⚠ 命を守る科学 命を守る科学 地球科学 予備知識なしでOK 読了 約6分

底なし沼に落ちると、本当に頭まで沈むの?
― 体は腰あたりで浮いて止まります。危ないのは、沈むことではありません

映画では、足をとられた人がずるずると沈み、最後に手だけが残って消えます。ところが物理で考えると、これはまず起きません。砂と水が混ざったものは、人の体の約2倍も重いからです。体は腰のあたりで浮いて止まります。それでも、干潟や河口のぬかるみで人が動けなくなる事故は起きています。本当の危険は、沈むことではなく抜け出せないことのほうにあります。

公開:2026.09.22 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

潮が引いた干潟を歩いていて、急に片足が沈みます。抜こうとすると、足はびくとも動きません。まるで足首を握られているような感じです。

あわてて反対の足で踏ん張ると、その足も沈みます。まわりは、さっきまで歩けていたのと同じ見た目の砂地です。

砂は、どうして急に「歩けない地面」に変わったのでしょうか。そして、どこまで沈むのでしょうか。

わかっているのは、この2つです

1
砂と水の混ざったものは、人よりずっと重い

浮かぶものは、自分より重い液体の上で止まります。砂と水が混ざったものは、水の約2倍の重さです。だから人の体は、半分ほど入ったところで浮いて止まります。

2
かき乱されると、砂はいったん液体のようにゆるむ

下から水がしみ出している砂地は、粒がふわっと積んだだけの状態です。踏むと崩れて液体のようになり、そのあと粒が沈んで締まり、足を握りこみます。

この2つを合わせると、映画の場面がどこで間違っているかがはっきりします。順に見ていきましょう。

なぜ腰のあたりで止まるの?

お風呂に入ると、体が軽くなったように感じます。押しのけた水の重さの分だけ、上へ押し返す力がはたらくためです。この押し返す力を浮力といいます。

人の体の重さは、ほぼ水と同じです。息を吸って肺に空気が入っていれば、水より少し軽くなります。だからプールでは、力を抜くとぎりぎり浮きます。

いっぽう、砂と水が混ざったものはずっと重いです。砂粒そのものが水の2.6倍ほどの重さで、そのすき間に水が入っています。合わせると、水の約2倍になります。

つまり人は、自分の2倍重い液体に入ることになります。押しのける量は半分で足りるので、体積の半分ほど入ったところでつり合います。立った姿勢なら、脚と腰でだいたい体積の半分です。おおよそ腰から胸の下あたりで止まるという計算になります(図1の右)。

左:映画のイメージ 右:実際に起きること 砂と水の混ざったもの 砂と水の混ざったもの 水の約2倍の重さ 頭まで沈む =起きません 手だけ残る 砂の面=腰のあたりで止まる 上向きの矢印=浮力
図1:左の枠は映画でおなじみの場面で、赤い下向きの矢印とバツ印は「頭まで沈むことは起きない」ことを示しています。薄く描いた部分が砂の中、上に出た手だけが見えている状態です。右の枠が実際で、砂の面がちょうど腰の高さに来て止まります。緑の上向きの矢印が、体を支える浮力です。

それなら、なぜ抜け出せないの?

危険なのはここからです。本物の流砂は、下から水がしみ出している砂地にできます。粒がふわっと積み上がっただけの、すき間の多い状態です。

そこを踏むと、粒の積み方が一瞬で崩れます。支えを失った砂は液体のようにゆるみ、足は深く入ります。ところがそのあと、粒は下へ沈んでぎゅっと詰まります。水は上に押し出され、足のまわりには締まった砂だけが残ります。

この締まった砂は、もう簡単には動きません。しかも足を上へ引くと、足の裏の下にすき間ができます。そこへ砂は流れこめないので、すき間の圧力が下がります。すると上から大気が体を押しつけます。急に引き抜こうとするほど、この吸いつく力は強くなります。あとの計算では、足の裏の面積で2000ニュートン近く、重さに直すと200キログラム分にもなります。

