アマゾンの森は「地球の肺」って本当?
― 森は酸素を作りますが、同じだけ自分で使っています
「アマゾンの森が、地球の酸素の2割を作っている」。森林火災のニュースのたびに、この言葉が広まります。ところが、育ちきった森は、作った酸素とほぼ同じ量を自分で使い切っています。そして空気の中の酸素は、森が全部燃えても困らないほど大量にたくわえられています。では、森が大切ではないのか。そうではありません。大切な理由が、酸素とは別のところにあるのです。
テレビに、煙を上げて燃えるアマゾンの森が映っています。画面の下には「地球の肺が燃えている」という文字があります。
見ている人は、少し息苦しくなるような気持ちになります。「このまま森が減ったら、吸う空気がなくなるのでは」と。
けれども、深い森の中に何日いても、酸素が濃すぎてくらくらすることはありません。砂漠の真ん中でも、息は普通にできます。森のそばと砂漠で、空気の酸素の割合はほとんど同じです。なぜでしょうか。
「地球の肺」が言い過ぎになる理由は2つ
木は昼に酸素を作りますが、昼も夜も呼吸で酸素を使います。さらに落ち葉や倒れた木を分解する菌や虫も、酸素を使います。育ちきった森では、作る量と使う量がほぼつり合っています。
空気の約21%は酸素で、その量は気が遠くなるほどです。陸の植物を全部燃やしても、使われる酸素は貯金の約0.1%にすぎません。
1つめは「森は酸素の工場ではあっても、外へ出荷していない」という話です。2つめは「仮に工場が止まっても、倉庫に何千年分もの在庫がある」という話です。順に見ていきます。
森の酸素は、森の中で使い切られる
植物は、光を使って二酸化炭素と水から糖を作ります。このとき酸素が出ます。これが光合成です。ここまでは、学校で習うとおりです。
ただし、植物は作った糖を使って生きています。糖を酸素で分解してエネルギーを取り出すのが呼吸です。呼吸は、光合成とちょうど逆向きの反応です。植物自身が、作った糖のおよそ半分を呼吸で使うとされています。
残りの糖は、葉や幹や根になります。けれども葉はやがて落ち、木もいつかは倒れます。それを菌や虫が食べて分解するときに、また酸素が使われます。熱帯の森は暖かく湿っているので、この分解がとても速く進みます。
こうして、育ちきった森では「光合成で出た酸素」と「呼吸と分解で使われた酸素」が、ほぼ同じ量になります。森がどんどん太り続けているなら差は残りますが、何百年も続いた森の重さは、ほとんど変わりません。重さが変わらないということは、出し入れがつり合っているということです。
研究者の見積もりでも、アマゾンの森が空気に「差し引きで」足している酸素は、ほぼゼロとされています。2019年の大きな火災のとき、英国の生態学者たちがこの点を指摘し、話題になりました。
空気の酸素は、森が全部燃えても0.1%しか減らない
では、もし森がなくなったら、空気の酸素はどれだけ減るのでしょう。これは計算できます。木を燃やすと、木にふくまれる炭素が、空気の酸素と結びついて二酸化炭素になります。使われる酸素の量は、燃える炭素の量で決まります。
地球の陸の植物にふくまれる炭素は、全部で約4500億トンとされています。これを全部燃やすと、およそ1兆2000億トンの酸素が使われます。大きな数に見えますが、空気中の酸素は約1200兆トン、つまりその1000倍もあります。
図1のつまみを動かしてみてください。左の棒が空気中の酸素、右の棒が二酸化炭素です。陸の植物を全部燃やしても、左の酸素の棒はほとんど動きません。21%が20.93%ほどになるだけです。
図1で目立つのは、むしろ右の棒です。二酸化炭素は空気のごく一部なので、同じ量が増えると割合が大きく変わります。森が燃えて困るのは「酸素が減るから」ではありません。「森にためこまれていた炭素が、二酸化炭素として空気に出てしまうから」なのです。
答えは「分解されずに、地中に埋もれた植物やプランクトン」です。死がいが分解されると、作られた酸素は使い戻されます。ところが海の底や沼の底に埋もれて分解をまぬがれると、その分の酸素が空気に残ります。これが何億年も積み重なって、今の21%になりました。石炭や石油は、そのとき埋もれたものです。それを燃やすと、昔残った酸素を少しずつ使い戻すことになります。実際に空気の酸素は、ごくわずかずつ減り続けていると観測されています。
地球全体の光合成のおよそ半分は、海の小さなプランクトンが行っているとされています。これは事実です。ただし海でも、作られた酸素の大部分は、プランクトン自身や、それを食べる生き物の呼吸で使われます。「作る量」と「差し引きで残る量」は別物だ、という点は森と同じです。
まとめ
