日常のふしぎ 化学 予備知識なしでOK 読了 約8分

ぎんなんは、なぜあんなに臭いの?
― 臭いのは外側。気をつけたいのは、食べる中身のほうです

秋のイチョウ並木で、足もとから立ちのぼる強烈なにおい。その正体は、ぎんなんの外側にたまった「酪酸(らくさん)」などの酸です。ほんの少しで鼻に届くので、落ちた実を1つ踏むだけで辺りがにおいます。ところが、本当に注意が要るのは、においのしない中身のほうでした。

公開:2026.09.30 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

10月の朝、イチョウ並木の歩道を歩いています。葉はまだ緑が残っていますが、足もとには黄色い丸い実がたくさん落ちています。

うっかり1つ踏んだとたん、むわっとしたにおいが上がってきました。古いチーズのような、汗をかいた靴下のような、なんとも言えないにおいです。

同じ実なのに、殻を割って炒ったぎんなんは、ほくほくして香ばしい。あの臭い実と、茶わん蒸しの中の緑の粒は、どうつながっているのでしょう。

臭さの理由は、2つだけ

1
外側に「くさい酸」がたまっている

黄色い実の外側のやわらかい部分には、酪酸などの酸がたくさん含まれています。酪酸は、古くなったバターや足のにおいの成分と同じ仲間です。

2
ほんのわずかで、鼻に届く

酪酸は、人の鼻がとくに敏感に感じる物質です。空気の中にごく少し混じるだけでにおうため、実を1つ踏むだけで辺りがにおいます。

つまり、臭さは「たくさん出ているから」だけではありません。「少しでも感じてしまう物質だから」でもあります。まず、実の中がどうなっているかを見てみましょう。

ぎんなんの「実」は、4つの層でできている

私たちが「ぎんなんの実」と呼んでいるものは、実はイチョウの種そのものです。いちばん外側のやわらかい層が、においのもとです。その内側に白くて硬い殻があり、さらに薄い茶色の皮に包まれて、食べる部分が入っています。

図1を見てください。左の断面図で、外側の黄色い層だけが「におい」と「かぶれ」の元です。殻を割って出てくる中身には、においはほとんどありません。そのかわり、中身には別の成分が入っています。

ぎんなんを半分に切ると 外種皮(外側のやわらかい層) 酪酸などの酸 → においの元 かぶれを起こす成分も → 素手でさわらない 中種皮(白くて硬い殻) 内種皮(薄い茶色の皮) 食べる部分(胚乳) においはほぼ無い ビタミンB6のはたらきを じゃまする成分 → 食べすぎに注意(とくに子ども)
図1:ぎんなんの断面。左の円のいちばん外側の厚い層(外種皮)が、においとかぶれの元です。その内側の白い輪が硬い殻、細い茶色の輪が薄皮で、中心が食べる部分です。右の説明の上2段が「外側の注意」、下の段が「中身の注意」です。

酪酸は、なぜあんなに鼻につくのか

酪酸は、小さな分子の酸です。分子が小さいので、ふつうの温度でも少しずつ空気の中へ飛び出していきます。踏みつぶすと、閉じこめられていた部分が一気に空気にさらされ、においが強まります。

しかも人の鼻は、酪酸にとても敏感です。空気の分子100万個の中に、酪酸がおよそ0.0002個まじっているだけで、においを感じるとされています。言いかえれば、空気の分子50億個に1個ほどです。

このため、ほんのひとかけらの果肉でも、周りの空気を「におう濃さ」にしてしまいます。靴の裏についた果肉を家に持ち帰ると、玄関がにおうのはこのためです。

ちなみに、酪酸とアルコールを結びつけると、パイナップルのような甘い香りの物質に変わります。分子の形がわずかに違うだけで、においの印象は正反対になります。

食べる中身には、においとは別の注意がある

殻の中のぎんなんには、ビタミンB6とよく似た形の成分が含まれています。この成分は、体の中でビタミンB6の「ふり」をして、その仕事をじゃまします。

ビタミンB6は、脳の興奮をしずめる物質をつくるのに欠かせません。その仕事がじゃまされると、脳が興奮しすぎて、吐き気やけいれんが起きることがあります。これが、ぎんなんによる食中毒です。

