深海の熱水噴出孔の生き物は、なぜ太陽の光なしで生きていけるの?
― 硫化水素からエネルギーを取り出す化学合成のしくみ
水深200mを超えると、太陽の光はほとんど届かなくなり、水深1000mを超えるあたりからは完全な暗闇になります。それなのに、水深2000mを超える深海の「熱水噴出孔」の周りには、チューブワームや貝など、独特の生き物たちが密集して暮らしています。光合成ができないはずのこの場所で、生き物たちは何を食べて生きているのでしょうか。
陸上や浅い海の食物連鎖をたどっていくと、たいてい植物や植物プランクトンにたどり着きます。草食動物は植物を食べ、肉食動物は草食動物を食べる――もとをたどれば、太陽の光を使って栄養をつくる「光合成」が、すべての出発点になっています。
では、太陽の光が一切届かない深海の底では、生き物たちはどうやって「出発点」を作っているのでしょうか。
海底の割れ目から、硫化水素などの化学物質を大量に含む、高温の水が噴き出しているとされています。
ある種の細菌は、硫化水素を酸化させるときに出るエネルギーを使って、栄養分(有機物)をつくり出すとしくみだと考えられています(化学合成)。
この「熱水に含まれる化学物質」と「それを使う化学合成」のしくみを、順番に見ていきます。
光合成の代わりに、化学合成で栄養をつくる
植物や植物プランクトンが行う光合成は、太陽の光エネルギーを使って、二酸化炭素と水から栄養分(有機物)をつくる反応です。深海の熱水噴出孔の周りには、この光エネルギーの代わりに、硫化水素という化学物質が持つエネルギーを使って、同じように栄養分をつくる細菌がいるとされています。この過程は「化学合成」と呼ばれています。硫化水素が酸素と結びつく(酸化される)ときにエネルギーが放出され、細菌はそのエネルギーを使って二酸化炭素から有機物を組み立てているというわけです。
チューブワームは、口も胃もありません
熱水噴出孔でよく見られるチューブワーム(ハオリムシの仲間)は、成長すると口も消化管も退化してなくなってしまうとされています。では、どうやって栄養をとっているのでしょうか。体の中の特別な器官に、化学合成を行う細菌をぎっしりと住まわせ、細菌がつくった栄養分を直接受け取って生きていると考えられています。細菌の側も、チューブワームの体を通じて、化学合成に必要な硫化水素や酸素を安定して受け取れるという、持ちつ持たれつの関係(共生)にあるとされています。
熱水噴出孔から少し離れた深海の底は、栄養分がとぼしく、生き物の少ない「砂漠」のような環境だとされています。その中で、噴出孔の周りだけが、化学合成のおかげで密集した生態系をつくる「オアシス」になっているというわけです。
地球そのものが持つ、別のエネルギー源を見つけ出したのです。
自分で確かめられること
- 紙に「光合成」と書き、太陽の絵と、二酸化炭素・水・栄養・酸素の文字を矢印でつなぐ
- その隣に「化学合成」と書き、太陽の絵を硫化水素の文字に置き換えて、同じように矢印でつなぐ
- 入り口(エネルギー源)だけが違って、出口(栄養をつくる)は同じであることを見比べる
深海の生態系が、太陽の光を必要とする地上の生態系とは独立に成り立っていることをイメージする手がかりになります。
まとめ
深海の熱水噴出孔の生き物たちが、太陽の光なしで生きていけるのは、硫化水素という化学物質のエネルギーを使って栄養をつくる、化学合成を行う細菌がいるためだと考えられています。チューブワームのように、この細菌を体内に住まわせて共生することで、間接的にそのエネルギーを利用している生き物もいます。地上の生態系が太陽に頼っているのと同じように、深海の生態系は地球内部の化学エネルギーに頼っているというわけです。
光合成が「太陽の子」なら、化学合成は「地球そのものの子」なのです。
深海という極限環境で生き物がどう体を保っているかについては、こちらの記事で説明しています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎」で習う範囲
- 高校+高校の教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(地球化学・深海生物学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:熱水噴出孔をめぐる言葉
