炭酸のシュワッとした刺激は、舌のどこで感じているの?
― 舌は泡ではなく、「酸っぱさ」で炭酸を感じています
炭酸飲料を飲むと、舌がピリッとします。多くの人は「泡がはじける感触」だと思っています。ところが研究では、泡を消しても刺激はほとんど変わりませんでした。舌が感じているのは、溶けた炭酸ガスが変身してできる、ごくうすい「酸」なのです。
暑い日に、冷えた炭酸水をひと口ふくみます。舌の上がチクチクして、のどの奥までスッとします。
同じ炭酸水を、ふたを開けたまま半日置いてから飲んでみます。泡はまだ少し出ているのに、あの刺激はほとんどありません。ぬるくなった炭酸も、なぜか「気が抜けた」味になります。
あのピリピリは、いったい舌の何が受け取っているのでしょうか。答えは意外にも、「酸っぱい」を感じる仕組みでした。
刺激の正体は、2つの「酸のセンサー」です
舌の「酸っぱさ担当」の細胞の表面には、炭酸ガスを水とすばやく反応させる酵素があります。できた酸を細胞が感じ取り、「シュワッ」という味の信号を脳へ送ります。
口の中には、痛みや熱さを伝える神経も張りめぐらされています。この神経も酸に反応します。チクチクした「痛がゆさ」は、ここから来ていると考えられています。
つまり炭酸の刺激は、味と痛みのあいだにある、ちょっと変わった感覚です。そして泡は、主役ではありません。順番に見ていきましょう。
泡を消しても、ピリピリは残った
「泡がはじける感触こそが刺激だ」という考えは、とても自然です。そこで2013年、アメリカの研究者たちが、これを直接確かめました。
使ったのは、気圧を高くできる部屋です。気圧が高いと、炭酸ガスは水に溶けたままで、泡になれません。この部屋の中で炭酸水を口にふくんでもらい、ふつうの気圧のときと刺激の強さを比べました。
結果は、泡がほとんど出なくても、刺激の強さはあまり変わらないというものでした。泡は感じ方を少し変える程度で、刺激の大部分は溶けている炭酸ガスそのものから来ていたのです。
では、溶けた炭酸ガスは舌の上で何をしているのでしょうか。図1を見てください。
酸っぱさの細胞が、炭酸の係だった
2009年、ネズミを使った実験で、この仕組みが確かめられました。研究者たちは、舌の味の細胞を種類ごとに働かなくして、炭酸水への反応を調べました。
甘み・うま味・苦みの細胞をなくしても、炭酸への反応は残りました。ところが「酸っぱさ担当」の細胞をなくすと、炭酸への反応がほとんど消えたのです。
さらに、その細胞の表面にある酵素が鍵でした。炭酸ガスは水と反応して酸になりますが、そのままだとゆっくりです。この酵素が、反応を一気に速めます。飲み物が口にある数秒のうちに、舌のすぐ上で酸が生まれるわけです。
ただし、炭酸水はレモン汁のように「酸っぱい」とは感じません。口の中全体では酸はとてもうすく、痛みの神経からの信号も重なります。脳はそれらを合わせて、「酸っぱい」とは別の「シュワッ」として受け取っていると考えられています。
高い山での体調不良を防ぐ薬(アセタゾラミド)には、この酵素の働きを弱める作用があります。この薬を飲んだ登山者から、「炭酸飲料の味が、気の抜けたようになった」という報告が昔からあるとされています。酵素が炭酸の感じ方の鍵であることを、人の体でも示す例と考えられています。
冷えた炭酸ほど、ピリピリが強いのはなぜ?
