スマホの地図は、なぜ自分の
位置がわかるの?
画面の青い点は、数メートルの精度であなたを指します。スマホは電波を出していません。ただ聞いているだけです。それでも位置がわかるのは、上空2万キロにある時計の音を聞いて、届くまでの時間を測っているからです。そしてこの仕組みは、相対性理論を補正しないと成り立ちません。
広い野原に、遠くの塔がいくつか立っているとします。それぞれの塔が、正確に毎正時ちょうどに鐘を鳴らすと決まっています。
あなたは正確な時計を持っていて、鐘の音が何秒遅れて届いたかを測れます。音の速さはわかっているので、遅れた秒数から塔までの距離が計算できます。
1つの塔から「3km」とわかれば、あなたはその塔を中心とした半径3kmの円のどこかにいます。2つ目、3つ目の塔でも測れば、円が交わる点は1か所に決まります。
スマホがやっているのは、これと同じことです。塔のかわりに人工衛星、音のかわりに電波を使います。
衛星には非常に正確な時計が積まれています。その時刻と自分の位置を、電波で放送し続けています。スマホは受け取るだけです。
電波は光と同じ速さで進みます。送信時刻と受信時刻の差に、光の速さをかければ距離です。複数の衛星でやれば、位置が1点に決まります。
ところが、ここに大きな問題があります。スマホには、正確な時計がありません。どう解決しているかが、この仕組みのいちばん巧妙なところです。順に見ていきましょう。
電波の速さは、実感より「遅い」
電波は光と同じ速さで進みます。1秒で地球を7周半。とてつもなく速いのですが、この用途では、むしろ「ちょうどよく遅い」のです。
衛星は高度およそ2万キロメートルにいます。電波が届くまでに、およそ0.07秒かかります。この時間を測れば距離がわかります。
問題は必要な精度です。光は100万分の1秒(1マイクロ秒)で300メートル進みます。時間の測定が1マイクロ秒ずれれば、位置は300メートルずれる。数メートルの精度を出したければ、100億分の1秒の単位で時間を測る必要があります。
だから衛星には、原子時計が積まれています。数万年に1秒しかずれないような時計です。
スマホには、その時計がありません
ここが問題です。原子時計は大きく、高価で、スマホには入りません。スマホの時計は、1日で数秒ずれる程度の精度しかありません。1秒のずれは、距離にすると30万キロメートル。話になりません。
ではどうするか。時計のずれも、わからないものの1つとして、一緒に計算してしまいます。
知りたいものを数えてみましょう。東西の位置、南北の位置、高さ。ここまでで3つです。そこに「自分の時計がどれだけずれているか」を足すと、4つになります。
わからないものが4つあるなら、手がかりも4つ要ります。だから衛星は4個以上必要です。3個では位置が決まりません。
そして、これには思わぬおまけがあります。時計のずれを解いた結果、スマホは自分の時計を原子時計なみに合わせられます。スマホの時刻が正確なのは、位置を測るついでに手に入ったものです。
正確な時刻を教えているだけです。
ここで、思いがけないものが登場します。相対性理論です。教科書の中の話に見えて、この仕組みでは日常的に補正されています。
- 衛星は高速で動いているので、その時計は地上より遅れます。1日あたりおよそ7マイクロ秒
- 衛星は重力の弱い高い場所にいるので、その時計は地上より進みます。1日あたりおよそ45マイクロ秒
- 差し引きすると、1日あたりおよそ38マイクロ秒、衛星の時計が進みます
38マイクロ秒を距離に直すと、およそ11キロメートルです。補正しなければ、1日でこれだけ位置がずれていくことになります。翌日には22キロ。使いものになりません。
実際には、衛星の時計はあらかじめこの分だけ遅らせて打ち上げられています。地図アプリが使えているという事実そのものが、相対性理論が正しいことの日々の確認になっています。
それでもずれる ― 誤差はどこから来るか
- 空気と電離層 ― 電波は宇宙空間では光の速さですが、大気の中では少し遅くなります。とくに上空の電離層の影響が大きく、これが最大の誤差要因のひとつとされています
- ビルの反射 ― 都市部では、電波がビルに反射してから届くことがあります。まっすぐ来たより遠回りなので、距離を長く見積もってしまいます。ビル街で位置が飛ぶのは、これが主な原因です
