鼻は、なぜ片方だけ詰まるの?
― 左右の鼻は、数時間ごとに交代で休んでいます
かぜでもないのに、気づくと片方の鼻だけが詰まっている。しばらくすると、今度は反対側が詰まっている。じつはこれは故障ではありません。多くの人の鼻の中で、いまこの瞬間も起きている「左右の交代勤務」です。しかも、通り道がほんの少し細くなるだけで、空気の流れは驚くほど減ります。
夜、布団に入って横向きになる。しばらくすると、下になった側の鼻がふさがってきます。
寝返りを打って反対を向くと、さっきまで詰まっていた側がすっと通り、今度は逆側が詰まってきます。
昼間でも、片方の鼻を指で押さえて息をしてみると、左右で通りやすさがはっきり違うことがよくあります。いったい鼻の中で何が起きているのでしょうか。
理由は2つだけ
鼻の内側の壁には、血をためてスポンジのようにふくらむ粘膜があります。体はこれを、左右で交代にふくらませたり、しぼませたりしています。
管を流れる空気の量は、太さ(半径)の「4乗」に比例します。半径が2割細くなるだけで、流れる量は4割ほどに落ちます。だから「詰まった」と感じるのです。
つまり、片方の鼻が詰まっているとき、通り道が完全にふさがっているわけではありません。少し細くなっただけでも、流れの法則のせいで「ほとんど通らない」と感じるのです。順番に見ていきましょう。
鼻の中には、ふくらむ「クッション」がある
鼻の穴の奥は、左右それぞれが細長い通路になっています。その外側の壁から、ひだのような出っ張りが張り出しています。このひだの表面の粘膜の下には、血をためられる細い血管の網があります。血がたまると粘膜はふくらみ、抜けるとしぼみます。
この血のため具合を決めているのは、自分の意思では動かせない神経(自律神経)です。多くの人では、左右の一方がふくらんでいるあいだ、もう一方はしぼんでいます。そして数時間たつと、役目が入れ替わります。これを「ネーザルサイクル(鼻周期)」と呼びます。成人の7割ほどで確認できるという報告があり、周期は2〜7時間ほどと、人によってかなり違うとされています。
図1を見てください。左右の通りやすさは、シーソーのように交互に上下します。ところが、左右を合わせた通りやすさは、ほぼ一定に保たれているとされます。片方が休んでいるあいだ、もう片方が多めに働く。だからふだんは、鼻全体としては息苦しさを感じにくいのです。
なぜ「少しふくらむ」だけで、こんなに詰まるの?
ここで効いてくるのが、細い管を流れる空気や水の性質です。管の壁のそばでは、空気は壁に引きとめられてほとんど進みません。速く流れられるのは、壁から離れた真ん中の部分だけです。
管が細くなると、「通り道の面積が減る」効果と「壁に引きとめられる割合が増える」効果が重なります。その結果、流れる量は半径の4乗に比例して減ります。半径が0.8倍になると、流れは0.8を4回かけた約0.41倍です。半分の太さなら、16分の1しか流れません。
図2のつまみを動かしてみてください。詰まった側の通り道を少し細くするだけで、空気の大部分が反対側へ回ってしまうことが分かります。鼻の通り道はもともと幅が数ミリほどの細いすき間なので、粘膜がわずかにふくらむだけで、この効果が大きく出ます。
横向きに寝ると、数分から十数分で下になった側の鼻が詰まりやすくなると報告されています。体の側面が圧迫されたことを神経が感じとり、下側の粘膜をふくらませ、上側をしぼませるためと考えられています。寝返りのたびに左右が入れ替わるのは、このためです。
左右が入れ替わる詰まりは正常です。一方で、何週間もいつも同じ側だけが詰まる場合や、片側だけから血や色のついた鼻水が続く場合は、鼻の中の形や、できものが原因のこともあります。小さな子どもでは、おもちゃなどを入れてしまっていることもあります。また、血管を縮める市販の点鼻薬は、長く使い続けるとかえって詰まりが続くことがあるとされます。説明書の使用期間を守りましょう。
まとめ