左:速く引き抜こうとすると 右:ゆっくり動かすと すき間ができる 砂は流れこめない 引く 上から大気が押しつける=抜けない 水色の丸=回りこむ水 砂がゆるみ 足が動く
図2:左の枠では、赤い上向きの矢印のように速く引くため、足の裏の下(細い枠で囲んだ部分)にすき間ができて抜けなくなります。右の枠では、水色の丸と曲線のように水が回りこむ時間があるため、砂がゆるんで足が動きます。ゆっくり動かすほど有利になるのは、この差のためです。
💡 「底なし沼」という呼び名のほうが間違いです

底なしに見えるのは、水が濁って底が見えないからです。実際には砂や泥の層があり、深さには限りがあります。沼だけでなく、干潟・河口・湧き水のある砂浜・火山の泥地にも同じ状態はできます。

💡 片栗粉の水とは、逆のふるまいです

片栗粉を水で練ったものは、速く押すと固くなり、ゆっくり押すと沈みます。流砂はその逆で、かき乱すとゆるみます。同じ「粉と水」でも、粒の大きさとすき間の量でふるまいが反対になります。

じゃあ、どうすればいいの?

✅ ぬかるみで足をとられたら
  1. あわてて引き抜こうとしない急に引くほど強く吸いつきます。まず動きを止めて息を整えます。
  2. 体を後ろに倒して、背中や手を広い面でのせる面が広いほど沈みません。足に集まっていた力を分けられます。
  3. 足首を左右にゆすって、水を入れながら少しずつ抜く水が回りこむと砂はゆるみます。1回の動きは小さく、時間をかけます。
⚠ いちばん怖いのは、潮と体力です

頭まで沈まなくても、動けないまま潮が満ちれば水位は上がり、溺れる危険があります。干潟では、潮位の変化を先に調べてから入ってください。動けない人を見つけたら、自分で助けに入らず119番に連絡します。ぬかるみへは近づかないこと、水面へは飛び込まないことが基本です。届く範囲なら、浮くもの(クーラーボックス・ペットボトル・板)を投げて渡し、救助を待ちます。自力で脱出できると決めてかからないでください。

まとめ

砂と水が混ざったものは、人の体の約2倍の重さです。だから体は腰のあたりで浮いて止まり、頭まで沈むことはまず起きません。かわりに、締まった砂と吸いつく力が足を離さなくなります。助かるかどうかを分けるのは、沈む深さではなく、落ち着いて時間をかけられるかどうかです。

沈まないけれど、抜けない。
だから急ぐのではなく、水を回りこませる。

粒と水の関係で地面が急に変わる現象は、強い揺れを受けたときにも起きます。液状化は、なぜ地面が「水」のようになるの?と、砂は乾いていると崩れるのに、濡らすとなぜ固まるの?もあわせて読むと、砂が「固まる/ゆるむ」を分ける条件が見えてきます。

🧪 コップの砂で、重さと吸いつきを確かめる
  1. 同じコップ2つに、片方は水だけ、片方は砂を8分目まで入れてから水を注ぎます。手で持ち比べると、砂のほうがはっきり重いと分かります。
  2. 砂のコップに指をゆっくり差し入れ、次にゆっくり抜きます。そのあと、同じ深さから素早く抜いてみます。速いほうが重く感じるはずです。
  3. 片栗粉を同じ量の水で練ったものにも指を入れ、速さを変えてみます。流砂とは反対に、速く動かすほど固くなります。

屋外のぬかるみで試さないでください。台所のコップで十分に確かめられます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(地盤工学・レオロジー)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:体はどこまで沈むのか

