厚手の1枚より、薄手の重ね着のほうが暖かいのは、なぜ?
― 暖めているのは布ではなく、あいだにはさまった空気です
衣替えの季節になると、必ず「重ね着のほうが暖かい」と言われます。布の量は同じかむしろ少ないのに、なぜそうなるのでしょうか。答えは、布そのものではなく、布と布のあいだにできる薄い空気の層にあります。そして、その層には「これ以上厚くしても効かない」という、はっきりした目安があります。
朝晩がひんやりしてきて、たんすの奥から長そでを出す時期です。分厚いセーターを1枚かぶるか、薄手のシャツを何枚か重ねるか、迷ったことはないでしょうか。
山に登る人や、屋外で働く人は、たいてい後者を選びます。「厚いものを1枚着るより、薄いものを重ねろ」は、現場ではほとんど合言葉のように言われています。
ふしぎな話です。暖かさが布の量で決まるなら、厚い1枚のほうが有利なはずです。ところが実際には、布を減らしたほうが暖かくなることがあります。
理由は2つだけです
布の繊維そのものは、じつは空気よりも熱をよく通します。重ね着をすると、布と布のあいだに動かない空気の層ができます。この層が、布よりも優秀な断熱材として働きます。
熱の逃げにくさは、層をはさむたびに足し算で増えていきます。だから薄い布でも、あいだに空気をはさみながら何枚か重ねれば、厚い1枚をこえることができます。
ただし、いくらでも効くわけではありません。空気の層が厚くなりすぎると、その中で空気が回りはじめ、かえって熱を運び出してしまいます。その境目も、あとで計算で出してみます。
空気は、身のまわりでいちばん優秀な断熱材
ものがどれくらい熱を通すかは、「熱伝導率」という数字で表します。この数字が小さいほど、熱を通しにくい材料です。
動かない空気の熱伝導率は、20℃でおよそ0.026とされています。いっぽう、ウールや綿の布地は、繊維そのものが詰まっているぶん、およそ0.04ほどになります。つまり布は、空気より熱を通しやすいのです。
ふわふわのセーターが暖かいのも、羽毛ぶとんが暖かいのも、理由は同じです。暖かさを作っているのは、繊維がかかえこんでいる大量の空気のほうです。羽毛を押しつぶしてぺたんこにすると暖かくなくなるのは、空気が追い出されてしまうからです。
重ね着は、これを「服と服のあいだ」でもやっていることになります。図1を見てください。同じような量の布でも、あいだに空気をはさんだほうが、熱は通りにくくなります。
ただし、すきまは1cmまで
では、服をぶかぶかにして空気の層を厚くすれば、どこまでも暖かくなるのでしょうか。そうはなりません。
空気がじっと止まっていれば、熱はゆっくりとしか伝わりません。ところが層が厚くなると、下のほうの温まった空気が軽くなって上へ動きはじめます。空気が回りはじめると、熱は空気そのものに運ばれて、一気に外へ出ていきます。
この回りはじめる境目は、はだと外気の温度差が15℃ほどのとき、すきまの厚さでおよそ1cmになります。計算のしかたは、最後の折りたたみに入れました。
つまり、ちょうどよいすきまは数mmから1cmほどです。体にぴったり張りついていると空気の層ができず、逆にだぶだぶすぎると空気が回ってしまいます。登山の服が「軽く余裕がある程度」に作られているのは、この範囲をねらっているからです。
外からの風は、せっかくの空気の層を吹き飛ばしてしまいます。中の服がどれだけ優秀でも、風が通れば効果は大きく落ちます。いちばん外に風を通しにくい1枚を重ねると、内側の層が守られます。中間の服を厚くするより、外側を1枚足すほうが効くことが多いのは、このためです。
空気の層に汗の水分がたまると、その部分の熱の通りやすさは一気に上がります。水は空気の20倍以上も熱を通すからです。動く前に1枚脱ぎ、止まる前に着る。これが重ね着をいちばん活かす使い方です。
まとめ
重ね着が暖かいのは、布が増えるからではありません。布と布のあいだにできる、動かない空気の層が増えるからです。熱の逃げにくさは層ごとに足し算で増えますが、すきまが1cmをこえると空気が回りはじめ、そこで頭打ちになります。
