自然のふしぎ 天文・宇宙 予備知識なしでOK 読了 約8分

太陽までの距離は、どうやって測ったの?
― 金星が太陽の前を横切る日を、世界中で待ちかまえました

「太陽までは約1億5000万km」。教科書にさらりと書かれたこの数字は、ものさしで測れるものではありません。決め手になったのは、金星が太陽の前を小さな黒い点になって横切る、100年に2回ほどしか来ない日でした。その日を逃すまいと、天文学者たちは地球の裏側まで船で出かけていったのです。

公開:2026.10.25 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

腕をまっすぐ前に伸ばし、親指を立てます。右目だけで見て、次に左目だけで見てください。親指が、うしろの景色の上で左右にぴょんと跳ねて見えるはずです。

今度は、腕を曲げて親指を顔に近づけ、同じことをします。跳ね方が大きくなりましたね。近いものほど大きく跳ね、遠いものほど小さく跳ねる。この「跳ね方」から、距離が逆算できます。

太陽までの距離も、原理はこれと同じです。ただ、相手があまりに遠いので、両目のかわりに「地球の北と南にいる2人」を使い、さらに金星という目印を借りる必要がありました。

なぜ、金星の通過で距離が測れるの? 理由は2つだけ

1
「何倍か」はもう分かっていた

400年ほど前、ケプラーが惑星の動きのきまりを見つけ、太陽系の「縮尺図」が描けるようになりました。金星の通り道は地球の約0.72倍、火星は約1.5倍。欠けていたのは、縮尺図の1目盛りが何kmかという、たった1つの数でした。

2
離れた2か所から見ると、金星の道がずれる

北の人と南の人が同時に見ると、太陽の上を通る金星の道は、わずかに上下にずれて見えます。ずれの大きさと、2人のあいだの距離が分かれば、親指の実験と同じ理屈で距離が出せます。

つまり、太陽系の形はすでに分かっていて、残る1か所の「ものさし合わせ」を、金星の通過でやろうとしたのです。この方法を1716年に提案したのは、彗星で名高いエドモンド・ハレーでした。

北と南で、金星の通り道はどれくらいずれるの?

図1の左を見てください。地球の北の観測地から見ると、金星は太陽の少し南寄りに重なります。南の観測地から見ると、少し北寄りです。2本の視線が金星のところで交差するので、太陽の上では上下が入れかわります。

ところが、このずれは驚くほど小さいものです。北と南に1万km離れても、ずれは太陽の見かけの直径の約50分の1しかありません。太陽を10円玉の大きさに描くと、髪の毛1本ほどの幅です。これを直接ものさしで測るのは、当時の望遠鏡では無理でした。

そこでハレーは、ずれを「時間」で測ることを思いつきました。図1の右のように、道が太陽の中心寄りを通れば、太陽を横切るのに長くかかります。縁寄りを通れば短くすみます。金星が太陽の縁に入る瞬間と出る瞬間を時計で記録すれば、道の長さの違いが、数分から十数分の時間の差になって現れるのです。

横から見た配置(大きさ・距離は実際と違います) 太陽の上を通る金星の道(ずれは10倍に拡大) 地球 北の観測地 南の観測地 金星 太陽 線が金星で交差し、太陽の上では上下が入れかわる 北から見た道 南から見た道 ずれ 36.0 秒角 / 通過時間の差 約 14 分
つまみを動かすと、2本の道の間隔と、通過にかかる時間の差が変わります
図1:左は横から見た配置。上の北の観測地からの実線と、下の南の観測地からの点線が金星で交差し、太陽の上では上下が入れかわります。右は太陽の円盤で、実線が北から、点線が南から見た金星の道です。つまみで観測地の間隔を広げると2本の道が離れ、太陽を横切る時間の差が大きくなります。地球の自転の影響は省いています。

100年に2回のチャンスに、何が起きたの?

金星の通過は、8年をおいた2回が、100年あまりに一度めぐってくるだけです(図2)。ハレーが提案したとき、次の機会は45年後の1761年と1769年でした。ハレー自身は、その日を見ることなく亡くなっています。

1600 1900 2150 1639 ホロックスが初めて観測 1874・1882 長崎・神戸でも観測 2117・2125 次の2回(点線) 1761・1769 クック、ル・ジャンティらの遠征 2004・2012 最近の2回 8年をおいた2回が、121年半または105年半おきにやってくる
図2:金星の太陽面通過が起きた年(縦の印)。上下の文字は、その回に何があったかです。印は2本ずつ組になっていて、組と組のあいだは100年以上あきます。右端の点線の2本が、次に来る2117年と2125年です。

1761年と1769年、ヨーロッパの国々は、競うように観測隊を世界へ送り出しました。北と南、東と西に、できるだけ離れた場所が必要だったからです。イギリスのジェームズ・クックは、1769年の観測のために南太平洋のタヒチへ向かいました。この航海が、のちに彼を探検家として名高くした最初の大航海です。

いちばん不運だったのは、フランスのル・ジャンティでしょう。1761年はインドへ向かう船の上で迎え、揺れる甲板では測定になりませんでした。彼は帰国せずに8年待ち、1769年にインドで万全の準備をします。ところが当日、通過のあいだだけ空が雲におおわれました。11年ぶりにフランスへ帰ると、死んだものとされて財産が分けられていた、と伝えられています。

それで、答えは出たの?

