いちばん低い温度がマイナス273℃だと、どうやって分かったの?
― 誰もそこまで冷やせないうちに、空気の縮み方から割り出されました
温度には、上はいくらでもあるのに、下には行き止まりがあります。マイナス273.15℃、「絶対零度」です。おもしろいのは、この数字が見つかったのは、人類がそこまで冷やせるようになるずっと前だったことです。手がかりは、冷やすとしぼむ風船と同じ現象でした。
夏の日なたでぱんぱんにふくらませたビーチボールが、夜の冷えた部屋で少ししぼんでいた。冬の朝、自転車のタイヤがなんとなく柔らかい。どちらも、空気を抜いたわけではありません。
空気は、冷えると縮みます。では、もっと冷やしたらどうなるでしょう。冷やせば冷やすほど縮むなら、いつか体積がゼロになってしまうのでしょうか。
300年ほど前の科学者たちも、まったく同じことを考えました。そして、その「ゼロになる温度」を計算で突き止めたのです。
手がかりは、2つだけでした
0℃の空気を1℃冷やすと、体積はおよそ273分の1だけ減ります。2℃なら273分の2です。空気でも酸素でも水素でも、この割合はほぼ同じでした。
温度と体積をグラフにすると、きれいな直線に乗ります。直線なら、測っていない先までのばせます。のばした先で、体積がゼロになる温度にぶつかります。
つまり、実際に冷やしたのではありません。測れる範囲の「傾き」から、行き止まりの場所を読み取ったのです。順番に見ていきましょう。
空気の縮み方を測った人たち
最初にこの考えに近づいたのは、フランスのアモントンです。1702年ごろ、空気を閉じこめた温度計で、温度と空気の押す力の関係を調べました。その傾きから、押す力がなくなる温度はマイナス240℃ほどと見積もったとされています。
およそ80年後、同じフランスのシャルルが、いろいろな気体を温めて体積の変わり方を調べました。シャルルは、水素の気球で初めて空を飛んだ人としても知られています。ただ、結果を論文にはしませんでした。
1802年、ゲイ=リュサックが、より丁寧な測定を発表します。驚きは、気体の種類によらず、ふくらむ割合がほぼ同じだったことです。0℃から100℃まで温めると、どの気体も体積が約1.37倍になりました。
図1を見てください。右上の実線が、実際に測れた0℃から100℃の範囲です。この直線を左下へのばした点線は、マイナス273℃で体積ゼロの線にぶつかります。つまみで温度を変えて、左上の筒の中の空気がどう縮むか確かめてみてください。
「体積ゼロ」の本当の意味に気づいた人
ところが、ここに困った点がありました。本物の空気は、マイナス273℃に届く前に液体になってしまいます。体積がゼロになる場面は、実際には決して来ません。では、あの点線の行き止まりは、ただの計算上の数字なのでしょうか。
答えを出したのは、イギリスのウィリアム・トムソン、のちのケルビン卿です。1848年、彼は温度の意味そのものを考え直しました。そのころ、熱の正体は「物の中の小さな粒の動き」だという考えが広まりつつありました。
図2を見てください。気体の粒は、いつも飛び回って壁にぶつかっています。温かいほど速く動き、壁を強く押し広げます。冷やすと動きがにぶり、押す力が弱まって縮みます。つまり点線の行き止まりは、粒の動きがいちばん小さくなる温度です。止まっているより遅くは動けません。だから、それより下の温度はないのです。
トムソンは、この行き止まりを出発点にした新しい温度の目盛りを提案しました。いまの「ケルビン」という単位です。マイナス273.15℃を0ケルビンとし、1目盛りの幅は1℃と同じにします。ふつうの部屋の温度は、およそ300ケルビンになります。
答え合わせは、100年がかりでした
計算で行き止まりが分かると、今度は「どこまで近づけるか」の競争が始まります。1877年に酸素、1898年には水素が液体にされました。1908年、オランダのカマリング・オンネスがヘリウムを液体にし、マイナス269℃に届きます。
