⚠ 命を守る科学 身のまわりの不思議 情報・数理 予備知識なしでOK 読了 約7分

人混みで、なぜ急に身動きが取れなくなるの?
― 混み具合が「山の頂上」を越えると、流れは細くなります

人が増えれば、その分たくさんの人が前へ進めそうに思えます。ところが実際は逆です。ある混み具合を境に、流れる人数はかえって減っていきます。しかも、そこから先では自分の足で止まることも難しくなります。

公開:2026.09.05 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

花火大会の帰り道。駅へ向かう人の波に、あなたも混じって歩いています。はじめは自分のペースで歩けていました。

ところが階段の手前で、前がぴたりと止まります。まわりの人の肩と、あなたの肩が触れています。足の裏は地面についているのに、体は自分の意思とは関係なく左右に押されます。

立ち止まりたくても、止まれません。この「止まれなさ」は、あなたの力が弱いせいではありません。人が集まったときに必ず起きる、物理のしくみです。

身動きが取れなくなる理由は、大きく2つです

1
流れる人数は「混み具合 × 速さ」で決まる

混むほど歩く速さは落ちます。だからある混み具合を越えると、かけ算の答えである流れる人数は減りはじめます。人が増えたのに、通れる人は減るのです。

2
体が触れ合うと、力が人づてに伝わる

すき間が無くなると、人の集まりは砂や小石の山に近いふるまいをします。後ろからの押しが、前の人へ次々と伝わります。自分ひとりの力では、もう止まれません。

この2つは別々の話ではありません。1つ目が起きた場所に、2つ目が必ず後から追いついてきます。順に見ていきます。

なぜ「人が増えたのに、通れる人が減る」のか

1秒間に通路を通り抜ける人数を考えます。これは、通路の幅と、歩く速さと、1平方メートルあたりの人数のかけ算で決まります。すいているうちは、人が増えた分だけ通る人数も増えます。

問題は、混むほど歩く速さが落ちることです。前の人との間隔が縮むと、歩幅が小さくなり、足も止まりがちになります。1平方メートルに3人を超えたあたりから、この落ち込みが急になるとされています。

結果として、通れる人数は図1のような山の形になります。頂上より左では、人が増えれば流れも増えます。頂上より右では、人が増えるほど流れは細くなります。そして人は後ろから入り続けるので、頂上を越えた場所はどんどん詰まっていきます。

縦:1分間に通れる人数 横:1平方メートルあたりの人数(混み具合) 0 2 4 6 縦の点線=流れの頂上 点線より左は すいて速く歩ける 点線より右:混みすぎ 流れは細くなる 右下向きの矢印=減っていく向き
図1:混み具合(横)と、1分間に通れる人数(縦)の関係。曲線は山の形になる。縦の点線が頂上で、その左(緑の文字の側)はすいていて速く歩ける。右(赤い文字と網かけの側)では、人が増えるほど流れは細くなる。右下向きの矢印がその減り方を表す。

触れ合った瞬間から、体は「粒の山」の一部になる

すき間があるうちは、人はそれぞれ別々に歩く粒です。しかし体どうしが触れると、押す力が接触した面を通って伝わるようになります。砂や小石を袋に詰めたときと同じ状態です。

このとき、後ろの人が一歩踏み出した力は、前へ前へと次々に伝わります。数十メートル離れた場所の動きが、波のように届くことさえあります。自分は動いていないのに、体だけが押し流されるのはこのためです。

さらに厄介なのは、押し返しが起きることです。行き止まりにぶつかった力は、跳ね返って逆向きに戻ってきます。前後から同時に押されると、胸が縮められて息が吸いにくくなります。人の集まりが危ないのは、倒れるからだけではありません。

💡 車の渋滞と、同じ形のグラフです

高速道路でも、1時間に通れる車の台数は同じ山の形になります。車間が詰まると速度が落ち、ある混み具合を越えると流れる台数が減ります。人も車も、動くものが集まると同じ形にたどりつきます。

💡 危ないのは「入口」ではなく、その少し先です

会場や階段の入口で人が止まると、詰まりは入口ではなく手前側へ広がっていきます。後ろの人には、なぜ止まっているのかが見えません。見えないまま押し続けてしまうことが、力を大きくします。

じゃあ、どうすればいいの?

✅ 人混みで自分を守る3つのこと
  1. まわりの人と体が触れたら、そこは引き返す場所肩やかばんが当たり続けたら、混み具合はもう頂上を越えかけています。まだ動けるうちに、来た方向や横のすいた場所へ抜けます。
  2. 両腕を胸の前で組むひじを軽く張って、胸の前にすき間をつくります。息をする場所を確保するための構えです。手を下ろしたままだと、腕が体に貼りついて動かせなくなります。
  3. 流れに逆らわず、斜めに横へ出る正面から押し返すと力を使い果たします。流れの向きに合わせて進みながら、少しずつ端へずれていきます。
⚠ 壁ぎわ・柵ぎわは、安全な場所ではありません

壁や柵は逃げ場がなく、押す力がそこで行き止まりになります。もっとも強く圧迫されやすい場所です。転んでしまったときは、体を横向きに丸め、胸の前に腕でスペースをつくって守ります。まわりに倒れた人がいたら、すぐ声を上げて後ろの流れを止めます。動かない人・息をしていない人がいたら、ためらわず119番に連絡し、警備員や係員の指示に従ってください。

