火山や温泉地で、なぜ「くぼ地」に入ってはいけないの?
― 重いガスは、水のように低いところへたまります
火山や温泉のまわりでは、目に見えないガスが地面から出ています。その中には、空気より重いものがあります。重いガスは風のない窪地や谷底へ流れこみ、まるで水たまりのように底にたまります。見た目はただの静かなくぼみなのに、底の空気だけが吸えない空気に入れかわっているのです。
秋の火山を歩いていると、ゆで卵のようなにおいがしてきます。少し先に、風をよけられそうな静かなくぼみが見えます。「あそこでお弁当にしよう」と思うかもしれません。
ところが登山道には「立入禁止」「火山ガス注意」の看板が立っています。景色はおだやかで、煙も見えません。何がそんなに危ないのか、ぴんとこない人も多いはずです。
実際に日本では、こうした窪地で登山者や作業中の人が倒れる事故が、何度も起きてきました。理由は、ガスの「重さ」と、人間の「鼻」にあります。
窪地が危ない理由は、2つだけ
二酸化炭素は空気の約1.5倍、硫化水素は約1.2倍の重さがあります。風のない日には、これが窪地の底に沈んで、なかなか出ていきません。
二酸化炭素には、においも色もありません。硫化水素は臭いのに、濃くなると鼻がまひして、においが消えたように感じます。
つまり窪地は、「見えない・におわない・低いところだけ」という条件がそろった場所です。順番に見ていきましょう。
ガスは、水と同じように「下へ流れる」
同じ大きさの箱に気体をつめて重さを比べると、気体ごとに重さが違います。ふつうの空気が1.2kgなら、二酸化炭素は約1.8kg、硫化水素は約1.4kgです。重い気体は、まわりの空気の下にもぐりこもうとします。
火山の噴気孔や温泉の湯けむりから出たガスは、はじめは熱いので上へのぼります。でも冷えると、重さの差が勝ちます。そして坂を流れくだり、谷や窪地の底にたまっていきます。図1を見てください。
ここで大切なのは、層の厚さが人の背たけより薄いことがある点です。大人が立っていると平気なのに、しゃがんで靴ひもを結んだとたんに倒れる、ということが起こりえます。背の低い子どもや犬は、大人より先に危ない空気を吸います。
風のない晴れた朝、雨上がり、雪の日は特に注意が必要です。風が弱いと、たまったガスがかき回されません。雪が積もると、雪の穴や雪の壁の内側が小さな窪地になります。
危ない濃さほど、鼻は役に立たない
二酸化炭素は、においも色もない気体です。外の空気には0.04%ほどしか含まれていません。これが数%になると頭痛やめまいが出て、10%ほどになると、数分で意識を失うおそれがあるとされています。図2のつまみで、濃さを変えてみてください。
硫化水素は、ゆで卵や温泉のようなにおいがします。とても薄くてもにおうので、「におう=気づける」と思いがちです。ところが濃くなると、鼻のにおいを感じるしくみがまひして、においが急に消えたように感じるとされています。
つまり、「さっきまでくさかったのに、においがしなくなった」は、安全になった合図ではありません。むしろ、危ない濃さに入ったかもしれない合図です。
1986年、アフリカのカメルーンにあるニオス湖で、湖の底にたまっていた二酸化炭素が一気にあふれ出しました。重いガスは谷を流れくだって周りの村をおおい、約1700人が亡くなったとされています。重いガスが「低いところを流れる」ことを示した、最も大きな例です。
1997年には、青森県の八甲田山で訓練中の自衛隊員3人が、窪地にたまった二酸化炭素で亡くなったとされています。同じ年、福島県の安達太良山では、登山者4人が硫化水素で亡くなりました。どちらも、ふだんは静かに見える低い場所でした。
じゃあ、どうすればいいの?