出ました。ただし、すっきりとはいきませんでした。金星が太陽の縁に接する瞬間、黒い点が縁にくっついて涙のしずくのように伸びて見え、離れる瞬間がはっきりしなかったのです。「黒い滴」と呼ばれるこの見え方のため、同じ場所の観測者どうしでも記録した時刻が食い違いました。

それでも、各地の記録をまとめた19世紀の計算では、約1億5300万kmという値が出されたとされています。いまの値との差は2%あまり。帆船と振り子時計の時代に、地球の裏側どうしで時刻を突き合わせた結果としては、見事な精度です。1874年と1882年にも観測隊が出され、1874年には長崎や神戸にもフランスやアメリカの隊が来ました。神戸の諏訪山にある「金星台」という地名は、このときの観測にちなんでいます。

今では、金星や小惑星に電波を当て、跳ね返ってくるまでの時間から距離を測れます。2012年には、1天文単位は「149,597,870,700 m」とぴったり決められ、測る量から定める量に変わりました。

💡 2004年、ハレーの方法を世界中でやり直した

2004年の通過では、ヨーロッパの天文機関が呼びかけ、学校や市民が各地で接触の時刻を記録しました。その記録をハレーの方法どおりにまとめると、いまの値との差は0.01%ほどだったとされています。正確な時計と大勢の目があれば、300年前の発想はそのまま通用したのです。

💡 金星に空気があると気づいたのも、通過の日

1761年、ロシアのロモノーソフは、金星が太陽の縁にかかったとき、黒い円のまわりに細い光の輪を見たと記録しました。そこから「金星には大気がある」と考えたとされています。距離を測るための観測が、まったく別の発見を生んだ例です。

まとめ

太陽系の「形」は、ケプラーのきまりで先に分かっていました。足りなかったのは、その縮尺図の1目盛りが何kmかという数だけです。それを決めるため、離れた2か所から金星の通過を見て、道のわずかなずれを時間の差として測りました。100年に2回の機会に、人々は命がけで海を渡ったのです。

太陽までの距離は、ものさしではなく、
地球の両端から見た「金星の影のずれ」で測られました。

光の速さをはじめて測ったレーマーは、この距離がまだ不確かなまま計算していました(光の速さは、どうやって初めて測ったの?)。2本の棒の影で地球の大きさを測った話(地球の大きさは、どうやって測ったの?)と合わせて読むと、「宇宙の大きさ」が一段ずつ明らかになっていく流れが見えてきます。

🧪 親指で「距離の測り方」を体験してみよう
  1. 腕を伸ばして親指を立て、遠くの壁やビルの角に重ねます。右目と左目を交互に閉じて、親指が背景の上でどれだけ跳ねるかを見ます。
  2. 跳ねた幅が、背景の上で実際に何mぶんか(窓何枚分、など)を見積もります。両目の間隔はおよそ6cm、腕の長さはおよそ60cmで、その比は約10倍です。
  3. 見積もった跳ね幅を10倍すると、背景までのおおよその距離になります。たとえば跳ね幅が3mなら、背景までは約30mです。地図アプリで実際の距離と比べてみましょう。

両目のかわりに地球の北と南、親指のかわりに金星、背景のかわりに太陽を置いたものが、この記事の測り方です。※太陽を肉眼や双眼鏡で直接見ることは、目を傷めるので絶対にしないでください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「地学」「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(天文学・天体力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:ずれの角度から、太陽までの距離を出す

北と南に1万km離れた2人が、太陽の上で金星の道が36秒角ずれて見えたとします(秒角は角度の単位で、1度の3600分の1)。ここから太陽までの距離を計算してみます。