片方の鼻だけ詰まるのは、鼻の奥の粘膜が左右交代でふくらむ「ネーザルサイクル」によるもので、多くの人で毎日起きている正常なしくみです。合計の通りやすさはほぼ一定に保たれています。そして、空気の流れは通り道の太さの4乗に比例するため、粘膜がわずかにふくらむだけで、その側は「詰まった」と感じるほど流れが減ります。
鼻は、左右で交代しながら働いている。
太さが2割減るだけで、空気は6割減る。
細い管の中を流れるものの性質は、体のほかの場所でも効いています。足の血が心臓へ戻るしくみは「立ちっぱなしだと足がむくむのは、なぜ?」、息を止めていられる時間を決めているものは「息は、なぜ1分も止めていられないの?」で解説しています。
- 冷えた手鏡か、金属のスプーンの背を、鼻の穴のすぐ下に水平に当てます。
- 口を閉じて、鼻からふつうに息を吐きます。鏡に左右2つの曇りができるので、その大きさを比べます。大きいほうが、いま通りのよい側です。
- 2〜3時間おきに同じことをして、どちらが大きかったかをメモします。横向きに10分ほど寝たあとにも試すと、下にしていた側の曇りが小さくなっているはずです。
鏡の曇りで鼻の通りを比べる方法は、昔から診察でも使われてきた簡単な確かめ方です。周期がはっきりしない人もいますが、それも個人差の範囲です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・生理学・耳鼻咽喉科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- ネーザルサイクル(鼻周期):左右の鼻の粘膜が、数時間ごとに交互にふくらんだりしぼんだりする現象。
- 鼻甲介(びこうかい):鼻の通路の外側の壁から張り出した、ひだ状の出っ張り。表面の粘膜の下に、血をためてふくらむ血管の網がある。
- 自律神経:意思とは関係なく、体の働きを調節する神経。鼻では、粘膜にたまる血の量を左右別々に調節している。
中学高校式で確かめる:太さ8割の鼻には、空気がどれだけ流れる?
細い管を、ゆっくり(なめらかに)流れる空気や水の量は、次の式で表されます。鼻の中の流れは実際にはもっと複雑ですが、「太さがどれくらい効くか」の目安として使います。
| 記号で書くと | Q = π × r⁴ × ΔP ÷ ( 8 × μ × L ) |
| 言葉で書くと | 1秒あたりに流れる量 = 円周率 × 半径の4乗 × 押す圧力の差 ÷ ( 8 × 空気の粘り気 × 管の長さ ) |
| どこから来る式か | 管の入口と出口の圧力の差が空気を押す力と、壁に引きとめられる粘り気の力がつり合う、という条件から導かれる(ハーゲン・ポアズイユの式)。左右の鼻はのどの奥で合流するので、押す圧力の差は左右で同じ。そのため、左右の流れの比は半径の比の4乗になる。 |
| Q | 1秒あたりに流れる空気の量(単位は立方メートル毎秒) |
| r | 通り道の半径(単位はメートル) |
| ΔP | 鼻の穴の入口とのどの奥との圧力の差(単位はパスカル) |
| μ | 空気の粘り気(粘度。単位はパスカル秒) |
| L | 通り道の長さ(単位はメートル) |
| 空いている側の半径(基準) | 1 |
| 詰まっている側の半径(仮定) | 空いている側の 0.8倍 |
| 押す圧力の差・粘り気・長さ | 左右で同じ |
| 半径の2乗 | 0.8 × 0.8 = 0.64 |
| 半径の4乗(=流れる量の比) | 0.64 × 0.64 ≒ 0.41 |
| 左右を合わせた流れ(空いている側を1として) | 1 + 0.41 = 1.41 |
| 詰まっている側に流れる割合 | 0.41 ÷ 1.41 ≒ 0.29 |
| 比べてみる:半径が半分なら、2乗は | 0.5 × 0.5 = 0.25 |
| その4乗(流れる量の比) | 0.25 × 0.25 ≒ 0.063 |
太さが2割細くなっただけで、その側の流れは約4割に落ち、全体の約3割しか通らなくなります。太さが半分なら約16分の1です。図2のつまみで見た割合は、この計算と同じ式で描いています。
高校高校+粘り気のある流れと、体の調節
