日常のふしぎ 力学 予備知識なしでOK 読了 約7分

くるくる回ったあと、止まっても目が回るのはなぜ?
― 耳の奥の液が、止まりきれずに「ふた」を押し続けています

体はもう止まっているのに、部屋だけがぐるぐる回って見える。あれは気のせいではありません。耳の奥にある細い輪の中で、液体が「止まれ」に遅れて動き、回転を知らせるセンサーを押し続けているのです。しかも、回っているあいだに体はその回転に「慣れて」しまっています。

公開:2026.10.03 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

子どものころ、公園で両手を広げてその場でくるくる回ったことはありませんか。回転いすで友だちに回してもらった人もいるでしょう。

回っているうちは、意外と平気です。ところが止まった瞬間、景色がさっきとは逆の向きに流れ出します。まっすぐ立とうとしても、体が勝手に傾きます。

止まっているのは自分なのに、なぜ世界のほうが回り始めるのでしょう。しかも、なぜ逆向きなのでしょう。

理由は2つだけ

1
耳の奥の液は、急には止まれない

回転を感じるのは、耳の奥にある液で満たされた細い輪です。頭が止まっても、中の液は勢いで少し進み、センサーの「ふた」を押します。押されたふたは、ゆっくりとしか元に戻りません。

2
回っているあいだに、体が「慣れて」いる

同じ速さで回り続けると、ふたは少しずつ元に戻り、脳は「もう回っていない」と思い始めます。そこで急に止まると、ふたは逆向きに押されます。だから止まったのに逆回りしている気がするのです。

ふだんは頼りになる回転センサーが、「急に止まる」という場面でだけ、遅れと慣れのせいで食い違った報告をしてしまいます。順に見ていきましょう。

耳の奥にある、液の入った3つの輪

耳の穴のずっと奥、頭の骨の中に、小指の先ほどの小さな器官があります。そこから半円形の細い管が3本出ていて、まとめて「三半規管」と呼ばれます。3本はたがいに直角の向きを向いています。そのため、うなずく・首をかしげる・振り向く、のどの回転も、どれかの輪がとらえます。

管の中は液でいっぱいです。管の途中には、ゼリーのような柔らかい膜の「ふた」が、管をふさぐように立っています。ふたの根もとには、毛の生えた感覚の細胞が並んでいます。ふたが傾くと毛が曲がり、その信号が脳へ「いま、こっち向きに回っている」と伝わります。

頭が回り始めると、管は頭と一緒に動きます。ところが中の液は、その場にとどまろうとします。これが「慣性」です。だから液は管に対して後ろへずれ、ふたを押します。逆に頭が急に止まると、液は勢いで前へ進み、ふたを反対向きに押します。図1のつまみで、止まってからの時間を動かしてみてください。

耳の奥の輪っか(半規管) 膜のふた(クプラ) 液が押す 中は液で 満たされている 頭はもう止まっている 感じる回転 100% 0 10秒 20秒 30秒 40秒 止まってからの時間 → 残っている回転の感覚 37% (ふたの戻りと脳の処理を 合わせた目安。時定数10秒)
つまみを動かすと、ふたの傾きと、残っている回転の感覚が変わります
図1:左は耳の奥の輪っかの断面です。止まった直後、中の液が勢いで進み、上の膜のふたを矢印の向きに傾けます。右のグラフの曲線は、そのとき体が感じる回転の強さです。つまみで止まってからの時間を進めると、左のふたがゆっくり立ち直り、右の点が曲線に沿って下がっていきます。

ポイントは、ふたが「すぐには戻らない」ことです。管はとても細く、中の液は細い管の中ではハチミツのように動きにくくなります。そのため、傾いたふたが元に戻るのに数秒かかります。さらに脳は、この信号を少し引き延ばして扱うと考えられています。その結果、回転の感覚は図1のように数十秒かけて薄れていきます。

回っているあいだに、体はもう「慣れて」いる

もう1つの理由は、止まる前に起きています。回り始めの瞬間、ふたは大きく傾き、脳は「回り始めた」と知ります。ところが同じ速さで回り続けると、液はやがて管と一緒に回るようになります。押す力がなくなったふたは、ゆっくり立ち直ります。

