旬の野菜は、本当に栄養が多いの?
― 同じほうれん草で、冬と夏では3倍ちがいます
「旬」は味と値段の話で、栄養は年じゅう同じ。そう思っている人は多いはずです。ところが公的な成分表を開くと、ほうれん草のビタミンCには、夏採りと冬採りで別々の数字が並んでいます。その差は、およそ3倍。同じ野菜なのに、育った季節で中身が書きかわっているのです。
スーパーの野菜売り場に、ほうれん草の袋が積まれています。夏でも冬でも、見た目はほとんど同じ緑です。
値札だけが季節で上下します。だから「旬かどうかは、値段と味の問題だ」と考えるのが自然です。
ところが袋の中身を分析すると、季節でくっきり差が出ます。しかもその差は、誤差では説明できない大きさです。
差が生まれる理由は、大きく2つです
冬の葉は凍る危険と隣り合わせです。植物はそれに備えて、糖やビタミンCなどの物質を自分で増やします。ビタミンCは、私たちのための栄養である前に、植物自身の防具なのです。
気温が低いと成長は遅く、収穫まで倍近い日数がかかります。そのぶん葉は中身を蓄えます。夏は短期間で一気に大きくなるため、水分が多く、中身が薄まりやすいのです。
つまり「旬だから栄養が多い」のではありません。順番はむしろ逆です。その野菜がいちばん力を出せる季節に育つと、結果として中身が濃くなる。それを私たちが旬と呼んでいる、というだけの話です。
寒さは、なぜビタミンCを増やすのでしょうか
植物は光を受けて光合成をします。ところが気温が低いと、葉の中の化学反応そのものが鈍くなります。すると、受け取った光のエネルギーが使いきれずに余ってしまいます。
余ったエネルギーは、葉の中で活性酸素という反応しやすい物質を生みます。これは植物にとって危険で、放っておくと葉の部品を壊してしまいます。
そこで植物は、活性酸素を打ち消す物質を増やします。その代表がビタミンCです。冬の葉は、いわば防具を厚く着こんだ状態で立っているわけです。図1を見てください。同じほうれん草でも、夏と冬では蓄えている量がまるで違います。
「旬をはずすと栄養がない」わけでもありません
ここで逆の誤解にも気をつけたいところです。夏採りのほうれん草に価値がない、という話ではありません。20ミリグラムという量は、決して小さくないからです。
それに、季節による差の出かたは野菜によって違います。ビタミンCで大きな差が出る葉物もあれば、ほとんど変わらない野菜もあると報告されています。「旬なら何でも栄養3倍」と一般化するのは、これもまた俗説です。
もうひとつ、家庭でもっと大きく効く要因があります。調理です。ビタミンCは水に溶けやすく、熱にも弱い性質があります。せっかくの冬採りも、長くゆでて水にさらせば、その利点はかなり失われます。
この性質を逆手にとった栽培法があります。収穫前にあえて冷たい外気に当て、糖やビタミンCを増やしてから出荷する方法で、寒締めと呼ばれます。植物が身を守るための反応を、そのまま味と栄養に変えてしまうわけです。
公的な成分表で季節別の数値が分けて載っているものは、実は多くありません。ほうれん草はその数少ない例です。それだけ差が大きく、平均値ひとつでは実態を表せないと判断された、ということでもあります。
まとめ
旬の野菜が栄養豊かなのは、旬という言葉に魔法があるからではありません。その季節の環境が植物に働きかけ、植物が自分を守るために中身を作りかえた結果です。私たちはその防具を、おいしくいただいているにすぎません。
旬とは、味の暦ではなく
植物が本気を出している季節のことです。
植物が寒さに合わせて体をつくりかえる話は、農家はなぜ、霜が降りそうな夜に畑へ水をまくの?や木を切り出すのは、なぜ秋から冬なの?でも別の角度から扱っています。葉そのもののしくみは植物はなぜ緑色なの?もあわせてどうぞ。
- ほうれん草をひとつかみ、たっぷりの湯で2分ほどゆでます。やけどに注意してください。
- 葉を取り出したあと、ゆで汁を白いカップに移します。うっすら緑がかった色がついているはずです。
- 同じ量を、こんどは30秒だけゆでて比べます。ゆで汁の色の濃さが変わります。
色がついた分だけ、水に溶け出た成分があるということです。ビタミンCは目に見えませんが、同じように湯へ移っていきます。季節を選ぶより、ゆで時間を短くするほうが手軽で効き目が大きい場面もあります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(植物生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- アスコルビン酸:ビタミンCの化学的な呼び名です。水に溶けやすく、熱と酸素で分解しやすい性質があります。
- 活性酸素:ふつうの酸素より反応しやすくなった状態の酸素です。細胞の部品を傷つけるため、生き物はこれを消す仕組みを持っています。
- 抗酸化物質:活性酸素を打ち消す物質をまとめた呼び名です。ビタミンCのほか、ビタミンEやポリフェノールもここに入ります。
- 寒締め:収穫前に低温にさらし、糖や抗酸化物質を増やす栽培法です。東北地方の冬の葉物で広く使われています。
中学高校式で確かめる:1日分をとるには何グラム必要?