- 「立入禁止」「火山ガス注意」の先には入らない窪地・谷底・くぼんだ雪の穴で、休けいやしゃがみこみをしない。風がない日ほど用心する。
- においが急に消えたら、すぐ高いところへ避難する息苦しさ・頭痛・めまいを感じたら、来た道を戻って、風通しのよい高い場所へ移る。
- 人が倒れていても、窪地へ飛びこまない助けに入った人も倒れる。近づかずに、高いところから119番へ通報する。
窪地で人が倒れているのを見ると、とっさに駆け寄りたくなります。でも底の空気は、助けに入った人にとっても同じ空気です。過去の事故でも、救助に向かった人が倒れて被害が広がった例があります。近づかずに119番へ通報し、消防の到着を待ってください。出かける前には、気象庁が出す噴火警戒レベルや火山ガスの情報も確かめましょう。活動中の火山では、ガスだけでなく飛んでくる石もあります。ヘルメットを用意し、いざというときは山小屋などへ逃げて頭を守ってください。
まとめ
火山や温泉のガスには、空気より重いものがあります。冷えたガスは水のように坂を流れ、風のない窪地の底にたまります。二酸化炭素はにおわず、硫化水素は濃くなるとにおわなくなります。だから「見えない・におわない・低いところ」が重なる窪地には、入らないのがいちばんの対策です。
窪地の底は、空気の「水たまり」。
においが消えたら、安全ではなく撤退の合図です。
火山そのもののしくみは「火山はなぜ噴火するの?」で、同じく気づけないガスの怖さは「一酸化炭素は、なぜ気づけないのがいちばん怖いの?」で解説しています。
- コップに重曹を小さじ1杯入れ、酢を少し注ぎます。泡が出て、二酸化炭素ができます。
- 泡がおさまったら、コップを「水をそそぐように」そっと傾け、ろうそくの火の上へ見えない気体をそそぎます(大人と一緒に、火の扱いに気をつけて)。
- 火がふっと消えたら、目に見えない重い気体が、下へ流れ落ちて火を包んだ証拠です。
換気のよい場所で、少ない量で行ってください。コップを傾けずに火の上にかざすだけだと、気体は上へ来ないので火は消えにくいはずです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・火山学・労働衛生)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 火山ガス:火山や噴気孔から出る気体。大部分は水蒸気で、二酸化炭素・二酸化硫黄・硫化水素などを含みます。
- 密度:同じ体積あたりの重さ。気体どうしでは、密度の大きいほうが下へ沈みます。
- 嗅覚疲労(きゅうかくひろう):同じにおいをかぎ続けたり、濃いにおいにさらされたりして、においを感じにくくなること。硫化水素では特に起きやすいとされます。
中学高校式で確かめる:二酸化炭素は、空気の何倍重い?
気体の密度は、気体の種類(分子の重さ)と、温度・圧力で決まります。20℃・1気圧で、空気と二酸化炭素と硫化水素の密度を計算してみます。
| 記号で書くと | ρ = P × M ÷ ( R × T ) |
| 言葉で書くと | 気体の密度 = 圧力 × 1molあたりの質量 ÷(気体定数 × 絶対温度) |
| どこから来る式か | 理想気体の状態方程式 P × V = n × R × T を、密度の形に書きかえたもの。同じ温度・圧力なら、密度は1molあたりの質量に比例します。 |
| ρ | 気体の密度(単位は kg/m³) |
| P | 圧力(単位は Pa。1気圧はおよそ101300 Pa) |
| M | 1molあたりの質量(単位は kg/mol) |
| R | 気体定数(およそ8.31 J/(mol·K)) |
| T | 絶対温度(単位は K。20℃は293 K) |
| 空気の1molあたりの質量 | およそ 0.029 kg/mol |
| 二酸化炭素の1molあたりの質量 | およそ 0.044 kg/mol |
| 硫化水素の1molあたりの質量 | およそ 0.034 kg/mol |
| 分母(気体定数 × 温度) | 8.31 × 293 ≒ 2435 |
| 空気の分子(圧力 × 質量) | 101300 × 0.029 ≒ 2938 |
| 空気の密度 | 2938 ÷ 2435 ≒ 1.21 kg/m³ |
| 二酸化炭素の分子 | 101300 × 0.044 ≒ 4457 |