- 衛星の配置 ― 空の一方向に固まっていると精度が落ち、ばらけているほど良くなります。三脚の脚を広げるほど安定するのと似ています
- 屋内 ― 電波が届きません。それでも位置が出るのは、別の手段を併用しているからです(次項)
建物の中や地下でも青い点が出るのは、スマホがいくつもの手がかりを組み合わせているからです。
- 周囲のWi-Fiの電波 ― どの無線LANが見えているかを、あらかじめ集めた地図と照合します
- 携帯電話の基地局 ― どの基地局につながっているかで、おおよその範囲がわかります
- 加速度・方位のセンサー ― 直前の位置から、歩いた方向と歩数で推測します
よくある誤解に触れておきます。衛星測位そのものは、受信だけです。スマホから衛星へ電波を送ってはいませんし、衛星がスマホを見つけているわけでもありません。位置情報が外部に伝わるとしたら、それはアプリが通信網を通じて送っているからです。しくみの話と、情報が誰に渡るかの話は、分けて理解しておくと役に立ちます。
外で確かめられること
- 地図アプリを開き、広い公園や河川敷で青い点を見る。動かずに1分待つ
- 次にビルに挟まれた細い道へ移動して、同じように待つ。青い点のまわりの青い円(精度の目安)が大きくなるはずです
- 建物の中に入ると、さらに広がるか、位置が飛ぶことがあります
- アプリによっては、受信できている衛星の数を表示できるものがあります。場所で数が変わることを確かめてみてください
空が広く見える場所ほど精度が高くなります。これは「たくさんの衛星が、ばらけて見えているほど良い」という原理そのものです。ビル街で悪くなるのは、見える衛星が減るうえに、反射した電波が混じるからです。歩きながらの操作は危険です。立ち止まって、周囲に注意して行ってください。
まとめ
スマホが位置を知れるのは、衛星が「いま何時か」を放送し続けており、それが届くまでの時間から距離がわかるからです。スマホには正確な時計がないので、時計のずれも未知数として一緒に解きます。そのために衛星が4個以上必要で、おまけに正確な時刻まで手に入ります。
位置を測るとは、時間を測ることです。
そして時間は、速さと重力で変わります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科・数学で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「数学」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(測位工学・相対論)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:測位をめぐる言葉
- GPS:アメリカが運用する衛星測位システムの名前。ほかに欧州、ロシア、中国、日本のものがあり、これらをまとめてGNSS(衛星測位システム)と呼びます。スマホは複数を同時に使っています。
- みちびき(QZSS):日本の衛星測位システム。日本の上空に長くとどまる軌道を使い、ビルの多い日本で精度を補います。
- 原子時計:原子の性質を使った非常に正確な時計。衛星に積まれています。
- 電離層:上空にある、電気を帯びた粒子の多い層。電波の進み方に影響します。
- マルチパス:電波が建物に反射して、複数の経路で届いてしまうこと。都市部での誤差の主な原因です。
高校式で確かめる:100万分の1秒のずれが、何mの誤差になるか
スマホが自分の位置を知るしくみは、ものさしではなく、時計で測っています。そのため「どれくらい正確な時計が要るか」が、そのまま精度を決めます。計算で出せます。
距離 = 光の速さ × 時間
| 距離 | 衛星までの隔たり[m] |
| 光の速さ | 3.0 × 10⁸ m/s |
| 時間 | 電波が届くのにかかった時間[秒] |
衛星は「いま何時か」を電波にのせて送り続けています。受け取った側は、自分の時計と見比べて、何秒かかったかを知ります。あとは掛け算するだけで距離が出ます。
問題は、掛ける相手が光の速さだということです。時間のわずかなずれが、大きな距離のずれになります。どれくらい大きいかを、次で見ます。
| 時計が 1 秒ずれたら | 3.0 × 10⁸ = 300000000 m(30万km) |
