サケが川をのぼると、なぜ森が育つの?
― 川べりの木の栄養の一部は、海から泳いできました
秋、サケが群れで川をのぼってきます。卵を産み終えたサケは、その川で一生を終えます。じつはこの秋の行事が、川べりの森にとっては大切な「肥料の配達」になっています。木の葉の栄養をたどると、その一部は海から来ていたことが分かったのです。
10月から11月ごろ、北海道や東北の川では、サケの遡上(そじょう)が見られます。浅瀬で背びれを水から出し、体をくねらせて上流へ進む姿は、秋のニュースの定番です。
川をのぼりきったサケは、卵を産むとまもなく力つきます。川原には、白っぽくなったサケの体が横たわります。
少しもったいない光景に見えます。でも、この体がそのあと森の木を育てていると聞いたら、どう思うでしょうか。
森が育つ理由は、2つの「運び屋」です
川を下るときの子どものサケは、1グラムほどしかないとされます。海で数年かけて、数キロまで育って帰ってきます。体のほとんどは、海の栄養からできています。
クマや ワシはサケを森の中へ持ちこんで食べます。食べ残しや ふんが土にしみこみ、木の根が吸います。
ふつう、栄養は高いところから低いところへ流れます。雨が土の栄養を溶かし、川がそれを海へ運びます。サケはその流れを、逆向きにさかのぼる運び屋なのです。
サケは、海の栄養のかたまりが泳いでくるもの
体をつくる材料のうち、植物にとって特に足りなくなりやすいのが窒素(ちっそ)です。窒素は、たんぱく質に欠かせない成分です。森の土にはこれが少ないことが多く、木の育ち方を決める「しめつけ役」になっています。
そこへ、たんぱく質のかたまりであるサケがやってきます。1匹のサケが運ぶ窒素は、およそ100グラムと見積もれます(計算は最後の折りたたみにあります)。家庭用の肥料の袋に直すと、1匹で約4分の1袋ぶんです。
図1を見てください。川の水や落ち葉の栄養は、左下の海へ向かって下っていきます。サケだけが、太い矢印のように右上の上流へ栄養を持ち上げます。つまみで、のぼってくるサケの数を変えてみてください。
海から来た窒素だと、どうして分かるの?
窒素には、ほんの少しだけ重さのちがう2種類があります。海の生き物の体には、重いほうの窒素がやや多く含まれます。陸の植物は、ふつうは軽いほうが多めです。
研究者は、川べりの木の葉にふくまれる重い窒素の割合を測りました。すると、サケがのぼる川のそばの木ほど、海の生き物に近い値を示しました。北アメリカの調査では、川べりの木や低木の葉の窒素の2割ほどが、サケ由来と見積もられています。そうした川の木は、サケのいない川の木よりも速く太っていたと報告されています。
運び屋の主役はクマです。魚がたくさんとれる時期のクマは、脂の多い頭や卵だけを食べて、残りを森に捨てることがあるとされます。その食べ残しにハエが集まり、鳥が集まり、最後は土に戻ります。
川べりの木は、川に影をつくって水温の上がりすぎを防ぎます。落ち葉は、川の虫のえさになります。その虫は、川で生まれた子どものサケのえさです。サケが森を育て、森が次のサケを育てる。秋の遡上は、海と森をつなぐ輪の一部です。
まとめ
サケの体は、ほぼすべてが海で育った栄養のかたまりです。川をのぼって力つきたサケを、クマや鳥が森へ運びます。それが土にしみこみ、窒素の足りない森の木を育てます。ふつうは下る一方の栄養を、サケは毎年の秋に上流へ持ち帰っているのです。
サケは、海の栄養を背負って川をのぼる。
秋の遡上は、森への肥料の配達でもある。
サケが生まれた川へ戻れるしくみは「サケはなぜ、生まれた川に戻ってこられるの?」で、森の落ち葉が土に戻る流れは「森の落ち葉は、なぜ積み上がって山にならないの?」で解説しています。
- サケがのぼる川の近くに、観察できる場所(ふ化場や観察施設)がないか調べてみましょう。
- 川原で、力つきたサケの体がどこにあるかを見ます。水の中だけか、岸の上や草むらにもあるかを記録します。
- 数日あとにもう一度見て、体の量がどう変わったか、鳥や虫が来ているかを比べます。
クマが出る地域では、決して一人で川べりや森に入らないでください。観察は施設の案内や、地元の決まりにしたがって行いましょう。サケの持ち帰りは法律で禁じられている川がほとんどです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・生物」「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生態学・生物地球化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 遡上(そじょう):魚が川の流れにさからって上流へのぼること。
- 物質の循環:窒素や炭素などが、生き物と土・水・空気のあいだを形を変えながらめぐること。
- 分解者:死がいや ふんを分解して、植物が使える形に戻す生き物。菌類・細菌や、ミミズ・ハエの幼虫など。
中学高校式で確かめる:サケ1匹は、どれだけの窒素を運ぶのか
サケの体にふくまれる窒素を、体重から見積もります。次に、のぼってくる数をかけて、川全体で上流へ運ばれる量を出します。
| 記号で書くと | N = n × M × p × q |
| 言葉で書くと | 運ばれる窒素 = サケの数 × 1匹の体重 × たんぱく質の割合 × たんぱく質の中の窒素の割合 |
