日常のふしぎ 電磁気 予備知識なしでOK 読了 約6分

こすった風船は、なぜ壁にくっつくの?
― 電気を持たない壁が、一瞬だけ「引き寄せる向き」にそろいます

風船にはマイナスの電気がたまっています。でも、壁のほうは電気を持っていません。それなのに引き合うのは、壁の中の小さな電気が、風船に向かって「並び替わる」からです。そして、その力は意外なほどギリギリです。

公開:2026.10.09 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

ふくらませた風船を、頭でゴシゴシこすります。髪の毛がふわっと逆立ち、風船のほうへ吸い寄せられます。

その風船を壁にそっと当てて、手を離します。落ちるはずの風船が、壁にぴたりと止まったままです。

子どもに「なんで?」と聞かれて、「静電気だよ」と答えたくなります。でも、少し待ってください。壁は、こすってもいないのです。

理由は2つだけ

1
壁の中の電気が、向きをそろえる

壁の材料の粒は、プラスとマイナスの電気を同じだけ持っています。風船が近づくと、粒の中でプラスが風船側へ、マイナスが奥へ、少しずつずれます。

2
近いほうの力が勝つ

電気の力は、近いほどぐんと強くなります。風船に近いのはプラスの側です。引く力が押す力をわずかに上回り、差し引きで引き寄せる力が残ります。

順番に見ていきます。まずは、風船にどうやって電気がたまるのかからです。

こすると、髪の毛の電気が風船へ引っ越す

すべての物は、プラスの電気とマイナスの電気を同じだけ持っています。だから、ふだんは電気を持っていないように見えます。

ゴムの風船と髪の毛をこすり合わせると、髪の毛の表面からマイナスの電気の粒(電子)が、風船の表面へ移ります。風船はマイナスが多い状態になり、髪の毛はプラスが多い状態になります。

髪の毛が逆立つのは、このためです。1本1本の髪がどれもプラスになったので、おたがいに押し合って広がります。そして、マイナスになった風船のほうへ引き寄せられます。ここまでは、電気を持った物どうしの話です。

ふしぎなのは、壁です。壁は何もこすっていないので、プラスとマイナスは同じだけのままです。それなのに、なぜ引き合うのでしょうか。

壁の中で、電気が「並び替わる」

図1の左側を見てください。壁の材料(紙・塗料・石こうなど)は、電気を通しません。中の電子は、粒から外へは逃げられません。

それでも、粒の中で少しだけ片寄ることはできます。風船のマイナスに押されて、電子は壁の奥側へわずかにずれます。すると、粒の風船側の面にはプラスが、奥側にはマイナスが顔を出します。これが、何億もの粒でいっせいに起きます。

壁の全体では、プラスとマイナスはやはり同じだけです。変わったのは「並び方」だけです。でも、この並び方こそが引き寄せる力を生みます。

壁 +- +- +- +- +- --- -- 風船 壁に近い側に マイナスがたまる 支える力 風船の重さ 0.050 N 0.029 N → くっつく → ずり落ちる
つまみを動かすと、壁が風船を支える力の大きさが変わります
図1:左は、壁と風船の断面です。壁の中の楕円の粒は、どれも風船に近い右側がプラス、奥の左側がマイナスにそろっています。右の2本の棒は、壁が風船を支える力(左の棒)と、風船の重さ(右の棒と点線)です。つまみで電気の量を減らすと、支える力は急に小さくなり、点線より下がると風船はずり落ちます。

近いほうが、ほんの少しだけ強い

粒の中には、プラスもマイナスもあります。風船のマイナスは、粒のプラスを引き、粒のマイナスを押します。もし両方が同じ強さなら、打ち消し合って何も起きません。

図2を見てください。風船に近いのはプラスの側で、マイナスの側はわずかに遠くにあります。電気の力は、距離が半分になると4倍になるほど、近さに敏感です。だから、近いプラスを引く力のほうが、遠いマイナスを押す力より少しだけ大きくなります。

