水は磁石に反発するって本当?
― 強い磁石の上で、生きたカエルが宙に浮きました
磁石にくっつかないものは、磁石と「無関係」だと思われがちです。ところが水は、ほんのわずかな力で磁石から逃げようとしています。その力はとても弱く、ふだんは気づけません。けれど磁石をとびきり強くすると、水でできた生き物が、そのまま宙に浮いてしまいます。
冷蔵庫の扉にメモを留めている磁石を、コップの水に近づけてみます。水は、何も変わらないように見えます。
ところが1997年、オランダの研究所で、筒の形をした巨大な磁石の中に、生きた小さなカエルが入れられました。カエルは筒の中で、何にも支えられずにふわふわと浮かびました。
カエルに鉄が入っていたわけではありません。浮かせていたのは、カエルの体の大部分をしめる「水」そのものでした。
カエルが浮いた理由は、2つだけ
水の中の電子は、磁石が近づくと、磁石を押し返す向きの小さな磁石に変わります。だから水は、ごく弱い力で磁石に反発します。
反発する力は、磁石の強さを2倍にすると約4倍、10倍にすると約100倍になります。極端に強い磁石では、ついに体の重さを上回ります。
つまり、反発する力はいつも働いています。ただ、ふだんの磁石では弱すぎて、重さに負けているだけなのです。
水は、なぜ磁石に反発するの?
すべての物は、原子でできています。原子の中では、電子が動き回っています。電子が動くと、そのまわりには小さな磁石の性質が生まれます。
ここへ外から磁石を近づけると、電子の動きがほんの少し変わります。その変わり方には決まりがあります。近づいた磁石の影響を「打ち消す」向きに変わるのです。
その結果、水は近づいた磁石と逆向きの、ごく弱い磁石になります。N極を近づけると、水の側にもN極が向き合うような形です。だから、押し返されます。
この性質は、実は水だけのものではありません。木も、プラスチックも、私たちの体も、みな同じように弱く反発します。鉄のように強く引きつけられる物は、この弱い反発が、もっと強い「引きつけ」に隠されているだけです。
なぜ、ふだんは気づかないの?
水が磁石に反発する力は、鉄が磁石に引かれる力とくらべて、とてつもなく弱いものです。水が磁石に反応する度合いは、鉄とくらべて1億分の1ほどしかないとされています。
そこで効いてくるのが、2つ目の理由です。反発する力は、磁石の強さの2乗に比例します。図1の右を見てください。冷蔵庫の磁石は約0.005テスラ(テスラは磁石の強さの単位)です。カエルが浮いた磁石は16テスラで、約3200倍の強さです。2乗で効くので、押す力の違いは1000万倍にもなります。
さらに、浮かせるには「強さ」だけでなく、場所によって強さが急に変わることも必要です。図1の左のように、筒の出口では磁力線が広がり、上へ行くほど磁石が弱くなります。水は弱いほうへ押し出されるので、上向きの力が生まれます。
体の中の水は、あらゆる場所で同じように押されます。そのため、カエルは体のすみずみまで均等に支えられ、重さを感じにくい状態になったと考えられています。実験のあと、カエルは元気だったとされています。
カエルを浮かせた物理学者の一人、アンドレ・ガイムは、この実験で2000年に「人を笑わせ、考えさせる研究」に贈られるイグノーベル賞を受けました。そして2010年、別の研究でノーベル物理学賞も受けています。両方を受けた人は、ほかにいないとされています。
液体にした酸素は、強い磁石に近づけると吸いつくことが知られています。酸素の分子は、弱い反発よりも強い「引きつけ」の性質をもっているからです。同じ液体でも、中の電子の並び方で、磁石への反応は正反対になります。
まとめ
磁石にくっつかない物も、実はみな、ごく弱い力で磁石から逃げようとしています。水もその一つです。力は磁石の強さの2乗で増えるので、冷蔵庫の磁石の数千倍の強さまで上げると、水でできた生き物さえ浮かせられます。ふだん見えないのは、力が無いからではなく、弱すぎて重さに隠れているからです。
磁石にくっつかない物は、無関係なのではない。
ほんの少しだけ、磁石をいやがっている。
磁石の力が紙や手を通り抜けるしくみは「磁石は、なぜ紙や手ごしでもくっつくの?」で、磁石を割ると何が起きるかは「磁石を半分に割ったら、N極だけの磁石ができるの?」で紹介しています。
- ストローの両はしに、ぶどうを1つずつ刺します。ペットボトルのふたの上に、ストローの真ん中をのせて、つり合わせます。
- 風が当たらないように箱などで囲み、ストローが静かに止まるまで待ちます。
- 強いネオジム磁石を、ぶどうに触れないぎりぎりまでゆっくり近づけます。ぶどうが、磁石からじわりと逃げるように回り出します。
ぶどうはほとんどが水なので、この記事と同じ反発が起きます。動きはとてもゆっくりなので、根気よく見てください。ネオジム磁石はとても強く、2個が指をはさむとけがをします。小さな子どもが飲みこむと危険なので、手の届かない場所に保管してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(電磁気学・物性物理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 反磁性:磁石を近づけると、逆向きの弱い磁石になって反発する性質。水・木・銅・ビスマスなど多くの物がもつ。
- 常磁性・強磁性:磁石に引きつけられる性質。弱く引かれるのが常磁性(液体の酸素など)、強く引かれるのが強磁性(鉄など)。
- 反磁性浮上:反磁性による反発で、物を宙に浮かせること。カエルの実験はその代表例。
中学高校式で確かめる:水を浮かせるには、どれだけ強い磁石が要る?
