血が体をぐるぐる回っていると、どうやって分かったの?
― 決め手は、紙の上のかけ算ひとつでした
血が体をめぐっていることは、いまでは小学校で習います。でもこれが分かったのは、たった400年前のことです。しかも決め手になったのは、新しい解剖でも顕微鏡でもありませんでした。心臓が送り出す量をかけ算しただけで、1400年続いた定説がくつがえりました。
手首の内側に、反対の手の指をそっとあててみてください。トク、トク、と規則正しい拍動が伝わってきます。
この拍動は、あなたが眠っている間もずっと続いています。1日でおよそ10万回です。
では、その送り出された血はどこへ行くのでしょうか。ずっと昔の人は「体のすみずみで使い切られて、なくなる」と考えていました。
1400年も信じられていた、まちがい
古代ローマの医師ガレノスは、血は肝臓でつくられ、体の先で栄養として消えていくと説明しました。行きっぱなしの片道です。この説明はその後1400年ものあいだ、ヨーロッパの医学の土台になっていました。
これをくつがえしたのが、イギリスの医師ウィリアム・ハーヴェイです。1628年に出した薄い本で、彼は二つのことを示しました。
心臓が送り出す量をかけ算すると、1時間で体の中の血の何十倍にもなります。そんな量を肝臓が毎時間つくれるはずがありません。
腕の血管の中には、心臓へ向かう向きにしか開かない小さな戸があります。血が先へ流れ去る一方なら、この戸は意味を持ちません。
この二つを合わせると、答えはひとつしかありません。血は消えているのではなく、同じ血がぐるぐる回って戻ってきている、ということです。
理由1:多すぎる量が、答えを教えた
心臓は1回の拍動で、だいたい70ミリリットルの血を押し出すとされています。小さめの紙コップ半分ほどです。それが1分間に70回ほどくり返されます。
かけ算すると、1分でおよそ4.9リットル。1時間なら294リットルです。ところが、体の中にある血は全部あわせても5リットルほどしかありません。図1を見てください。1時間ぶんを5リットルのバケツで数えると、59杯にもなります。
毎時間これだけの血を新しくつくり、同じだけ消していると考えるのは無理があります。ハーヴェイはこの見積もりを本の中で示し、「だから血は回っているのだ」と結論しました。特別な道具は使っていません。
理由2:腕の中にある、一方通行の戸
ハーヴェイはもうひとつ、誰でもできる実験を示しました。腕を軽くしばって浮き出た血管を、指で心臓から遠いほうへなでていきます。すると血管はぺたんとつぶれ、そこには血が戻ってきません。
ところが同じ血管を、心臓に近いほうへなでると、血はすんなり進みます。血管の中には、一方向にしか開かない小さな戸が並んでいるからです。いまでは静脈弁と呼ばれています。図2がそのしくみです。
この戸は、すべて心臓へ向かう向きについています。血が体の先で消えるだけなら、心臓へ戻る道に戸を並べる理由がありません。構造そのものが、血の進む向きを教えていたわけです。
行きの道と帰りの道をつなぐ細い血管は、当時の道具では見えませんでした。ハーヴェイは「見えないがあるはずだ」と書いて先へ進みました。実際に毛細血管が観察されたのは、彼の死の4年後だとされています。
まとめ
血が回っていることを示したのは、新しい観測ではなく、誰でも確かめられる量の見積もりでした。数えてみたら、行きっぱなしでは数が合わなかったのです。
数が合わないという事実は、
どんな権威よりも強い証拠になります。
足の血がどうやって心臓まで戻るのかは、立ちっぱなしだと足がむくむのは、なぜ?でくわしく説明しています。心臓そのものが動き続けるしくみは、心臓は、なぜ自分から動き続けられるの?をどうぞ。
- 手の甲や前腕を下げたまま、軽く握ったり開いたりして、青い血管を浮き出させます。しばる必要はありません。
- 浮いた血管の一点を指の腹で軽く押さえたまま、もう一方の指で、ひじ側(心臓のほう)へゆっくりなでていきます。なでた区間は色が薄くなります。
- 押さえた指をそのままにして待っても、その区間にはすぐには血が戻りません。押さえた指を離すと、手先のほうからすっと満ちてきます。
強く押したり長く圧迫したりはしないでください。皮膚の薄い人ほど血管が見えやすく、冷えているときは見えにくくなります。手首の内側で脈を15秒数えて4倍すれば、1分間の拍動数も分かります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 一回拍出量:心臓が1回の拍動で押し出す血の体積。成人の安静時でおよそ70ミリリットルとされています。
- 心拍出量:1分間に心臓が送り出す血の体積。一回拍出量と拍動数のかけ算で決まります。
- 静脈弁:静脈の内側にある、一方向にしか開かない薄い膜。血が逆に流れるのを防ぎます。
