合わせ鏡の奥は、なぜだんだん暗く、緑っぽくなっていくの?
― 鏡は、跳ね返すたびに光を1割ほど失っています
鏡は光を「全部」返しているように見えます。でも実は、1回跳ね返すたびに少しずつ光を失っています。そして失い方は、色によってわずかに違います。合わせ鏡は、その小さな差を何十回も重ねて見せてくれる装置です。
洗面所の鏡と、手に持った手鏡を向かい合わせにします。すると鏡の中に鏡が映り、その中にまた鏡が映り、トンネルのように奥へ続いていきます。
よく見ると、奥の像ほど暗くなっています。しかも、手前は白っぽいのに、奥へ行くほど深い緑色に沈んでいきます。
鏡そのものに色は付いていないはずです。では、この暗さと緑色は、どこから来たのでしょうか。
理由は2つだけ
ふつうの鏡が返す光は、およそ9割前後とされます。1回なら気づかない差ですが、何十回も重なると、明るさは急速に減っていきます。
鏡の銀の膜は、ガラスの裏に貼られています。光はそのガラスを往復します。窓ガラスと同じガラスはわずかに緑がかっていて、赤と青を少し多く吸います。
1つ目が「暗くなる」理由、2つ目が「緑になる」理由です。どちらも、1回ではほとんど見えない小さな差です。合わせ鏡は、それを何十回もかけ算して、目に見える大きさにしています。
1回で1割。でも20回重なると、残りは1割
鏡に入った光のうち、9割が返ってくるとします。2回跳ね返ると、9割のさらに9割で、8割ほどになります。3回目、4回目と進むたびに、そのときの明るさの9割だけが残ります。
こうした減り方は、毎回「同じ量」ではなく「同じ割合」で減るのが特徴です。最初は大きく減り、あとはゆっくり減りながら、どこまでもゼロに近づいていきます。図1のつまみで、1回あたりに返す光の割合を変えてみてください。
図1で90%のとき、10回目の像はすでに最初の3分の1ほどの明るさです。22回目ごろには、10分の1を下回ります。99%まで上げると、10分の1になるのは200回を超えてからです。つまり、たった1割の差が、トンネルの「深さ」を10倍も変えてしまいます。
実際には、鏡を完全に平行に保つのも難しく、トンネルは奥へ行くほど少しずつ曲がっていきます。それでも、像が数十個まで見えることがあるのは、鏡が9割前後というかなり高い割合で光を返しているからです。
緑色の正体は、鏡の「表のガラス」
家の鏡は、板ガラスの裏側に薄い銀の膜を付け、さらにその裏を塗料で守った作りになっています。光はまずガラスに入り、裏の銀で跳ね返り、もう一度ガラスを通って出てきます(図2)。つまり1回の反射で、光はガラスの厚みを2回通ります。
ふつうの板ガラスには、原料の砂などに由来する鉄分がわずかに含まれています。この鉄分が、赤に近い光と青に近い光を少しだけ多く吸うため、ガラスはほんのり緑がかっています。正面から見ると透明に見えますが、ガラスの切り口をのぞくと、はっきり緑色に見えます。
切り口が緑に見えるのは、光がガラスの中を長い距離通ってくるからです。合わせ鏡も同じです。20回跳ね返った光は、厚さ4ミリのガラスなら合計16センチ分のガラスを通ってきた計算になります。トンネルの奥は、分厚いガラスの塊をのぞいているのとほぼ同じなのです。
白いものを映すと白く見えるので、鏡は色のない物の代表のように思われています。しかし、色ごとに返す割合を細かく測ると、ふつうの鏡は緑のあたりで返す割合が一番高いとされています。「鏡はごくわずかに緑色の物体だ」という言い方は、この意味では正しいのです。
天体望遠鏡の大きな鏡は、ガラスの表側に金属の膜を付けています。光をガラスに通さないので、色の偏りや二重の像が生まれにくくなります。そのかわり膜が傷つきやすく、家の鏡のように手で拭くことはできません。
まとめ
合わせ鏡の奥が暗くなるのは、鏡が1回ごとに光を1割ほど失い、それが何十回もかけ算で重なるからです。緑っぽくなるのは、鏡の表のガラスが赤と青をほんの少し多く吸い、その差もまた重なっていくからです。1回では気づけない小さな差が、くり返しによって目に見える大きさに育ちます。
鏡は、光を「ほぼ全部」返している。
その「ほぼ」が、合わせ鏡の奥で緑色の暗がりになる。
鏡がなぜ左右だけ逆に見えるのかは「鏡はなぜ左右だけを逆にして、上下はそのままなの?」で、夜の窓ガラスが鏡になるしくみは「夜になると窓ガラスが鏡になるのは、なぜ?」で解説しています。
- 洗面所の鏡の前で、手鏡を顔の横に持ち、2枚がほぼ向かい合うように角度を合わせます。手鏡の中に、奥へ続くトンネルが見えます。
- 手前から何個目まで像が数えられるか、数えてみましょう。奥の像ほど暗く、緑がかっていくのを確かめます。
- 窓ガラスや、写真立てのガラスの切り口を、真横からのぞいてみます。正面からは透明なガラスが、切り口では緑色に見えるはずです。
ガラスの切り口は鋭いことがあります。指でなぞらず、目で見るだけにしてください。鏡に日光を当てて人の目に向けるのも避けましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「数学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(光学・物質科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 反射率:当たった光のうち、跳ね返される光の割合。ふつうの鏡ではおよそ9割前後とされます。
- 吸収:物質が光のエネルギーを受け取り、熱などに変えてしまうこと。色によって吸われやすさが違います。
- 裏面鏡と表面鏡:ガラスの裏に金属膜を付けた鏡が裏面鏡(家の鏡)、表に付けた鏡が表面鏡(望遠鏡の鏡)です。
中学高校式で確かめる:何回目で、明るさは10分の1になる?