つまり、一定の速さで回り続けていると、回転の感覚はだんだん弱まります。図2の左半分がそのようすです。点線が実際の回転で、実線が体の感じる回転です。20〜30秒も回り続けると、実際には回っているのに、体はほとんど「止まっている」と感じ始めます。

ここで急に止まるとどうなるでしょう。液は勢いでさらに進み、ふたを回り始めとは逆向きに押します。脳はこれを「逆向きに回り始めた」と読みます。図2の右半分で、実線がゼロより下へ落ちているところです。止まったのに逆回りの感覚がやってくるのは、このためです。

一定の速さで回っている間 止まった後 時間 → 実際の回転(点線) 体が感じる回転(実線) 回っているのに 「止まった」と感じ始める 逆向きに回っている気がする ここで止まる 右回り 左回り
図2:点線が実際の回転、実線が体の感じる回転です。左半分では、回り続けるうちに実線がゼロへ近づき「慣れて」いきます。真ん中の縦の点線で止まると、実線は逆向き(下側)へ大きく振れてから、ゆっくり戻ります。

景色が流れて見えるのは、目の動きのせいです。回転センサーの信号は、目を自動で動かす回路にもつながっています。止まった後も「回っている」と信号が出るので、目はゆっくり一方へ流れては、さっと戻る動きをくり返します。これを「眼振」といいます。目が勝手に動くので、止まっている部屋が流れて見えるのです。

💡 バレエやフィギュアスケートの選手が目を回しにくいわけ

バレエのダンサーは、回転中に顔をできるだけ正面に残し、最後に素早く首を回して正面に戻します。こうすると目が一点をとらえ続けるので、景色が流れにくくなります。また、回転をくり返し練習した選手では、止まった後の目の流れや回転の感覚が短くなることが知られています。脳が、センサーの信号の扱い方を変えていると考えられています。

💡 コップの水でも同じことが見える

水を入れたコップに、紅茶の葉のような小さな浮きを入れて、コップをゆっくり回してみてください。回し始めは、水はほとんど動かず取り残されます。急に止めると、今度は水だけがしばらく回り続けます。耳の奥の液もこれと同じです。ただし管がとても細いので、液はすぐに止まり、そのかわりにふたを押し傾けます。

まとめ

止まっても目が回るのは、耳の奥の液が慣性で遅れて動き、回転を感じる膜のふたを押し傾けるからです。ふたはゆっくりとしか戻らず、脳もその信号を引き延ばします。さらに、回っているあいだに体が回転に慣れてしまうため、止まった瞬間の信号は「逆向きに回り始めた」と読まれます。

止まったのは体。まだ止まれていないのは、耳の奥の液。
めまいは、慣性が書き残した「回転の余韻」です。

回転センサーと目の食い違いが続くと気分が悪くなるしくみは乗り物酔いの記事で紹介しています。また、暗い所で目に頼れなくなるとどうなるかは暗い部屋でふらつく理由で、体が感じる「重さ」の正体はエレベーターの記事で読めます。

🧪 回転いすで確かめてみよう
  1. 回転いすに座り、目を閉じて、家族にゆっくり10回ほど回してもらいます。周りに物がない場所で行い、気分が悪くなったらすぐやめましょう。
  2. 止めてもらったら目を開け、家族に自分の目を横から見てもらいます。黒目がゆっくり一方へ流れて、さっと戻る動きが見えるはずです。
  3. その動きが見えなくなるまでの時間を、時計で計ってもらいます。次に、回る向きや回数を変えて比べてみましょう。

回っているあいだに目を開けて一点を見つめると、止まった後の目の流れが短くなるか、比べるのもおもしろい観察です。必ず座ったまま行い、立って回るのは避けてください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(生理学・神経科学・生体力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:止まった後の回転の感覚は、どれくらいで消える?