--- 風船 + - 壁の中の粒(全体では電気ゼロ) 近い+は強く引かれる 遠い-は弱く押される 差し引き:風船の方へ引かれる
図2:壁の粒1つを拡大した図です。右側の風船に近いプラスは、右向きの太く長い矢印で強く引かれます。左側の遠いマイナスは、左向きの細く短い矢印で弱く押されます。矢印の長さの差だけ、粒は風船の方へ引き寄せられます。

1つの粒の差はわずかです。でも、風船の近くにある数えきれない粒が、そろって同じ向きに引かれます。その合計が、風船を壁に押しつける力になります。押しつけられた風船と壁のあいだには摩擦がはたらき、これが風船をずり落ちないよう支えています。

見積もると、この支える力は、風船の重さの2倍もないとされます(計算は最後の折りたたみにあります)。図1のつまみを動かしてみてください。電気の量が半分になると、支える力は4分の1に減ります。電気の量の2乗で効くからです。

だから、くっついた風船は、しばらくすると落ちます。風船の電気が、空気中の水分や壁の表面を伝って少しずつ逃げていくからです。湿った日に風船がすぐ落ちるのも、同じ理由です。

💡 下じきに紙くずが吸いつくのも、同じしくみ

こすった下じきに、ちぎった紙くずが飛びついてくるのも、紙の中で電気が並び替わるからです。紙くずは軽いので、壁と風船より小さな力で持ち上がります。西洋の言葉で「電気」を表す語は、古代ギリシャ語の「琥珀(こはく)」から来ています。こすった琥珀が、ちりやわらを引き寄せることが古くから知られていたためです。

まとめ

こすった風船にはマイナスの電気がたまります。電気を持たない壁でも、中の粒がプラスを風船側へ向けて並び替わります。近いプラスを引く力が、遠いマイナスを押す力にわずかに勝ち、その差が風船を壁に押しつけます。電気が逃げて力が弱まると、風船は落ちます。

電気を持たない物も、近づけば「向き」で引き寄せられる。
壁の風船は、その小さな差だけで、ギリギリ止まっています。

冬にドアノブでバチッとくる静電気のしくみは、冬に静電気がバチッとくるのは、なぜ?で解説しています。

🧪 家で確かめてみよう:風船は何分くっついていられる?
  1. 風船を髪の毛や毛糸のセーターで10回ほどこすり、壁に当てて手を離します。落ちるまでの時間を測ります。
  2. こする回数を3回に減らして、同じように測ります。電気が少ないと、くっつかないか、すぐ落ちるはずです。
  3. お風呂上がりの湯気の残る脱衣所など、湿った場所でも試します。乾いた部屋より早く落ちるかを比べます。

こすった風船を、細く出した水道の水に近づけると、水の流れが風船の方へ曲がるのも見られます。乾いた冬の日ほど、はっきり分かります。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(電磁気学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:壁は、どれくらいの力で風船を支えられるのか

風船の表面にたまる電気には、上限があります。電気が多すぎると、まわりの空気が耐えきれずに放電してしまうからです。この上限から、壁が風船を引く力の「いちばん大きい場合」を見積もります。

⓪ もとになる式
記号で書くとP = ε0 × E² ÷ 2  F = k × P × A
言葉で書くと電気が面を引く圧力 = 真空の誘電率 × 電界の強さの2乗 ÷ 2。引く力 = 壁の材料による割合 × 圧力 × 向かい合う面積
どこから来る式か電界がためているエネルギー(体積あたり ε0 × E² ÷ 2)から出る式です。面と面のすき間を少し広げると、その分だけ電界のエネルギーが増えます。その増え方が、面を引き寄せる圧力になります。
記号意味と単位
P電気が面を引く圧力(パスカル、Pa)
ε0真空の誘電率(およそ 8.85×10⁻¹² F/m)
E電界の強さ(V/m)。空気が放電しない上限はおよそ 3×10⁶ V/m とされます
A風船が壁と向かい合う面積(m²)
k壁が電気を通さないために力が弱まる割合(ここではおよそ 0.5 とします)
① もとになる数値
真空の誘電率 ε08.85×10⁻¹² F/m
電界の上限 E(空気が放電する手前)3×10⁶ V/m、その2乗は 9×10¹²
風船が壁と向かい合う面積およそ 50 cm²(0.005 m²)と見積もります
壁の材料で力が弱まる割合 kおよそ 0.5 とされます
ゴムと壁の摩擦係数およそ 0.5 と見積もります
風船の重さ(ゴムの質量)およそ 3 g(0.003 kg)
② 計算してみる
ε0 × E²(10のべき乗は打ち消し合って1になります)8.85 × 9 = 79.65
2で割って、引く圧力 P(Pa)79.65 ÷ 2 ≒ 40
面積をかけて、引く力(N)40 × 0.005 = 0.2
壁が電気を通さない分を考えて、押しつける力(N)0.2 × 0.5 = 0.1
摩擦係数をかけて、ずり落ちないよう支える力(N)0.1 × 0.5 = 0.05
風船の重さ(N)。重力加速度は 9.80.003 × 9.8 ≒ 0.029
支える力は重さの何倍か0.05 ÷ 0.029 ≒ 1.7

