🌙 夏の夜のふしぎ 生命・生物 予備知識なしでOK 読了 約7分

虫はなぜ、夜になると明かりに集まってくるの?
― 引き寄せられているのではなく、背中を向けているだけです

夏の夜、自動販売機や街灯のまわりに、小さな虫がたくさん飛んでいます。「光が好きだから寄ってくる」と、長いあいだ説明されてきました。ところが、高速度カメラで一匹ずつの飛び方を追いかけてみると、虫は明かりへ向かってまっすぐ飛んではいませんでした。虫がしていたのは、まったく別のことだったのです。

公開:2026.09.02 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

夜のコンビニの前に立つと、明かりのまわりで虫が飛び回っています。ガの仲間、小さな羽虫、たまに大きな甲虫。近づいてよく見ると、虫たちは明かりに一直線に飛びこんではいません。

多くは、明かりのまわりをぐるぐると回っています。ときどき急に上へ舞い上がり、そのまま失速して落ちる虫もいます。地面をはい回っている虫もいます。

「光が好き」なら、まっすぐ突っこんで、そこで止まるはずです。回り続けているのは、どこか変です。この「変な動き」こそが、答えのしっぽでした。

理由は、大きく2つです

1
虫は「上はどっち」を明るさで決めている

空を飛ぶ虫にとって、上下がわからなくなるのは命取りです。そこで多くの虫は、いちばん明るいほうへ背中を向けます。自然の夜では、明るいのは空だけ。背中を明るいほうへ向ければ、それだけで体は水平に保たれます。

2
近くの明かりだと、そのしくみが裏目に出る

街灯は、空とちがって「すぐそこ」にあります。背中をそちらへ向け続けると、体はどんどん傾きます。傾いた虫は進む向きが曲がり、明かりのまわりを回るか、上へ舞い上がるか、下へ落ちるかしかなくなります。

つまり虫は、明かりに呼ばれているのではありません。何億年も正しく働いてきた「上を知るしくみ」が、人間のつくった明かりのそばでだけ、うまく働かなくなっているのです。順番に見ていきます。

虫の「上」は、明るいほうにあります

飛んでいる最中に上下がわからなくなると、生きものはすぐに墜落します。人間は耳の奥で重力の向きを感じていますが、小さな虫にはその余裕がありません。かわりに使っているのが、明るさです。

晴れた昼も、月のない夜も、空は地面より明るいという性質があります。虫はこの当たり前を使い、明るいほうへ背中を向けます。これを背光反応といいます。特別な計算はいりません。目に入る光がいちばん強い向きへ背中を回すだけで、体は自然に水平になります(図1の左)。

左:自然の夜(明るいのは空だけ) 空(明るい) 地面(暗い) 背中の向き 背中を上に向けると水平に飛べる 右:街灯のそば(明るいのは横) 街灯 背中の向き 背中を街灯へ向けると傾き、まわりを回る
図1:左の図は自然の夜です。上の明るい帯が空、下の暗い帯が地面で、まん中の虫は背中を真上へ向け、点線の矢印のように水平へまっすぐ進みます。右の図は街灯がそばにある場合です。虫は背中を右上の街灯へ向けるので体が傾き、点線の矢印のように曲がった道すじをたどって、街灯のまわりを回りこんでいきます。

街灯のそばでは、背中を向けるだけで道が曲がります

ここからが本題です。空は、どこまで飛んでも「ずっと上」にあります。虫が10メートル動いても、空の明るい向きはほとんど変わりません。だから背中を向け続けても、まっすぐ飛べます。

ところが街灯は、数メートル先にあります。虫が少し横へ進むだけで、街灯の見える向きは大きく変わります。背中をそちらへ向け直すと、体はどんどん傾いていきます(図1の右)。

飛ぶ生きものは、体が傾くと進む向きも曲がります。自転車が体を傾けたほうへ曲がるのと同じです。背中を明かりへ向け続けるかぎり、虫は傾き続け、曲がり続けます。その結果が、あの「明かりのまわりをぐるぐる回る」動きです。

虫が明かりの真上を通ろうとすると、背中は下を向くことになり、体はひっくり返ります。明かりの上へ出たときに急上昇して失速するのも、明かりの下でうろうろするのも、同じしくみで説明がつきます。高速度カメラを使った2024年の研究では、こうした軌道が実際に記録されたと報告されています。

💡 では、なぜ月には集まらないのでしょう

月も明るい光源です。それでも虫が月に群がらないのは、月がとても遠いからです。虫が何メートル飛んでも、月の見える向きはまったく変わりません。背中を月へ向けたままでも、体は傾かず、まっすぐ飛べます。近いか遠いかだけで、結果がここまで変わります。

💡 明かりの向きを変えると、虫は減ります

この考え方が正しいなら、対策は「明るさを消す」ことだけではありません。光を上へ逃がさず、必要な地面だけを照らす照明にすると、飛んでいる虫の背中に届く光が減ります。実際、上向きの光をさえぎるかさをつけた照明では、集まる虫が減ると報告されています。夜の照明が生きものに与える影響は光害と呼ばれ、対策が進められています。

