冬の日本海は、なぜあんなに荒れるの?
― 波の高さは、風の強さと「吹き渡る距離」で決まります
11月に入ると、日本海側の天気予報に「波の高さ5メートル」という数字が出はじめます。同じ日、太平洋側の浜辺は穏やかなことが少なくありません。吹いているのは同じ冬の風です。違いを生むのは、風が海の上をどれだけ長く、どれだけ遠くまで吹き渡ってきたか、です。
晩秋の新潟や金沢の海岸。灰色の空の下で、白く砕けた波が防波堤を越えて打ち上がっています。
同じ日に、静岡や千葉の砂浜へ行ってみると、冷たい風は強いのに、波打ちぎわは意外なほど静かです。
風呂の湯に息を吹きかけても、小さなさざ波しか立ちません。では、海の大きな波は、どこで、どうやって育ってくるのでしょう。
理由は、大きく2つです
冬の北西の風は、大陸の岸から日本海を横切って日本の岸に届きます。波は風に押されながら進むあいだずっと育つので、吹き渡る距離が長いほど高くなります。
波が育ちきるには時間もかかります。冬の季節風は、同じ向きのまま何日も吹き続けることが多く、波に育つ時間をたっぷり与えます。
つまり波の高さは、「風の強さ」「吹き渡る距離」「吹き続ける時間」の3つで決まります。冬の日本海は、この3つがそろいやすい場所なのです。
波は、風に押されながら「育つ」
風が水面をなでると、まず細かいさざ波が立ちます。さざ波ができると、水面に凹凸が生まれます。風はその凹凸の風上側を押し、波を少しずつ持ち上げます。波が高くなるほど風を受ける面も広がるので、波はさらに育ちます。
この育ち方は、一瞬では終わりません。波は風下へ進みながら、風からエネルギーを受け取り続けます。ですから、風が吹き始める岸の近くでは波は小さく、風下へ遠く離れるほど大きくなります。図1を見てください。
同じ風でも、距離が違うと波はこんなに違う
海洋学では、風の強さと吹き渡る距離から波の高さを見積もる式が使われています。毎秒15メートルの強い風で計算すると、吹き渡る距離が10kmの湖では、波の高さは80センチほどです。距離が300kmの日本海では、4メートルを超えます。距離は30倍なのに、高さは約5倍にとどまります。高さは距離の「平方根」に比例して伸びるからです。
ただし、波は際限なく育つわけではありません。ある風の強さで育てられる波には上限があり、毎秒15メートルの風ならおよそ5メートルとされます。図2のつまみで、吹き渡る距離を変えてみてください。
太平洋側の岸が静かなのは、風が「沖へ」吹くから
冬の季節風は、日本列島の山を越えて太平洋側へも吹き下ります。ところが太平洋側の岸では、風は陸から海へ、つまり沖へ向かって吹きます。岸のすぐ前の海は、風が吹き始めたばかりの場所です。吹き渡る距離はほぼゼロなので、波は育っていません。
同じ毎秒15メートルの風でも、岸から5kmの沖では、波の高さは50センチほどと見積もられます。冷たい強風の日に太平洋側の浜が静かなのは、このためです。波は沖へ向かって育ち、遠い海の上で大きくなっています。
富山湾では、晴れて風も弱い日に、突然大きな波が押し寄せることがあります。北海道の西の海で強い北風が育てた波が、日本海を長い距離かけて南下し、湾に届くものです。「寄り回り波」と呼ばれ、2008年2月には沿岸に大きな被害を出したとされます。遠くで育った波が届く「うねり」の一種です。
波の高さの予報は、たくさんの波の「平均的な大きさ」です。実際には、その1.5倍から2倍ほどの波がときどき混じるとされます。冬の日本海側で波浪警報や注意報が出ている日は、見物や釣りで防波堤や岩場に近づかないでください。
まとめ
海の波は、風に押されながら育ちます。だから波の高さは、風の強さに加えて、風が海の上を吹き渡る距離と、吹き続ける時間で決まります。冬の日本海は、大陸からの長い距離と、何日も続く季節風がそろう場所です。反対に太平洋側の岸では、同じ風が沖へ吹くため、波は育つ前の小さいままです。
波は、風が海の上を旅した距離の記録です。
同じ風でも、どこから吹いてきたかで海の顔は変わります。
遠くで育った波が風のない岸に届くしくみは「風もないのに、なぜ急に高い波が来るの?」で、波が高くなれる限界は「海の波は、どこまで高くなれるの?」で解説しています。同じ季節風が雪を降らせるしくみは「日本海側は、なぜ雪がたくさん降るの?」へ。
- 細長いバットや衣装ケースに、水を2〜3センチ入れます。
- 短い辺の端から、うちわで水面すれすれに風を送ります。風上の端と、風下の端で、さざ波の大きさをくらべてみましょう。
- 次に、長い辺の端から同じように風を送ります。吹き渡る距離が長くなると、風下の端の波はどう変わるでしょうか。
風下ほど波が目立つはずです。天気予報の「波の高さ」を、日本海側と太平洋側で見くらべるのもおすすめです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(海洋物理学・海岸工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 風浪(ふうろう):その場で吹いている風によって育っている波。とがった形で、向きがそろっていません。
- 吹送距離(すいそうきょり):風が海の上をほぼ同じ向きで吹き渡ってきた距離。海岸や港の専門書に出てくる言葉です。
- 有義波高(ゆうぎはこう):多くの波のうち、高いほうから3分の1を選んで平均した高さ。天気予報の「波の高さ」はこれにあたり、目で見た印象に近いとされます。
中学高校式で確かめる:同じ風で、湖と日本海の波はどれくらい違う?
