日常のふしぎ 波動 予備知識なしでOK 読了 約7分

手首の脈は、心臓から血液が届いた合図なの?
― 脈は、血液より20倍も速く走る「波」です

手首に指を当てると、トクン、トクンと脈を感じます。心臓が押し出した血液が、いま手首に着いた――そう思いがちですが、実は違います。脈の正体は、血管の壁を伝わっていく「ふくらみの波」です。そしてその波の速さは、あなたの血管のかたさを正直に映しています。

公開:2026.10.07 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

病院の待合室で、手首の内側に指を当てて脈を数えてみます。1分間に70回ほど、規則正しく指を押し返してきます。

今度は、片手で首の横の脈、もう片方の手で手首の脈を同時にさわってみます。2つの脈は、ほとんど同時に打っているように感じます。

でも、心臓から手首までは80cmほどあります。血液がそんなに一瞬で、腕の先まで流れ着けるのでしょうか。

脈の正体を知るカギは、2つだけ

1
走っているのは、血液ではなく「ふくらみ」

心臓が血液を押し出すと、出口の血管がぷくっとふくらみます。そのふくらみが、となり、またとなりへと受け渡されて手首まで走ります。血液そのものは、まだ数センチしか進んでいません。

2
波の速さは、血管のかたさで決まる

やわらかいゴム管ほど波はゆっくり、かたい管ほど速く伝わります。年を重ねて血管がかたくなると、脈の波は速くなります。この速さを測る検査が、健康診断にもあります。

順番に見ていきましょう。

血液はゆっくり、ふくらみは速く

心臓は1回の拍動で、70mLほどの血液を大動脈へ押し出すとされています。大動脈はゴムのように伸びる血管です。押し込まれた血液を受け止めるため、出口のあたりがまずふくらみます。

ふくらんだ部分の壁は、元に戻ろうとして血液を押し返します。押された血液は、すぐ先の血管をふくらませます。この「ふくらんでは戻る」が次々と受け渡されて、波として腕の先まで届きます。

波の速さは、若い人の大動脈で秒速5〜6mほどとされています。心臓から手首までは、わずか0.1秒あまりです。いっぽう血液そのものの流れは、大動脈でも平均すると秒速0.2〜0.3m程度とされます。脈の波は、血液の20倍以上の速さで先を走っているのです。

図1を見てください。脈の波の先頭が手首に着いた瞬間、心臓を出たばかりの血液は、まだ胸のあたりにいます。

心臓 脈の波の先頭 速い 血液(丸)はまだここ 手首 心臓から手首まで およそ80cm 脈の波の速さ:秒速 6.1 m 手首に着くまで:0.13 秒 その間に血液が進む距離:約4 cm (血液の平均の速さを秒速0.3mとした目安)
左ほどやわらかい(若い血管)、右ほどかたい血管です。かたいほど脈の波は速く着きます
図1:心臓(左端)から手首(右端)までの動脈を、まっすぐな管にして描いた図。脈の波の先頭(右端で管がふくらんだ部分)が手首に着いた瞬間、心臓を出た血液(左の丸)はまだ数センチしか進んでいません。つまみで血管の壁をかたくすると、波が手首に着くまでの時間が短くなり、そのあいだに血液が進む距離もさらに縮みます。

水で満たされた庭のホースを思い出してください。蛇口をひねると、先からはすぐに水が出ます。でも出てきたのは、もともとホースの先にいた水です。蛇口から入ったばかりの水は、まだ手元にいます。脈もこれと同じで、先に届くのは「押す力」のほうです。

かたい血管ほど、脈は速く走る

波が速く伝わるかどうかは、壁がどれだけ強く押し返すかで決まります。やわらかい風船のような管は、押されるとぐっと伸びて、力を受け止めながらゆっくり次へ渡します。かたい管は少ししか伸びず、すぐに押し返すので、波はせっかちに先へ進みます。