刺激のもとは、溶けている炭酸ガスの量です。そして、気体が水に溶けられる量は、水が冷たいほど多くなります。図2のつまみで温度を変えてみてください。
冷えた炭酸は、口の中でもガスを多く抱えたままでいられます。だから舌の上で生まれる酸も多く、刺激が強くなります。ぬるい炭酸は、ガスがすぐ逃げてしまい、酸の材料が足りません。
ふたを開けたまま置いた炭酸が気が抜けるのも、同じ理由です。空気中の炭酸ガスはごくわずかなので、溶けていたガスは少しずつ空気へ出ていきます。泡がまだ見えても、溶けている量そのものが減ってしまえば、舌の酸のセンサーは反応しません。
炭酸の刺激は、半分は痛みの神経から来ています。唐辛子の辛さやわさびのツンとした感じも、同じように痛みの神経を使う感覚です。人はなぜ、少し痛い刺激をあえて好むのか。これは、まだよく分かっていない問いのひとつです。
まとめ
炭酸のシュワッとした刺激は、泡がはじける感触ではありませんでした。溶けた炭酸ガスが、舌の上で酵素によって酸に変わります。その酸を、酸っぱさ担当の細胞と痛みの神経の両方が感じています。冷えた炭酸ほど刺激が強く、開けっぱなしだと抜けてしまうのは、溶けているガスの量がそのまま刺激の材料だからです。
舌は、泡の音ではなく、
生まれたての酸で炭酸を味わっています。
味の大部分が鼻で決まる話は「かぜをひくと、なぜ食べ物の味がしなくなるの?」で、皮ふのセンサーを分子が直接押す話は「ミントは、なぜ冷たくないのにスーッとするの?」で読めます。溶けたガスが一気に泡になる話は「火山はなぜ噴火するの?」もどうぞ。
- 同じ炭酸水を2つのコップに分け、片方は冷蔵庫、もう片方は部屋に30分置きます。飲みくらべて、刺激の強さの違いを確かめます。
- 冷えたほうのコップをスプーンでよくかき混ぜ、目に見える泡を出しきってから、もう一度ひと口ふくみます。泡が減っても、まだピリッとするかを確かめます。
- 炭酸水を口にふくんだまま、5秒ほど舌の上で動かさずに待ちます。泡の感触が消えたあとも、チクチク感が続くかを観察します。
かき混ぜても、溶けているガスはすぐには全部出ていきません。泡が見えなくなっても刺激が残れば、刺激のもとが泡ではなく溶けたガスだという手がかりになります。炭酸が苦手な人や小さな子どもは、無理に試す必要はありません。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(物理化学・感覚生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 炭酸:二酸化炭素(炭酸ガス)が水に溶けてできる、ごく弱い酸。炭酸水がわずかに酸性なのはこのためです。
- 炭酸脱水酵素:二酸化炭素と水が酸に変わる反応(とその逆)を、何百万倍も速める酵素。舌の酸っぱさ担当の細胞の表面にもあります。
- 三叉神経:顔や口の中の痛み・熱さ・冷たさを脳へ伝える神経。炭酸のピリピリ、わさびのツンとした感じを運びます。
中学高校式で確かめる:500mLの炭酸には、どれだけのガスが溶けているか
刺激のもとは、溶けている炭酸ガスの量(濃度)です。気体が水に溶ける量は、ヘンリーの法則で見積もれます。記号の意味は、C が溶けている濃度(単位は mol/L)、k が溶けやすさの係数(mol/(L·気圧))、P が水に触れている炭酸ガスの圧力(気圧)です。
| 記号で書くと | C = k × P |
| 言葉で書くと | 溶けている炭酸ガスの濃度 = 溶けやすさの係数 × 水に触れている炭酸ガスの圧力 |
| どこから来る式か | 水面から溶けこむ分子の数と、水から出ていく分子の数がつり合ったときの関係(ヘンリーの法則)。溶けこむ数は圧力に比例し、出ていく数は濃度に比例するので、つり合うと濃度が圧力に比例します。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| C | 水に溶けている炭酸ガスの濃度(mol/L) |
| k | 溶けやすさの係数。温度で変わる(mol/(L·気圧)) |
| P | 水に触れている炭酸ガスの圧力(気圧) |
| 25℃での溶けやすさの係数 | およそ 0.034 mol/(L·気圧) とされています |
| 0℃での溶けやすさの係数(図2と同じ近似) | およそ 0.071 mol/(L·気圧) |
| 栓をした容器の中の炭酸ガスの圧力(例) | 3 気圧 とします |
| 空気中の炭酸ガスの圧力 | およそ 0.0004 気圧 |
| 炭酸ガス1 molの重さ | 44 g |
| 気体1 molの体積(25℃・1気圧) | およそ 24.5 L |
| 栓をした容器の中の濃度(mol/L) | 0.034 × 3 = 0.102 |
| 重さに直す(g/L) | 0.102 × 44 ≒ 4.5 |
| 500mLに溶けている量(mol) | 0.102 × 0.5 = 0.051 |
| それを気体に戻したときの体積(L) | 0.051 × 24.5 ≒ 1.25 |