風の強さと吹送距離から波の高さを見積もる、実測にもとづく式を使います。風の速さは毎秒15メートルで固定し、吹送距離だけを変えます。
| 記号で書くと | H = 0.0016 × U × √( F ÷ g ) |
| 言葉で書くと | 波の高さ = 0.0016 × 風の速さ × (吹送距離 ÷ 重力加速度)の平方根 |
| どこから来る式か | 風が波に渡すエネルギーは、吹き渡る距離に比例してたまっていきます。波のエネルギーは高さの2乗に比例するので、高さは距離の平方根で伸びます。係数 0.0016 は、北海での大規模な観測から決められた値です。 |
| H | 有義波高(メートル) |
| U | 海面から10メートルの高さの風速(メートル毎秒) |
| F | 吹送距離(メートル) |
| g | 重力加速度(メートル毎秒毎秒) |
| 風の速さ | 毎秒15メートル |
| 重力加速度 | 9.8 メートル毎秒毎秒 |
| 湖の吹送距離 | 10km(10000メートル) |
| 日本海の吹送距離 | 300km(300000メートル) |
| 係数と風速をかける | 0.0016 × 15 = 0.024 |
| 湖:距離を重力加速度でわる | 10000 ÷ 9.8 ≒ 1020 |
| 湖:その平方根 | 1020 の平方根は およそ 32 |
| 湖の波の高さ | 0.024 × 32 ≒ 0.77 メートル |
| 日本海:距離を重力加速度でわる | 300000 ÷ 9.8 ≒ 30600 |
| 日本海:その平方根 | 30600 の平方根は およそ 175 |
| 日本海の波の高さ | 0.024 × 175 = 4.2 メートル |
| 高さの比 | 4.2 ÷ 0.77 ≒ 5.5 倍 |
| 波のエネルギーの比(高さの2乗) | 5.5 × 5.5 ≒ 30 倍 |
距離30倍で、高さは約5.5倍、エネルギーはちょうど約30倍です。エネルギーが距離に比例してたまる、という式の成り立ちがそのまま数字に出ています。4.2メートルは、人の背丈の2倍半ほどの高さです。
高校高校+波のエネルギーと、育ちきった海
高校水面の波は、水そのものが遠くへ運ばれるのではなく、上下の揺れが伝わる現象です。波の持つエネルギーは、振幅(高さ)の2乗に比例します。高さが2倍の波は、4倍のエネルギーで岸を打ちます。
高校+風が十分に長く、遠くまで吹くと、波は風からもらうエネルギーと、砕けて失うエネルギーがつり合い、それ以上育たなくなります。これを「十分に発達した海」と呼びます。このときの波の高さは風速の2乗に比例し、毎秒15メートルでおよそ5メートル、毎秒20メートルなら9メートル近くになるとされます。また、吹送距離300kmの波が育ちきるには、半日以上同じ風が吹き続ける必要があると見積もられます。
大学波浪推算:波を「予報」する方法
風から波を見積もる方法を「波浪推算」といいます。第二次世界大戦中の上陸作戦のために、スベルドラップとムンクが基礎を作り、のちにブレットシュナイダーが改良しました。三人の名からSMB法と呼ばれます。上の式は、1970年代の北海の観測計画で得られたJONSWAPスペクトルにもとづく吹送距離則です。十分に発達した海の波はピアソン・モスコヴィッツ・スペクトルで表されます。現在の気象庁の波浪予報は、波のエネルギーを周波数と向きごとに追いかける「スペクトル法」の数値モデルで計算されています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:気象庁「波浪の知識」 / 有義波高(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 風が波を育てる仕組みの細部。 水面の凹凸が風の圧力差を生む説と、波のすぐ上の空気の流れの層が効く説があり、強風下でどちらがどれだけ効くのかは、いまも観測と計算が続いています。
- 強風での白波と、空気・海の間のやりとり。 砕ける波が海に取り込む熱や気体の量は、気候の予測に関わりますが、強い風のもとでの正確な量はまだ不確かとされます。
- 思いがけない大波の予測。 周りの波の2倍を超える「一発大波」が、どんな条件でどれくらいの頻度で起きるのかは、研究が進んでいる最中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。上の式も、実測に合わせた見積もりの式であり、実際の海の波は地形や潮の流れでも変わります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「日本の気象(季節風)」 | 冬の北西の季節風が日本海を渡る |
| 高校 | 物理基礎「波の性質」、地学基礎「大気と海洋」 | 波は揺れが伝わる現象、エネルギーは高さの2乗 |
| 高校+ | 物理「波のエネルギー」 | 十分に発達した海、育ちきるまでの時間 |
| 大学 | 海洋物理学・海岸工学 | 波浪推算(SMB法、JONSWAP、スペクトル法) |
| 研究 | 大気海洋相互作用 | 風から波へのエネルギー移動、一発大波 |
| ― | 生活とのつながり | 冬の波浪予報の見方、高波の日の海辺での行動 |
- 気象庁「波浪の知識」
- Hasselmann, K. ほか(1973)北海波浪共同観測計画(JONSWAP)の報告、ドイツ水路誌 補遺
- Pierson, W. J. & Moskowitz, L.(1964)十分に発達した風浪のスペクトルに関する論文、地球物理学研究誌
- 合田良實『耐波工学 ― 港湾・海岸構造物の耐波設計』鹿島出版会
- ウィキペディア「有義波高」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の波の高さは地形・潮流・風の変化で大きく変わります。海辺での行動は、気象庁の波浪警報・注意報や自治体等の指示に従ってください。