日常のふしぎ 力学 予備知識なしでOK 読了 約6分

靴ひもは、なぜ歩いているうちに勝手にほどけるの?
― 結び目は少しずつではなく、数歩で一気にくずれます

靴ひもがほどけるのは、結びが下手だからとは限りません。歩くたびに、結び目は「上から叩かれる」のと「横から引っぱられる」のを同時に受けています。この2つがそろうと、何百歩も耐えていた結び目が、ある瞬間からわずか数歩でほどけてしまいます。

公開:2026.10.31 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

朝、玄関でぎゅっと靴ひもを結んで家を出ます。駅まで歩くあいだ、何も気になりません。

ところが駅の階段を上がるころ、足もとでひもがパタパタと揺れています。見ると、さっきの蝶結びはすっかりほどけていました。

座っているときや立っているだけのときには、ひもはまずほどけません。ほどけるのは、きまって歩いたり走ったりしているときです。

ほどける理由は2つだけ

1
着地の衝撃が、結び目をゆるめる

足が地面に着くたび、結び目は自分の重さの何倍もの力で叩かれます。結び目がつぶれては戻り、ひも同士を押さえていた力が一瞬ぬけます。

2
振り出す足が、ひもの端を引っぱる

前へ振り出される足の上で、ぶら下がったひもの端と輪はムチのようにしなります。その勢いで、ひもが結び目から少しずつ引き出されます。

大事なのは、どちらか一方だけではほどけにくいことです。叩かれてゆるんだ瞬間に、横から引っぱられる。この組み合わせが、一歩ごとにくり返されています。

結び目は、一歩ごとに「叩かれて」いる

この現象を本気で調べた研究者たちがいます。2017年、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校の研究チームが、ルームランナーで走る人の靴ひもを高速カメラで撮影しました。

測ってみると、着地の瞬間に結び目が受ける衝撃は、重力のおよそ7倍に達していたと報告されています。

図1の左を見てください。上からの矢印①が、この着地の衝撃です。結び目はつぶれて、すぐ元に戻ります。そのたびに、ひもとひものあいだを押さえつけていた力が、ほんの一瞬だけゆるみます。

図1の右側では、つまみで衝撃の大きさを変えられます。ひもの端の重さを2グラムと仮定すると、走ったときの衝撃では、端は14グラム分の力で引っぱられることになります。

ほどける2つの原因 ① 着地の衝撃で、結び目がつぶれる ② 足を振り出す勢いで、端が引っぱられる 着地の瞬間、ひもの端が受ける力 ひもの端の重さを2グラムと仮定 1倍:立っているだけ 7倍:走る およそ 14 グラム分の力(端の重さの 7 倍) この力が、一歩ごとに向きを変えながら くり返しかかります。1 kmで片足あたり およそ670回です。
つまみを動かすと、ひもの端が受ける力の大きさが変わります
図1:左の蝶結びには、上から下へ向かう矢印①(着地の衝撃)と、垂れた端の横の曲がった矢印②(振り出す足の勢い)が同時に働きます。右の横棒は、着地の瞬間にひもの端が受ける力です。左の実線が立っているだけのとき、右の点線が走ったときの目安です。つまみで衝撃を大きくすると、横棒がのびて、端を引く力が強くなることが分かります。

振り出す足が、ひもを少しずつ引き出す

もう一つの力は、足を前へ振り出すときに生まれます。足が前に加速して止まるたび、ぶら下がった端と輪は、とり残されるように外へ振られます。水の入ったバケツを振り回すと、水が外へ押しつけられるのと同じ理屈です。

研究チームは、ここで面白い比べ方をしました。椅子に座って足だけをぶらぶら振っても、ひもはなかなかほどけませんでした。その場で足踏みするだけでも、やはりほどけにくかったのです。

叩かれてゆるんだ一瞬に、端が引かれる。そのとき、ひもはほんの少しだけ結び目からすべり出ます。これが何百回も積み重なります。

そして、ある長さまで引き出されると、結び目は急にくずれます。高速カメラの映像では、ゆるみ始めてから完全にほどけるまで、わずか数歩だったとされています。

ほどけやすい結び方は、見た目で分かる

蝶結びには、実は2種類あります。土台の結び方が「本結び」になっているものと、「縦結び」になっているものです。どちらも見た目はよく似ていますが、研究では縦結びのほうがずっとほどけやすかったと報告されています。

見分け方は簡単です。結び終わったとき、輪が足の左右(横向き)に広がっていれば本結びです。輪が足の前後に、縦に並ぶように傾いていれば縦結びです。

縦結びになってしまう人は、最初にひもを交差させる向きを逆にするか、輪を作ってから巻きつける向きを逆にします。それだけで本結びの蝶結びになります。

💡 ひもの端が長いほど、ほどけやすい?

