銅が緑色になる「緑青」は、
なぜ「毒」と言われていたの?
神社仏閣の屋根や、自由の女神像、古くなった10円玉。銅が長い年月をかけて緑色に変わったものを、見たことがあるかもしれません。この色を「緑青(ろくしょう)」と呼びます。かつて「緑青は毒だ」と言われていた時期もありましたが、その話は今では見直されているとされています。
新品の10円玉は、ピカピカのオレンジがかった赤色をしています。ところが財布の底や貯金箱の中で何年も過ごした10円玉は、茶色っぽく、ときに緑がかった色に変わっていることがあります。
神社仏閣の銅葺きの屋根や、海の向こうにそびえる自由の女神像は、もっとはっきりと緑色をしています。もともと赤茶色だった銅が、長い年月のうちに、まったく違う色になってしまうのです。
この変化には、はっきりとした理由があります。
緑色になる理由は、2つだけ
銅は、空気中の酸素・水・二酸化炭素などと少しずつ化学反応を起こします。ただしその速さは、鉄がサビるよりもずっとゆっくりです。
反応によって銅の表面にできる新しい化合物(緑青の主成分)は、青緑色をしています。これは銅を含む化合物によく見られる色の傾向です。
ひとつずつ、順番に見ていきましょう。
理由1:銅は、とてもゆっくり反応する
金属の中には、空気に触れるとすぐに反応してしまうものもあれば、ほとんど反応しないものもあります。銅は、その中間くらいの性質を持っています。鉄よりは反応しにくいものの、金や銀ほど反応しないわけではありません。
銅の表面では、酸素・水分・大気中のわずかな二酸化炭素が、ゆっくりと反応を進めています。この反応が非常にゆっくりなのは、空気中のこれらの成分がもともと薄いこと、そして反応によってできた膜そのものが、その先の反応をさらに遅くするためだとされています。だからこそ、色の変化には何年、何十年という時間がかかります。
海沿いでは塩分を含んだ空気の影響で、都市部では大気中の成分の違いで、緑青のでき方や色合いが少しずつ異なるとされています。同じ「緑青」でも、青みが強いもの、黒っぽさが混ざったものなど、環境によってさまざまな表情を見せます。
理由2:できる化合物が、たまたま緑色
鉄がサビると赤茶色になるのに対して、銅が変化すると青緑色になります。この違いは、できあがる化合物の種類によるものです。鉄の化合物には赤茶色に見えるものが多く、銅の化合物には青や緑に見えるものが多い、という傾向があります。
これは、金属の原子が持つ電子の状態が、特定の色の光を吸収したり反射したりする性質と関係しているとされています。同じ「金属が空気中の成分と反応する」という現象でも、金属の種類によって、見える色がまったく違うのはこのためです。
かつて日本では、緑青は毒性が強い物質だと考えられ、学校の教科書にもそのように書かれていた時期があったとされています。しかしその後、緑青の毒性について詳しく調べる研究が行われ、その毒性は、身のまわりにあるほかの一般的な銅の化合物と同程度に低いことが確認されました。この結果を受けて、教科書の記述も見直されたとされています。「昔の常識」が、あとから正確な調査によって訂正された例のひとつです。
まとめ
銅が緑色になるのは、①空気中の成分とゆっくり化学反応を起こしていることと、②できる新しい化合物が、たまたま緑色をしていることの、2つが組み合わさっているためです。そして「緑青は毒」という話は、のちの研究によって見直された、科学の誤解訂正の一例でもあります。
緑青は、銅が壊れている印ではありません。
銅が、ゆっくりと化学変化を続けている証拠です。
- くすんだ10円玉を、少量の酢と塩を混ぜた液に数分間つける
- 取り出して水で洗い流し、乾いた布で軽くふくと、表面がピカピカの赤みを取り戻すことを観察する
酢の酸が、表面にできたごく薄い化合物の膜を溶かすため、内側にあった本来の銅の色が現れます。ただし、そのままにしておくと、また少しずつ酸化が進んでいきます。使った酢は、そのまま排水口に流さず、指示に従って処分してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「化学」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(無機化学・保存科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:緑青をめぐる言葉
- 酸化:物質が酸素などと結びつく化学変化。
- 緑青:銅が長期間かけて変化してできる、緑色の化合物の総称。