主題は「どこまで沈むか」です。そこで、沈む深さそのものを浮力の式から出してみます。

⓪ もとになる式
記号で書くとV沈 ÷ V = ρ体 ÷ ρ砂
言葉で書くと沈んだ体積 ÷ 体全体の体積 = 体の密度 ÷ 流砂の密度
どこから来る式か浮力(押しのけた流砂の重さ)と体重のつり合い。アルキメデスの原理そのものです。
V沈液体に入っている部分の体積(立方メートル)
V体全体の体積(立方メートル)
ρ体体の密度(1立方メートルあたりのキログラム)
ρ砂砂と水が混ざったものの密度(同じ単位)
① もとになる数値
砂粒そのものの密度1立方メートルあたり 約2650キログラム
水の密度1立方メートルあたり 1000キログラム
ゆるく積んだ砂のすき間の割合おおよそ 0.4(残り 0.6 が砂粒)とされます
人の体の密度1立方メートルあたり 約1000キログラム(肺に空気があるとやや軽い)
身長170センチ
② 沈む深さを計算する
砂粒の分の重さ2650 × 0.6 = 1590
すき間の水の分の重さ1000 × 0.4 = 400
流砂1立方メートルの重さ1590 + 400 = 1990
沈む体積の割合1000 ÷ 1990 ≒ 0.50
身長から見た深さの目安170 × 0.50 = 85

下から85センチ、つまり腰のあたりです。脚は胴より細いので、実際の水面はもう少し上がることもあります。いずれにしても、頭まで沈む答えは出てきません。

③ 抜け出しにくさを見積もる
大気圧約101000パスカル(事実として使います)
足の裏の面積約0.02平方メートル
吸いつく力の上限101000 × 0.02 = 2020
重さに直すと2020 ÷ 9.8 ≒ 206

単位はニュートンで、重さに直すと約206キログラム分です。これは上限の見積もりですが、片足を引き抜く力では届かない大きさだと分かります。だから「速く引く」ほど不利になります。急がず、水を回りこませて圧力の差を消すのが要点です。

高校高校+砂を支えているのは、粒どうしの押し合いです

高校砂の山が崩れずに立つのは、粒どうしが押し合って摩擦を生むからです。すき間の水の圧力が高いと、この押し合いが弱まり、摩擦も小さくなります。

高校+この「粒が実際に押し合っている分の力」を有効応力と呼びます。テルツァギの有効応力の原理では、全体の応力から間隙水圧を引いたものが有効応力です。下から水が湧き出している砂地では間隙水圧が高く、有効応力がゼロに近づきます。これが流砂の正体で、強い揺れによる液状化と同じ考え方で説明されます。

大学時間とともに固さが変わる物質として扱う

流砂は、力を加える速さによって固さが変わります。こうした物質のふるまいはレオロジーという分野で扱われ、降伏応力を持つビンガム流体などのモデルで表されます。流砂は、わずかな力で一気にゆるむ(せん断による液状化)いっぽう、そのあと粒が沈んで密に詰まるため、抵抗が急に増えます。2005年の測定では、足を引き抜くのに必要な力は自動車を持ち上げる程度に達しうると報告されています。速い変形に対して固くなるダイラタンシーとは、方向が逆の現象です。

📖 式の導出や、さらに先の内容:アルキメデスの原理(ウィキペディア)ダイラタンシー(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値はいずれも典型的な砂を想定した目安で、現場の砂や泥の性質によって変わります。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・力と圧力/密度腰で止まる理由、浮力の説明
高校物理基礎・力のつり合いと浮力「式で確かめる」の⓪と②
高校+物理・圧力/地学基礎・地盤有効応力と間隙水圧の節
大学地盤工学・レオロジービンガム流体、せん断による液状化
研究粉体物理・沿岸地形学崩れる境目、粘土の影響
生活とのつながり干潟や河口での行動、潮位の確認
参考・出典
  1. A. Khaldoun ほか「Liquefaction of quicksand under stress」Nature 437巻 635ページ(2005年)
  2. アルキメデスの原理(ウィキペディア日本語版)
  3. 石原研而『土質力学』丸善出版 ― 有効応力と間隙水圧、砂の液状化の章
  4. 海上保安庁「海上保安レポート」― 干潟・浅瀬での事故事例と注意点

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算であり、特定の場所や状況が安全であることを示すものではありません。ぬかるみや干潟に立ち入る場合、また事故に遭遇した場合は、消防・海上保安庁・自治体等の指示に従ってください。