血管の壁は、年を重ねると少しずつかたくなるとされています。弾力を生む繊維がすり減り、かたい繊維の割合が増えるためと考えられています。高い血圧が長く続くことも、かたくなる原因の一つとされます。

そのため、脈の波の速さを測れば、血管のかたさを外から推しはかれます。健康診断の「血管年齢」の検査の多くは、腕と足首の脈が届く時間の差から、この速さを求めています。

かたい血管には、もう一つ困ったことがあります。脈の波は、血管が枝分かれする場所などで一部がはね返り、心臓のほうへ戻ってきます。血管がやわらかいと、戻りの波は心臓が血液を送り終えたあとに着きます。かたいと速く戻ってくるため、心臓が押し出している最中にぶつかり、上の血圧をさらに押し上げるとされています。

💡 200年前、脈の速さを計算した人がいた

光が波であることを示した実験で知られるイギリスのトマス・ヤングは、医師でもありました。1808年ごろ、彼は血管の壁の弾力から脈の伝わる速さを見積もったとされています。その約70年後、オランダのモーエンスとコルテベークが、いまも使われる形の式にまとめました。

まとめ

手首の脈は、心臓から血液が流れ着いた合図ではありません。心臓のひと押しが血管の壁を次々とふくらませて伝わってきた、ふくらみの波です。その速さは血管のかたさで決まり、かたいほど速く走ります。

脈が知らせているのは、血液の到着ではなく、ひと押しの到着。
その速さに、血管のやわらかさが表れます。

水面を伝わる波でも、動いているのは水ではなく揺れのほうでした(池に石を投げると、なぜ丸い輪が広がっていくの?)。脈の波を生む心臓のリズムについては心臓は、なぜ自分から動き続けられるの?で、体の中を走る別の信号の速さについては足の小指をぶつけると、痛みが少し遅れてくるのは、なぜ?で紹介しています。

🧪 自分の脈で確かめてみよう
  1. 手首の内側、親指側の少しくぼんだところに、人さし指と中指をそっと当てます。強く押しすぎると、かえって脈が分かりにくくなります。
  2. もう片方の手で、首の横(あごの角の少し下)の脈をさわり、手首の脈と打つタイミングをくらべます。ほぼ同時に感じるはずです。そのあいだ、血液は数センチしか進んでいません。
  3. 座って足を組み、片手で首の脈、もう片手で足首の内側(くるぶしの少しうしろ)の脈をさわります。足首の脈は、首よりほんの少し遅れて感じられることがあります。心臓からの距離が長い分、波が着くのが遅れるためです。

首の脈は、軽くさわるだけにしてください。左右を同時に強く押さえると、気分が悪くなることがあります。足首の遅れは0.1秒ほどとされ、感じ取れなくても異常ではありません。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(生体力学・循環生理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:脈の波の速さと、手首に着くまでの時間

弾力のある管の中を伝わる波の速さは、壁のかたさと厚さ、中の液体の重さで決まります。若い人の大動脈に近い値を入れて、脈の波の速さそのものを計算してみます。

⓪ もとになる式
記号で書くとc = √( E × h ÷ ( ρ × d ) )
言葉で書くと脈の波の速さ = (壁のかたさ × 壁の厚さ)÷(血液の密度 × 血管の直径)、の平方根
どこから来る式かふくらんだ壁が元に戻ろうとする力と、押し動かされる血液の重さ(慣性)のつり合いから出る式です。モーエンス・コルテベークの式と呼ばれます。
記号意味と単位
c脈の波の速さ(m/秒)
E血管の壁のかたさ(ヤング率、Pa)
h血管の壁の厚さ(m)
ρ血液の密度(kg/m³)
d血管の直径(m)
① もとになる数値
壁のかたさ(若い大動脈の目安)およそ 500000 Pa(0.5 MPa)とされる
壁の厚さおよそ 0.002 m(2 mm)
血管の直径およそ 0.025 m(2.5 cm)
血液の密度およそ 1060 kg/m³
心臓から手首までの距離およそ 0.8 m
大動脈の血液の平均の速さおよそ 秒速0.3 m(目安)
② 計算してみる
かたさ × 厚さ500000 × 0.002 = 1000
密度 × 直径1060 × 0.025 = 26.5
2つの比1000 ÷ 26.5 ≒ 37.7
その平方根(脈の波の速さ)37.7 の平方根は およそ 6.1(秒速6.1 m)
手首に着くまでの時間0.8 ÷ 6.1 ≒ 0.13 秒
その間に血液が進む距離0.3 × 0.13 ≒ 0.039 m
波は血液の何倍速いか6.1 ÷ 0.3 ≒ 20 倍
壁のかたさが4倍になると、速さは2倍6.1 × 2 = 12.2