⓪ もとになる式
記号で書くとAU = ( B ÷ θ ) × ( a ÷ ( 1 − a ) )
言葉で書くと太陽までの距離 =(2つの観測地の間隔 ÷ 太陽の上での金星のずれの角度)×(金星の軌道の大きさで決まる係数)
どこから来る式か三角測量(視差)の「距離 = 間隔 ÷ 角度」です。金星は太陽より近いので大きくずれ、太陽は遠いので少しだけずれます。その差が見えるずれになり、差の割合は、ケプラーの第3法則で分かっていた金星の軌道の大きさ(地球の0.723倍)で決まります。
記号意味と単位
AU太陽までの距離(km)。天文単位
B2つの観測地の、視線に垂直な方向の間隔(km)
θ太陽の上での、金星の道のずれの角度(ラジアン。1ラジアンは約206,265秒角)
a金星の軌道の大きさ(地球の軌道を1としたとき)
① もとになる数値
金星が太陽を1周する日数約 224.7 日
地球が太陽を1周する日数約 365.25 日
2つの観測地の間隔 B10,000 km(とする)
見えたずれ θ36 秒角(とする)
1ラジアン約 206,265 秒角
太陽の見かけの直径約 1,900 秒角(約0.5度)
② 計算してみる
周期の比224.7 ÷ 365.25 ≒ 0.615
軌道の大きさ(第3法則)0.615 の3分の2乗は およそ 0.723 とされます
通過のときの金星と地球の近さ1 − 0.723 = 0.277
係数0.723 ÷ 0.277 ≒ 2.61
ずれをラジアンに36 ÷ 206,265 ≒ 0.0001745
間隔 ÷ 角度10,000 ÷ 0.0001745 ≒ 57,310,000 km
太陽までの距離57,310,000 × 2.61 ≒ 149,580,000 km
ずれは太陽の直径の何分の1か1,900 ÷ 36 ≒ 53

約1億4960万kmとなり、いまの値(約1億4960万km)と合います。ただし、ずれが1秒角ちがうだけで答えは約3%動きます。36秒角のずれは太陽の直径の約53分の1しかなく、直接測るのがいかに難しかったかが分かります。だからハレーは、角度ではなく「時間」で測る方法を選びました。

高校高校+角度を「時間」に置きかえる工夫

高校惑星の公転周期の2乗は、軌道の大きさの3乗に比例します(ケプラーの第3法則)。周期は何年も観測すれば正確に分かるので、太陽系の「形」は早くから正確でした。地学で習う年周視差(恒星までの距離を測る方法)も、同じ三角測量の考え方です。

高校+ハレーの方法では、金星が太陽の円盤に入ってから出るまでの時間を、南北に離れた場所で比べます。金星は太陽の上を1時間に約4分角の速さで動くので、道のずれが数十秒角でも、通過時間には数分から十数分の差が出ます(図1の右下の数字)。角度を測る精度がなくても、時計が正確なら勝負できる、というのが要点です。のちにフランスのドリールは、入る瞬間か出る瞬間の一方だけを使い、東西に離れた観測地も使える方法を提案しました。

大学太陽視差と、天文単位の定義

天文学では、地球の赤道半径を太陽から見込む角度を「太陽視差」と呼び、天文単位の代わりに使ってきました。値は約8.794秒角です。18世紀の観測は8.5〜8.9秒角ほどにばらつき、19世紀末の再解析で8.80秒角前後に落ち着いたとされています。20世紀には、小惑星エロスの接近時の三角測量、さらに金星のレーダー観測へと主役が移りました。2012年の国際天文学連合の決議で、天文単位は太陽の質量などによらない固定値として定義されました。

📖 式の導出や、さらに先の内容:天文単位(ウィキペディア) / 金星の日面通過(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。距離そのものは定義で決まりましたが、その距離が時間とともにどう変わるかは、まだ調べられている最中です。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・太陽系と惑星金星の見え方、太陽系の惑星の並び
高校地学・惑星の運動/恒星までの距離ケプラーの第3法則、年周視差と同じ三角測量
高校+地学の発展・天文学の歴史ハレーの方法(通過時間の比較)、ドリールの方法
大学天文学・天体力学・位置天文学太陽視差、レーダー測距、天文単位の定義
研究太陽系の力学/系外惑星の観測天文単位の変化、トランジット法での大気の観測
―生活とのつながり探査機を惑星へ送る計算は、天文単位が正確に分かっていることを前提にしています
参考・出典
  1. ウィキペディア「金星の太陽面通過」
  2. ウィキペディア「天文単位」
  3. ウィキペディア「ケプラーの法則」
  4. Halley, E. (1716). A New Method of Determining the Parallax of the Sun. Philosophical Transactions of the Royal Society, 29.
  5. Wulf, A. (2012). Chasing Venus: The Race to Measure the Heavens. Knopf.
  6. 国際天文学連合 2012年総会 決議B2(天文単位の再定義)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の人物の逸話は、伝えられている内容にもとづいています。太陽の観測は、必ず専用の減光フィルターなど安全な方法で行ってください。