なぜストローで飲み物が飲めるの?
― 吸っているのは、あなたではなく大気です
ストローで飲み物を飲むとき、私たちは「口の力で吸い上げている」と感じます。ところが物理的に見ると、液体を持ち上げているのは、あなたの口の力ではありません。その正体は、いつも私たちを取り巻いている、目に見えない空気の重さ(大気圧)にあります。
ジュースにストローをさして、ぐっと吸いこむと、液体が口の中に上がってきます。この感覚から、「口が液体を引っぱり上げている」ようなイメージを持つのは自然なことです。
ところが、口の中には、液体をつかんで引っぱるような「手」はありません。口ができることは、肺をふくらませて、口とストローの中の空気を、外に排出することだけです。
それなのに、なぜ液体は上がってくるのでしょうか。
ストローを吸うと、ストローの中の空気の圧力(気圧)が下がります。液体を引っぱっているのではありません。
コップの液面には、いつも大気圧が押しつけています。ストロー内の気圧が下がった分だけ、この大気圧が液体を押し上げます。
「引っぱる」のではなく「押し上げられている」――この視点の転換を、順番に見ていきます。
「吸う」とは、実は「気圧を下げる」ことです
ストローを口にくわえて吸うとき、私たちは肺を広げて、口とストローの中にある空気を、体の中へ移動させています。空気が減ることで、ストローの中の気圧(空気の圧力)が、まわりの大気圧より低くなります。
ここが重要なポイントです。口は、液体そのものには、いっさい直接触れていません。口が操作しているのは、あくまで、ストロー内部の「空気の圧力」だけです。
押し上げているのは、外の大気圧です
コップの中の液体の表面には、私たちがふだん意識することのない、大気の重さによる圧力(大気圧)が、常に押しつけられています。液体がストローの中にも外にも同じように大気圧を受けているあいだは、力のつり合いが取れており、液体は動きません。
ところが、ストローの中の気圧だけが下がると、このつり合いがくずれます。ストローの外側の液面を押す大気圧のほうが、相対的に強くなるため、その大気圧が、液体をストローの中へ押し上げます。これが、ストローで飲み物が飲める、本当のしくみです。
大気圧という、目に見えない巨人が、代わりに押し上げてくれています。
ストローで飲める高さには、実は限界があります
この「大気圧が押し上げる」というしくみには、理論上の限界があります。もし、ストローの中の空気を完全に抜き去って、気圧をゼロ(完全な真空)にできたとしても、大気圧が液体を押し上げられる高さには上限があるのです。これは、大気圧という「押す力」そのものの大きさが、決まった値だからです。
17世紀、イタリアの科学者トリチェリは、水をポンプでくみ上げる作業で、ある高さより上には、どうしても水が上がってこないという現象に注目し、この限界を明らかにしました。実際にどれくらいの高さになるのか、次の折りたたみで数字を使って確かめます。
この限界の高さは、ふつうのストローの長さと比べて、桁違いに大きいとされています。日常生活でストローを使うとき、この限界を意識する必要はまったくありません。ただし、非常に高い場所までポンプで水をくみ上げるような場面では、この限界が、実際に設計上の制約になることがあります。
自分で確かめられること
- コップに水を入れ、ストローを深くさしこむ
- ストローの上の端を指でしっかりふさぎ、そのままストローをコップから引き上げる
- 指でふさいだままだと、ストローの中の水が、こぼれずにとどまることを確かめる
- 指を離した瞬間、水がストローから流れ落ちることも確かめる
指でふさいでいるあいだは、ストロー内部の水の下にある空気の圧力が、外の大気圧とつり合って、水を支えています。指を離すと、このつり合いがくずれ、大気圧が下から空気を押しこみ、水が落下します。
まとめ
ストローで飲み物が飲めるのは、口の力が直接液体を引っぱっているからではありません。口でストロー内の空気を吸い出すことで、ストロー内部の気圧が下がり、外の大気圧のほうが相対的に強くなって、液体を押し上げているのです。この「大気圧が押し上げる」しくみには、理論上の限界の高さがありますが、ふつうのストローでは、まったく問題にならないほどの余裕があります。
ストローで飲むとき、力を出しているのはあなたではありません。
あなたは、大気という巨大な力に、ほんの少し「隙」を作っているだけです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:ストローをめぐる言葉
- 気圧(大気圧):空気の重さによって生じる、まわりを押す圧力。
- 真空:空気(気体)がほとんど存在しない空間。