- 体循環と肺循環:体全体をめぐる道と、肺をめぐる道。血は二つの輪を続けて通ります。
中学高校式で確かめる:1時間に送る量は、体の中の血の何倍か
ハーヴェイが本の中で行ったのと同じ見積もりを、いまの数値でたどってみます。
| 記号で書くと | Q = V × f |
| 言葉で書くと | 1分間に送る量 = 1回に押し出す量 × 1分間の拍動数 |
| どこから来る式か | 体積が保存されることから来ます。ポンプが1回に押す量を回数だけくり返すので、途中で血が消えも増えもしないかぎり、この関係が成り立ちます。 |
| 一回拍出量(記号は V、単位はミリリットル) | 約 70 ミリリットル(成人の安静時とされます) |
| 1分間の拍動数(記号は f、単位は回毎分) | 約 70 回(成人の安静時とされます) |
| 体の中の血の量(単位はリットル) | 約 5 リットル(体重のおよそ13分の1とされます) |
| 1分間に送る量(ミリリットル) | 70 × 70 = 4900 |
| リットルに直す | 4900 ÷ 1000 = 4.9 |
| 1時間に送る量(リットル) | 4.9 × 60 = 294 |
| 体の中の血の何倍か | 294 ÷ 5 = 58.8 |
1時間で、体の中の血の約59倍を送り出している計算になります。1日なら約7000リットル、家庭用の浴そう30杯を超える量です。これを毎日つくって毎日捨てていると考えるのは、どう見ても無理があります。
高校高校+血圧は、何と何の関係で決まるのか
高校血の流れは、電気の流れとよく似た形で整理できます。流れをうながす圧力の差があり、流れにくさ(抵抗)があり、その結果として流れる量が決まります。
高校+正式には、平均血圧の差 = 心拍出量 × 全末梢血管抵抗 という関係で表されます。血管が細くなれば抵抗が上がり、同じ量を流すのに高い圧力が要ります。血圧の薬の多くが、この式のどこかに働きかけるものです。
大学細い管を流れる液体の、流れにくさ
細い管をゆっくり流れる粘り気のある液体には、ハーゲン・ポアズイユの式(ハーゲン・ポアズイユ流れ)という関係が成り立ちます。流れる量は、管の半径の4乗に比例します。半径が半分になると、流れる量は16分の1です。血管がわずかに細くなるだけで循環が大きく変わるのは、この4乗のせいです。なおポアズイユ自身も医師で、血の流れを調べる過程でこの関係にたどり着きました。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ハーゲン・ポアズイユ流れ / 心拍出量
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- いちばん細い道の流れ 赤血球は、自分より細い管を体を折り曲げて通ります。そこでの流れは単純な管の式では表せず、いまも計算と実験の両方で調べられています。
- 血の配分を決めているもの 運動すると筋肉へ、食事のあとは消化管へと、血の行き先は刻々と変わります。どの信号がどの順で効くのかは、まだ完全には分かっていません。
- 血管が新しく伸びるしくみ 体は必要な場所に血管を伸ばします。この制御を理解することは、傷の治りや病気の研究とも結びついています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は安静時の目安で、体格や年齢によって変わります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科/動物のからだのつくりとはたらき | 体循環と肺循環、静脈弁の向き |
| 高校 | 生物基礎/体内環境の維持 | 一回拍出量と心拍出量のかけ算 |
| 高校+ | 生物/循環系の調節 | 血圧と抵抗の関係 |
| 大学 | 流体力学・生理学 | ハーゲン・ポアズイユの式と半径の4乗 |
| 研究 | 微小循環・血行動態 | 細い道での流れ、血の配分の制御 |
| ― | 生活とのつながり | 脈を数える、血圧の値の読み方 |
- William Harvey『Exercitatio Anatomica de Motu Cordis et Sanguinis in Animalibus』1628年(日本語訳『心臓と血液の運動について』)
- 『ギャノング生理学』丸善出版 ― 循環系の章(一回拍出量・心拍出量・末梢血管抵抗)
- 心拍出量(ウィキペディア日本語版)
- ハーゲン・ポアズイユ流れ(ウィキペディア日本語版)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。体調や検査値についての判断は、医師など専門家にご相談ください。