冷蔵庫のマグネットシートは、
なぜ片面しかくっつかないの? ― 表には、N極とS極が細いしま模様で並んでいます
チラシの裏についているペラペラのマグネットは、裏返すとほとんど冷蔵庫にくっつきません。じつはその表面には、N極とS極が数ミリおきに交互に並んでいます。この「細かいしま模様」が、磁石の力を片側だけに集め、しかもすぐ近くだけに閉じこめています。
ポストに入っていた水道屋さんのマグネット広告。冷蔵庫に貼ろうとして、うっかり裏返しに当てると、するりと落ちてしまいます。
ふつうの棒磁石なら、N極の面でもS極の面でも鉄にくっつきます。なぜこのシートだけ、片面しか働かないのでしょう。
しかも、プリント1枚ならしっかり留められるのに、厚紙をはさむと急にずり落ちます。この2つのふしぎは、同じ理由から生まれています。
理由は2つだけ
シートの表には、N極とS極が数ミリの幅で交互に並んでいます。磁力線はとなりの極へすぐに戻るので、力は表面のすぐ近くに集まります。
シートの中の磁石の向きは、場所ごとに少しずつ回っています。この並べ方だと、表側では力が足し合わされ、裏側では打ち消し合います。
1つめは「なぜ近くでしか効かないのか」、2つめは「なぜ片面だけなのか」の答えです。順に見ていきましょう。
しま模様の磁石は、すぐ近くでだけ強い
マグネットシートは、ゴムや樹脂に磁石の粉を練りこんで作られています。この段階ではまだ、ただのゴムの板です。そこへ強い磁石の型を押し当てて、N極とS極のしまを書きこみます。これを「着磁」といいます。
しまが細いと、N極から出た磁力線は、すぐとなりのS極に戻ります。遠くまで回り道をしません。そのため、力は表面から離れるほど急に弱まります。図1の右側のように、しまの幅が2ミリなら、2ミリ離れただけで強さは23分の1ほどになる計算です。
ただ、冷蔵庫の扉にぴったり貼るぶんには、この距離の短さは問題になりません。すき間がほとんど無いからです。プリント1枚の厚さは0.1ミリほどで、しまの幅にくらべればずっと薄いので、力はあまり落ちません。厚紙をはさむと落ちるのは、すき間がしまの幅に近づくからです。
なぜ表だけで、裏には出ないの?
ここで図1の左側の、シートの中の矢印を見てください。矢印は小さな磁石の向きです。上、左、下、右と、場所ごとに少しずつ回りながら並んでいます。
この並べ方だと、ふしぎなことが起きます。となりどうしの磁石がつくる力が、表側では同じ向きにそろって足し合わされます。一方、裏側では逆向きになって打ち消し合います。結果として、磁力線はほとんど表側だけに出てきます。
この「片側だけに磁界が出る並べ方」は、1973年に磁気記録の研究者マリンソンが理論として示しました。のちに物理学者ハルバッハが、粒子加速器の強力な磁石に応用したことで知られるようになりました。
実際のマグネットシートは、表面から型を押し当てて着磁します。そのため磁石の向きは表面の近くで弧を描くように曲がり、この理想の並びにかなり近くなると考えられています。ただし製品によって片寄りの強さは違い、裏も弱くくっつくものがあります。
裏に出るはずだった力が、表に回ってきます。同じ量の磁石の粉でも、くっつく面の力を強くできるわけです。冷蔵庫の扉の内側に貼るパッキン(ドアのゴム)にも、同じようなゴム磁石が使われています。
しまの幅を広げると、磁力線は遠回りできるので、少し離れても力が残ります。そのかわり、表面での引きつける力は落ちるとされています。薄いシートにはしまを細く、厚い磁石にはしまを太く、というように使い分けられています。
まとめ
マグネットシートの表には、N極とS極が細いしま模様で並んでいます。しまが細いので、力は表面のすぐ近くに閉じこもります。さらに、中の磁石の向きが少しずつ回るように並んでいるため、力は表側で足し合わされ、裏側では打ち消されます。紙1枚なら留められて厚紙で落ちるのも、この近さの効き方のせいです。
ペラペラの磁石は、弱いのではありません。
力を「片面の、すぐそば」に集めているのです。
磁石の中身が小さな磁石の集まりだという話は「磁石を半分に割ったら、N極だけの磁石ができるの?」で、地球という巨大な磁石の話は「コンパスの針は、なぜ北を向くの?」で読めます。
- いらなくなったマグネット広告を2枚用意し、くっつく面どうしを向かい合わせて重ねます。
- 片方をゆっくり横にすべらせます。ある向きでは「カクッ、カクッ」と引っかかり、90度回すとなめらかにすべるはずです。引っかかる回数を1センチあたりで数えると、しまの幅が分かります。
- 冷蔵庫に、コピー用紙を1枚、2枚、3枚…と重ねてはさみ、何枚で落ちるかを数えます。裏返したときとも比べてみましょう。
砂場の砂鉄を透明な袋に入れてシートの上で軽くたたくと、しま模様が線になって見えることがあります。マグネットはスマホやキャッシュカードに近づけないようにしましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(電磁気学・磁性材料工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 多極着磁:1枚の磁石の同じ面に、N極とS極を何本も交互に書きこむこと。マグネットシートはこの方法で作られています。
- ゴム磁石(ボンド磁石):フェライトなどの磁石の粉を、ゴムや樹脂で固めた磁石。曲げたり切ったりできます。