- 圧力差:ある場所と別の場所とで、圧力の大きさが異なること。
高校式で確かめる:大気圧は、水をどれだけの高さまで押し上げられるのか
大気圧の大きさから、理論上、水を押し上げられる限界の高さを計算してみます。
限界の高さ = 大気圧 ÷(水の密度 × 重力加速度)
| 大気圧 | およそ101325 Pa(パスカル)とされています |
| 水の密度 | 1000 kg/m³ |
| 重力加速度 | およそ9.8 m/s² |
この式は、「押し上げられた水の柱の重さによる圧力」が、「大気圧」とちょうどつりあう高さを求めるものです。
| 水の密度 × 重力加速度 | 1000 × 9.8 = 9800 |
| 大気圧 ÷ (水の密度×重力加速度) | 101325 ÷ 9800 ≒ 10.34 |
| 限界の高さ | 約 10.34 m |
理論上、大気圧だけで水を押し上げられる限界は、およそ10.34メートルという計算になります。これは、ビルの3〜4階分ほどの高さにあたります。
ふつうのストローの長さ(代表的な目安として20cm、0.2m)と比べてみます。
| 限界の高さは、ストローの何倍か | 10.34 ÷ 0.2 ≒ 51.7 |
| 限界の高さは、ストローの何倍か | 約 51.7 倍 |
ふつうのストローの長さは、この理論上の限界の、わずか50分の1程度という計算になります。だからこそ、私たちはこの限界をまったく意識せずに、ストローで飲み物を楽しめるのです。
※ 大気圧は場所や天候によって多少変動し、ここでの数値は代表的な目安です。
高校+トリチェリの真空と、水銀の実験
1643年、トリチェリは、片方を閉じた長い管に水銀を満たし、開いた口を水銀の入った容器に逆さに立てるという実験を行いました。すると、管の中の水銀は、ある高さ(現在の単位でおよそ76cm)まで下がったところで止まり、管の上部には何もない空間(真空)ができました。水銀は水よりずっと密度が大きいため、同じ大気圧でも、押し上げられる高さは水よりずっと低くなります。この実験は、大気圧という概念を、初めて定量的に示した歴史的な実験として知られています。
大学流体力学における「サイフォンの原理」との違い
ストローと似た現象に、サイフォンと呼ばれる、高い場所から低い場所へ、管を使って液体を移動させる現象があります。サイフォンの原理も大気圧と関係していますが、液体自身の重さによる圧力差が、流れを生み出す主な要因とされ、ストローで飲む場合とは、力のはたらき方が異なります。流体力学では、圧力・重力・粘性など、複数の要因が組み合わさって、液体の動きが決まると考えられています。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 微小な管(マイクロ流路)を使って、ごく少量の液体を精密に操作する技術(マイクロ流体工学)の研究が、医療診断や化学分析の分野で進められています。ストローと同じ「圧力差で液体を動かす」原理を、より小さなスケールで、より精密に制御する方法が研究されています。
- ハチドリなどの、花の蜜を吸う生き物の舌が、実際にどのようなしくみで蜜を運んでいるのかについては、長年「毛細管現象」だけで説明されると考えられてきましたが、近年の研究で、単純な毛細管現象だけでは説明できない、より複雑な流体力学的なしくみが関わっている可能性が指摘されており、研究が続けられています。
ストロー1本の裏にある大気圧の物理は、生き物の体のしくみや、最先端の医療技術にまでつながっています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・気体と圧力 | 気圧・真空・圧力差の基本用語 |
| 高校 | 物理基礎・圧力と力のつりあい | 大気圧から限界の高さを求める計算 |
| 高校+ | 物理・気体と圧力の歴史 | トリチェリの真空実験 |
| 大学 | 流体力学 | サイフォンの原理との違い |
| 研究 | マイクロ流体工学・生物流体力学(研究中) | 微小流路の制御技術、生物の吸引メカニズムの研究 |
- 物理基礎教科書における、大気圧とパスカルの原理に関する解説。
- 物理学史関連の資料における、トリチェリの真空実験に関する記述。
- 流体力学関連の教科書における、サイフォンの原理に関する解説。
- マイクロ流体工学分野における、微小流路を用いた液体操作技術の研究レビュー。
- 生物流体力学分野における、ハチドリの吸蜜メカニズムに関する研究レビュー。
※ 大気圧・密度などの数値は代表的な目安であり、実際の値は環境条件によって変動します。
※本記事は一般向けの科学解説です。飲み物を飲む際の安全な方法(誤嚥への注意など)については、必要に応じて医療機関の情報をご確認ください。