紙で指を切ると、なぜあんなに痛いの?
― 鈍いまま、いちばん敏感な場所を裂いています
血はほとんど出ていません。傷あとも、次の日には見えなくなります。それなのに、あのズキズキだけは半日たっても消えません。紙のふちは、カッターの刃にくらべればはるかに鈍い形をしています。それでも痛みが強いのは、まさに「鈍いこと」と「切れる場所が指先であること」が理由です。
届いた封筒を、指を差しこんで開けようとしました。その瞬間、指の腹に鋭い線が走ります。
見ても、ほとんど何も起きていません。細い赤い線が一本あるだけで、血はにじむかどうかという程度です。
それなのに、水にふれるたび、物をつまむたびにズキンとします。同じ大きさの傷を包丁で作ったときより、よほど気になります。
理由は、大きく2つです
紙は細い繊維が絡み合ったものです。その切り口では繊維がばらばらに突き出ています。皮膚はすっと切られるのではなく、ぎざぎざで引き裂かれます。
皮膚の中には、痛みを受け取る神経の終わりが張りめぐらされています。その密度は指先でとくに高くなっています。同じ傷でも、脳に届く信号の量が違います。
そしてこの2つは、別々の話ではありません。引き裂かれた傷は口が閉じにくく、指はいつも動きます。敏感な場所で、しかも傷がなかなか静かにならない。だから長く痛むのです。順番に見ていきましょう。
紙のふちは、実は「鋭くない」
紙をつくっているのは、木などの植物からとり出した細い繊維です。主な成分はセルロースという物質です。繊維1本の太さは、種類によって幅がありますが、おおよそ10〜30マイクロメートルほどとされています。1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1です。
紙を裁断すると、この繊維が切り口にばらばらと顔を出します。まっすぐな一本の線ではありません。顕微鏡で見ると、細い毛が不ぞろいに突き出た、でこぼこの崖のようになっています。
いっぽう、カッターの刃先は数マイクロメートル以下の細さまで研がれているとされています。つまり紙のふちは、刃物にくらべて何十倍も鈍い形をしています。
それでも皮膚が切れてしまうのは、紙が薄くて、面の向きには意外と硬いからです。薄い板を立てて押しつけるかたちになるため、力がごく細い線に集中します。鈍くても、集中すれば皮膚は負けます。
ここが大事なところです。鋭い刃なら、皮膚の細胞を一直線に断ち切って通り抜けます。鈍いぎざぎざは、そうはいきません。押し進みながら、組織を引っかけ、引きちぎりながら進みます。図1の右側を見てください。できあがる傷の断面は、まっすぐではなく、細かく波打ったささくれになります。
指先は、痛みの「情報量」が桁違い
皮膚の中には、触れた・押された・熱いといった刺激を受け取る仕組みが何種類も埋まっています。そのうち、痛みを受け取るのは自由神経終末とよばれるものです。枝分かれした神経の先が、そのまま皮膚の浅いところに広がっています。
この密度は、体の場所によって大きく違います。分かりやすいのは、二点弁別という調べ方です。皮膚に2か所を同時にそっと当てて、2点だと分かる最小の間隔を測ります。指先では数ミリメートル、背中では数センチメートルという差が出るとされています。
間隔で見ると十数倍の差ですが、面積で考えるとその差は二乗になります。図2のように、指先は細かいマス目、背中は粗いマス目で世界を感じ取っていると考えると分かりやすくなります。同じ長さの傷でも、脳に届く「痛い」という報告の数がまるで違うのです。
さらに、傷の深さも効いています。紙の傷は浅く、血管が多く通っている層まで届かないことがよくあります。ところが痛みを受け取る神経の終わりは、もっと浅いところから始まっています。つまり紙の傷は、血管には届かないのに神経には届く、という深さで止まりやすいのです。
血があまり出ないと、かさぶたができません。ふたがされないまま、裂けた傷口が空気にさらされ続けます。そのうえ指は一日じゅう曲げ伸ばしされ、物にふれます。傷口はそのたびに開いたり閉じたりします。半日たってもズキズキが続く理由は、ここにあります。
裁断されたばかりのふちは、繊維の突き出しがつぶれていません。使い古した紙のふちは、こすれて毛羽が寝てしまいます。封を切ったばかりのコピー用紙の束がとくに切れやすいのは、そのためだと考えられています。
痛みを運ぶ神経には、速いものと遅いものがあるとされています。最初の鋭い「ピッ」は速い線で届き、あとから来るじんわりした重い痛みは遅い線で届きます。紙の傷で、切った瞬間より少しあとのほうが気になるのは、この2段構えのためです。
まとめ
紙のふちは、刃物よりずっと鈍い形をしています。だからこそ皮膚をきれいに断ち切れず、引き裂いてしまいます。その相手が、体の中でもとくに神経の終わりが密な指先です。しかも血が出ないほど浅い。この3つがそろって、小さな傷に不釣り合いな痛みが生まれます。
鋭いから痛いのではありません。
鈍いまま、いちばん敏感な場所を裂くから痛いのです。
紙という材料そのものについては紙はなぜ、濡れると破れやすくなるの?で、傷がふさがっていく過程については切り傷は、どうやってふさがるの?で、指先の感覚の細かさについては「ざらざら」と「すべすべ」は、なぜ指でさわると分かるの?で、それぞれくわしく扱っています。
- ゼムクリップをまっすぐ伸ばし、Uの字に折って先を2本つくります。先が同時に当たるように、高さをそろえておきます。
- 目を閉じた人の指先と前腕に、その2本の先をそっと当てます。2点と分かるか、1点に感じるかを答えてもらいます。先の間隔を少しずつ狭めると、場所によって答えが変わる幅がまるで違うと分かります。