そこまで冷やしても、気体は予想どおりの割合で縮み、行き止まりの位置は動きませんでした。紙の上の点線が、本物だったのです。オンネスはその3年後、冷やした水銀の電気抵抗が突然消える「超伝導」も見つけました。
いまでは、実験室で1度の10億分の1ほどまで近づけるようになりました。それでも、ぴったり0にはできません。近づくほど、熱を奪う手段そのものが効かなくなっていくからです。
宇宙の背景はおよそマイナス270℃です。ところが、ブーメラン星雲と呼ばれるガスの雲は、それよりさらに冷たいマイナス272℃ほどとされています。ガスが勢いよく広がるとき、ふくらむぶん冷えるためです。冷えたスプレー缶と同じしくみが、星の規模で起きています。
まとめ
絶対零度は、そこまで冷やして見つけた温度ではありません。0℃から100℃のあいだで気体が縮む「傾き」を正確に測り、その直線をのばして見つけた温度です。のちにその意味が「粒の動きがいちばん小さくなる点」だと分かり、100年後に実験が追いつきました。
誰もたどり着けない場所を、人は先に「測って」いた。
空気が縮むまっすぐな線が、その場所を指していた。
宇宙の寒さの正体は「宇宙は寒いって本当?」、熱を外へ運んで冷やすしくみは「冷蔵庫は、なぜ部屋を暖めるの?」で読めます。手の届かないものを工夫して量った話なら「地球の重さは、どうやって量ったの?」もどうぞ。
- 風船をふくらませて口を結び、いちばん太いところの周りの長さを、ひもで測ります。
- 風船を冷凍庫に30分ほど入れてから取り出し、すぐに同じところの周りの長さを測ります。
- 手で包んでしばらく温めると、もとの太さに戻っていくのを確かめます。
25℃の部屋からマイナス18℃の冷凍庫へ移すと、体積は計算上およそ14%減ります。周りの長さにすると約5%、30cmの風船なら1.5cmほど細くなる計算です。ゴムの張りがあるので、ぴったりこの通りにはなりません。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱力学・統計力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 絶対零度:これより低くできない温度の下限。マイナス273.15℃。
- シャルルの法則:押す力が一定なら、気体の体積は温度とともに一定の割合で増える、という法則。ゲイ=リュサックの法則とも呼ばれます。
- 絶対温度(ケルビン):絶対零度を0とする温度の目盛り。記号は K。0℃は273.15 K です。
中学高校式で確かめる:測った「傾き」から、行き止まりの温度を出す
ゲイ=リュサックが手にしていたのと同じ種類のデータ、「0℃と100℃での体積」だけから、体積がゼロになる温度を計算してみます。
| 記号で書くと | V = V0 × ( 1 + t ÷ 273 ) → V = 0 となるのは t = −273 |
| 言葉で書くと | いまの体積 = 0℃での体積 ×(1 + 温度 ÷ 273)。体積がゼロになる温度は、マイナス(1℃あたりの増える割合の逆数) |
| どこから来る式か | 押す力を一定にして測った、体積と温度の直線の関係(シャルルの法則)。根っこには、温度=粒の動きの激しさ、という関係がある |
| 記号 | 意味と単位 |
| V | そのときの気体の体積(リットル) |
| V0 | 0℃のときの体積(リットル) |
| t | セルシウス温度(℃) |
| 0℃での空気の体積 | 1 リットル |
| 100℃まで温めたときの体積(実測) | 1.366 リットル |
| 温めた温度の幅 | 100 ℃ |
| 100℃ぶんで増えた体積 | 1.366 − 1 = 0.366 リットル |
| 1℃あたりに増える体積 | 0.366 ÷ 100 = 0.00366 リットル |
| 1リットル減らしきるのに下げる温度 | 1 ÷ 0.00366 ≒ 273 ℃ |
| 行き止まりの温度 | 0 − 273 = −273 ℃ |
