(①)は、大気中の二酸化炭素が海水の表面に溶けこむ様子。下(②)は、溶けた二酸化炭素が海水の中で段階的に反応する様子。まず水と結びついて炭酸になり、次に水素イオンと炭酸水素イオンに分かれます。この過程で水素イオンが増えるほど、海水は酸性寄りに近づきます。

海水は、二酸化炭素を「溶かしこんで」います

空気中の二酸化炭素の一部は、海の表面で、海水の中に溶けこみます。これは、炭酸飲料の栓を開けたときに気体が出てくるのと、逆向きの現象です。気体は、まわりの気体の圧力が高いほど、液体に溶けこみやすくなるという性質があります。大気中の二酸化炭素の濃度が上がるほど、海水に溶けこむ二酸化炭素の量も増える傾向にあるとされています。

この単純な「溶けこみ」だけでも、海は大気中の二酸化炭素を減らす役割を果たしています。実際、人間が石油や石炭を燃やして排出してきた二酸化炭素のうち、少なくない割合を、海がこれまで吸収してきたと報告されています。

溶けたあと、二酸化炭素は「炭酸」に変わります

ここからが、この記事の本題です。海水に溶けた二酸化炭素は、そのままの姿でとどまっているわけではありません。まず、まわりの水分子と結びついて炭酸になります。次に、その炭酸の一部が水素イオンと、炭酸水素イオンに分かれます。さらにそのごく一部は、もう1つ水素イオンを手放して、炭酸イオンに変わります。

この一連の反応が起こるたびに、海水中に水素イオンが増えていきます。水素イオンが増えるということは、海水が、より酸性寄りに近づいているということです。この現象は海洋酸性化と呼ばれています。

海は、二酸化炭素を「吸収して終わり」ではありません。
吸収した先で、海水そのものの性質を変え続けています。

酸性化は、貝やサンゴにも影響します

貝やサンゴ、一部のプランクトンは、海水中の炭酸イオンを材料にして、殻や骨格(炭酸カルシウム)を作っています。ところが、海水が酸性寄りに近づくと、炭酸イオンの一部が、水素イオンと結びついて炭酸水素イオンに変わってしまい、殻や骨格の材料として使いにくくなるとされています。

その結果、これらの生物が、殻や骨格を作りにくくなったり、すでにある殻が溶けやすくなったりする可能性があると報告されています。海が二酸化炭素を吸収するという「良い面」の裏で、海の生態系にとっては新しい負担が生まれているというわけです。

🔎 「吸収してくれるから安心」ではありません

海が二酸化炭素を吸収する量には、限りがあると考えられています。また、吸収そのものが、海洋酸性化という新たな課題を生み出しています。「海が吸収してくれるから大丈夫」と単純に考えるのではなく、吸収の先で何が起きているかまで含めて理解することが大切です。

自分で確かめられること

🧪 二酸化炭素が水に溶けると酸性になることを、身近な材料で確かめる
  1. コップに水を入れ、紫キャベツの煮汁(またはBTB溶液など、手に入る酸性・アルカリ性の目安になる液)を少量加える
  2. ストローを使って、その液体の中に、ゆっくり息を吹きこむ(勢いよく吸いこまないように注意)
  3. 液の色が、時間とともに変化していくことを確かめる

息にふくまれる二酸化炭素が水に溶けて酸性寄りに変化する様子を、色の変化として観察できます。海で起きていることの、ごく身近なミニチュア版です。

まとめ

海は、大気中の二酸化炭素の一部を吸収し続けていますが、吸収された二酸化炭素は、そのまま消えるのではなく、海水中で炭酸・水素イオン・炭酸イオンへと姿を変えています。この変化が海水を酸性寄りに近づける「海洋酸性化」を引き起こし、貝やサンゴなど、殻や骨格を作る生物に影響を与える可能性があるとされています。

海が二酸化炭素を吸うことは、解決ではありません。
問題の場所を、大気から海へと移しているだけとも言えます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「地学基礎」「化学基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の「化学」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(海洋化学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:海と二酸化炭素をめぐる言葉