水1立方メートルあたりにかかる「押し返す力」と「重さ」がつり合う条件を立て、必要な磁石の強さを見積もります。
| 記号で書くと | B × ( dB / dz ) = μ0 × ρ × g ÷ |χ| |
| 言葉で書くと | 磁石の強さ × 上へ行くときの強さの減り方 = 真空の透磁率 × 水の密度 × 重力加速度 ÷ 水の反発しやすさ |
| どこから来る式か | 反磁性の物が受ける上向きの力(体積あたり |χ| × B × 傾き ÷ μ0)と、体積あたりの重さ(ρ × g)のつり合い |
| 記号 | 意味と単位 |
| B | 磁石の強さ(磁束密度)。単位はテスラ |
| dB / dz | 上へ1メートル進むあいだに強さがどれだけ変わるか。単位はテスラ毎メートル |
| μ0 | 真空の透磁率。約1.26 × 10⁻⁶(単位はテスラ・メートル毎アンペア) |
| ρ | 水の密度。単位はキログラム毎立方メートル |
| g | 重力加速度。単位はメートル毎秒毎秒 |
| χ | 体積磁化率(反発しやすさ)。水は負の値で、単位はない |
| 水の体積磁化率の大きさ | 約9.0 × 10⁻⁶ とされています |
| 真空の透磁率 | 約1.26 × 10⁻⁶ |
| 水の密度 | 1000 キログラム毎立方メートル |
| 重力加速度 | 9.8 メートル毎秒毎秒 |
| 磁石の中で強さが大きく変わる距離(筒の大きさの目安) | 約0.1 メートル |
| 反発しやすさ ÷ 透磁率(10⁻⁶ どうしは打ち消し合う) | 9.0 ÷ 1.26 ≒ 7.14 |
| 体積あたりの重さ | 1000 × 9.8 = 9800 |
| 必要な「強さ × 強さの減り方」 | 9800 ÷ 7.14 ≒ 1373 |
| 減り方を「強さ ÷ 0.1メートル」と見なすと、強さの2乗は | 1373 × 0.1 ≒ 137 |
| 137 の平方根 | およそ 11.7 テスラとされる値になります |
| 冷蔵庫の磁石(0.005テスラ)とくらべると | 11.7 ÷ 0.005 = 2340 |
必要な強さは、およそ10テスラ台です。実際の実験で使われた16テスラの磁石と、よく合っています。これは冷蔵庫の磁石の約2000倍以上で、地球の磁場の20万倍を超える強さです。水を浮かせるには、それだけ極端な磁石が必要なのです。
高校高校+なぜ「2乗」で効くの?
高校高校物理では、磁場が変化するとそれを打ち消す向きに電流が流れる「レンツの法則」を習います。反磁性は、原子の中の電子の運動が、これと似た向きに少しだけ変わることで生まれる、と大まかに理解できます。
高校+水が磁石から受ける反応(磁化)は、磁石の強さ B に比例します。その磁化が、さらに磁石の強さの「傾き」から力を受けます。比例するものが2回かかるので、力は B と傾きの積、つまりおおよそ強さの2乗に比例します。このため磁気のエネルギーは体積あたり |χ| × B² ÷ ( 2 × μ0 ) の形で書かれます。
大学ふつうの磁石では、安定に浮かせられない
永久磁石どうしを組み合わせても、物を静かに浮かせ続けることはできません。これを示すのがアーンショーの定理です。ところが反磁性の物は、磁石の「弱い場所」へ向かって落ち着こうとするため、この制限を逃れられます。これはブラウンベックの拡張とも呼ばれます。反磁性の起源そのものは、電子の軌道運動を量子力学で扱うラーモア反磁性(ランジュバンの反磁性)として説明されます。カエルの実験を解説した論文「Of flying frogs and levitrons」では、この安定の条件がくわしく議論されています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:反磁性(ウィキペディア) / アーンショーの定理(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 無重力をどこまで再現できるか 反磁性浮上は、細胞や小さな生き物で「重さのない状態」をまねる方法として使われています。ただ、体の中の成分ごとに反発しやすさが少しずつ違うため、宇宙の無重力とどこまで同じと言えるかは、議論が続いているとされています。
- 強い磁場に長くいる影響 10テスラを超える磁場の中に生き物が長時間いると何が起きるかは、調べられている最中です。
- 弱い磁石で浮かせる素材 黒鉛のように水より数十倍反発しやすい物は、ネオジム磁石の上でも浮くことが知られています。もっと強く反発する素材を作る研究が進められています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。理屈の上では人の体も浮くはずですが、人が入れる広さでその強さを作れる磁石は、今のところ無いとされています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「電流と磁界」 | 磁石の強さ、磁力線の広がり |
| 高校 | 物理「電磁誘導・レンツの法則」 | 反発が「打ち消す向き」に生まれること |
| 高校+ | 物理(発展)「物質の磁性」 | 力が強さの2乗で効くこと |
| 大学 | 電磁気学・物性物理学 | アーンショーの定理、ラーモア反磁性 |
| 研究 | 生物物理・材料科学 | 無重力の再現、新しい反磁性素材 |
| ― | 生活とのつながり | 病院の検査装置の強い磁場、ネオジム磁石の扱い方 |
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。10テスラを超える磁石は研究施設の特殊な装置で、家庭で再現できるものではありません。ネオジム磁石は、はさみこみや誤飲に注意して扱ってください。