- ハルバッハ配列:磁石の向きを少しずつ回しながら並べ、磁界を片側に集める並べ方。発案者の名前から呼ばれます。
中学高校式で確かめる:厚紙をはさむと、なぜ急に落ちるのか
N極とS極が同じ幅でくり返す磁石では、表面から離れるにつれて、磁界の強さが一定の割合ずつ小さくなるとされています。しま1本ぶんの幅だけ離れるたびに、強さは約0.043倍(約23分の1)になります。しまの幅を2ミリとして計算してみます。
| しま1本の幅(例) | 2ミリ |
| しま1本ぶん離れたときの強さ | 約0.043倍 |
| コピー用紙1枚の厚さ | 約0.1ミリ |
| 厚紙などのすき間(例) | 4ミリ |
| 4ミリは、しま何本ぶんか | 4 ÷ 2 = 2 |
| しま2本ぶん離れたときの強さ | 0.043 × 0.043 ≒ 0.0018 |
| もとの何分の1になるか | 1 ÷ 0.0018 ≒ 556 |
| 紙1枚は、しま何本ぶんか | 0.1 ÷ 2 = 0.05 |
4ミリ離すと、磁界はもとの約550分の1まで弱まります。一方、紙1枚はしまの幅の20分の1しかないので、ほとんど影響しません。「紙なら留まるのに、厚紙だと落ちる」差は、ここから生まれます。
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| B0 | 表面での磁界の強さ(単位はテスラ) |
| B | 表面から距離 z だけ離れた場所の磁界の強さ(単位はテスラ) |
| z | 表面からの距離(単位はミリメートル) |
| p | しま1本(N極1本ぶん)の幅(単位はミリメートル) |
高校高校+磁界の重ね合わせで考える
高校いくつもの磁石がつくる磁界は、それぞれの磁界を向きも含めて足し合わせたものになります。これを重ね合わせといいます。向きを回しながら並べた磁石では、表側で同じ向きに足され、裏側では逆向きどうしが打ち消されます。
高校+同じ模様がくり返す磁界は、離れるほど「一定の割合で」小さくなる形(指数関数の形)で弱まります。模様の幅が細かいほど、その割合は大きくなります。細かい模様ほど、遠くから見ると平均されて消えてしまうからです。
大学片側だけの磁束と、周期的な磁界
磁石の外の空間では、磁位がラプラス方程式を満たします。表面での分布が周期 2p の正弦波なら、解は表面からの距離に対して指数関数的に減る形になり、減衰の長さは p を円周率で割った値です。マリンソンは、磁化の向きが位置とともに一様に回転する板では、この解が片側にだけ現れ、反対側の磁界がゼロになることを示しました。実際の多極着磁シートは、着磁ヨークに近い面で磁化が弧状になるため、この理想に近い片寄りを持つと考えられています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 立体的な配列の最適化 片側に磁界を集める並べ方は、モーターや医療機器、加速器向けに、形や材料の組み合わせを変えた設計の研究が続いているとされています。
- 向きを連続的に書きこむ技術 1枚の磁石の中で磁化の向きをなめらかに回すのは難しく、どこまで理想に近づけられるかは製法の課題とされています。
- しまの幅と保持力の関係 実際の保持力は、磁石の厚さ・粉の向きのそろい方・相手の鉄板の厚さにも左右され、製品ごとの細かな最適条件は用途に応じて調べられています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。計算の数値は理想的なしま模様を仮定した目安で、実際の製品では多少ずれます。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「電流と磁界」 | N極とS極、磁力線の向き |
| 高校 | 物理「磁場」 | 磁界の重ね合わせで裏側が打ち消される理由 |
| 高校+ | 数学Ⅱ「指数関数」 | 離れるほど一定の割合で弱まる計算 |
| 大学 | 電磁気学・磁性材料工学 | ラプラス方程式の周期解、片側磁束の理論 |
| 研究 | 磁気回路の設計 | 配列の最適化と着磁の技術 |
| ― | 生活とのつながり | マグネット広告、冷蔵庫のドアパッキン、厚紙をはさむと落ちる理由 |
- J. C. Mallinson, "One-sided fluxes — A magnetic curiosity?", IEEE Transactions on Magnetics, 9(4), 1973
- K. Halbach, "Design of permanent multipole magnets with oriented rare earth cobalt material", Nuclear Instruments and Methods, 169, 1980
- D. J. Griffiths『電磁気学(Introduction to Electrodynamics)』
- 日本磁気学会 編『磁気工学の基礎と応用』
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。磁石はペースメーカーなどの医療機器を使っている人の近くや、磁気カード・精密機器の近くでは、各メーカーの注意事項に従って扱ってください。