1秒に1回転の速さで回っていて、急に止まったとします。止まった後に体が感じる回転の速さは、時間とともに一定の割合で減っていく(指数関数的に減る)と考えると、実験結果とよく合うとされています。

⓪ もとになる式
記号で書くとω = ω0 × e−t/τ
言葉で書くと感じる回転の速さ = 止まる前の回転の速さ × (時定数τが過ぎるごとに約0.37倍になる減り方)
どこから来る式か傾いたふたを戻そうとする弾む力と、細い管の中で液が受ける粘りの抵抗のつり合い。戻る速さが「残っている傾き」に比例するので、指数関数で減る
ω止まってから時間 t がたったときに感じる回転の速さ(単位は 度/秒)
ω0止まる直前の回転の速さ(単位は 度/秒)
t止まってからの時間(単位は 秒)
τ時定数。感覚が約37%まで弱まるのにかかる時間(単位は 秒)
① もとになる数値
止まる前の速さ(1秒に1回転)ω0 = 360 度/秒
回転の感覚の時定数(研究によって10〜20秒ほどとされる。ここでは10秒)τ = 10 秒
10秒後の残りの割合(e の −1 乗)およそ 0.37 とされます
30秒後の残りの割合(e の −3 乗)およそ 0.05 とされます
② 計算してみる
10秒後に感じる回転の速さ360 × 0.37 = 133.2 度/秒
30秒後に感じる回転の速さ360 × 0.05 = 18 度/秒
30秒後の速さで1周するのにかかる時間360 ÷ 18 = 20 秒

止まって10秒たっても、体はまだ「3秒弱で1周」ほどの回転を感じています。30秒たつと、1周に20秒かかるほどのゆっくりした回転になり、ほとんど気にならなくなります。回転いすの後、めまいが数十秒で消えていくのと合っています。

高校高校+慣性と、回転している側から見た力

高校液が管に遅れて動くのは、高校物理の「慣性の法則(運動の第1法則)」そのものです。頭が回転を始めたり止めたりすると、角速度が変わります。その変化の大きさ(角加速度)に応じて、液が管に対してずれます。半規管がとらえているのは回転の速さそのものではなく、速さの変化です。だから一定の速さで回り続けると、感覚は消えていきます。

高校+頭と一緒に回る側から見ると、液には回転の変化と逆向きの「見かけの力」が働くと考えることができます。電車が急ブレーキをかけると体が前へ倒れるのと同じ考え方です。生物の教科書では、半規管が回転を、その隣の前庭(耳石器)が傾きや直線の加速度を受けもつと説明されています。

大学ねじれ振り子モデルと「速度蓄積」

半規管の中の液とクプラの動きは、「ステインハウゼンのねじれ振り子モデル」で表されます。液の慣性・管の壁との粘性抵抗・クプラの弾性の3つを含む式で、管が非常に細いために粘性が強く効く「過減衰」の振り子になります。その結果、数ミリ秒で液が押し込まれる速い反応と、数秒かけてクプラが戻る遅い反応の2つの時定数が現れるとされています。さらに脳幹には、クプラからの信号を引き延ばす「速度蓄積機構」があり、眼振や回転感覚の時定数はクプラ単独より長くなります。前庭動眼反射の研究で詳しく調べられてきました。

📖 式の導出や、さらに先の内容:半規管(ウィキペディア) / 眼振(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。時定数の値も、測り方や人によって幅があります。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科1分野「慣性の法則」、2分野「感覚器官」液が遅れて動くこと、耳の奥のセンサー
高校物理「運動の法則」、生物「受容器(平衡受容器)」角加速度をとらえるしくみ
高校+物理「慣性力」、数学「指数関数」見かけの力、感覚が指数関数で減ること
大学生理学・神経科学・生体力学ねじれ振り子モデル、速度蓄積機構、前庭動眼反射
研究前庭神経科学・宇宙医学練習による適応、個人差、無重力での変化
―生活とのつながり回転遊びの後は座って落ち着く、ダンスの首の使い方、乗り物酔い
参考・出典
  1. ウィキペディア日本語版「半規管」
  2. ウィキペディア日本語版「眼振」
  3. Wilson, V. J. & Melvill Jones, G. "Mammalian Vestibular Physiology", Plenum Press (1979)
  4. Raphan, T., Matsuo, V. & Cohen, B. "Velocity storage in the vestibulo-ocular reflex arc (VOR)", Experimental Brain Research 35 (1979)
  5. 本郷利憲・廣重力 監修『標準生理学』医学書院(平衡感覚の章)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。回転の実験は座ったまま、周りに物のない場所で行ってください。回転とは関係なくめまいがくり返し起きる場合は、医療機関に相談してください。