| 1 ミリ秒(1000分の1秒)なら | 300000000 ÷ 1000 = 300000 m(300 km) |
| 1 マイクロ秒(100万分の1秒)なら | 300000 ÷ 1000 = 300 m |
| 1 ナノ秒(10億分の1秒)なら | 300 ÷ 1000 = 0.3 m |
100万分の1秒のずれで、300 m もずれます。「近くのコンビニ」を出すには、10億分の1秒の精度が要る、ということになります。
腕時計は1日に数秒ずれます。その程度の時計では、地球を何周も外した場所が表示されます。衛星に原子時計が積まれているのは、飾りではありません。この計算が要求しているからです。
10億分の1秒を問題にすると、ふつうは無視できることが効いてきます。衛星の時計は、地上の時計と同じ速さで進みません。理由が2つあり、向きが逆です。
| 重力が弱い場所にあるので、速く進む | 1日あたり 約 +45 マイクロ秒 |
| 速く動いているので、遅れる | 1日あたり 約 −7 マイクロ秒 |
| 差し引き | 45 − 7 = 38 マイクロ秒/日 速く進む |
②の表を使えば、これが何mになるかすぐ出ます。1マイクロ秒が300 mでしたから、
| 1日ぶんの誤差 | 300 × 38 = 11400 m |
| キロメートルに直すと | 11400 ÷ 1000 = 11.4 km |
補正しなければ、1日で11 km ずれます。2日放っておけば20 km 以上です。相対論は「宇宙の話」ではなく、これを補正しないと今日の地図が使えない、という実務です。
教科書で読むと縁遠く感じる理論が、手元の地図アプリが動く条件になっている。その意味は、この掛け算をしてはじめて実感できると思います。
位置は東西・南北・高さの3つで決まるので、衛星は3個で足りそうに見えます。足りません。理由は式を数えるとわかります。
| 知りたいもの(未知数) | 東西・南北・高さ・自分の時計のずれの 4 つ |
| 衛星1個から得られる式 | 1 本 |
| 必要な衛星の数 | 4 個 |
未知数が4つなら、式も4本要ります。中学・高校で習う連立方程式と、まったく同じ数え方です。
そして4個目の衛星が、自分の時計のずれを解いてくれます。だからスマホに原子時計は要りません。正確な時計を積むかわりに、衛星を1個多く見る。ここがこのしくみのうまいところです。
ビルの谷間で位置がずれるのは、見える衛星が減ったり、電波が壁で反射して遠回りして届いたりするためです。遠回りした電波は、①の計算では「遠い」と読まれてしまいます。
高校数字で見る、必要な精度
| 電波(光)の速さ | 約 300,000 km/s = 秒速 3×10⁸ m |
| 1マイクロ秒(100万分の1秒)で進む距離 | 3×10⁸ ÷ 1,000,000 = 300 m |
| 3メートルの精度に必要な時間の精度 | 3 ÷ (3×10⁸) = 0.00000001 秒 = 10ナノ秒(1億分の1秒) |
| 衛星の高度 | 約 20,000 km |
| 電波が届くまでの時間 | 20,000,000 ÷ (3×10⁸) ≒ 0.067 秒 |
なぜ4個必要かも、数学の言葉なら一行です。未知数が4つ(位置の x, y, z と、時計のずれ t)なので、方程式が4本必要だからです。衛星1個につき1本の式が立ちます。
衛星 i の位置を (xᵢ, yᵢ, zᵢ)、測った時間差を τᵢ とすると、
√((x−xᵢ)² + (y−yᵢ)² + (z−zᵢ)²) = c(τᵢ − t)
これが4本あれば、x, y, z, t が求まります。実際には衛星をもっと多く使い、誤差を含めていちばんもっともらしい解を選びます。
高校+2つの相対論的効果
時計の進み方が変わる理由は、2つあります。
- 速く動くと、時計は遅れる(特殊相対性理論)。衛星の速さはおよそ秒速3.9 kmで、この効果は1日あたり約 −7 マイクロ秒
- 重力が弱いところでは、時計は速く進む(一般相対性理論)。高度2万kmでは地上より重力が弱く、1日あたり約 +45 マイクロ秒
| 合計のずれ | −7 + 45 = 1日あたり +38 マイクロ秒 |
| 距離に直すと | 38 × 300 = 約 11,400 m(約11 km) |