- 塩基性炭酸銅:緑青の主な成分の1つとされる化合物。環境によって組成は変わります。
高校式で確かめる:どれくらいの銅が変化したのか
自由の女神像を例に、緑青の層に変化した銅の量を計算してみます。
| 銅板の厚さ(自由の女神像、目安) | 2.4 mm(0.24 cm) |
| 緑青の層の厚さ(100年以上かけて、仮定) | 0.1 mm(0.01 cm) |
| 銅の密度 | 8.96 g/cm³ |
※ 緑青の層の厚さは、しくみを説明するための仮の数値です。実際の値は場所や年数によって異なります。
| 緑青の層の体積(1m²=10000cm²あたり) | 10000 × 0.01 = 100 cm³ |
| 緑青の層の質量 | 8.96 × 100 = 896 g |
| 元の銅板の体積(1m²あたり) | 10000 × 0.24 = 2400 cm³ |
| 元の銅板の質量 | 8.96 × 2400 = 21504 g |
| 変化した銅の割合 | (896 ÷ 21504) × 100 ≒ 4.2 % |
100年以上の年月をかけても、変化したのは銅全体のわずか4%程度という計算になります。見た目には表面全体の色が変わって見えても、実際に化学変化しているのはごく薄い層だけで、内部の銅のほとんどはそのまま残っている、ということです。
高校+なぜ銅は、鉄よりゆっくり反応するのか
金属には、電子を手放しやすく反応しやすいものと、電子を手放しにくく反応しにくいものがあり、この性質の順番を「イオン化傾向」と呼びます。鉄は銅よりもイオン化傾向が大きく、つまり反応しやすい金属です。銅は鉄よりもイオン化傾向が小さいため、同じ空気中でも反応の進み方がゆっくりになるとされています。この違いが、鉄と銅で色の変化する速さが大きく異なる理由の1つです。
大学緑青の組成は、1つではない
緑青と呼ばれる緑色の被膜は、実際には単一の化合物ではなく、環境(大気の成分、湿度、海からの距離など)によって、塩基性炭酸銅、塩基性硫酸銅など、複数の銅化合物が混ざり合ってできているとされています。文化財の保存科学の分野では、この緑青の層を安易に除去せず、それ自体を歴史的な価値の一部として、あるいは内部の銅を保護する層として、どう扱うかが研究されています。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 緑青の正確な組成と毒性の関係は、いまも詳しく研究されています。 環境ごとに組成が変わるため、すべてのパターンについて詳細な性質が調べ尽くされているわけではありません。
- 文化財の緑青を、どこまで・どのように保存すべきかについては、専門家の間でも意見が分かれることがあります。 見た目の美しさ、歴史的価値、内部の金属の保護という複数の観点をどう両立させるかが、保存科学の課題とされています。
- 大気汚染の変化が、緑青のでき方にどう影響するかも、研究が続けられているテーマです。 大気中の成分は時代とともに変化しており、緑青の色合いや進み方も、それに応じて変わっていく可能性があるとされています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・酸化と還元 | 銅が空気中の成分と反応するという基本 |
| 高校 | 化学基礎・物質量、密度の計算 | 式で確かめる①②③の計算全体 |
| 高校+ | 化学・イオン化傾向 | 銅と鉄で反応の速さが違う理由 |
| 大学 | 無機化学・文化財保存科学 | 緑青の組成の多様性、保存科学での扱い |
| 研究 | 材料科学・保存科学(研究中) | 組成と毒性の詳細な関係、保存方法、大気汚染の影響 |
| ― | 科学史・誤解の訂正 | 「緑青は毒」という記述が見直された経緯 |
- 化学の教科書における、金属の酸化・イオン化傾向に関する一般的な記述。
- 公的機関・専門家による、緑青の成分・毒性に関する調査資料。
- 文化財保存科学に関する専門資料における、銅製品の緑青の扱いに関する一般的な記述。
- 自由の女神像に関する、銅板の厚さなど一般に知られている資料。
※ 厚さ・密度などの数値は、しくみを理解するための概算・仮定です。実際の値は対象物や環境によって異なります。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための概算・仮定です。物質の毒性・安全性に関する判断は、専門機関の情報をご確認ください。