0℃から100℃までの測定だけで、行き止まりの温度がマイナス273℃と出ました。ゲイ=リュサック自身の測定では割合が267分の1ほどとされ、行き止まりはマイナス267℃ほどになります。測定の精度が上がるにつれ、273に近づいていきました。
| 部屋の温度(27℃)を絶対温度で | 27 + 273 = 300 K |
| 液体窒素の温度(マイナス196℃)を絶対温度で | −196 + 273 = 77 K |
| 体積が何分の1になるか | 300 ÷ 77 ≒ 3.9 |
風船を液体窒素で冷やすと、計算上は体積がおよそ4分の1までしぼみます。科学館の実験でよく見せる、あの劇的なしぼみ方です。
高校高校+体積・押す力・温度をまとめると
高校高校では、シャルルの法則とボイルの法則(温度が一定なら体積と圧力は反比例)を合わせた「ボイル・シャルルの法則」を習います。さらに物質量も含めると、理想気体の状態方程式 PV = nRT になります。ここでの T は絶対温度で、セルシウス温度ではこの式はきれいな形になりません。
高校+気体分子運動論では、粒1個の平均の運動エネルギーが絶対温度に比例し、(3/2)kT になります(k はボルツマン定数)。絶対温度は「粒の動きのエネルギーの目盛り」だということが、この式から読み取れます。
大学物質によらない温度の目盛りと、熱力学第三法則
トムソンの1848年の提案は、カルノーの熱機関の理論にもとづく「熱力学的温度」でした。どの物質の性質にもよらずに温度を定義できる点が画期的で、のちにこれが気体温度計の目盛りと一致することが示されました。また、絶対零度には有限の手順では到達できないことは、ネルンストの熱定理にはじまる熱力学第三法則として整理されています。量子力学によれば、絶対零度でも粒の動きは完全には止まらず、零点振動と呼ばれる最小の揺れが残ります。
📖 式の導出や、さらに先の内容:絶対零度(ウィキペディア) / 熱力学第三法則(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- どこまで近づけるか。 原子の集団を、1度の1兆分の数十ほどまで冷やした実験も報告されています。冷やす技術の限界がどこにあるのかは、いまも競争が続いています。
- 「負の絶対温度」。 特殊な条件の原子の集団では、統計的な定義のうえで温度がマイナスのケルビンになる状態が作られています。これは絶対零度より冷たいのではなく、むしろ「無限に熱い」より熱い状態と解釈されており、その意味づけには議論があります。
- 極低温でしか見えない物質のふるまい。 超伝導や、原子が1つの波のようにふるまうボース・アインシュタイン凝縮など、絶対零度近くでだけ現れる現象のしくみには、まだ解き明かされていない部分があります。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。行き止まりの位置は確かでも、その手前の世界はまだ探検の途中です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・状態変化と粒子のモデル | 冷やすと縮む、粒の動きと温度 |
| 高校 | 物理・化学「気体の法則」 | シャルルの法則、ボイル・シャルルの法則、絶対温度 |
| 高校+ | 物理「気体分子運動論」 | 平均の運動エネルギーと絶対温度 |
| 大学 | 熱力学・統計力学 | 熱力学的温度、熱力学第三法則、零点振動 |
| 研究 | 低温物理・冷却原子 | 極低温の記録、負の絶対温度 |
| ― | 生活とのつながり | 冬にタイヤやボールがしぼむ、液体窒素の実験 |
- ウィキペディア「絶対零度」
- ウィキペディア「シャルルの法則」
- ウィキペディア「熱力学第三法則」
- 山本義隆『熱学思想の史的展開』ちくま学芸文庫
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の年代や測定値には資料によって幅があります。液体窒素などの極低温の物質は、専門の設備と指導のもとでのみ扱ってください。