「ざらざら」と「すべすべ」は、なぜ指でさわると分かるの?
― 指紋がでこぼこを震えに変え、皮膚の奥が受け取っています
指先は、紙の裏表も、机の塗りむらも、髪の毛1本の落ちている場所も言い当てます。じつは指は、表面のでこぼこを「形」としてではなく、なでたときに生まれる細かい震えとして受け取っています。指紋は、その震えを作り出すための道具です。
コピー用紙を1枚つまんで、どちらの面が印刷される側かを確かめようとしたことはありませんか。目で見ても分かりませんが、指を1回すべらせると、なんとなく分かります。
ところが、指をぴたりと止めて紙に押し当てたままにすると、とたんに分からなくなります。押している強さは同じなのに、です。
「さわる」ではなく「なでる」でないと分からない。ここに、指先のしくみがまるごと現れています。
理由は、大きく2つです
指先の皮膚には、細かい溝がほぼ等間隔に並んでいます。この上を表面のでこぼこが通り過ぎると、皮膚が小刻みに上下します。レコードの針と溝の関係によく似ています。
皮膚の深いところには、押される力ではなく震えだけに強く反応する小さな器官があります。しかも、その得意な震えの速さが、指をなでる速さとうまくかみ合っています。
順番に見ていきます。指先は「小さな形をそのまま読む拡大鏡」ではなく、「でこぼこを音のような震えに翻訳する装置」だと考えると、いろいろなことが一度に説明できます。
指紋は、でこぼこを震えに翻訳している
指先の皮膚が盛り上がってできた線を、隆線といいます。日本語では指紋の山と呼ぶほうが分かりやすいでしょう。この山と谷は、およそ0.5ミリの間隔で並んでいるとされています。
この指を、表面のあらいものの上ですべらせると、山が引っかかっては外れることをくり返し、皮膚は細かく上下に震えます。図1の左が、その様子です。表面のでこぼこの高さそのものは、指の中まで伝わりません。伝わるのは、でこぼこが作った震えの速さと強さだけです。
皮膚の奥に、震えを待っている器官がある
震えができても、それを受け取る相手がいなければ何も感じません。皮膚の中には、深さのちがう場所に、役割のちがう小さな器官が埋まっています。
浅いところにいるのは、押されている形をそのまま写しとる係です。指を止めていても働くので、点字のような大きな凹凸はこれで読めます。いっぽう、いちばん深いところにあるのがパチニ小体で、こちらは押される強さにはほとんど反応せず、1秒に200〜300回ほどの震えにもっとも強く応じるとされています。図2に、その並び方をまとめました。
ここが、この記事のいちばん面白いところです。指紋の間隔0.5ミリの上を、人がものをなでるときの自然な速さ(毎秒10センチほど)ですべらせると、生まれる震えはちょうど1秒に200回前後になります。指紋の細かさと、奥の器官の得意な速さが、かみ合っているのです。
この方式のおかげで、指の感度は形の細かさの限界をこえます。表面のうねりの高さが1万分の1ミリほどでも、なでれば区別できたという実験結果が報告されています。目に見えない段差を、震えとして聞き取っているわけです。
指紋の山が表面に引っかかってこそ震えが生まれます。乾いて硬くなった皮膚や、逆に汗でぬれすぎた指では引っかかり方が変わり、同じ紙でも手ざわりの印象が変わります。書類がめくりにくい日があるのは、この変化のせいでもあります。
まとめ
指先は、表面のでこぼこを直接「見て」いるのではありません。指紋がでこぼこを細かい震えに翻訳し、皮膚の奥にある震え専門の器官がそれを受け取っています。だから、動かさないと分からないのです。
指先は、でこぼこを読んでいるのではない。
指紋が作った震えを、皮膚の奥で聞いている。
感覚は、どれも「そのまま写しとる」ようにはできていません。味の大半をつくっているのが舌ではなく鼻であることはかぜをひくと、なぜ食べ物の味がしなくなるの?で、体のバランスを目にも頼っていることは夜、暗い部屋を歩くと、なぜあんなにふらつくの?で扱っています。温度でも傷でもないのに熱く感じるしくみはトウガラシの「辛い」は、なぜ水で消えないの?にあります。
- コピー用紙を1枚用意し、指を紙に置いたまま動かさずに、表と裏のちがいを当ててみます。ほとんど分かりません。
- 次に、同じ紙を1回だけすっとなでます。多くの人は、これで表裏を言い当てられます。同じ強さで押しているのに、動かすかどうかだけが差です。
- 指をゆっくりなでたときと、素早くなでたときで、印象が変わるか比べます。速さを変えると生まれる震えの速さも変わるため、同じ紙でも手ざわりの感じが少しずれます。
爪の先や、手の甲でも同じことを試すと、指の腹だけが特別によく分かることが実感できます。指紋があるのは指の腹だけだからです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・生物基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(神経生理学・摩擦の科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 隆線(りゅうせん):指先の皮膚が線状に盛り上がった部分。この並びが指紋です。間隔はおよそ0.5ミリとされています。
- パチニ小体:皮膚の深いところにある、たまねぎのような層の構造をもつ小さな器官。速い震えにだけ強く応じます。
- メルケル細胞:皮膚の浅いところにあり、押されている形や強さを、止まっていても伝え続ける係です。
- 二重説(にじゅうせつ):あらい手ざわりは形として、細かい手ざわりは震えとして、別々のしくみで感じているという考え方です。
