やかんからゆっくり注ぐと、なぜ液が外側を伝って垂れるの?
― 曲げているのは水ではなく、注ぎ口のふちです
同じやかんなのに、勢いよく注げばきれいに出て、ゆっくり注ぐと外側を伝って垂れる。この差をつくっているのは、注ぎ口の先にある小さな「ふち」です。液体がそこを回りこむか、飛び越えるか。境目は、注ぐ速さで決まります。
急須から湯のみにお茶を注ぎます。最後の一滴まで入れようと、手をそっと戻したときです。お茶は湯のみに落ちず、注ぎ口の下側を伝い、急須の腹を流れて、テーブルに小さな輪を残しました。
牛乳パックでも、同じことが起きます。おそるおそる傾けると垂れ、思い切って傾けると垂れません。
つまり、垂れるかどうかを決めているのは、道具の良し悪しだけではないのです。
理由は、大きく2つです
水は、ガラスや陶器の表面にくっつこうとします。注ぎ口の先が丸いと、液体はその丸みに沿って、裏側までぐるりと回りこみます。
流れが速いほど、曲がらずに進もうとする性質が強くなります。この性質がくっつく力に勝つと、液体はふちで面を離れ、そのまま落ちます。
この2つは、注ぎ口の先端というごく狭い場所で、いつも綱引きをしています。どちらが勝つかが、そのまま「垂れる・垂れない」になります。順に見ていきましょう。
① 液体は、ふちを回りこもうとします
水の分子は、おたがいに引き合っています。同時に、ガラスや陶器の表面とも引き合っています。この「面にくっつこうとする性質」を、ぬれやすさといいます。
注ぎ口の先は、どんなに薄く作っても、拡大すれば丸みを帯びています。液体はその丸みに沿って向きを変え、気づけば注ぎ口の裏側に回りこんでいます。裏側に回った液は、あとは重さにしたがって本体を伝い落ちるだけです。
図1を見てください。左が、ゆっくり注いだときです。液は先端のふちを回りこみ、外側を伝っています。右は勢いよく注いだときで、液はふちで面を離れ、まっすぐ落ちています。
② 境目を決めているのは、注ぐ速さです
では、なぜ速く注ぐと垂れないのでしょうか。流れている液体には、そのまま進み続けようとする性質があります。速いほど、この性質は強くなります。
一方、面につなぎとめておく力のほうは、速さが変わってもほとんど変わりません。だから速さを上げていくと、あるところで進み続ける性質が勝ちます。その瞬間、液体はふちを見捨てて飛び出します。
あとの折りたたみで計算しますが、水の場合、この境目はおよそ秒速20〜30センチです。ふだん「そっと注いだ」と感じるときの速さが、ちょうどこのあたりに入ります。垂れやすいのは、偶然ではなかったのです。
ふちの丸みが小さいほど、液体は急に曲がらなければならず、回りこみにくくなります。切れのよい注ぎ口が薄く作られているのは、このためです。逆に、ふちが厚い容器や、欠けて丸くなったふちは垂れやすくなります。
ふちが水をはじく状態だと、液体は回りこめません。2010年に報告された実験では、注ぎ口のふちに強い撥水加工をすると、ゆっくり注いでも垂れなくなったとされています。垂れの正体が「ぬれ」であることを示した結果です。水鳥の羽が水をはじくしくみと、同じ性質の裏返しです。
まとめ
注ぎ口から液が垂れるのは、容器が悪いからではありません。液体が先端の丸みにくっついたまま回りこんでいるだけです。速く注げばふちを飛び越え、ゆっくり注げば回りこむ。手の中で毎日起きている、小さな綱引きです。
垂れるのは、注ぎ方が下手だからではありません。
液体が、ふちを離したくないだけです。
大気の力で液が動く話はストローで飲み物が飲めるわけに、容器の出口を水と空気が取り合う話はペットボトルがゴボゴボ鳴るわけにあります。こぼれた液が乾いたあとに残る輪についてはコーヒーのしみが輪になるわけをどうぞ。
- コップに水を半分入れ、ふちからごくゆっくり傾けます。水はコップの外側を伝って流れるはずです。
- 同じコップを、今度は一気に傾けます。水はふちで離れ、まとまって落ちます。
- ふちの外側を乾いた布でよくふき、うすく食用油を塗ってから、もう一度ゆっくり傾けます。伝い方が変わります。
流しの上で行ってください。油を塗ったコップは、そのあと洗剤で洗ってから使ってください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- ティーポット効果:注ぎ口からの流れが先端を回りこみ、容器の外側を伝う現象のこと。1950年代から物理の話題として取り上げられてきました。
- ぬれ性:液体が固体の表面に広がろうとする度合いのこと。広がりやすい面を親水性、はじく面を撥水性といいます。
- 表面張力:液体が、表面の面積をできるだけ小さくしようとする性質のこと。水滴が丸くなるのも、これが理由です。
- 剥離:流れが、それまで沿っていた面から離れることをいいます。ふちで液が飛び出す瞬間が、まさにこれです。
中学高校式で確かめる:垂れなくなるのは、秒速どれくらいから?