- 熱水噴出孔:海底の割れ目から、高温の水が噴き出している場所。
- 化学合成:光の代わりに化学物質のエネルギーを使って、栄養分をつくるはたらき。
- 共生:異なる種類の生き物どうしが、たがいに助け合って暮らすこと。
高校式で確かめる:熱水噴出孔の深さでの水圧はどれくらいか
熱水噴出孔は、水深2000mを超える深海にあります。この深さでの水圧を、深さと水圧の関係を使って見積もってみます。
水圧(気圧) ≒ 1 + 深さ(m)÷ 10
| 基準の1気圧 | 水面(深さ0m)での大気の圧力 |
| 深さ10mごとの増加分 | およそ1気圧ずつ増えるとされています |
| 深さ÷10 | 2500 ÷ 10 = 250 |
| 水圧(気圧) | 1 + 250 = 251 |
| 結果 | およそ251気圧 |
251気圧は、1cm四方に約251kgの重さがのしかかっているのに近い状態です。これほどの水圧の中でも、化学合成を行う細菌や、それと共生する生き物たちは、問題なく暮らしているとされています。極端な暗闇と極端な高圧という、二重に厳しい環境に適応しているというわけです。
高校+硫化水素を酸化させる反応
化学合成を行う細菌の多くは、硫化水素(H₂S)を酸素と反応させて硫黄や硫酸イオンに変える過程でエネルギーを取り出しているとされています。このとき放出されるエネルギーを使って、二酸化炭素から糖などの有機物を合成する反応が進みます。光合成が光エネルギーを使う「光独立栄養」と呼ばれるのに対し、これは化学エネルギーを使う「化学合成独立栄養」と呼ばれています。
大学深海生物学が扱う、共生と代謝の詳しいしくみ
深海生物学・地球化学の分野では、チューブワームの体内器官(トロフォソーム)における細菌の代謝経路や、宿主とのあいだの物質のやりとりが詳しく研究されています。硫化水素は生物にとって本来毒性の高い物質ですが、宿主側が特殊なタンパク質で安全に運搬するしくみを持っているとも考えられています。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 生命の起源そのものが、熱水噴出孔のような環境で始まったのではないかという仮説(熱水噴出孔起源説)は、いまも研究が続けられている、生命科学の大きなテーマの1つです。
- 木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドゥスなど、地球外の氷天体の内部にある海にも、似たような熱水環境と生命が存在する可能性が、天文学・宇宙生物学の分野で議論されています。
- チューブワームと細菌の共生関係が、進化のどの段階でどのように成立したのかについても、研究が進められている途中です。
深海の暗闇の中の小さな生態系1つにも、地球化学と生命科学が交わる、いまも研究が続く豊かなテーマが詰まっています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物どうしのつながり | 熱水噴出孔・化学合成・共生の基本用語 |
| 高校 | 生物基礎・水圧(発展) | 深さと水圧の計算 |
| 高校+ | 生物・独立栄養(発展) | 硫化水素の酸化反応とエネルギー |
| 大学 | 深海生物学・地球化学 | トロフォソームの代謝、硫化水素の運搬 |
| 研究 | 生命科学・宇宙生物学(研究中) | 生命起源の熱水噴出孔説、地球外海洋での生命探査 |
- 深海生物学関連の教科書における、熱水噴出孔の生態系と化学合成に関する解説。
- 地球化学関連の資料における、硫化水素の酸化反応とエネルギー代謝に関する解説。
- 宇宙生物学関連の資料における、地球外海洋天体での生命存在可能性に関する解説。
※ 深さ・水圧の数値は、しくみを理解するための目安の値です。実際の熱水噴出孔の深さや水圧は、場所によって幅があるとされています。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための概算・目安です。実際の値は場所や条件によって幅があるとされています。