人混みで、なぜ急に身動きが取れなくなるの?
― 混み具合が「山の頂上」を越えると、流れは細くなります
人が増えれば、その分たくさんの人が前へ進めそうに思えます。ところが実際は逆です。ある混み具合を境に、流れる人数はかえって減っていきます。しかも、そこから先では自分の足で止まることも難しくなります。
花火大会の帰り道。駅へ向かう人の波に、あなたも混じって歩いています。はじめは自分のペースで歩けていました。
ところが階段の手前で、前がぴたりと止まります。まわりの人の肩と、あなたの肩が触れています。足の裏は地面についているのに、体は自分の意思とは関係なく左右に押されます。
立ち止まりたくても、止まれません。この「止まれなさ」は、あなたの力が弱いせいではありません。人が集まったときに必ず起きる、物理のしくみです。
身動きが取れなくなる理由は、大きく2つです
混むほど歩く速さは落ちます。だからある混み具合を越えると、かけ算の答えである流れる人数は減りはじめます。人が増えたのに、通れる人は減るのです。
すき間が無くなると、人の集まりは砂や小石の山に近いふるまいをします。後ろからの押しが、前の人へ次々と伝わります。自分ひとりの力では、もう止まれません。
この2つは別々の話ではありません。1つ目が起きた場所に、2つ目が必ず後から追いついてきます。順に見ていきます。
なぜ「人が増えたのに、通れる人が減る」のか
1秒間に通路を通り抜ける人数を考えます。これは、通路の幅と、歩く速さと、1平方メートルあたりの人数のかけ算で決まります。すいているうちは、人が増えた分だけ通る人数も増えます。
問題は、混むほど歩く速さが落ちることです。前の人との間隔が縮むと、歩幅が小さくなり、足も止まりがちになります。1平方メートルに3人を超えたあたりから、この落ち込みが急になるとされています。
結果として、通れる人数は図1のような山の形になります。頂上より左では、人が増えれば流れも増えます。頂上より右では、人が増えるほど流れは細くなります。そして人は後ろから入り続けるので、頂上を越えた場所はどんどん詰まっていきます。
触れ合った瞬間から、体は「粒の山」の一部になる
すき間があるうちは、人はそれぞれ別々に歩く粒です。しかし体どうしが触れると、押す力が接触した面を通って伝わるようになります。砂や小石を袋に詰めたときと同じ状態です。
このとき、後ろの人が一歩踏み出した力は、前へ前へと次々に伝わります。数十メートル離れた場所の動きが、波のように届くことさえあります。自分は動いていないのに、体だけが押し流されるのはこのためです。
さらに厄介なのは、押し返しが起きることです。行き止まりにぶつかった力は、跳ね返って逆向きに戻ってきます。前後から同時に押されると、胸が縮められて息が吸いにくくなります。人の集まりが危ないのは、倒れるからだけではありません。
高速道路でも、1時間に通れる車の台数は同じ山の形になります。車間が詰まると速度が落ち、ある混み具合を越えると流れる台数が減ります。人も車も、動くものが集まると同じ形にたどりつきます。
会場や階段の入口で人が止まると、詰まりは入口ではなく手前側へ広がっていきます。後ろの人には、なぜ止まっているのかが見えません。見えないまま押し続けてしまうことが、力を大きくします。
じゃあ、どうすればいいの?
- まわりの人と体が触れたら、そこは引き返す場所肩やかばんが当たり続けたら、混み具合はもう頂上を越えかけています。まだ動けるうちに、来た方向や横のすいた場所へ抜けます。
- 両腕を胸の前で組むひじを軽く張って、胸の前にすき間をつくります。息をする場所を確保するための構えです。手を下ろしたままだと、腕が体に貼りついて動かせなくなります。
- 流れに逆らわず、斜めに横へ出る正面から押し返すと力を使い果たします。流れの向きに合わせて進みながら、少しずつ端へずれていきます。
壁や柵は逃げ場がなく、押す力がそこで行き止まりになります。もっとも強く圧迫されやすい場所です。転んでしまったときは、体を横向きに丸め、胸の前に腕でスペースをつくって守ります。まわりに倒れた人がいたら、すぐ声を上げて後ろの流れを止めます。動かない人・息をしていない人がいたら、ためらわず119番に連絡し、警備員や係員の指示に従ってください。
まとめ
人が集まると、流れる人数は混み具合とともに増え、ある頂上を越えると減りはじめます。そして体が触れ合った時点から、人の集まりは押し合う粒の山に変わります。自分の意思で止まれるのは、頂上の手前までです。
通れる人数は、混み具合と速さのかけ算。
混みすぎた場所は、増えるほど詰まります。
となりの数匹だけを見て群れがまとまるしくみは魚の群れは、なぜぶつからずに一斉に向きを変えられるの?で、単純な合図から行列ができる話はアリの行列は、なぜ迷わず一列にまとまるの?で扱っています。粒どうしが押し合って支え合う話は土砂崩れは、なぜ雨がやんだあとにも起きるの?もあわせてどうぞ。
- 駅の改札やエスカレーターの前で、1分間に何人が通り抜けるかを数えます。すいている時間帯と、混んでいる時間帯の2回やってみてください。
- 同時に、1人が通り抜けるのにかかる時間も測ります。混んでいるほうが1人あたりの時間は長くなっているはずです。
- 2回の結果を比べます。混んでいるのに1分あたりの人数が増えていなければ、それが図1の頂上を越えたしるしです。