暖かさを作っているのは、服そのものではなく、
服がつかまえている空気のほうです。
同じ「空気を閉じこめる」というしくみは、ほかの場面にも出てきます。魔法瓶は、なぜ何時間も冷めないの? では、空気そのものを取り除いてしまう方法を扱いました。寒いと鳥肌が立つのは、なぜ? は、体が毛で同じことをしようとする話です。
- 同じペットボトル2本に、同じ温度のお湯を同じ量だけ入れます。
- 1本にはタオルをきつく3重に巻きます。もう1本には、同じタオルをふんわりと、あいだに指1本ぶんのすきまができるように巻きます。
- 30分後、両方の水温をはかって比べます。布の量は同じでも、ふんわり巻いたほうが温かいままのはずです。
巻きかたを「指3本ぶんのすきま」まで広げると、今度は差が縮みます。空気が中で回りはじめるからです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(伝熱工学・流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 熱伝導:ものが動かないまま、温度の高いほうから低いほうへ熱が伝わること。重ね着の中で起きているのは、主にこれです。
- 熱伝導率:材料ごとの熱の通しやすさを表す数値です。単位はワット毎メートル毎ケルビンで、小さいほど熱を通しません。
- 熱抵抗:その層がどれくらい熱を通しにくいかを表す量です。厚さを熱伝導率で割って求め、層を重ねると足し算になります。
- 対流:温まった空気や水そのものが動いて、熱を運んでいくことです。すきまが広すぎると、これが始まります。
中学高校式で確かめる:逃げる熱は、何ワットちがうのか
厚手1枚のときと、薄手3枚を重ねたときで、体から逃げていく熱が何ワットになるかを実際に出してみます。
| 記号で書くと | Q = A × ΔT ÷ R および R = d ÷ λ 、 R合計 = R1 + R2 |
| 言葉で書くと | 逃げる熱 = 面積 × 温度差 ÷ 熱抵抗。熱抵抗 = 厚さ ÷ 熱伝導率。層が並べば、熱抵抗は足し算になります。 |
| どこから来る式か | 熱の流れは温度の落ち方に比例する、という法則(フーリエの法則)から来ています。電気で「電流 = 電圧 ÷ 抵抗」と書くのと同じ形で、直列につないだ抵抗が足し算になるところまでそっくりです。 |
| 布地の熱伝導率 λ | およそ 0.04 とされます(単位はワット毎メートル毎ケルビン) |
| 動かない空気の熱伝導率 λ | 20℃でおよそ 0.026 とされます(同じ単位) |
| おとなの体の表面積 A | およそ 1.7(単位は平方メートル) |
| はだと外気の温度差 ΔT | 33℃と18℃の差で 15(単位はケルビン) |
| 厚手1枚の厚さ d | 0.008(単位はメートル) |
| 薄手3枚の布の合計 d | 0.006(同じ単位) |
| そのあいだの空気の合計 d | 0.004(同じ単位) |
| 厚手1枚の熱抵抗 | 0.008 ÷ 0.04 = 0.2 |
| 重ね着の布のぶん | 0.006 ÷ 0.04 = 0.15 |
| 重ね着の空気のぶん | 0.004 ÷ 0.026 ≒ 0.154 |
| 重ね着の熱抵抗の合計 | 0.15 + 0.154 = 0.304 |
| 面積と温度差をかける | 1.7 × 15 = 25.5 |
| 厚手1枚から逃げる熱 | 25.5 ÷ 0.2 = 127.5 |
| 重ね着から逃げる熱 | 25.5 ÷ 0.304 ≒ 83.9 |
単位はワットです。布を2mmぶん減らしたのに、逃げる熱は127.5ワットから83.9ワットへ、4割近くも減りました。静かにすわっている人が出す熱は、およそ100ワットとされています。厚手1枚では出す熱より逃げる熱のほうが多く、体はじわじわ冷えていきます。重ね着では逃げる熱のほうが少なく、体温を保てる計算になります。
