磁石は、なぜ紙や手ごしでもくっつくの?
― 磁力をさえぎれるのは、むしろ鉄のほうです
冷蔵庫にプリントを何枚はさんでも、磁石は落ちません。手のひらをはさんでも、指ごしに引き合う力が伝わってきます。じつは磁石から見ると、紙も手もプラスチックもアルミも、ほとんど「何もないのと同じ」です。そして磁力をさえぎりたいときに使うのは、くっつかない材料ではなく、よくくっつく鉄のほうなのです。
冷蔵庫の扉に、学校のプリントをマグネットでとめます。紙をもう1枚、もう1枚とはさんでも、磁石はちゃんと止まったままです。
今度は、手のひらを冷蔵庫にぴったりつけて、その上から磁石を近づけてみます。手を通りぬけて、冷蔵庫に吸いよせられる感じが指に伝わります。
磁石の力は、いったい何なら通りぬけて、何なら止められるのでしょう。子どもに聞かれると、意外と答えにつまる質問です。
答えは、大きく2つに分けられます
紙も手も木もガラスもアルミも、磁石の力の通りやすさは、真空とほとんど変わりません。だから磁力は、そこに何も無いかのように通りぬけます。弱く感じるのは材料のせいではなく、そのぶん磁石が遠ざかったせいです。
鉄は磁石の力を数千倍も通しやすい、特別な材料です。磁力は近道を選んで鉄の中へ入り、鉄の中を通って戻ってしまいます。その結果、鉄の向こう側には磁力がほとんど出てきません。
つまり「くっつかない材料=磁力を止める材料」ではありません。むしろ逆で、いちばんよくくっつく鉄が、いちばんよく磁力をさえぎります。順番に見ていきましょう。
紙も手もアルミも、磁石には見えていない
磁石のまわりには、目に見えない力の通り道が輪のように広がっています。理科の実験で、紙の上に砂鉄をまくと浮かび上がってくる、あの模様です。
この通り道は、物質の中をどれくらい通りやすいかが材料ごとに決まっています。この「通しやすさ」は、じつは紙・木・ガラス・水・プラスチック・アルミ・銅・そして人の体まで、ほとんど同じ値です。真空との差は、多くの場合10万分の1ほどしかないとされています。磁石の側から見れば、あってもなくても同じなのです。
ここが、電気との大きなちがいです。電気は、通す物(金属)と通さない物(ゴムやプラスチック)がはっきり分かれます。だからゴム手袋で電気は防げます。ところが磁力には、そういう「通さない物」がほとんど存在しません。図1の左を見てください。はさんだ物の中を、力の通り道がまっすぐ横切っています。
では、紙を何枚もはさむと少し弱くなるのはなぜでしょう。それは紙がさえぎったからではなく、紙の厚みのぶん磁石が冷蔵庫から離れたからです。磁石の力は、離れるとおどろくほど急に弱まります。どれくらい急なのかは、最後の折りたたみで計算してみます。
さえぎりたいなら、鉄で包む
鉄やニッケルは、磁力の通りやすさが真空の数千倍にもなります。磁力は水の流れのように、通りやすいほうへ大きく偏ります。鉄板があると、力の通り道は空気中をまっすぐ進むのをやめ、鉄板の中へ入りこんで、鉄板の中を通って磁石へ戻ります。
図1の右がその様子です。線が鉄板に吸いこまれ、向こう側へほとんど抜けていません。これを利用したのが磁気シールドで、精密な機器や、磁場の影響を受けたくない実験装置は、鉄やパーマロイと呼ばれる合金の箱で包んで守られています。
アルミは磁石にくっつきません。ところが分厚いアルミの板の上で強い磁石をすべらせると、見えないブレーキがかかったように遅くなります。動く磁石がアルミの中に電流の渦をつくり、その渦がまた磁力を生んで、動きをじゃまするからです。止まっている磁石には何も起きません。「動いたときだけ効く」のが、この現象のおもしろいところです。
まとめ
磁石の力は、身のまわりのほとんどの物にとって素通しです。紙も手もガラスもアルミも、磁石から見れば空気とほぼ同じで、そこにあること自体が見えていません。はさむと弱くなるのは、さえぎられたからではなく遠ざかったからです。そして本当にさえぎりたいときは、鉄のようによくくっつく材料で包みます。磁力が「通りやすい近道」へ逃げこむ性質を、逆に利用するのです。
磁石をさえぎるのは、くっつかない材料ではありません。
いちばんよくくっつく鉄が、いちばんよくさえぎります。
磁石の極そのものについては磁石を半分に割ったら、N極だけの磁石ができるの?、片面だけくっつく不思議については冷蔵庫のマグネットシートは、なぜ片面しかくっつかないの?もどうぞ。地球そのものを磁石として使う話はコンパスの針は、なぜ北を向くの?にあります。
- 冷蔵庫の扉に磁石をつけ、紙を1枚ずつはさんでいきます。何枚で落ちるか数えます。次に、同じ厚さになるよう下じきやプラスチックの板をはさみ、同じくらいで落ちるか比べます。材料がちがっても、厚さが同じなら結果が近いはずです。
- クリップを机に置き、磁石を近づけて引き寄せます。次に磁石とクリップのあいだにスプーンやはさみの刃(鉄のもの)を入れてみます。クリップが動かなくなれば、鉄がさえぎった証拠です。
- アルミのスプーンや1円玉を磁石とクリップのあいだに入れても、クリップは引き寄せられます。金属なのにさえぎらない――これが「電気を通す」と「磁力を通す」が別ものだという何よりの証拠です。
強い磁石は指をはさむと痛いので、必ず大人と一緒に扱ってください。小さな磁石を飲みこむ事故が報告されているため、乳幼児の手の届く所に置かないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(電磁気学・物性物理)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 磁束(じそく):磁石のまわりに広がる力の通り道を、束として数えたもの。図1の矢印は、この束の道すじを描いたものです。
- 透磁率(とうじりつ):その物質が磁束をどれくらい通しやすいかを表す数。真空を1とすると、紙・水・アルミ・人体はほぼ1で、鉄は数千にもなります。
- 強磁性体(きょうじせいたい):鉄・ニッケル・コバルトのように、磁石に強く引かれ、自分も磁石になれる物質のこと。
- 磁気シールド:透磁率の高い材料で囲み、内側に磁束が入らないようにすること。囲むほど効果が高まります。
中学高校式で確かめる:紙をはさむと、どれくらい弱くなる?