数えるときは、人の流れの中に立たず、壁から離れた広い場所か階段の上から見てください。自分が障害物になると、その場所の流れを止めてしまいます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(交通工学・統計物理)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 群集密度:1平方メートルの床に何人が立っているかを表す数字です。人の集まりの危なさは、人数ではなくこの数字で測ります。
- 流動係数:通路の幅1メートルあたり、1秒間に何人が通り抜けるかを表す数字です。避難の計画では、この値をもとに必要な出口の幅を決めます。
- 群集なだれ:混み具合が高い状態で誰かが倒れ、その空いた場所へ周囲がまとめて崩れ込む現象です。押し合いの力がひと続きに伝わることで起こります。
中学高校式で確かめる:混むと、通れる人数はどう変わるか
幅3メートルの通路を考えます。すいているときと混んでいるときで、1分間に通り抜ける人数を比べます。混み具合が2.5倍になっても、通れる人数は増えません。
| 通路の幅 | 3 メートル |
| すいているときの混み具合 | 1平方メートルあたり 2 人 |
| すいているときの歩く速さ | 秒速 0.6 メートル |
| 混んでいるときの混み具合 | 1平方メートルあたり 5 人 |
| 混んでいるときの歩く速さ | 秒速 0.2 メートル |
歩く速さの値は、混み具合ごとの目安として知られている値をもとにした概算です。
| すいているとき、1秒で前へ進む床の面積 | 3 × 0.6 = 1.8 |
| その面積の上にいる人数 | 1.8 × 2 = 3.6 |
| 1分間ではその60倍 | 3.6 × 60 = 216 |
| 混んでいるとき、1秒で前へ進む床の面積 | 3 × 0.2 = 0.6 |
| その面積の上にいる人数 | 0.6 × 5 = 3 |
| 1分間ではその60倍 | 3 × 60 = 180 |
単位は、面積が平方メートル、人数が人です。混み具合は2.5倍になったのに、1分間に通れる人数は216人から180人へ減りました。これが図1で頂上の右側に下る部分にあたります。増えた人はどこにも行けず、その場に積み上がります。
高校高校+力はどのように伝わるのか
高校物体を押すと、押した力と同じ大きさの力が押し返してきます。人が触れ合って並んでいるときも同じで、力は接触した面を通って隣へ受け渡されます。列が長いほど、伝わる先は遠くなります。
高校+ばねでつないだ球を並べると、端を押した動きが波として反対側へ伝わります。人の列でもこれに似た押し合いの波が観測されていて、混み具合が高いほど速く遠くまで届くと報告されています。行き止まりでは波が反射し、前後から挟まれる状態が生まれます。
大学基本図という考え方
交通工学では、密度と流量の関係を表したグラフを基本図と呼びます。流量は密度と速度の積で表され、速度が密度とともに下がるために、流量は必ず山の形をとります。頂上にあたる密度を臨界密度、そこでの流量を交通容量と呼びます。歩行者の場合、臨界密度は1平方メートルあたり2人前後とされ、それを超えた状態は渋滞相として扱われます。統計物理では、この移り変わりを相転移として記述する試みも進んでいます。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 臨界密度はどこまで一般化できるか 服装や荷物、年齢の構成、床の材質によって値は変わります。どの条件でどれだけ変わるのかは、まだ十分に整理されていません。
- 押し合いの波の性質 混み具合の高い集団で観測される前後の揺れが、どんな条件で発生し、どこまで強くなるのか。予測できる段階には至っていません。
- 心理をどう式に入れるか 急ぐ気持ちや不安は行動を変えますが、それを数式でどう表すかについて定まった方法はありません。実際の場面を再現しきれない大きな原因のひとつです。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数字は目安として受け取り、現場では自分の体で感じる混み具合を優先してください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・数学(速さと単位量あたりの大きさ) | 「混み具合 × 速さ」で通れる人数が決まるところ |
| 高校 | 物理基礎(力のつり合い・作用反作用) | 押す力が隣へ受け渡されるところ |
| 高校+ | 物理(波の伝わりと反射) | 押し合いが波として伝わり、行き止まりで戻ってくるところ |
| 大学 | 交通工学・統計物理(基本図と相転移) | 臨界密度と交通容量の説明 |
| 研究 | 群集動力学 | 押し合いの波と、心理の取り込み方 |
| ― | 生活とのつながり | 祭りや催し、駅の階段で身を守る判断 |
- John J. Fruin『Pedestrian Planning and Design』(群集密度と歩行速度の関係を体系的にまとめた著作)
- Dirk Helbing ほか「The Dynamics of Crowd Disasters: An Empirical Study」(Physical Review E, 2007年。実際の映像の解析から押し合いの動きを報告した論文)
- 明石市民夏まつり事故調査委員会『第32回明石市民夏まつりにおける花火大会事故調査報告書』(2002年)
- 日本建築学会編『建築設計資料集成』(避難計画で用いる流動係数の記述)
- 内閣府 防災情報のページ 防災白書
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の催しや施設では、警備員・係員・消防・自治体等の指示に従ってください。