まとめ

虫は光に呼ばれてはいませんでした。空が明るく地面が暗いという、何億年も変わらなかった当たり前を使って、上下を保っていただけです。人間が地上に強い明かりを置いたことで、その頼りになる目印が、突然そこら中に現れてしまいました。虫は正しく反応し、そして飛べなくなります。

虫は、明かりに引き寄せられているのではありません。
明るいほうを「上」だと思って、背中を向けているだけです。

光と生きもののかかわりは、ホタルはなぜ、熱くならずに光れるの?でも取り上げています。虫が空の目印を使って進む話はミツバチの8の字ダンスと、地球規模の目印をたよりに進む話は渡り鳥は、どうやって道に迷わないの?とつながっています。

🧪 自分で確かめてみる
  1. 夏の夜、少し離れた場所から、街灯や自動販売機の明かりを5分ほど眺めてみてください。虫が明かりへ「まっすぐ突っこんでいる」のか、「まわりを回っている」のかを見ます。回っている虫のほうが多いはずです。
  2. 明かりの真横にいる虫と、真下にいる虫で、飛び方がちがうかを比べます。真下の虫は、ひっくり返ったり地面に降りたりしやすいと予想できます。
  3. 懐中電灯を地面に置いて真上に向けたときと、横に寝かせて水平に照らしたときで、集まってくる虫の数や動き方が変わるかを比べます。

明るい時間に下見をして、車の通る場所を避け、長そで・長ズボンで観察してください。虫の多い場所には、刺す虫もいます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「生物基礎・物理基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(行動生態学・神経行動学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:月と街灯は、何がちがうのか

背中を向ける相手が「遠い」か「近い」かで、飛ぶ道すじが変わります。虫が横へ5メートル動いたとき、光の見える向きがどれだけ変わるかを、距離との割合で比べてみます。割合が大きいほど、向きが大きく変わります。

① もとになる数値
月までのおよその距離380000000 メートル(38万キロメートル)
街灯までの距離の例10 メートル
虫が横へ飛ぶ距離の例5 メートル
② 計算してみる
街灯の場合、飛んだ距離を光源までの距離で割る5 ÷ 10 = 0.5
月の場合、同じように割る5 ÷ 380000000 ≒ 0.000000013
どれだけちがうかを比べる0.5 ÷ 0.000000013 ≒ 38000000

同じ5メートルを飛んでも、向きの変わりやすさは街灯のほうが約3800万倍です。月なら背中を向けたままでまっすぐ飛べますが、街灯では体が傾き続けます。数字にすると、これほどちがう相手を、虫の目は同じ「明るいほう」として扱ってしまうわけです。

高校高校+傾くと、なぜ曲がるのか

高校飛ぶ生きものの体には、はねが生む上向きの力がはたらいています。体をかたむけると、この力の一部が横向きの成分になります。横向きの力を受けた体は、その向きへ曲がっていきます。旋回中の自転車や、かたむいて曲がる航空機と同じつり合いです。

高校+この横向きの力が、円をえがくときの向心力にあたります。背中を光へ向け続けると、かたむきが解けないため、力は同じ側にはたらき続けます。速さがあまり変わらないなら、道すじは近似的に円になり、虫は明かりのまわりを回り続けます。

大学姿勢の制御は、いくつもの感覚の足し算です

昆虫の姿勢制御は、光の分布だけに頼っているわけではありません。ハエの仲間では、後ろばねが変化した平均棍という器官が、体の回転を機械的に感じ取っています。触角に当たる風や、複眼が受け取る景色の流れも使われます。ふだんはこれらが互いを補い合いますが、強い人工照明は光の情報だけを極端にゆがめるため、統合の結果が破たんすると考えられています。行動生態学では、こうした「進化してきた環境と、いまの環境とのずれ」が生きものをわなにかける状況として研究されています。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。長く教科書に載ってきた走光性という言葉も、こうして少しずつ書きかえられていきます。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・第2分野「刺激と反応」明るさを手がかりに上下を保つという話
高校生物基礎「刺激の受容と反応」、物理基礎「力のつり合い」背光反応と、かたむきが曲がりを生むしくみ
高校+物理「円運動と向心力」明かりのまわりを回り続ける道すじ
大学行動生態学・神経行動学いくつもの感覚を合わせた姿勢の制御と、その破たん
研究光害の生態学まだはっきりとはわかっていないこと
生活とのつながり屋外の照明を、上へもらさない向きにする工夫
参考・出典
  1. Fabian, S. T. ほか「Why flying insects gather at artificial light」Nature Communications, 2024年(飛行中の昆虫を高速度撮影し、背中側を光へ向ける姿勢の制御で軌道を説明した研究)
  2. Owens, A. C. S. ・Lewis, S. M.「The impact of artificial light at night on nocturnal insects: A review and synthesis」Ecology and Evolution, 2018年
  3. Longcore, T. ・Rich, C.「Ecological light pollution」Frontiers in Ecology and the Environment, 2004年
  4. 環境省『光害対策ガイドライン(改訂版)』(屋外照明の上方への光もれを抑える考え方について)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。夜間の観察は、明るい時間に下見をしたうえで、交通のある場所を避け、安全な場所で行ってください。