中学高校式で確かめる:なでる速さから、震えの速さを出す
指紋の間隔と、なでる速さが分かれば、生まれる震えが1秒に何回になるかは、わり算1回で出せます。単位はメートルと秒にそろえてから計算します。
| 指紋の山と山の間隔 | 約 0.5 ミリ |
| ものをなでるときの指の速さ | 約 10 センチ毎秒 |
| パチニ小体がもっともよく感じる震え | 1秒に 200〜300 回 |
| 間隔をメートルに直す(ミリ→メートル) | 0.5 ÷ 1000 = 0.0005 |
| 速さをメートル毎秒に直す(センチ→メートル) | 10 ÷ 100 = 0.1 |
| 1秒間に通り過ぎる山の数(回毎秒) | 0.1 ÷ 0.0005 = 200 |
| 倍の速さでなでたとき(回毎秒) | 0.2 ÷ 0.0005 = 400 |
ふつうの速さでなでると1秒に約200回。ここがちょうど、深い場所の器官がもっとも感じやすい範囲に入ります。速くなでると400回あたりまで上がりますが、これもまだ感じやすい範囲の中です。人がものを確かめるときに自然に選ぶ速さは、この範囲におさまっているとされています。
| V | 指をなでる速さ。単位はメートル毎秒 |
| D | 指紋の山と山の間隔。単位はメートル |
| F | 生まれる震えの速さ。単位は回毎秒 |
関係は「速さ ÷ 間隔 = 震えの速さ」の1本だけです。音の高さが弦の長さで決まるのと同じ考え方で、ここでは間隔が短いほど、また速くなでるほど、震えは速くなります。
高校高校+なぜ「震えに変える」必要があったのか
高校皮膚の中の器官は、表面から数ミリ離れた場所にあります。表面のごく細かい形は、やわらかい皮膚の中を進むあいだにならされてしまい、奥までは届きません。形のまま読もうとすると、細かいものほど不利になります。
高校+いっぽう震えは、皮膚全体をゆらす波として奥まで伝わります。しかも指紋は、ばらばらの大きさのでこぼこを、決まった間隔でくり返し拾い上げます。雑多な形の情報を、扱いやすい「速さ」という1つの量に変換していると言えます。この考え方は、指紋をまねた溝をつけた人工の触覚センサーで実際に確かめられています。
大学すべりのこまかいふるまい
指と物のあいだで起きているのは、単純なすべりではありません。接している小さな点が、くっついては外れることをくり返す現象(固着すべり)が連続して起きています。皮膚は粘弾性をもつため、外れる速さや、そのときの力の抜け方は、なでる速さや押しつける力、皮膚の水分量で変わります。手ざわりの感じ方が体調や季節で変わるのは、この接触の物理が変わるためだと考えられています。神経の側では、パチニ小体を包む層の構造が、ゆっくりした力を伝えずに速い変化だけを通すしくみとして働いています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 指紋の間隔が、どこまで最適化されたものか。 指紋の主な役割はすべり止めか、感覚の増幅か、汗の排出か。複数の説があり、どれか1つに決まってはいません。
- 手ざわりの「快さ」がどこで決まるか。 なめらかさや心地よさは、震えの速さだけでは説明しきれません。温度や湿り気を含めた複数の情報がどう束ねられるかは、研究の途中です。
- 手ざわりを遠くへ送る技術。 震えを再現すれば手ざわりが伝わるはずですが、実際の画面や機器では本物と同じ感じにはなりません。何が足りないのかは、まだ完全には分かっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。指先という身近なものが、まだ研究の最前線であり続けています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科(刺激と反応・音) | 感覚器官が刺激を受け取るしくみ、震えの速さ |
| 高校 | 生物基礎・物理基礎(受容器、振動と摩擦) | 深さのちがう受容器、速さと間隔からの計算 |
| 高校+ | 物理(波の伝わり方) | 形は届かず、震えは届く理由 |
| 大学 | 神経生理学・摩擦の科学 | 固着すべり、粘弾性、層の構造による選択 |
| 研究 | 触覚工学・感覚心理物理学 | 指紋の役割、手ざわりの再現 |
| ― | 生活とのつながり | 紙の表裏、布や木の手ざわり、乾いた手でめくりにくい理由 |
- Skedung L. ほか, "Feeling Small: Exploring the Tactile Perception Limits", Scientific Reports 3, 2617 (2013)
- Scheibert J. ほか, "The Role of Fingerprints in the Coding of Tactile Information Probed with a Biomimetic Sensor", Science 323 (2009)
- Johansson R. S. and Flanagan J. R., "Coding and use of tactile signals from the fingertips in object manipulation tasks", Nature Reviews Neuroscience 10 (2009)
- 岩村吉晃『タッチ』医学書院(神経心理学コレクション)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。指先の感じ方には個人差があり、皮膚の状態や年齢によっても変わります。