ミツバチは、なぜ自分より大きなスズメバチを倒せるの?
― 針ではなく、体の熱で「蒸し焼き」にします
体の重さが10倍以上もあるオオスズメバチに、ニホンミツバチは針では勝てません。そこで使うのが「熱」です。数百匹で敵を包みこみ、自分たちは耐えられて相手は耐えられない、ぎりぎりの温度まで上げるのです。
秋の山あい。木の箱で飼われているミツバチの巣の前に、親指ほどもある大きなハチが1匹やってきます。オオスズメバチです。
ミツバチは体長1cmあまり。あごの力も体の硬さも、比べものになりません。セイヨウミツバチの巣なら、数匹のスズメバチに数万匹が全滅させられることもあるとされています。
ところが日本にもとからいるニホンミツバチの巣の前では、少し違うことが起きます。一瞬で、スズメバチの姿がミツバチの「玉」の中に消えるのです。
勝てる理由は2つだけ
ミツバチは、飛ぶための筋肉を羽とつながないまま細かくふるわせ、熱だけを生み出せます。数百匹がいっせいにこれをすると、玉の中心は数分で約46℃になるとされています。
スズメバチは44〜46℃あたりで死んでしまうとされます。一方ミツバチは48〜50℃くらいまで耐えるとされます。この数℃の差の「すき間」をねらって、温度を止めているのです。
強さで負けている相手に、体の「熱さへの強さ」で勝つ。これは、生き物どうしの体のつくりの違いを、そのまま武器にした戦い方です。
数百匹が、ひとつの「ストーブ」になる
スズメバチが巣に近づくと、ミツバチたちは入口の奥で待ちかまえます。そして敵が入りかけた瞬間、数百匹がいっせいに飛びついて包みこみます。この玉は「蜂球(ほうきゅう)」と呼ばれます。
玉になったミツバチは、胸の筋肉をふるわせ続けます。私たちが寒いときに体がぶるぶるふるえるのと、よく似たしくみです。1匹が出す熱はごくわずかでも、数百匹ぶんが1か所に集まり、しかも外側のハチが「ふとん」のように熱を閉じこめます。
図1の左を見てください。中心のスズメバチは、四方八方をミツバチの体にふさがれ、熱の逃げ場がありません。報告では、中心の温度は数分で約46℃に達し、20分ほどその高さに保たれたとされています。
勝負を決めるのは、たった数℃の差
ここで大事なのは、温度を「上げすぎない」ことです。50℃まで上げれば、スズメバチは確実に倒れます。でもそれでは、包んでいるミツバチ自身も倒れてしまいます。
図1の右のものさしで、蜂球の温度(点線の矢印)は、スズメバチの限界の帯の上のはしにあります。ミツバチの限界の帯までは、2〜4℃ほどしか余裕がありません。まるで、相手だけが入れないサウナの温度を、体で調整しているようなものです。
さらに最近の研究では、玉の中で二酸化炭素がたまることも効いているとされています。ミツバチがはげしく息をするため、玉の中の空気が「息苦しく」なります。するとスズメバチは、ふだんより低い温度でも倒れやすくなるという報告があります。
養蜂で多く飼われるセイヨウミツバチは、もともとオオスズメバチのいない地域から来たハチです。蜂球をつくることはあっても、ニホンミツバチほど素早く大勢では包めないとされます。長い年月、同じ土地で天敵と向き合ってきたかどうかが、戦い方の差になっていると考えられています。
キプロス島のミツバチは、別の種類のスズメバチを玉で包み、熱よりもおもに呼吸をふさいで倒すという報告があります。同じ「玉になる」作戦でも、相手によって効かせ方が違うのです。
まとめ
ニホンミツバチは、力でも針でもオオスズメバチにかないません。そこで数百匹が敵を包み、飛ぶための筋肉をふるわせて熱をつくります。中心を約46℃に保つと、熱さに弱いスズメバチだけが倒れます。
小さな体でも、数百匹集まればストーブになる。
勝負を分けたのは、力の差ではなく、耐えられる温度の数℃の差でした。
ミツバチの仲間どうしの伝え合いは「ミツバチは、なぜ8の字ダンスで花の場所を伝えられるの?」で、体の大きさと熱の逃げやすさの関係は「小さい動物ほど、なぜ食べ続けないと生きられないの?」で紹介しています。
- コップを5個用意し、同じ温度のお湯を同じ量ずつ入れます。
- 1個だけ離して置き、残りの4個は、すき間なくくっつけて並べ、上からタオルをかけます。
- 20分後、離したコップと、くっつけたコップのお湯を指でさわって比べます(熱湯は使わず、さわれる温度で)。
くっつけたほうが温かさが残っているはずです。熱が逃げる面が減り、外側が「ふとん」の役をするからです。蜂球も同じで、しかも中の1匹1匹が熱をつくり続けています。なお、野外でスズメバチの巣を見かけても、近づかないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(動物生理学・行動生態学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 蜂球(ほうきゅう):ミツバチが敵を数百匹で包みこんでつくる玉。熱で倒すものは「熱殺蜂球」とも呼ばれます。
- ふるえ熱産生:筋肉を小さくふるわせ、体を動かさずに熱だけをつくるはたらき。ミツバチは羽を止めたまま、飛ぶための胸の筋肉でこれを行います。
- 致死温度:生き物がそれ以上の温度に置かれると死んでしまう境目の温度。種によって違い、この差が蜂球の「武器」になります。
中学高校式で確かめる:蜂球は何分で46℃になる?