まとめ

人が集まると、流れる人数は混み具合とともに増え、ある頂上を越えると減りはじめます。そして体が触れ合った時点から、人の集まりは押し合う粒の山に変わります。自分の意思で止まれるのは、頂上の手前までです。

通れる人数は、混み具合と速さのかけ算。
混みすぎた場所は、増えるほど詰まります。

となりの数匹だけを見て群れがまとまるしくみは魚の群れは、なぜぶつからずに一斉に向きを変えられるの?で、単純な合図から行列ができる話はアリの行列は、なぜ迷わず一列にまとまるの?で扱っています。粒どうしが押し合って支え合う話は土砂崩れは、なぜ雨がやんだあとにも起きるの?もあわせてどうぞ。

🧪 自分で確かめてみる
  1. 駅の改札やエスカレーターの前で、1分間に何人が通り抜けるかを数えます。すいている時間帯と、混んでいる時間帯の2回やってみてください。
  2. 同時に、1人が通り抜けるのにかかる時間も測ります。混んでいるほうが1人あたりの時間は長くなっているはずです。
  3. 2回の結果を比べます。混んでいるのに1分あたりの人数が増えていなければ、それが図1の頂上を越えたしるしです。

数えるときは、人の流れの中に立たず、壁から離れた広い場所か階段の上から見てください。自分が障害物になると、その場所の流れを止めてしまいます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(交通工学・統計物理)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:混むと、通れる人数はどう変わるか

幅3メートルの通路を考えます。すいているときと混んでいるときで、1分間に通り抜ける人数を比べます。混み具合が2.5倍になっても、通れる人数は増えません。

① もとになる数値
通路の幅3 メートル
すいているときの混み具合1平方メートルあたり 2 人
すいているときの歩く速さ秒速 0.6 メートル
混んでいるときの混み具合1平方メートルあたり 5 人
混んでいるときの歩く速さ秒速 0.2 メートル

歩く速さの値は、混み具合ごとの目安として知られている値をもとにした概算です。

② 計算してみる
すいているとき、1秒で前へ進む床の面積3 × 0.6 = 1.8
その面積の上にいる人数1.8 × 2 = 3.6
1分間ではその60倍3.6 × 60 = 216
混んでいるとき、1秒で前へ進む床の面積3 × 0.2 = 0.6
その面積の上にいる人数0.6 × 5 = 3
1分間ではその60倍3 × 60 = 180

単位は、面積が平方メートル、人数が人です。混み具合は2.5倍になったのに、1分間に通れる人数は216人から180人へ減りました。これが図1で頂上の右側に下る部分にあたります。増えた人はどこにも行けず、その場に積み上がります。

高校高校+力はどのように伝わるのか

高校物体を押すと、押した力と同じ大きさの力が押し返してきます。人が触れ合って並んでいるときも同じで、力は接触した面を通って隣へ受け渡されます。列が長いほど、伝わる先は遠くなります。

高校+ばねでつないだ球を並べると、端を押した動きが波として反対側へ伝わります。人の列でもこれに似た押し合いの波が観測されていて、混み具合が高いほど速く遠くまで届くと報告されています。行き止まりでは波が反射し、前後から挟まれる状態が生まれます。

大学基本図という考え方

交通工学では、密度と流量の関係を表したグラフを基本図と呼びます。流量は密度と速度の積で表され、速度が密度とともに下がるために、流量は必ず山の形をとります。頂上にあたる密度を臨界密度、そこでの流量を交通容量と呼びます。歩行者の場合、臨界密度は1平方メートルあたり2人前後とされ、それを超えた状態は渋滞相として扱われます。統計物理では、この移り変わりを相転移として記述する試みも進んでいます。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数字は目安として受け取り、現場では自分の体で感じる混み具合を優先してください。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・数学(速さと単位量あたりの大きさ)「混み具合 × 速さ」で通れる人数が決まるところ
高校物理基礎(力のつり合い・作用反作用)押す力が隣へ受け渡されるところ
高校+物理(波の伝わりと反射)押し合いが波として伝わり、行き止まりで戻ってくるところ
大学交通工学・統計物理(基本図と相転移)臨界密度と交通容量の説明
研究群集動力学押し合いの波と、心理の取り込み方
生活とのつながり祭りや催し、駅の階段で身を守る判断
参考・出典
  1. John J. Fruin『Pedestrian Planning and Design』(群集密度と歩行速度の関係を体系的にまとめた著作)
  2. Dirk Helbing ほか「The Dynamics of Crowd Disasters: An Empirical Study」(Physical Review E, 2007年。実際の映像の解析から押し合いの動きを報告した論文)
  3. 明石市民夏まつり事故調査委員会『第32回明石市民夏まつりにおける花火大会事故調査報告書』(2002年)
  4. 日本建築学会編『建築設計資料集成』(避難計画で用いる流動係数の記述)
  5. 内閣府 防災情報のページ 防災白書

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の催しや施設では、警備員・係員・消防・自治体等の指示に従ってください。