冷凍庫の氷を飲み物に入れると、なぜピキピキと割れるの?
― 氷は、たった数℃の差で自分を引き裂きます
冷凍庫から出したばかりの氷を麦茶に落とすと、ピキッ、パキッと音がして、氷の中に白いひびが走ります。誰もたたいていないのに、氷はなぜ割れるのでしょうか。答えは「外側だけが急に温まってふくらむ」ことと、「氷は引っぱられるのがとても苦手」なことの2つです。計算すると、氷はわずか2℃ほどの温度差で割れうる、とても繊細な素材だと分かります。
暑い日の午後、コップに氷を入れて、冷たい麦茶を注ぎます。その瞬間、コップの中からピキピキと小さな音が聞こえてきます。
のぞきこむと、さっきまで透き通っていた氷の内側に、白い板のようなひびが何本も入っています。中には、まっぷたつに割れてしまう氷もあります。
ところが、しばらく流しに置いておいた氷を入れると、音はほとんどしません。同じ氷なのに、何が違うのでしょうか。
氷が割れる理由は、2つだけです
水は熱をとても速く渡します。飲み物に入れた瞬間、氷の表面だけがすぐ0℃まで温まり、ふくらもうとします。でも、まだ冷たい芯は縮んだままです。
ふくらむ外側は、内側の芯を四方へ引っぱります。氷は押される力には強いのに、引っぱる力にはとても弱い素材です。芯が耐えきれずに、内側から裂けます。
つまり氷は、外から割られているのではありません。温度の違う自分の外側と内側が、たがいに引っぱり合って割れているのです。順番に見ていきましょう。
理由1:表面だけがふくらみ、芯は縮んだまま
家庭の冷凍庫の中は、ふつうマイナス18℃くらいに保たれています。そこから出したばかりの氷は、芯まで同じくらい冷えています。
この氷を飲み物に入れると、まわりの液体から熱が一気に流れこみます。水は空気よりずっと熱を渡すのが得意です。そのため、氷の表面はすぐに0℃近くまで温まります。一方で、氷の中を熱が伝わるのには時間がかかり、芯はしばらくマイナス18℃のままです。
ほとんどの物は、温まるとわずかにふくらみます。氷も同じです。表面の層は「ひと回り大きくなりたい」のに、冷たい芯は小さいままです。外側と内側は1つにつながっているので、ずれを逃がす場所がありません。図1を見ると、外側が芯を外へ引っぱる形になっていることが分かります。
空気の中に置いた氷が割れにくいのは、空気が熱をゆっくりしか渡さないからです。表面がじわじわ温まるあいだに芯にも熱が届き、外と内の温度差が大きく開きません。
理由2:氷は「引っぱり」にとても弱い
氷は硬い物です。かき氷機の刃を当てても、すぐには崩れません。押しつぶす力に対しては、それなりの強さがあります。
ところが、引っぱる力にはとても弱いのです。氷が引っぱりで割れる強さは、押しつぶしで割れる強さの数分の1から10分の1ほどしかないとされています。さらに氷は、ゴムのように伸びて力を逃がすことができません。少しでも限界を超えると、ひびが一気に走ります。
理由1でふくらんだ外側の層は、芯を四方へ引っぱります。つまり芯には、氷がいちばん苦手な「引っぱり」がかかります。ひびが表面ではなく内側に入るのは、このためです。ピキッという音は、ひびが一瞬で広がるときに氷がふるえて出る音です。
では、どれくらいの温度差で割れるのでしょうか。図2で、冷凍庫の温度を変えて確かめてみてください。
図2の棒は、外側が完全に0℃、芯が冷凍庫の温度のまま、という上限の見積もりです。実際には温度は少しずつ変わるので、力はこれより小さくなります。それでも、マイナス18℃の氷では割れる強さを何倍も越えます。氷が「割れて当たり前」の素材だと分かります。
ひびの中には、ごく薄い空気のすき間ができます。光は氷と空気の境目で反射するので、透明だった氷の中に、白く光る板が現れます。雪が白く見えるのと同じしくみです。
冷凍庫から出した氷を、1〜2分ほど置いてから入れると割れにくくなります。表面に少し水がにじむくらいまで待つと、芯との温度差が小さくなるからです。お酒の世界では、このひと手間を「氷を慣らす」と呼ぶこともあります。透明な氷を割らずに使いたいときにも役立ちます。
まとめ
飲み物に入れた氷は、表面だけが急に0℃まで温まってふくらみます。冷たい芯は縮んだままなので、外側に四方へ引っぱられます。氷は引っぱりにとても弱く、計算ではわずか2℃ほどの差で割れうる素材です。だからマイナス18℃の氷は、ピキピキと内側から裂けます。
氷を割っているのは、飲み物ではありません。
温まった外側と、冷たいままの芯との「引っぱり合い」です。
同じように温度差で石が割れる話は「川原の石でかまどを組むと、なぜ石が割れて飛ぶことがあるの?」で、水が空気より熱を速く渡す話は「サウナは90℃もあるのに、なぜ平気でいられるの?」で紹介しています。ひびが白く見えるしくみは「氷は透明なのに、雪はなぜ白く見えるの?」が参考になります。
- 冷凍庫から氷を2個取り出し、1個はすぐに水の入ったコップへ入れます。耳を近づけて、音とひびを観察します。
- もう1個は皿の上に2分ほど置き、表面がぬれてきたら別のコップの水へ入れます。同じように音とひびを比べます。
- 余裕があれば、水の代わりにぬるま湯でも試します。温度差が大きいほど、ひびが増えるかを見てみましょう。
割れた氷のかけらは角がとがることがあります。素手で強く握らず、コップのふちで口を切らないよう気をつけてください。熱湯は使わないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(材料力学・破壊力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 熱膨張:物が温まると、わずかに体積が大きくなること。氷も温まるとふくらみます。
- 熱応力:場所によって温度が違うために、物の内側に生まれる押し合い・引っぱり合いの力。
- 熱衝撃:急に温めたり冷やしたりしたときに、熱応力で物が割れること。ガラスのコップに熱湯を注いで割れるのも同じです。