※ 値は代表的な目安です。軌道の詳細によって変わります。
興味深いのは、2つの効果が逆向きで、しかも打ち消し合わないことです。もし偶然つり合っていたら、この技術は相対論を知らなくても作れてしまったかもしれません。
大学精度を決めるもの
測位の誤差は、(測距の誤差)×(衛星配置による増幅率)という形で整理されます。この増幅率をDOP(精度低下率)といいます。
衛星が空の一方向に固まっていると、方程式が「似た情報」ばかりになり、解が不安定になります。数学的には、係数行列の条件が悪くなる状況です。ばらけて見えているほど、良い解が得られます。
誤差を減らす方法もいくつか確立しています。
- 2つの周波数を使う:電離層による遅れは周波数によって違うので、2波の差から遅れ分を打ち消せます。近年のスマホにも搭載が広がっています
- 基準局との差をとる:位置のわかっている受信機と同時に測り、共通する誤差を引き算します。センチメートル級の測位が可能になり、農機の自動運転や測量に使われています
- 搬送波の位相を使う:電波の波そのものを数えることで、はるかに細かい測距ができます。ただし「波を何回分か」という不確定さを解く必要があります
研究いまの課題
- 電離層の乱れを予測することは、まだできていません。太陽活動が活発なとき、電離層は激しく変動し、測位精度が大きく落ちることがあります。太陽フレアの影響を事前に精度よく見積もる「宇宙天気」の予報は研究途上で、航空や測量にとって重要な課題です。
- 都市部の反射への対策も、決定打がありません。ビルに囲まれた場所では、まっすぐ届いた電波と反射した電波が混ざります。カメラで空の見え方を判定する、地図データで建物を考慮するなどの方法が試されていますが、あらゆる街並みで安定して効く方法はまだありません。
- 妨害や偽の信号への備えが課題になっています。衛星からの電波は非常に弱いため、強い電波で妨害したり、偽の信号を流して誤った位置を信じ込ませたりすることが技術的に可能です。対策は進んでいますが、依存が広がるほど影響も大きくなるため、衛星に頼らない補助的な測位手段の研究も続いています。
- より正確な時計が、次の測位を変えるかもしれません。原子時計をさらに上回る精度の時計(光を使うもの)が実現しつつあります。これが実用化されれば測位の精度も上がりますが、同時に「重力が違えば時間の進み方が違う」ことが無視できなくなり、時刻の定義そのものを見直す議論が始まっています。数センチの高低差で時計の進み方が測れる時代が近づいています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・電波と光の速さ/数学・作図と交点 | 円を重ねて位置を決める考え方 |
| 高校 | 物理基礎・波と速さ/数学・空間座標と連立方程式 | 必要な精度の計算、未知数4つの式 |
| 高校+ | 物理・相対性理論(多くの教科書で発展扱い) | 2つの効果と、1日38マイクロ秒 |
| 大学 | 測位工学・数値計算・一般相対論 | DOP、最小二乗、2周波、搬送波位相 |
| 研究 | 宇宙天気・測位工学・計量学(未解決) | 電離層の予測、都市部の反射、妨害対策、光時計 |
- Misra, P. & Enge, P., Global Positioning System: Signals, Measurements, and Performance(測位の標準的な教科書)。
- Ashby, N., Relativity in the Global Positioning System, Living Reviews in Relativity 6, 1, 2003(相対論的補正の詳細)。
- 内閣府による準天頂衛星システム「みちびき」の解説。
- 情報通信研究機構(NICT)による宇宙天気予報および電離層擾乱に関する情報。
- 国土地理院による電子基準点と測位技術に関する資料。
※ 高度・速度・補正量などの数値は、衛星や軌道によって幅があります。本記事では一般に引用される代表値を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安であり、条件によって幅があります。屋外で機器を操作する際は、歩きながらの使用を避け、周囲の安全に十分ご注意ください。