進み続けようとする性質と、面につなぎとめる表面張力の、どちらが強いかを比べます。両者がつり合う速さが、垂れる・垂れないの境目の目安になります。単位は、長さをメートル、質量をキログラム、時間を秒でそろえます。
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| ρ | 液体の密度。1立方メートルあたりの質量(キログラム毎立方メートル) |
| γ | 表面張力。表面1メートルあたりの引く力(ニュートン毎メートル) |
| r | 注ぎ口のふちの丸みの半径(メートル) |
| v | 注ぎ口を出るときの流れの速さ(メートル毎秒) |
| 水の密度 ρ | 1000(キログラム毎立方メートル) |
| 水の表面張力 γ(20℃) | 0.072(ニュートン毎メートル)とされています |
| ふちの丸みの半径 r | 0.001(メートル、つまり1ミリ) |
| まず密度と丸みをかける | 1000 × 0.001 = 1 |
| 表面張力をそれで割る | 0.072 ÷ 1 = 0.072 |
| この平方根が境目の速さ | 0.072 の平方根は およそ 0.27 とされます |
| センチメートルに直す | 0.27 × 100 = 27 |
境目は、秒速27センチほどと出ました。これはコップ1杯を数秒かけて注ぐくらいの、ごくおだやかな速さです。つまり、ていねいに注ごうとするほど、この境目の下に入ってしまいます。
高校高校+なぜ「丸みの半径」が効くのか
高校曲がって進む物体には、円の中心へ向かう力が必要です。半径が小さいほど、同じ速さでも必要な力は大きくなります。液体がふちを回りこむのも、これと同じ事情です。
高校+ふちを回りこませる役を、表面張力と面への引力が引き受けています。丸みの半径が小さいほど必要な力が跳ね上がるため、薄いふちでは回りこみが起こりにくくなります。境目の速さは、半径が小さいほど下がります。
大学境界層と、ぬれの効果
流体力学では、固体の表面近くに速さの遅い薄い層ができると考えます。境界層と呼ばれるものです。この現象も長らく、境界層が面から離れにくいだけの問題として説明されてきました。しかしそれでは、撥水加工で垂れが止まる事実を説明できません。近年は、ふちの近くで表面張力と流れの勢いが直接せめぎ合う効果として扱われています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 境目の速さの正確な予測。 ふちの丸み・ぬれ性・流量から、垂れ始める条件を一つの式で言い当てることは、まだ完全にはできていません。
- ふちの微細な傷の影響。 目に見えない欠けや汚れが、実際の垂れやすさをどれだけ左右するのかは、よくわかっていません。
- 撥水加工の持続性。 加工を施した注ぎ口が、洗浄や熱湯をくり返し受けたあとも効果を保てるかは、実用面での課題として残っています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。身近すぎる現象ほど、案外あとになってから調べ直されています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科 第1分野/力のはたらき、物質の状態 | 液体が面にくっつく話 |
| 高校 | 物理基礎/運動と力、円運動の考え方 | 曲がるには力がいる、という説明 |
| 高校+ | 物理/表面張力、発展コラム | 丸みの半径が効く理由 |
| 大学 | 流体力学/境界層と剥離 | 境界層と、ぬれの効果 |
| 研究 | 界面科学/ぬれと動く接触線 | まだわかっていないこと |
| ― | 生活とのつながり | 急須・やかん・牛乳パックの注ぎ方 |
- Markus Reiner, "The Teapot Effect ... a Problem", Physics Today 9, 9 (1956)
- Joseph B. Keller, "Teapot Effect", Journal of Applied Physics 28, 859 (1957)
- Cyril Duez, Christophe Ybert, Christophe Clanet, Lyderic Bocquet, "Wetting Controls Separation of Inertial Flows from Solid Surfaces", Physical Review Letters 104, 084503 (2010)
- ド・ジャン、ブロシャール゠ヴィアール、ケレ『表面張力の物理学 ― しずく、あわ、みずたま、さざなみの世界』吉岡書店
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。熱い飲み物を使った実験は行わず、必ず水で試してください。