| どこから来る式か | 物質の保存(質量の収支)。窒素は消えたり生まれたりしないので、海で体にとりこんだ分が、そのまま上流へ運ばれます。 |
| N | 上流へ運ばれる窒素の量(単位は kg) |
| n | のぼってくるサケの数(匹) |
| M | サケ1匹の体重(kg) |
| p | 体重にしめる、たんぱく質の割合 |
| q | たんぱく質の中の、窒素の割合 |
| シロザケ1匹の体重(目安) | 3.5 kg とされます |
| 魚の身にしめる、たんぱく質の割合 | およそ 0.20(2割) |
| たんぱく質にふくまれる窒素の割合 | およそ 0.16(食品成分表の換算係数のもと) |
| 海へ下るときの子どものサケの体重 | 1 g ほどとされます |
| 尿素肥料にふくまれる窒素の割合 | 0.46 |
| 体重のうち窒素の割合(p × q) | 0.20 × 0.16 = 0.032 |
| 1匹がもつ窒素(kg) | 3.5 × 0.032 = 0.112 |
| 1万匹がのぼる川の場合(kg) | 0.112 × 10000 = 1120 |
| 尿素肥料に直すと(kg) | 1120 ÷ 0.46 ≒ 2435 |
| 海で増えた体重(何倍か) | 3500 ÷ 1 = 3500 |
1匹で約110グラム、1万匹で約1.1トンの窒素が、川を上流へさかのぼる計算です。体重は海で3500倍にもなるので、運ばれる窒素は、ほぼすべてが海で手に入れたものです。実際に森の土に届くのは、このうちクマや鳥や洪水が岸へ運んだ一部です。
高校高校+栄養は「下る一方」ではない
高校生物基礎では、生態系の中を物質がめぐり、エネルギーは一方向に流れると学びます。陸の窒素は、雨に溶けて川から海へ出ていきやすい元素です。海から陸へ戻す流れは少なく、回遊魚はその数少ない道すじの一つです。
高校+窒素には、質量数14と15の安定同位体があります。海の食物連鎖を何段もたどったサケの体は、窒素15の割合が陸の植物より高めです。この差を目印に、森の葉や虫の体にとりこまれた海由来の窒素の割合を見積もることができます。
大学海由来栄養と、安定同位体比による追跡
生態学では、サケが運ぶ栄養を海由来栄養(海洋由来窒素)と呼びます。窒素の安定同位体比(デルタ窒素15と書かれる値)を、海と陸の二つの端の値とくらべる「2成分混合モデル」で、由来の割合を推定します。北アメリカ西岸の研究では、川べりの針葉樹の葉の窒素の2割あまりが海由来と見積もられました。これは窒素循環の中で、生き物の移動が栄養を運ぶ「生物による運搬」の代表例です。
📖 式の導出や、さらに先の内容:窒素循環(ウィキペディア) / 同位体・安定同位体(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- どこまで奥の森に届くのか。 川から数十メートルを越えると、海由来の窒素の目印は急に薄れるとされます。距離ごとの届き方は、川やクマの数によって大きく変わります。
- サケが減った川では、森はどうなるのか。 森の育ち方は何十年もかけて変わるため、遡上が減ったことの影響を見分けるのは簡単ではありません。
- 日本の川でも同じなのか。 日本では、ダムやふ化放流、クマの数などの条件が北アメリカと異なります。北海道などで調べられていますが、森への寄与の大きさはまだ地域ごとにまちまちです。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに森が育つ度合いは、場所によってかなりの幅があると考えられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「自然界のつり合い」(食物連鎖・分解者) | 食べ残しが土に戻るところ |
| 高校 | 生物基礎「生態系と物質循環」 | 窒素が海から森へ戻る道すじ |
| 高校+ | 化学基礎「同位体」 | 重い窒素で由来を見分けるところ |
| 大学 | 生態学・生物地球化学 | 海由来栄養と混合モデル |
| 研究 | 流域生態学 | 届く距離、遡上が減ったときの影響 |
| ― | 生活とのつながり | 川の魚を守ることが、森を守ることにもつながる |
- Helfield, J. M. & Naiman, R. J. (2001) Effects of salmon-derived nitrogen on riparian forest growth and implications for stream productivity. Ecology 82: 2403–2409.
- Gende, S. M., Edwards, R. T., Willson, M. F. & Wipfli, M. S. (2002) Pacific Salmon in Aquatic and Terrestrial Ecosystems. BioScience 52: 917–928.
- 文部科学省『日本食品標準成分表』(たんぱく質と窒素の換算係数)
- サケ - ウィキペディア
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。サケの体重や窒素の割合は種類・個体で異なり、森への寄与の大きさも地域によって大きく変わります。野生動物の出る場所での観察は、自治体や施設の案内に従ってください。