紙がさえぎるのではなく、遠ざかるから弱くなる――これを数で確かめます。小さな磁石を少し離れた所から見ると、引き合う力は距離の4乗に反比例することが知られています。距離が2倍になれば、力は16分の1です。
| コピー用紙1枚の厚さ | 約0.09ミリメートル |
| もとの磁石と冷蔵庫のすきま | 約1ミリメートル(塗装とシート) |
| 力と距離の関係(遠方での目安) | 距離の4乗に反比例するとされる |
| 紙を10枚はさんだときの厚み | 0.09 × 10 = 0.9(ミリメートル) |
| もとのすきまに足した合計 | 1 + 0.9 = 1.9(ミリメートル) |
| 距離は、もとのおよそ何倍か | 1.9 ÷ 1 = 1.9(倍) |
| 2乗する | 1.9 × 1.9 = 3.61 |
| もう一度2乗して、4乗にする | 3.61 × 3.61 ≒ 13 |
| 力は、もとの何分の1か | 1 ÷ 13 ≒ 0.077 |
紙10枚で、引きつける力はおよそ13分の1にまで落ちる計算になります。紙が磁力を吸ったのではありません。たった0.9ミリメートル遠ざかっただけで、これほど変わるのです。実際の磁石ではもう少しゆるやかに減りますが、「距離がすべて」という感覚はこれでつかめます。
| B | 磁束密度。磁束の込み具合。単位はテスラ(T) |
| H | 磁場の強さ。単位はアンペア毎メートル(A/m) |
| μ | 透磁率。B と H を結ぶ比例定数で、単位はヘンリー毎メートル(H/m) |
| r | 磁石からの距離。単位はメートル(m) |
高校高校+なぜ鉄だけが特別なのか
高校物質の中では、電子の動きと自転にあたる性質が、小さな磁石のはたらきをしています。ふつうの物質では、その向きがばらばらで打ち消し合うため、外から見ると磁石らしさが現れません。これが、紙もアルミも透磁率がほぼ1になる理由です。
高校+鉄では、となり合う原子どうしが向きをそろえようとする強い作用がはたらきます。そのため広い範囲で向きがそろった領域ができ、外から弱い磁場を受けるだけで、その領域が一気に広がって全体がそろいます。結果として、外から加えた磁場の数千倍もの磁束が鉄の中に生じます。この「そろえる作用」は熱で壊れるため、鉄をおよそ770℃まで熱すると磁石に引かれなくなります。
大学シールドは「引き算」ではなく「迂回」
磁気シールドは、磁束を消しているのではありません。磁気回路として見ると、透磁率の高い経路は磁気抵抗が低く、磁束はそちらへ集中します。電流が抵抗の低い導線へ流れるのと同じ考え方です。したがって板をはさむより、箱で囲むほうが効きます。さらに、静かな磁場には高透磁率の合金が、素早く変動する磁場には渦電流を使う導体が向くというように、狙う磁場の性質で材料を選び分けます。極限の静けさが必要な実験では、超伝導体が磁束を排除する性質を使う方法もあります。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 室温で使える、より高性能な磁性材料 レアアース(希土類)に頼らずに強い磁石をつくる研究が各国で続いていますが、資源制約と性能を同時に満たす材料はまだ決定版がありません。
- 生き物と磁場の関係 渡り鳥やウミガメが地磁気を感じているらしいことは実験で示されていますが、体のどこで、どんなしくみで感じているのかは完全には特定されていません。
- ごく弱い磁場が人体に影響するか 生活環境にある弱い磁場の健康影響は各国で調査が続いており、現時点で明確な因果関係は確立していないとされています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。磁石は理科室の道具に見えて、いまも材料研究の最前線にあります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・電流と磁界 | 磁石のまわりの力の通り道、砂鉄の模様 |
| 高校 | 物理・電磁気 | 磁束密度と磁場、透磁率の考え方 |
| 高校+ | 物理・発展(磁性) | 鉄の中で向きがそろうしくみ、温度で磁石らしさが消えること |
| 大学 | 電磁気学・物性物理 | 磁気回路とシールド設計、渦電流 |
| 研究 | 材料科学・生物物理 | 新しい磁性材料、生き物の磁気感覚 |
| ― | 生活とのつながり | 冷蔵庫のメモ、磁気カードの保管、精密機器のまわりでの磁石の扱い |
- 物質・材料研究機構(NIMS)― 磁性材料に関する研究紹介
- 日本磁気学会『初学者のための磁気工学』(磁性材料と磁気遮蔽の基礎)
- ファインマン、レイトン、サンズ『ファインマン物理学 III 電磁気学』(物質中の磁場と磁性の章)
- アメリカ国立標準技術研究所(NIST)― 磁気計測に関する解説
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。強力な磁石はけがや機器の故障、誤飲事故の原因になります。取り扱いは製品の注意書きに従ってください。