脈の波は秒速6mほどで、心臓から手首まで0.13秒で着きます。そのあいだ血液は4cmほどしか進みません。壁が4倍かたくなると、脈の波は秒速12mまで速くなります。

③ 実感に直す
秒速6 m100mを17秒ほどで走る速さ。全力の小学生くらいです
0.13 秒まばたき1回(0.1〜0.15秒)とほぼ同じ時間です

高校高校+弦を伝わる波と、同じ形をしている

高校高校物理では、弦を伝わる波の速さを「張力 ÷ 線密度、の平方根」と習います。戻そうとする力が強いほど速く、動かす物が重いほど遅い、という形です。脈の式も同じ形をしていて、壁のかたさと厚さが「戻す力」、血液の密度と管の太さが「重さ」の役をしています。

高校+血管の壁のかたさは一定ではありません。血圧が高くなり、壁が引き伸ばされるほど、かたい繊維が受け持つ割合が増えてかたくなります。そのため同じ人でも、血圧が高いときほど脈の波は速くなります。検査で血圧も同時に測るのは、このためです。

大学はね返りの波と、「上の血圧」の形

大学の循環生理学では、心臓から出る波(前進波)と、枝分かれなどで戻る波(反射波)の重ね合わせとして血圧の波形を扱います。反射波が上の血圧をどれだけ持ち上げるかを、増大係数(オーグメンテーション・インデックス)と呼びます。脈波伝播速度の測り方としては、首と太ももの付け根で測る頸動脈・大腿動脈間の脈波伝播速度が研究の標準とされます。日本では上腕と足首で測る方法がよく使われています。式の導出は、薄い壁の弾性管の運動方程式と、血液の連続の式を組み合わせて行います。

📖 式の導出や、さらに先の内容:モーエンス・コルテベークの式(英語版ウィキペディア) / 脈波伝播速度(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。実際の血管は太さもかたさも場所ごとに違い、ここでの計算はまっすぐな一様な管に置きかえた目安です。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科(第2分野):血液の循環、心臓のはたらき心臓が血液を押し出し、脈として感じるところ
高校物理:波の伝わり方、弦を伝わる波の速さ動いているのは血液ではなく「ふくらみ」であること、式の形
高校+生物:循環系、血管の構造血圧とかたさの関係、年齢による変化
大学生体力学・循環生理学モーエンス・コルテベークの式、前進波と反射波
研究血管の老化、血圧の連続測定血管のかたさは戻せるか、カフなし血圧計
―生活とのつながり健康診断の「血管年齢」、脈の測り方
参考・出典
  1. ウィキペディア「脈波伝播速度」
  2. Wikipedia, "Moens–Korteweg equation"
  3. Nichols WW, O'Rourke MF ほか『McDonald's Blood Flow in Arteries』Hodder Arnold
  4. Laurent S ほか (2006) Expert consensus document on arterial stiffness: methodological issues and clinical applications. European Heart Journal 27: 2588–2605
  5. 日本高血圧学会『高血圧治療ガイドライン2019』

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。血管の状態や血圧について気になることがあれば、医師に相談してください。