高校流体には粘り気(粘性)があり、壁に接した部分は止まり、中心ほど速く流れます。高校の生物では、意思と無関係に働く自律神経に、交感神経と副交感神経の2系統があることを学びます。鼻の粘膜の血管は、主に交感神経の働きが強まると縮み、粘膜がしぼんで通りがよくなるとされます。
高校+ハーゲン・ポアズイユの式で、流れが半径の4乗に比例するのは、断面積(半径の2乗)と、真ん中の流れの速さ(これも半径の2乗に比例)の両方が太さに効くためです。血管が少し縮むだけで血の流れが大きく変わるのも、同じ理由です。
大学鼻腔抵抗と、流れの種類
実際の鼻の中の空気の流れは、きれいな円管の層流ではありません。通路は平たいすき間状で、息の強さによっては流れが乱れはじめます。流れが整っているか乱れているかの目安には、レイノルズ数が使われます。臨床では、鼻腔通気度検査(鼻腔抵抗の測定)で、左右それぞれの圧力差と流量から鼻腔抵抗を求めます。鼻腔抵抗は、気道全体の抵抗の半分ほどを占めるとされています。粘膜下の血管の網は容量血管と呼ばれ、交感神経の緊張度の左右差がネーザルサイクルを生むと考えられています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ハーゲン・ポアズイユ流れ(ウィキペディア) / 鼻甲介(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- なぜ交代する必要があるのか。 休んでいる側の粘膜が、加湿や異物を運び出す働きを回復させる、という説が有力ですが、決着はついていません。
- においの感じ方を広げている? 左右で流れの速さが違うと、溶けやすいにおい物質と溶けにくいにおい物質が、それぞれ別の鼻で感じやすくなるという実験結果があります。
- 周期を決める時計はどこにあるのか。 脳のどこが左右の切りかえを指令しているのか、睡眠中の周期とどう関係するのかは、まだ調べられている途中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ネーザルサイクルは100年以上前から知られていますが、その役割はいまも議論されています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「動物のからだのつくりとはたらき(呼吸)」 | 鼻から肺への空気の通り道 |
| 高校 | 生物「自律神経系」 | 粘膜の血のため具合を左右別々に調節するしくみ |
| 高校+ | 物理(発展)「粘性と流れ」 | 流れる量が半径の4乗に比例する理由 |
| 大学 | 流体力学・生理学・耳鼻咽喉科学 | ハーゲン・ポアズイユの式、レイノルズ数、鼻腔通気度検査 |
| 研究 | 嗅覚・自律神経の研究 | 交代の意味、周期を決めるしくみ |
| ― | 生活とのつながり | 寝返りと鼻づまり、点鼻薬の使いすぎ、受診の目安 |
- Kayser, R. (1895) Die exakte Messung der Luftdurchgängigkeit der Nase. Archiv für Laryngologie und Rhinologie, 3.(ネーザルサイクルの最初の記録とされる論文)
- Hasegawa, M., Kern, E. B. (1977) The human nasal cycle. Mayo Clinic Proceedings, 52.
- Eccles, R. (1996) A role for the nasal cycle in respiratory defence. European Respiratory Journal, 9.
- Sobel, N. et al. (1999) The world smells different to each nostril. Nature, 402.
- 英語版ウィキペディア「鼻周期」の項目
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。鼻づまりが長く続く、片側だけの症状が続くなど気になる場合は、医師(耳鼻咽喉科)にご相談ください。