端や輪が長くて重いほど、振り出したときに引っぱられる力は大きくなると考えられます。長すぎるひもを靴の中に入れておく人がいるのは、理にかなった知恵かもしれません。いちばん確実なのは、蝶結びの上からもう一度結ぶ「二重結び」です。

まとめ

靴ひもがほどけるのは、着地の衝撃で結び目がゆるむ瞬間に、振り出す足の勢いで端が引かれるからです。その小さなずれが一歩ごとに積み重なり、最後は数歩で一気にくずれます。輪が縦に並ぶ縦結びは、特にほどけやすい結び方です。

ひもをほどいているのは、あなたの一歩そのもの。
叩いて、引く。それを何百回もくり返しています。

ロープを柱に巻くと、なぜ大きな力を止められるのか。結び目と同じ「ひもとひもの摩擦」の話は、船乗りのロープの記事で詳しく扱っています。

🧪 自分で確かめてみよう
  1. いつもどおりに蝶結びをして、輪が横向きか縦向きかを見ます。縦向きなら縦結びです。
  2. 椅子に座って、足を前後に30回ぶらぶら振ります。次に、その場で30回足踏みします。結び目がどれだけゆるんだかを見比べます。
  3. 巻きつける向きを逆にして本結びの蝶結びを作り、同じ道を歩いて、ほどけるまでの距離を比べます。

ひもの素材でも結果は変わります。丸くてつるつるしたひもと、平たいひもで比べてみるのも面白いでしょう。歩くときは、周りと足もとに気をつけて行ってください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎・物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(力学・材料力学・ひもの力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:着地の瞬間、ひもの端にかかる力

ひもの端を、小さなおもりと考えます。着地で足が急に止まるとき、端も同じように止められます。そのとき端にかかる力を、運動の基本の式で見積もります。

⓪ もとになる式
記号で書くとF = m × a 、 a = n × g
言葉で書くと端にかかる力 = 端の重さ(質量)× 加速度。加速度は「重力の何倍か」で表す
どこから来る式かニュートンの運動の第2法則。物体の動きを急に変えるには、質量と加速度の積だけの力が要る
記号意味と単位
Fひもの端にかかる力(ニュートン)
mひもの端と輪の質量(キログラム)
a着地のときの加速度(メートル毎秒毎秒)
n加速度が重力の何倍か(単位なし)
g重力加速度、9.8 メートル毎秒毎秒
① もとになる数値
着地の衝撃(走ったとき、実験の報告)重力のおよそ 7 倍
ひもの端と輪の質量(仮定)2 グラム = 0.002 kg
重力加速度9.8 m/s²
1歩の歩幅(大人の目安)およそ 0.75 m
② 計算してみる
着地の加速度7 × 9.8 = 68.6 m/s²
端にかかる力0.002 × 68.6 ≒ 0.137 N
重さに直すと0.137 ÷ 9.8 ≒ 0.014 kg(14 グラム分)
1 kmの歩数1000 ÷ 0.75 ≒ 1333 歩
片足あたりの着地回数1333 ÷ 2 ≒ 667 回

端は、自分の重さの7倍、14グラム分の力でぐいっと引かれます。1回は小さな力でも、1 km歩くだけで片足あたり約670回くり返されます。わずかなずれが積み重なるには、十分な回数です。

高校高校+なぜ「数歩で一気に」くずれるのか

高校足といっしょに動く立場から見ると、足が急に止まったり加速したりするとき、ひもの端には見かけの力(慣性力)が働きます。大きさは上の式と同じ「質量×加速度」で、向きは足の加速と逆向きです。

高校+ひもが止まっているときの摩擦(静止摩擦)は、すべり出したあとの摩擦(動摩擦)より大きいのがふつうです。いったんすべり始めると、押さえる力が弱まり、さらにすべる。結び目がゆるむほど締めつけも弱くなるので、ずれが雪崩のように加速すると考えられています。

大学ひもの摩擦と、結び目の強さを決めるもの

ひもが曲面に巻きついたときの摩擦は、巻きつく角度に対して指数関数的に増えます。これを表すのがキャプスタン方程式(オイラーのベルト摩擦の式)です。結び目の中では、ひもが互いに巻きつき合うことで、同じしくみが何重にも働いています。2020年には、押されると色が変わる繊維で結び目の中の力を見える化し、交差の数やねじれの向きから結び目の強さを比べた研究が報告されました。

📖 式の導出や、さらに先の内容:キャプスタン方程式(ウィキペディア) / 摩擦(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。身近すぎて誰も調べなかった問いが、まだ足もとに残っています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・力と運動(慣性、摩擦)振り出した足でひもの端が外へ振られる
高校物理基礎・運動の法則F = m × a で端にかかる力を見積もる
高校+物理・慣性力、静止摩擦と動摩擦数歩で一気にくずれる理由
大学力学・材料力学(キャプスタン方程式)ひも同士の摩擦と結び目の強さ
研究結び目の力学縦結びがほどけやすい理由、素材の影響
―生活とのつながり輪の向きで縦結びを見分け、結び直す

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。ひもの端の重さは計算のための仮定で、実際の値は靴やひもによって変わります。