育ちきった森は、光合成で出す酸素を、自分の呼吸と落ち葉の分解でほぼ使い切っています。しかも空気の酸素の量はけた違いに大きく、陸の植物を全部燃やしても0.1%ほどしか減りません。「地球の肺」という言い方は、酸素については言い過ぎです。けれども森は、ぼう大な炭素の「金庫」です。燃えたり切られたりすれば、その炭素が二酸化炭素として空気に出ていきます。さらに森は、雨を降らせる水の循環や、たくさんの生き物のすみかも支えています。
森は、酸素の工場というより、炭素の金庫。
失って困るのは、吸う空気ではなく、金庫の中身です。
森にたまる炭素の量は「人1人が出す二酸化炭素は、木何本で吸いきれるの?」で、落ち葉の分解は「森の落ち葉は、なぜ積み上がって山にならないの?」で詳しく紹介しています。地球の生き物の重さの内訳は「地球上の生き物を全部はかりにのせたら、いちばん重いのは何?」をどうぞ。
- 金魚の水槽などに使う水草(オオカナダモなど)を、透明なコップの水に入れます。日なたに置くと、葉から小さな泡が出てきます。これが光合成で出た酸素をふくむ泡です。
- コップに箱をかぶせて暗くし、しばらくしてから見てみます。泡はほとんど出なくなります。暗いあいだも、水草は呼吸で酸素を使い続けています。
- 理科室にある「BTB液」を水に少し入れると、さらによく分かります。明るいところでは二酸化炭素が減って青っぽく、暗いところでは呼吸で増えて黄色っぽくなります。
1本の水草の中で、昼は「作る」が勝ち、夜は「使う」だけになります。森全体を1日・1年で足し合わせると、この2つがほぼ打ち消し合う、というのがこの記事の話です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」「化学」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生態学・地球化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 光合成:植物が光のエネルギーを使い、二酸化炭素と水から糖を作るはたらき。酸素が出ます。
- 呼吸:生き物が糖を酸素で分解してエネルギーを取り出すはたらき。二酸化炭素が出ます。植物も昼夜を問わず行います。
- 分解者:落ち葉や死がいを食べて分解する菌類・細菌・小さな虫など。分解のときに酸素を使います。
中学高校式で確かめる:陸の植物を全部燃やすと、酸素はどれだけ減る?
主題の量は「植物を燃やしたときに減る、空気の酸素の割合」です。燃焼で使われる酸素の重さを出し、空気中の酸素の総量と比べます。
| 記号で書くと | C + O₂ → CO₂ 、 M(O₂) = M(C) × 32 ÷ 12 |
| 言葉で書くと | 使われる酸素の重さ = 燃える炭素の重さ × (酸素分子1個の重さ ÷ 炭素原子1個の重さ) |
| どこから来る式か | 燃焼では炭素原子1個が酸素分子1個と結びつく(化学反応式)。原子の数が保存されるので、重さの比は 32 対 12 になる(質量保存の法則) |
| 陸の植物にふくまれる炭素 | 約4500億トン(450ギガトン)とされる |
| 空気中の酸素の総量 | 約1200兆トン(120万ギガトン)とされる |
| 空気中の酸素の割合(体積) | 約20.95% |
| 今の二酸化炭素の濃さ | 約420ppm |
| 大気の二酸化炭素1ppmに当たる炭素 | 約2.12ギガトン |
記号の意味と単位は、M(C) が燃える炭素の重さ(ギガトン)、M(O₂) が使われる酸素の重さ(ギガトン)です。1ギガトンは10億トン、ppm は100万分の1を表す単位です。
| 炭素の重さ × 32 | 450 × 32 = 14400 |
| ÷ 12 で、使われる酸素(ギガトン) | 14400 ÷ 12 = 1200 |
| 空気中の酸素に対する割合 | 1200 ÷ 1200000 = 0.001 |
| 酸素の割合が下がる幅(ポイント) | 20.95 × 0.001 ≒ 0.021 |
| 燃やした後の酸素の割合(%) | 20.95 - 0.021 ≒ 20.93 |
| 二酸化炭素の増え方(ppm) | 450 ÷ 2.12 ≒ 212 |
| 燃やした後の二酸化炭素(ppm) | 420 + 212 = 632 |
酸素は全体の0.1%(1000分の1)が減るだけで、割合は20.95%から20.93%になります。同じ量の炭素で、二酸化炭素は420ppmから約630ppmへ、5割も増えます。酸素の分子が1つ減るごとに二酸化炭素の分子が1つ増えるので、増減の「数」は同じです。違って見えるのは、もとの量が500倍ほど違うからです。図1の棒は、この計算と同じ数値で動いています。