高校式で確かめる:海は、どれだけの二酸化炭素を吸収してきたのか

人間の活動によって排出されてきた二酸化炭素のうち、海が吸収してきた量を、代表的な統計値を使って見積もります。

① まず、代表的な数値を確認する
産業革命以降、人間が排出してきた二酸化炭素の総量代表的な推計として、およそ2400億トン(2.4兆トン)とされています
そのうち、海が吸収してきた割合代表的な推計として、およそ28%程度とされています
現在の、人間が1年間に排出する二酸化炭素の量代表的な推計として、およそ400億トン(0.04兆トン)とされています

これらの数値は、調査・推計の方法や年によって幅があります。あくまで大きさの見当をつけるための、代表的な値として扱います。

② 実際に計算してみる
28%を、割り算に使える小数に直す28 ÷ 100 = 0.28
海が吸収してきた二酸化炭素の量2400 × 0.28 = 672
海が吸収してきた量約 672億トン

この量が、現在の人間の年間排出量の、何年分にあたるかを計算してみます。

現在の年間排出量の何年分か672 ÷ 40 ≒ 16.8
年間排出量の何年分か約 16.8 年分

海がこれまでに吸収してきた二酸化炭素は、いまの人類が1年間に排出する量のおよそ17年分に相当するという計算になります。海が、いかに大きな役割を果たしてきたかがうかがえます。

※ 排出総量・吸収割合・年間排出量は、いずれも代表的な推計値であり、出典や算定年によって幅があります。

高校+反応は、一段階では終わりません

本文で紹介した反応は、実際には複数の段階に分かれた、可逆的な化学平衡として起こっています。CO₂ + H₂O ⇌ H₂CO₃ ⇌ H⁺ + HCO₃⁻ ⇌ 2H⁺ + CO₃²⁻という一連の反応が、たがいに行き来しながらつり合っています。海水中では、炭酸水素イオン(HCO₃⁻)の形が、もっとも多くの割合を占めているとされています。

大学海の「緩衝能力」には、限りがあります

海洋化学では、海水がどれだけ多くの二酸化炭素を、比較的落ち着いた形で吸収できるかという能力を表す指標として、レベル因子と呼ばれる考え方が使われています。海水中の炭酸系のバランスが変化するにつれて、この吸収のしやすさが、少しずつ低下していくと考えられています。つまり、海が二酸化炭素を吸収し続けるほど、次の吸収がしにくくなっていくという側面があります。

研究まだ、はっきりしていないこと

海と二酸化炭素の関係は、単純な「吸収してくれる」という話にとどまらず、いまも研究が続く複雑なテーマです。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・水溶液の性質溶解・炭酸・水素イオンの基本用語
高校地学基礎・化学基礎吸収割合から総量を見積もる計算
高校+化学・酸と塩基の平衡炭酸系の化学平衡
大学海洋化学レベル因子と海の緩衝能力の低下
研究気候科学・海洋生態学(研究中)将来の吸収量予測、海洋生物への影響評価
参考・出典
  1. 気象庁「海洋の二酸化炭素吸収」に関する解説資料。
  2. IPCC(気候変動に関する政府間パネル)評価報告書における、炭素循環と海洋吸収量に関する記載。
  3. 海洋化学関連の教科書における、炭酸系の化学平衡とレベル因子に関する解説。
  4. 文部科学省・気象庁「海洋酸性化」に関する一般向け解説資料。
  5. 海洋生態学分野における、海洋酸性化が石灰化生物に与える影響に関する研究レビュー。

※ 排出量・吸収割合などの数値は代表的な推計値であり、出典・算定年によって幅があります。最新の値は気象庁やIPCCなど公的機関の発表をご確認ください。

※本記事は一般向けの科学解説です。気候変動・海洋酸性化に関する最新のデータや政策動向については、気象庁やIPCCなど公的機関の情報をご確認ください。