| 二酸化炭素の密度 | 4457 ÷ 2435 ≒ 1.83 kg/m³ |
| 硫化水素の分子 | 101300 × 0.034 ≒ 3444 |
| 硫化水素の密度 | 3444 ÷ 2435 ≒ 1.41 kg/m³ |
| 二酸化炭素は空気の何倍 | 1.83 ÷ 1.21 ≒ 1.51 倍 |
| 硫化水素は空気の何倍 | 1.41 ÷ 1.21 ≒ 1.17 倍 |
1m³の箱で比べると、二酸化炭素は空気より約0.6kg重いことになります。ペットボトル1本分ほどの差ですが、風がなければ、この差だけで窪地の底にとどまり続けます。図2の重さの表示も、この値から計算しています。
高校高校+熱いガスが、なぜ冷えると沈むのか
高校上の式では、密度は絶対温度 T に反比例します。噴気孔から出たばかりの100℃近いガスは、二酸化炭素でも空気より軽くなることがあり、いったん上へのぼります。冷えて周りと同じ温度になると、分子の重さの差がそのまま密度の差として表れ、沈みはじめます。
高校+気体は本来、分子の動きで少しずつ混ざり合います(拡散)。それでも窪地のガスがなかなか薄まらないのは、拡散がとても遅いからです。風による混ぜ合わせがないと、重いガスの層は何時間も残ることがあるとされます。
大学重い気体の「流れ」と、体に起きること
周りより重い気体が地面をはうように広がる流れは、流体力学で「重力流(密度流)」とよばれます。混ざり方の強さは、拡散を表すフィックの法則と、風による乱流混合のつり合いで決まります。硫化水素は、細胞の呼吸に使う酵素(シトクロム c オキシダーゼ)のはたらきを止めることが知られています。そのため、ただ酸素が薄まるだけでなく、それ自体が強い毒としてはたらきます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:フィックの法則(ウィキペディア) / 硫化水素(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- どの窪地が、いつ危なくなるか。 ガスの出る量は日によって変わり、風や気温の影響も複雑です。地形と天気からたまり方を予測する研究が続いています。
- 湖の底のガスを、どう安全に抜くか。 ニオス湖では、底の水をパイプで少しずつくみ上げてガスを抜く対策がとられています。どこまで安全になったかの見きわめが続いています。
- においが消える濃さには、個人差がある。 鼻がまひする濃さは人によって違うと考えられており、「この濃さなら気づける」と言い切ることはできません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は目安なので、現地の看板と自治体の情報を優先してください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「気体の性質」、2年「大地の変化(火山)」 | 二酸化炭素が空気より重いこと、火山ガス |
| 高校 | 化学基礎「物質量」、化学「気体の状態方程式」 | 密度 = P × M ÷ ( R × T ) の計算 |
| 高校+ | 化学「拡散」、地学「火山災害」 | ガスが薄まりにくい理由、熱いガスが冷えて沈むこと |
| 大学 | 流体力学(重力流)、毒性学 | 地面をはうガスの流れ、硫化水素の毒性 |
| 研究 | 火山学・防災科学 | ガスのたまり方の予測、ニオス湖のガス抜き |
| ― | 生活とのつながり | 登山・温泉地の散策・雪の日の温泉街での行動 |
- 気象庁「火山ガス」に関する解説(火山の基礎知識)
- ニオス湖(ウィキペディア)
- 硫化水素(ウィキペディア)
- 気象庁「二酸化炭素濃度の経年変化」
- Kling, G. W. et al. (1987) The 1986 Lake Nyos gas disaster in Cameroon, West Africa. Science 236, 169–175.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。火山や温泉地では、現地の看板、消防・自治体等の指示、気象庁の火山情報に従ってください。体調に異変を感じたら、すぐに高い場所へ移り、必要に応じて119番へ通報してください。