電気をいちばん多くためた場合でも、支える力は重さの2倍に届きません。引く力は電界の2乗、つまり電気の量の2乗で効きます。電気の量が4分の3になると、力はおよそ0.56倍になり、重さを下回ります。くっついた風船が、少し電気が逃げただけで落ちてしまうのはこのためです。なお、ここで使った面積や摩擦係数はおおまかな見積もりで、実際の値は風船や壁によって変わります。

高校高校+電気を通す物と、通さない物の違い

高校金属に帯電した物を近づけると、自由に動ける電子が表面まで移動して、反対の電気が向かい合います(静電誘導)。電気を通さない物では電子は粒の外へ出られず、粒の中で少しずれるだけです(誘電分極)。どちらでも、近い側に反対の電気が現れるので引き合います。ただし、ずれが小さい絶縁体のほうが、引く力は弱くなります。

高校+力の弱まり方は、材料の比誘電率で決まります。平らな面の近くに電気を置いたとき、面の中に「鏡に映した位置に、大きさを (比誘電率−1)÷(比誘電率+1) 倍にした反対の電気」があると考えると、力を計算できます。紙や塗料の比誘電率は 2〜4 程度とされ、この割合は 0.3〜0.6 ほどになります。上の計算で 0.5 としたのは、このためです。

大学マクスウェルの応力と鏡像法

電界が物の表面を引く力は、電磁気学ではマクスウェルの応力テンソルで表されます。表面の圧力 ε0 × E² ÷ 2 は、その最も簡単な場合です。平らな面の近くの電気がおよぼす力は、鏡像法(電気影像法)で解くのが定番で、誘電体の面では上の (比誘電率−1)÷(比誘電率+1) の係数が現れます。物質の中で電気がずれるようすは誘電分極と分極ベクトルで記述され、電子分極・配向分極などの種類に分けられます。

📖 式の導出や、さらに先の内容:誘電分極(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。壁が風船を引くしくみはよく分かっていますが、そもそもなぜ風船に電気がたまるのかは、意外にもまだ研究の途中です。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科2年「静電気と電流」こすると電子が移る、同じ電気は押し合い反対の電気は引き合う
高校物理「静電気力・クーロンの法則・静電誘導と誘電分極」近いほうの力が勝つ理由、金属と絶縁体の違い
高校+物理「誘電体とコンデンサー」比誘電率と、力が弱まる割合
大学電磁気学「マクスウェルの応力・鏡像法・分極」表面を引く圧力の式
研究表面科学・摩擦帯電の研究なぜこすると電気が移るのか
―生活とのつながり湿った日に静電気が起きにくい理由、ほこりが画面や家電に吸い寄せられる理由
参考・出典
  1. 文部科学省『中学校学習指導要領解説 理科編』(静電気と電流)
  2. 砂川重信『理論電磁気学』紀伊國屋書店(誘電体・鏡像法・マクスウェルの応力)
  3. D. J. Griffiths, Introduction to Electrodynamics, Cambridge University Press(電気影像法と誘電体)
  4. D. J. Lacks and T. Shinbrot, Long-standing and unresolved issues in triboelectric charging, Nature Reviews Chemistry 3, 465–476 (2019)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。力の見積もりに使った面積や摩擦係数は仮の値で、実際の風船や壁によって変わります。