- 使い古した紙のふちと、封を切ったばかりのコピー用紙のふちを、爪の背でそっとなでて手ざわりを比べます。ルーペがあれば、切り口の毛羽立ちも見えます。
紙のふちは指の腹でなぞらないでください。手ざわりを比べるのは、爪の背など切れない部分で行います。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(感覚生理学・材料力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- セルロース:植物の細胞のかべをつくっている主な物質。紙の繊維の正体で、細長い分子が束になっています。
- 自由神経終末:神経の先が枝分かれしたまま皮膚に広がっているもの。痛みや温度を受け取ります。
- 二点弁別閾:皮膚の2か所を同時にさわられて、2点だと分かる最小の間隔。場所ごとの感覚の細かさを表します。
中学高校式で確かめる:指先と背中で、細かさはどれくらい違うか
二点弁別閾を、指先で2.5ミリメートル、背中で40ミリメートルとして計算してみます。いずれも目安の値です。実際の値は測り方や個人によって幅があります。
| 指先の二点弁別閾 | 約2.5ミリメートル |
| 背中の二点弁別閾 | 約40ミリメートル |
| くらべる正方形の一辺 | 10ミリメートル(1センチメートル) |
| 一辺に並ぶマス目の数(指先) | 10 ÷ 2.5 = 4 |
| 1平方センチメートルあたりのマス目(指先) | 4 × 4 = 16 |
| 指先と背中の、間隔の比 | 40 ÷ 2.5 = 16 |
| 面積あたりの細かさの比 | 16 × 16 = 256 |
同じ面積で見ると、指先は背中の200倍を超える細かさで刺激を区別していることになります。長さの差は16倍でも、面積で効いてくると桁がひとつ変わります。紙の傷が指先で起きたときの「うるささ」は、この差の上に乗っています。
高校高校+鈍い刃が、なぜ皮膚を切れるのか
高校押しつける力が同じでも、当たる面積が小さいほど圧力は大きくなります。圧力は、力を面積で割ったものだからです。紙は薄いので、ふちが当たる面積はきわめて小さくなります。
高校+ただし、紙は「押せば曲がる」ものでもあります。切れるかどうかは、ふちに圧力が集まる速さと、紙が折れ曲がる限界との競争になります。束になった紙や、ぴんと張った紙が切れやすいのは、曲がりにくくなって競争に勝つからです。
大学痛みの信号は、どこで「強さ」に変わるのか
皮膚で受け取られた信号は、そのままの強さで脳へ届くわけではありません。脊髄の入り口で、他の感覚からの入力によって通りやすさが変わるという考え方が古くから提案されています。ぶつけたところを思わずさすると少し楽になるのは、触れる感覚の入力が痛みの通り道をふさぐためだと説明されます。また、傷の周りでは炎症にかかわる物質が出て、神経の終わりが刺激に反応しやすくなります。紙の傷で、あとからじんじんと痛みが増してくるのはこのためだと考えられています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 痛みの個人差の正体 同じ深さの傷でも、痛みの感じ方には大きな個人差があります。生まれつきの違い、過去の経験、そのときの気分など、複数の要因が指摘されていますが、どれがどれくらい効くのかは定まっていません。
- 切り口の形と痛みの関係 ぎざぎざの傷が、なめらかな傷より痛いことは経験的に知られています。しかし、傷の断面のどんな特徴が痛みの強さと結びつくのかを、数値で整理した研究は多くありません。
- かゆみと痛みの境目 治りかけの傷がかゆくなる理由は、まだ完全には説明できていません。痛みとかゆみは別の信号なのか、同じ仕組みの度合いの違いなのかについても、議論が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。痛みは測りにくい感覚で、本人にしか分からない部分が多く残されています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・刺激と反応/植物のからだのつくり | 神経が刺激を受け取る話、紙の繊維がセルロースである話 |
| 高校 | 生物基礎・生物/物理基礎(圧力) | 受容器と神経の話、薄いふちに圧力が集中する話 |
| 高校+ | 物理の発展(材料の変形と破壊) | 紙が折れずに切れるかどうかの競争 |
| 大学 | 感覚生理学・神経科学/材料力学 | 痛みの信号が調節される話、切り口の形と破壊の話 |
| 研究 | 痛みの研究・皮膚科学 | 痛みの個人差、かゆみと痛みの境目 |
| ― | 生活とのつながり | 紙の束を扱うときの持ち方、浅い傷の手当ての考え方 |
- 『標準生理学』医学書院(体性感覚と痛みの章)
- 『標準皮膚科学』医学書院(皮膚の構造と神経終末の分布)
- Johansson, R. S. and Vallbo, A. B. 「Tactile sensibility in the human hand: relative and absolute densities of four types of mechanoreceptive units in glabrous skin」Journal of Physiology, 1979年
- 日本製紙連合会『紙・パルプの製造工程』(紙の原料となる繊維とその大きさについての解説)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。傷が深いとき、出血が止まらないとき、赤みや腫れが広がるときは、自分で判断せず医療機関や自治体の相談窓口の指示に従ってください。