| 開けっぱなしで落ち着く濃度(mol/L) | 0.034 × 0.0004 = 0.0000136 |
| 栓をしたときとの差(倍) | 0.102 ÷ 0.0000136 = 7500 |
| 0℃と25℃の溶けやすさの比(倍) | 0.071 ÷ 0.034 ≒ 2.1 |
500mLのボトルには、気体に戻すと約1.25リットル、つまりボトル2本半ぶんの炭酸ガスが溶けこんでいる計算です。開けっぱなしにすると、溶けていられる量は約7500分の1まで下がるので、時間とともにガスは抜け続けます。冷やすと溶けていられる量は約2倍になり、舌の上の酸の材料も増えます。
高校高校+化学平衡と、酵素のはたらき
高校二酸化炭素は水と反応して炭酸になり、その一部が水素イオンと炭酸水素イオンに分かれます(CO₂ + H₂O ⇄ H₂CO₃ ⇄ H⁺ + HCO₃⁻)。この水素イオンが「酸」の正体で、酸っぱさ担当の細胞が感じ取るものです。気体の溶解度が温度で下がることや、ヘンリーの法則は高校化学で扱います。
高校+二酸化炭素が水と反応する段階は、酵素がないと数十秒から分の単位かかるとされます。炭酸脱水酵素はこれを桁違いに速めます。酵素は反応の行き着く先(平衡)を変えずに、そこへ着くまでの速さだけを変える、という高校生物・化学の考え方そのものの例です。
大学味覚受容体と、ヘンリー定数の温度依存
2009年の研究では、酸味を受け持つ細胞(PKD2L1 という目印を持つ細胞)の表面に、膜につなぎとめられた炭酸脱水酵素(Car4)があり、これが炭酸の味の受容に必要であることがネズミで示されました。痛みの側では、三叉神経の自由神経終末にあるイオンチャネル TRPA1 が、細胞内が酸性になることで活性化するという報告があります。溶けやすさの係数の温度依存は、ファントホッフの式で表され、図2の計算もこの形を使っています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ヘンリーの法則(ウィキペディア) / 炭酸脱水酵素(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 泡は本当に「脇役」なのか。 泡を消しても刺激が大きく変わらないという結果がある一方、泡の触感が「さわやかさ」の印象に関わるという見方もあり、役割の大きさははっきりしていません。
- 人の舌でも、ネズミと同じ仕組みか。 細胞の種類を消す実験はネズミで行われました。人では、酵素を弱める薬で味が変わるという報告などから、同じ仕組みが働いていると考えられています。
- なぜ「酸っぱい」と感じないのか。 酸っぱさの細胞を使っているのに、炭酸水がレモンのような酸味として感じられない理由は、脳が複数の信号をどう組み合わせているかを含めて、まだ調べられている途中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。毎日のように口にする身近な刺激でさえ、仕組みが分かったのはこの十数年のことです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・気体の性質(二酸化炭素は水に溶けて酸性を示す) | 炭酸ガスが酸に変わる話 |
| 高校 | 化学・気体の溶解度、ヘンリーの法則 | 式で確かめる、図2 |
| 高校+ | 生物・酵素のはたらき/化学平衡 | 酵素が反応を速める話 |
| 大学 | 感覚生理学・味覚受容/物理化学 | 酸味細胞と炭酸脱水酵素、温度依存 |
| 研究 | 化学感覚の研究 | 泡の役割、人での仕組み |
| ― | 生活とのつながり | 炭酸を冷やして飲む理由、開けたらすぐ栓をする理由 |
- Chandrashekar J. ほか「The Taste of Carbonation」Science 326(2009)
- Wise P. M. ほか「The Influence of Bubbles on the Perception Carbonation Bite」PLoS ONE 8(2013)
- Wang Y. Y. ほか「TRPA1 is a component of the nociceptive response to CO2」Journal of Neuroscience 30(2010)
- Graber M., Kelleher S.「Side effects of acetazolamide: the champagne blues」New England Journal of Medicine 319(1988)
- Sander R.「Compilation of Henry's law constants for water as solvent」Atmospheric Chemistry and Physics 15(2015)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。容器の中の圧力は製品や温度によって異なります。服薬中の方は、薬の作用について医師・薬剤師にご確認ください。