高校高校+すきまが1cmで頭打ちになる理由
高校空気の層は、厚くすれば熱抵抗が増えます。ところがある厚さをこえると、層の中で温まった空気が浮き上がり、冷えた空気が降りてくる循環が生まれます。これが自然対流です。こうなると熱は空気に乗って運ばれるので、層を厚くした効果は消えてしまいます。
高校+循環が始まるかどうかは、浮き上がろうとする力と、粘りけで押しとどめる力のせめぎあいで決まります。この比を表す無次元量をレイリー数といい、上下をはさまれた空気の層では、値がおよそ1708をこえると循環が始まることが知られています。温度差15℃の空気でこの値に届く厚さを逆算すると、およそ1cmになります。本文で出した目安は、この計算から来ています。
大学衣服の断熱を設計するときの考え方
伝熱工学では、この種の問題を熱抵抗の直列回路として扱います。対流が加わる場合は、対流をふくめた熱の伝わりやすさをヌセルト数で表し、レイリー数との関係式(レイリー・ベナール対流の相関式)から見積もります。衣服の分野では、熱抵抗をクロという専用の単位で表し、サーマルマネキンと呼ばれる発熱する人形を使って実測します。国際規格では、この値から必要な着衣量を推定する手順まで定められています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:熱伝導(ウィキペディア日本語版) / レイリー数(ウィキペディア日本語版)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 動いている人の服は、まだうまく計算できません。 歩くたびに、服はふいごのように空気を出し入れします。この出入りが断熱をどれだけ損なうかは、体の動きや服の形に強く左右され、一般的な式にはなっていません。
- 汗が布の中を移動する過程が難物です。 水蒸気で運ばれる熱と、しみこんだ水で運ばれる熱がからみあい、層をまたいで凝縮したり、また蒸発したりします。この組み合わせを正しく解く計算は、いまも改良が続いています。
- 人形での測定値と、人が感じる暖かさはずれます。 人間は血流を変えて皮膚の温度を自分で調節するため、表面を一定温度に保つ人形とは条件が違います。この差をどう埋めるかは、今も研究のテーマです。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。じっとしているときの目安としては十分ですが、動きまわる場面ではずれが出ます。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・身のまわりの現象(熱の伝わり方) | 伝導と対流のちがい、空気が熱を通しにくいこと |
| 高校 | 物理基礎・熱(熱の移動、熱量) | 厚さと熱伝導率から熱抵抗を出し、逃げる熱を計算するところ |
| 高校+ | 物理・発展(対流、無次元量) | すきまが1cmで頭打ちになる理由、レイリー数 |
| 大学 | 伝熱工学・建築環境工学 | 熱抵抗の直列、ヌセルト数、クロという単位 |
| 研究 | 被服科学・生理人類学 | 動きや汗をふくめた、衣服の断熱の評価 |
| ― | 生活とのつながり | 衣替え、登山や屋外作業の服の選び方、ふとんの選び方 |
- 国立天文台 編『理科年表』(空気および各種材料の熱伝導率)
- 日本建築学会 編『建築環境工学用教材 環境編』(熱抵抗の直列計算、着衣の熱抵抗)
- 国際規格 ISO 9920(衣服の熱抵抗および水蒸気抵抗の推定)
- 田村照子 編著『衣環境の科学』建帛社(被服の断熱と空気層)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の衣服の暖かさは、素材・縫製・風・湿気で大きく変わります。寒さの厳しい環境では、気象情報や自治体・主催者の指示に従ってください。