季節による差を、食べる量に置きかえてみます。単位はミリグラムとグラムです。
| 冬採りほうれん草のビタミンC | 100グラムあたり 60ミリグラム |
| 夏採りほうれん草のビタミンC | 100グラムあたり 20ミリグラム |
| 成人1人が1日にとりたい量の目安 | 100ミリグラム |
| 冬と夏の比 | 60 ÷ 20 = 3 |
| 冬採りで必要な「100グラムの個数」 | 100 ÷ 60 ≒ 1.7 |
| 冬採りで必要なグラム数 | 1.7 × 100 = 170 |
| 夏採りで必要な「100グラムの個数」 | 100 ÷ 20 = 5 |
| 夏採りで必要なグラム数 | 5 × 100 = 500 |
冬なら約170グラム、夏なら約500グラムという差になります。ほうれん草1袋はおよそ200グラムですから、冬はほぼ1袋、夏は2袋半という計算です。実際にはほかの食品からもとれるので、これは差の大きさを実感するための目安です。
高校高校+低温で光が「余る」とはどういうことか
高校光合成は、光を捕まえる反応と、二酸化炭素から糖を作る反応の2段構えです。後半は酵素が担うため、温度が下がると速さが落ちます。前半の光を捕まえる働きは、温度が下がってもそれほど落ちません。
高校+この不つり合いが、葉の中にエネルギーの渋滞を生みます。行き場を失った電子が酸素に渡ると、活性酸素が生まれます。冬の晴天は、葉にとって「光は強いのに処理が追いつかない」きびしい条件なのです。
大学アスコルビン酸は使い捨てではありません
植物の細胞には、アスコルビン酸とグルタチオンが互いに助け合いながら活性酸素を処理する、反応の輪があります。アスコルビン酸は活性酸素を消したあと、酵素の働きで元の形に戻されて再び使われます。つまり単なる消耗品ではなく、循環する部品として働いています。低温では、この輪をまわす酵素の量そのものが増えることが知られています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 品種ごとの差の大きさ 同じほうれん草でも品種で反応の強さが違うとされ、どの遺伝的な違いが効いているかは完全には整理されていません。
- 最適な低温の当てかた 寒締めで何度に何日さらすのが最も効果的かは、産地や年によってばらつき、共通の答えはまだ出ていません。
- 食べたあとの効きかた 野菜に含まれる量が増えても、体の中での利用のされかたが同じだけ増えるとは限りません。この点は今も検討が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は代表的な測定例であり、畑ごと・年ごとの幅があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・植物のつくりとはたらき(光合成) | 葉が光を受けて糖を作る話 |
| 高校 | 生物基礎・代謝/化学基礎・酸化還元 | 温度で酵素の速さが変わる話 |
| 高校+ | 生物・光合成のしくみ | 低温で光のエネルギーが余る話 |
| 大学 | 植物生理学・ストレス生理 | アスコルビン酸が循環して使われる話 |
| 研究 | 園芸学・食品科学 | 寒締めの条件と品種による差 |
| ― | 生活とのつながり | 買う季節より、ゆで時間のほうが効くこともある |
- 文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」(ほうれんそうの夏採り・冬採り別のビタミンC値)
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」ビタミンCの推奨量
- 辻村卓ほか「野菜類のビタミンC含量の季節変動に関する研究」(女子栄養大学)
- 農研機構 東北農業研究センター「寒締め栽培」に関する研究報告
- Smirnoff, N. Ascorbic acid metabolism and functions. Free Radical Biology and Medicine, 2018
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。栄養の摂取や食事の内容について不安があるときは、医師や管理栄養士など専門家に相談してください。