高校高校+「作る量」と「残る量」を分けて考える
高校生態系の中で、植物が光合成で作る有機物の総量を「総生産量」と呼びます。そこから植物自身の呼吸量を引いたものが「純生産量」です。純生産量からさらに、落ち葉や枯れ枝として失われる量と、動物に食べられる量を引いた残りが、森の重さの増加分(成長量)になります。
高校+育ちきった森(極相林)では、成長量がほぼゼロになります。純生産量で作られた有機物は、落ち葉などを経て分解者に回り、呼吸で二酸化炭素に戻ります。森全体を1つの箱として見ると、出ていく酸素と入ってくる酸素がつり合い、空気への差し引きの寄与がほぼ消える、というのがこの記事の結論です。
大学純一次生産・純生態系生産と、大気の酸素の収支
生態学では、総一次生産(GPP)から植物の呼吸を引いた量を純一次生産(NPP)と呼びます。さらに分解者などの従属栄養生物の呼吸を引いたものが純生態系生産(NEP)で、空気との正味のやり取りに直結するのはこちらです。成熟した熱帯林の NEP は、渦相関法などの観測で、年によって正にも負にもなるほどゼロに近いとされています。一方、大気の酸素は、地質時代に有機炭素や黄鉄鉱が堆積物に埋没したことで蓄積したと考えられています。現在の大気では、化石燃料の燃焼で酸素と窒素の比(O₂/N₂ 比)が毎年わずかずつ下がっていることが、精密測定で確かめられています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:炭素循環(ウィキペディア) / スクリップス海洋研究所 大気酸素観測プログラム(英語)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- アマゾンは、今も二酸化炭素を吸っているのか。 森林の伐採や乾燥が進んだ南東部では、森が差し引きで二酸化炭素を出す側に回っているという観測結果が報告されています。森全体でどうなるかは、まだ議論が続いています。
- 酸素の割合は、なぜ21%前後で安定してきたのか。 酸素が多すぎると山火事が起きやすくなり、植物が減って酸素の供給が減る、という自己調整があるという説があります。どこまで効いているかは分かっていません。
- 森は、雨をどれだけ作っているのか。 アマゾンの森は葉から水を蒸発させ、内陸に雨を運んでいるとされます。森がどこまで減ると雨のしくみが保てなくなるのか、その境目の推定には大きな幅があります。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。森の価値は、酸素以外の面で、まだ測り切れていません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「植物のからだのはたらき」(光合成と呼吸) | 理由1、観察ブロック |
| 高校 | 化学基礎「化学反応式と量的関係」/生物「生態系と物質循環」 | 式で確かめる、総生産量と純生産量 |
| 高校+ | 生物「極相と遷移」 | 育ちきった森の収支 |
| 大学 | 生態系生態学・地球化学(炭素循環、大気の酸素収支) | 純一次生産と純生態系生産 |
| 研究 | 熱帯林の炭素収支観測、大気酸素の長期変動 | 研究の節 |
| ― | 生活とのつながり | ニュースの「地球の肺」という言葉を、炭素の話として読み直す |
- Bar-On, Y. M., Phillips, R., Milo, R. (2018) The biomass distribution on Earth. Proceedings of the National Academy of Sciences 115(25)
- Scripps O2 Program(スクリップス海洋研究所 大気酸素観測プログラム)
- Keeling, R. F., Shertz, S. R. (1992) Seasonal and interannual variations in atmospheric oxygen and implications for the global carbon cycle. Nature 358
- IPCC (2021) Climate Change 2021: The Physical Science Basis. 第5章 Global Carbon and Other Biogeochemical Cycles and Feedbacks
- ウィキペディア「炭素循環」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。森林の炭素量や大気中の酸素の総量は、資料によって数割の幅があります。