中学高校式で確かめる:冷凍庫の氷の芯に、どれだけの引っぱりの力がかかるか
外側の層が0℃になり、芯が冷凍庫の温度のままだとします。外側がふくらもうとする長さの割合を、そのまま押し戻されたときに生まれる力を見積もります。
| 記号で書くと | σ = E × α × ΔT |
| 言葉で書くと | 内側の力 = 氷のかたさ × 1℃あたりののび × 温度差 |
| どこから来る式か | 温度差でのびる割合(α × ΔT)を、フックの法則(力 = かたさ × のびの割合)に入れたもの。ふくらみが完全に押さえこまれたときの上限です |
| σ | 熱応力。氷の内側にかかる力(単位は MPa = 1平方メートルあたり100万ニュートン) |
| E | ヤング率。氷のかたさ(のびにくさ)を表す量(単位は MPa) |
| α | 線膨張率。1℃温まったときに、長さが何倍のびるか(単位は 1/℃) |
| ΔT | 外側と芯の温度差(単位は ℃) |
| 氷のヤング率 E | 約9000 MPa とされています |
| 0℃近くの氷の線膨張率 α | 約0.00005 /℃ とされています |
| 冷凍庫の氷と、0℃になった表面との温度差 ΔT | 18 ℃ |
| 氷が引っぱりで割れる強さ | 約0.7〜3 MPa とされています(ここでは小さめの 1 MPa) |
| 1℃の差で生まれる力 | 9000 × 0.00005 = 0.45 MPa |
| 温度差18℃で生まれる力 | 0.45 × 18 = 8.1 MPa |
| 割れる強さの何倍か | 8.1 ÷ 1 = 8.1 倍 |
| 割れ始める温度差 | 1 ÷ 0.45 ≒ 2.2 ℃ |
見積もりでは、温度差がわずか2℃ほどで、氷が割れる強さに届きます。8.1 MPa は、1平方センチメートルあたり約80 kgの重さで引っぱるのと同じくらいの力です。実際には温度がなだらかに変わるので力はこれより小さくなりますが、マイナス18℃の氷が割れやすい理由は、この桁の違いで十分に説明できます。
高校高校+なぜ「水に入れたとき」だけ割れやすいのか
高校熱は温度の高いほうから低いほうへ流れます。液体の水は、空気に比べて同じ温度差でもはるかに多くの熱を物の表面に渡します。そのため、飲み物の中では氷の表面だけが急に温まり、外側と芯の温度差が大きく開きます。
高校+氷の中を熱がしみこむ深さは、時間の平方根に比例して広がります(熱拡散)。入れた直後の数秒は、温まった層がとても薄く、そのすぐ内側に急な温度の坂ができます。この坂が急なほど、熱応力が大きくなります。ゆっくり温まる空気中では坂がなだらかになり、割れにくくなります。
大学ぜい性破壊と、熱衝撃への強さ
材料力学では、氷のように伸びずに一気に割れる壊れ方を「ぜい性破壊」と呼びます。破壊力学によれば、物の中にはもともと小さな傷や気泡があり、引っぱりの力はその先端に集中します。氷が押しつぶしより引っぱりにずっと弱いのはこのためです。熱衝撃への強さは、割れる強さを E × α で割った量で比べられます。氷はこの値が小さく、ガラスよりも熱衝撃に弱い素材だとされています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:熱応力(ウィキペディア) / 破壊力学(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- ひびの最初の一本は、どこから始まるのか。 氷の中の気泡や結晶の境目が出発点になると考えられていますが、どの傷から割れが走るかを前もって言い当てるのは、今も難しい問題です。
- 結晶の大きさと割れやすさ。 氷の結晶の粒が大きいほど、引っぱりに弱くなる傾向が報告されています。粒の向きや不純物がどう効くかは、まだ研究が続いています。
- 海氷や氷河の割れ方との関係。 冷えこんだ夜に湖や海の氷が大きな音を立てて割れるのも、熱応力が関わるとされます。数メートルから数キロの規模で、どう割れが広がるかは調べられている最中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ここで使った数値も、氷の作り方や温度で変わる目安です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「物質の状態変化」「熱の伝わり方」 | 温まるとふくらむこと、水が熱を速く渡すこと |
| 高校 | 物理「熱と温度」「弾性力(フックの法則)」 | 式で確かめる(σ = E × α × ΔT) |
| 高校+ | 物理の発展「熱伝導」 | 温まった層が薄く、温度の坂が急になること |
| 大学 | 材料力学・破壊力学 | ぜい性破壊、熱衝撃への強さの比べ方 |
| 研究 | 氷の物性・雪氷学 | ひびの出発点、結晶の大きさとの関係 |
| ― | 生活とのつながり | 氷を1〜2分慣らしてから使う、熱いガラスに冷たい物を当てない |
- Petrovic, J. J. (2003) Review: Mechanical properties of ice and snow. Journal of Materials Science 38, 1–6
- Schulson, E. M. & Duval, P. (2009) Creep and Fracture of Ice. Cambridge University Press
- Hobbs, P. V. (1974) Ice Physics. Oxford University Press
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(物理/化学部:氷の物性値)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。氷の物性値は、作り方・温度・気泡の量によって大きく変わります。