やっかいなのは、この成分が熱に強いことです。炒っても、ゆでても、茶わん蒸しに入れても、ほとんど減らないとされています。加熱すれば安心、とはいきません。

とくに注意が要るのは子どもです。体が小さいほど、同じ1粒でも体重あたりの量が多くなります。図2のつまみで、食べた粒の数を変えてみてください。

体重1kgあたりに直した、食べた粒の数 子ども(15kg) 0.67 大人(60kg) 0.17 0 1 2 粒/kg 縦の点線:大人が40粒食べたときと同じ量(40÷60≒0.67) 子どもの体では、大人の 40 粒ぶんにあたります
つまみを動かすと、子どもと大人の体重あたりの量が変わります
図2:同じ粒の数を、体重1kgあたりに直して比べた横棒グラフ。上の水色の棒が体重15kgの子ども、下のオレンジの棒が体重60kgの大人です。縦の点線は、大人が40粒食べたときと同じ量の目安です。つまみを10粒にすると、子どもの棒がちょうど点線に届きます。子どもにとっての10粒は、体重あたりでは大人の40粒と同じだと分かります。

大人の食中毒の報告は、40粒以上を食べた例が多いとされています。一方、子どもでは7粒ほどで起きた例も報告されています。図2の計算とおおむね合う数字です。「子どもは食べても数粒まで」と考えておくのが安心です。

💡 臭い実がなるのは、メスの木だけ

イチョウには、オスの木とメスの木があります。ぎんなんがなるのはメスの木だけです。においを避けるため、街路樹にはオスの木を選んで植えることもあるそうです。ちなみに、イチョウの受粉のしくみを調べた平瀬作五郎は、1896年に、イチョウが泳ぐ精子をつくることを見つけました。種をつける植物では世界で初めての発見でした。

じゃあ、どうすればいいの?

✅ ぎんなんと上手につきあう3つのこと
  1. 子どもには、食べさせるなら数粒まで大人も、一度にたくさん食べないようにしましょう。
  2. 拾うときは、手袋をつける外側の果肉は、かぶれることがあります。素手でさわらないようにしましょう。
  3. 食べたあとに吐く・ふるえる・けいれんするなら、すぐに医療機関へけいれんや意識がおかしいときは、迷わず119番です。
⚠ 加熱しても、毒は減りません

ぎんなんの食中毒は、食べてから数時間ほどで、吐き気やけいれんとして現れることが多いとされています。炒っても煮ても、原因の成分はほとんど減りません。子どもが多く食べてしまったときは、症状がなくても自己判断で様子を見ず、医療機関に相談して受診してください。吐き続けるときは、脱水にも注意が必要です。けいれんが起きたら、すぐに119番に通報してください。

まとめ

ぎんなんが臭いのは、外側のやわらかい層に酪酸などの酸がたまっていて、しかも人の鼻がそれをごくわずかでも感じるからです。においの元は外側だけで、殻の中の食べる部分はにおいません。ただ、その中身にはビタミンB6のはたらきをじゃまする成分があり、加熱しても減りません。体の小さい子どもほど、少ない粒の数で影響が出ます。

臭いのは外側、気をつけるのは中身。
子どもの10粒は、大人の40粒です。

秋の季節のにおいについては「キンモクセイの香りは、なぜ「ある朝とつぜん」気づくの?」、イチョウの葉が黄色くなるしくみは「紅葉は、なぜ赤や黄色に色づくの?」もどうぞ。

🧪 自分で確かめてみよう:イチョウ並木で観察
  1. イチョウ並木で、実が落ちている木と落ちていない木を探してみましょう。実が落ちているのがメスの木です。オスとメスが混じって植えられているか、数えてみてください。
  2. 実が落ちている場所で、風上と風下に立ってにおいを比べます。何メートルくらい離れると、においが分からなくなるでしょうか。
  3. 拾った実は、手袋をつけたまま水の中で外側の果肉を洗い流します。白い殻だけになると、においがほとんど消えることを確かめましょう。

※果肉は素手でさわらず、使った手袋はすぐに捨てるか洗ってください。拾った実を食べるときは、大人も子どもも少量にしましょう。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(生化学・薬理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:部屋をにおわせるのに、酪酸は何グラム要る?

8畳ほどの部屋の空気を、ちょうど「においを感じる濃さ」にするには、酪酸がどれだけ要るかを計算します。気体の量は、重さではなく「モル(分子の個数のまとまり)」で考えると計算しやすくなります。