1回の反射で、明るさは毎回同じ割合 R だけ残ります。これを n 回くり返したときの明るさを求め、10分の1を下回る回数を確かめます。
| 記号で書くと | In = I0 × Rn |
| 言葉で書くと | n 回目の像の明るさ = 最初の明るさ × (1回で返す割合を n 回かけたもの) |
| どこから来る式か | 1回の反射ごとに「そのときの明るさの R 倍」だけが残る、という関係を n 回くり返したもの。毎回同じ割合で減るので、等比数列(指数関数)になります。 |
| In | n 回跳ね返ったあとの像の明るさ(最初を1とした割合) |
| I0 | 最初の明るさ(ここでは1とする) |
| R | 鏡が1回で返す光の割合(反射率、単位なし) |
| n | 跳ね返った回数 |
| 家の鏡の反射率(目安) | およそ 0.9 とされる |
| 板ガラスの厚さ(家の鏡の一例) | 4 ミリ |
| 1回の反射でガラスを通る回数 | 2 回(行きと帰り) |
| 2回目の像の明るさ | 0.9 × 0.9 = 0.81 |
| 4回目(2回目の明るさを2乗) | 0.81 × 0.81 ≒ 0.656 |
| 8回目(4回目を2乗) | 0.656 × 0.656 ≒ 0.430 |
| 16回目(8回目を2乗) | 0.430 × 0.430 ≒ 0.185 |
| 20回目(16回目に4回分をかける) | 0.185 × 0.656 ≒ 0.121 |
| 22回目(20回目に2回分をかける) | 0.121 × 0.81 ≒ 0.098 |
| 20回の反射でガラスを通る回数 | 20 × 2 = 40 |
| そのとき通ったガラスの合計の厚さ(ミリ) | 40 × 4 = 160 |
22回目で、明るさは最初の約0.098倍、つまり10分の1を下回ります。図1の「22回目」と同じ答えです。そこまでに光は、厚さ16センチほどのガラスを通ってきています。ガラスの切り口を真横からのぞくのと同じくらいの長さなので、緑色がはっきり見えてくるわけです。
高校高校+「同じ割合で減る」ことの意味
高校毎回同じ割合で減る量は、等比数列になります。両辺の対数をとると、10分の1になる回数は「0.1 の対数 ÷ R の対数」で求まります。R が1に近いほど、R の対数は0に近づくため、回数は急に大きくなります。90%と99%で、回数が約10倍違うのはこのためです。
高校+ガラスの中の吸収も、同じ「同じ割合で減る」形をしています。通った厚さに対して明るさが指数関数的に減る関係は、ランベルト・ベールの法則と呼ばれます。赤・緑・青で吸収の強さが少しずつ違うため、長く通るほど、吸収の一番弱い緑が残ります。
大学金属の反射率と、ガラス中の鉄イオン
金属がよく光を返すのは、金属の中を自由に動ける電子が、光の電場を打ち消すように揺れるためです。この揺れ方はドルーデ模型で説明され、銀やアルミニウムは可視光の大部分を返します。一方、板ガラス(ソーダ石灰ガラス)の緑色は、主に微量の鉄イオンの吸収によるとされています。2価の鉄イオンは赤から近赤外に、3価の鉄イオンは紫外から青の側に吸収を持つとされ、その両側の「谷」にあたる緑が通り抜けます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ランベルト・ベールの法則(ウィキペディア) / 鏡の構造と種類(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 人の目には、何回目の像まで見えるのか。 明るさの比だけでなく、目の慣れ、部屋の明るさ、像の小ささ、鏡のわずかな傾きが重なるため、一つの答えは決まっていません。
- 暗いところの色の見え方。 暗くなった像では、目の色の感じ方そのものが変わります。奥の像の緑が、ガラスの吸収だけでどこまで説明できるのかは、条件によって違うと考えられます。
- より色の偏らない鏡づくり。 鉄分を減らした高透過ガラスや、膜の材料の工夫で、色の偏りを減らす研究や製品開発が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。反射率や色合いは鏡の種類によって違うため、数値は目安として読んでください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「光の反射・屈折」 | 鏡で光が跳ね返る、ガラスを通る |
| 高校 | 数学「指数関数・対数関数」、物理「光の性質」 | 同じ割合で減る明るさ、10分の1になる回数 |
| 高校+ | 化学の発展「光の吸収と色」 | ランベルト・ベールの法則、緑だけが残る理由 |
| 大学 | 光学、固体物理、ガラス工学 | ドルーデ模型、鉄イオンの吸収 |
| 研究 | 視覚科学、光学材料 | 見える像の数、色の偏らない鏡 |
| ― | 生活とのつながり | 合わせ鏡、ガラスの切り口の緑色、望遠鏡の鏡 |
- ウィキペディア「鏡」(鏡の構造・種類)
- ウィキペディア「ランベルト・ベールの法則」
- E. Hecht, Optics, 5th ed., Pearson(金属の反射と吸収の章)
- W. Vogel, Glass Chemistry, Springer(ガラス中の鉄イオンによる着色)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。鏡の反射率やガラスの色合いは、製品や製法によって異なります。