数百匹のミツバチが出す熱で、玉の温度が約35℃から約46℃まで上がるのに、どれくらいかかるかを見積もります。熱が外へ逃げない、いちばん速い場合を考えます。
| 記号で書くと | t = m × c × ΔT ÷ P (P = N × p) |
| 言葉で書くと | かかる時間 = 玉の質量 × 比熱 × 上げたい温度 ÷ 全員の発熱量 |
| どこから来る式か | エネルギーの保存。温度を上げるのに要る熱量(質量 × 比熱 × 温度変化)を、ハチが毎秒つくる熱でまかなうと考える |
記号の意味:
t は時間(秒)、m は玉全体の質量(g)、c は比熱(1gを1℃上げる熱量、単位は J/(g·K))、ΔT は上げる温度(℃)、P は玉全体の発熱(W、1秒あたりの J)、N はハチの数、p は1匹の発熱(W)です。
| 玉になるミツバチの数 N | 約500匹(数百匹とされる) |
| ミツバチ1匹の質量 | 約0.1 g |
| 1匹がふるえでつくる熱 p | 数十ミリワット程度とされ、ここでは 0.03 W とする |
| 虫の体の比熱 c | 水より少し小さく、約3.5 J/(g·K) とされる |
| はじめの温度と目標 | 約35℃ から 約46℃ へ |
| 玉全体の発熱 P | 500 × 0.03 = 15(W) |
| 玉全体の質量 m | 500 × 0.1 = 50(g) |
| 1℃上げるのに要る熱 | 50 × 3.5 = 175(J) |
| 上げる温度 ΔT | 46 − 35 = 11(℃) |
| 要る熱量の合計 | 175 × 11 = 1925(J) |
| かかる時間 t | 1925 ÷ 15 ≒ 128(秒) |
| 分に直す | 128 ÷ 60 ≒ 2.1(分) |
熱がまったく逃げなければ約2分で46℃に届く、という見積もりです。実際には外へ熱が逃げるので、観察された「数分」とよく合います。1匹の熱はほんのわずかでも、500匹集まると小さな電球(15 W)ほどの発熱になるのです。
高校高校+なぜ温度を止められるのか
高校物体の温度は、入ってくる熱と出ていく熱がつり合ったところで止まります。蜂球では、ハチがつくる熱と、玉の表面から逃げる熱のつり合いで温度が決まります。ハチがふるえを弱めれば、温度は上がらなくなります。
高校+玉が大きくなるほど、体積(熱をつくる量)にくらべて表面積(熱が逃げる量)が小さくなります。そのため、大勢で丸く集まるほど温まりやすくなります。寒い日のペンギンの押しくらまんじゅうも、同じ理屈です。
大学熱容量と、昆虫の体温調節
② の「1℃上げるのに要る熱(175 J)」は、玉全体の熱容量にあたります。ミツバチのように自分で体温を上げられる昆虫は、動物生理学では「異温性」の例として扱われ、飛ぶ筋肉によるふるえ熱産生で胸の温度を保ちます。蜂球の研究は、小野正人らが1995年に英科学誌で報告したものが知られています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:熱容量(ウィキペディア) / ニホンミツバチ(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 熱と二酸化炭素、どちらがどれだけ効いているのか。 玉の中の二酸化炭素が、スズメバチの耐えられる温度を下げるという報告がありますが、2つの効き目の割り合いはまだ詰められていません。
- どのハチが玉に加わるのか。 高温にさらされたハチは、その後の寿命が縮むという報告もあります。年をとった働きバチが多く加わる、という見方もあり、群れの中の役割分担が調べられています。
- 温度をどうやって「そろえて」いるのか。 数百匹が、合図もなく約46℃で発熱を止めるしくみは、まだよくわかっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。46℃という数値も、観察の条件によって前後するとされています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「動物の生活と生物の変遷」「熱量」 | 蜂球という行動、熱量の考え方 |
| 高校 | 物理基礎「熱量と比熱」 | 式で確かめる(質量 × 比熱 × 温度変化) |
| 高校+ | 生物「動物の行動」 | 表面積と体積、集団で温まるしくみ |
| 大学 | 動物生理学・行動生態学 | ふるえ熱産生、熱容量、致死温度の種差 |
| 研究 | 昆虫の社会行動・防衛行動 | 二酸化炭素の効果、参加するハチの選ばれ方 |
| ― | 生活とのつながり | 養蜂、身を寄せ合うと温かい理由 |
- Ono, M., Igarashi, T., Ohno, E. (1995) Unusual thermal defence by a honeybee against mass attack by hornets. Nature 377
- Sugahara, M., Sakamoto, F. (2009) Heat and carbon dioxide generated by honeybees jointly act to kill hornets. Naturwissenschaften 96
- Papachristoforou, A. et al. (2007) Smothered to death: hornets asphyxiated by honeybees. Current Biology 17
- Heinrich, B. (1993) The Hot-Blooded Insects. Harvard University Press
- ウィキペディア「ニホンミツバチ」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。温度や匹数は報告や条件によって前後します。スズメバチの巣を見つけても近づかず、駆除は自治体や専門の業者に相談してください。