⓪ もとになる式
記号で書くとm = V × c × M ÷ Vm
言葉で書くと要る酪酸の重さ = 部屋の空気の体積 × においを感じる濃さ × 1モルの重さ ÷ 気体1モルの体積
どこから来る式か「同じ温度・同じ圧力なら、気体は種類によらず1モルが同じ体積になる」というアボガドロの法則と、濃さ(体積の割合)の決め方を組み合わせた式です。
記号意味と単位
mにおいを感じるのに要る酪酸の重さ(グラム)
V部屋の空気の体積(リットル)
cにおいの閾値(空気100万に対する割合)
M酪酸1モルの重さ(グラム)
Vm気体1モルの体積(リットル)
① もとになる数値
8畳ほどの部屋の空気(V)およそ 30000 リットル(30立方メートル)
酪酸のにおいの閾値(c)空気100万に対して およそ 0.00019 とされる
酪酸1モルの重さ(M)およそ 88 グラム
気体1モルの体積(Vm、25℃)およそ 24.5 リットル
② 計算してみる
酪酸の気体の体積(100万分の1リットル単位)30000 × 0.00019 = 5.7
それが何モルか(100万分の1モル単位)5.7 ÷ 24.5 ≒ 0.23
重さに直す(100万分の1グラム単位)0.23 × 88 ≒ 20
1グラムの何分の1か(1グラムは100万マイクログラム)1000000 ÷ 20 = 50000

部屋じゅうをにおわせるのに要る酪酸は、およそ20マイクログラムです。1円玉1枚(1グラム)の5万分の1にすぎません。果肉のほんのひとかけらで玄関がにおうのも、ふしぎではないのです。

③ 子どもと大人を「体重あたり」で比べる
式(記号)q = N ÷ W(体重あたりの量 = 粒の数 ÷ 体重)
体重15kgの子どもが10粒10 ÷ 15 ≒ 0.67
体重60kgの大人が40粒40 ÷ 60 ≒ 0.67
大人は子どもの何倍の体重か60 ÷ 15 = 4

体重が4分の1なら、同じ影響が出るまでの粒の数も、おおよそ4分の1になると考えられます。ただし実際の起きやすさは、体の中のビタミンB6の量などでも変わるとされ、この計算は目安です。

高校高校+カルボン酸とエステル:同じ骨組みで、においが正反対

高校酪酸(ブタン酸)は、カルボキシ基をもつ「カルボン酸」の1つです。炭素の少ないカルボン酸は「低級脂肪酸」と呼ばれ、蒸発しやすく、つんとした不快なにおいのものが多くあります。酪酸をエタノールと反応させると、エステルの一種の酪酸エチルができ、果物のような香りになります。

高校+ぎんなんの外種皮には、酪酸のほかにヘプタン酸(エナント酸)などの脂肪酸も含まれるとされています。また、かぶれの原因としてはギンコール酸という成分が知られ、ウルシのかぶれの成分(ウルシオール)と似た形をしています。

大学ギンコトキシンとビタミンB6:けいれんが起きるしくみ

ぎんなんによる食中毒の原因物質は、4'-O-メチルピリドキシン(ギンコトキシンとも呼ばれます)です。ビタミンB6の一種ピリドキシンとよく似た構造をもちます。ビタミンB6は体内で、活性型のピリドキサールリン酸(PLP)に変えられ、多くの酵素を助けます。その1つが、興奮をしずめる神経伝達物質GABAをつくるグルタミン酸脱炭酸酵素です。この成分がビタミンB6の代謝をじゃまするとPLPが足りなくなり、GABAが減って、けいれんが起きやすくなると考えられています。このため治療では、ビタミンB6を補うことが行われます。

📖 式の導出や、さらに先の内容:ピリドキサールリン酸(ウィキペディア) / アボガドロ定数(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに「何粒まで大丈夫」という数字は、目安として受けとってください。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科「植物の分類(裸子植物)」イチョウの種のつくり、オスとメスの木
高校化学「物質量」「カルボン酸とエステル」モルを使った計算、酪酸と酪酸エチル
高校+化学「天然有機化合物」ギンコール酸とウルシのかぶれ
大学生化学・薬理学「補酵素」「神経伝達物質」ビタミンB6とGABA、けいれんのしくみ
研究植物生態学・食品衛生学においの役割、症状の個人差
―生活とのつながりぎんなん拾いの手袋、子どもに食べさせる量
参考・出典
  1. 厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル:高等植物:ギンナン」
  2. 永田好男・竹内教文「三点比較式臭袋法による臭気物質の閾値測定結果」日本環境衛生センター所報(1990)
  3. 和田啓爾ほか「ギンナン中の毒成分 4'-O-メチルピリドキシンの単離と同定」Chemical and Pharmaceutical Bulletin(1985)
  4. ウィキペディア「酪酸」
  5. ウィキペディア「イチョウ」

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。ぎんなんを食べて体調が悪くなったときは、自己判断せず医療機関に相談し、医師や保健所・自治体等の指示に従ってください。