南極の氷には、なぜ80万年前の空気が閉じこめられているの?
― 雪が氷になるとき、すき間の空気が泡になって封じられます
南極の氷を3000メートルの深さまで掘ると、底のほうの氷には、80万年前の空気が小さな泡になって残っています。人類がまだ火を自由に使えなかったころの空気を、いまの研究者は実際に取り出して測っています。鍵は、雪が氷へ変わる途中で「すき間が閉じる」瞬間と、何十万年も溶けない極端な寒さです。
冷凍庫で作った氷をよく見ると、白くにごった部分があります。近づくと、小さな泡がたくさん入っています。
あの泡の中身は、水を凍らせたときに閉じこめられた空気です。つまり、氷はその場の空気を少しだけ「保存」できます。
では、もし氷が一度も溶けずに何十万年も残り続けたら、どうなるでしょう。南極では、それが本当に起きています。
理由は2つだけ
降った雪は、すき間だらけです。上に雪が積もり続けると押し固められ、深さ100メートルほどで、すき間が外とつながらなくなります。中の空気は、そのまま泡として封じられます。
南極の内陸は夏でも氷点下で、氷はまず溶けません。しかも雪が少なく、1年に積もる量は氷にして数センチほどです。薄い層が、何十万年ぶん重なっています。
この2つがそろうと、氷は「上ほど新しく、下ほど古い空気の缶づめを積み上げた棚」になります。順に見ていきましょう。
雪は、どうやって空気を閉じこめるの?
降ったばかりの雪は、体積の大半がすき間です。この段階では、すき間の空気は地表の空気と自由に入れかわっています。
雪が積もり続けると、下の雪は上の重みで押されます。粒どうしがくっつき、少しずつ詰まっていきます。この「雪と氷のあいだ」の状態を、フィルンと呼びます。
深さ数十メートルから100メートルほどで、詰まり方がある限度をこえます。すると、すき間の通り道がふさがれ、空気は外へ逃げられなくなります。図1の上半分を見てください。ここで空気は泡になり、その時代の空気が封じられます。
泡の空気は、まわりの氷より少し若いことに注意してください。氷になった雪は数千年前に降ったものでも、すき間が閉じるまでは新しい空気が入りこみ続けるからです。研究者はこの年代のずれを計算で補正しています。
なぜ80万年分も重なっていられるの?
理由の1つめは、溶けないことです。南極の内陸は平均気温がマイナス50℃を下回る場所が多く、夏でも氷点下のままです。一度でも溶けると泡は消えてしまうので、この寒さが記録を守っています。
2つめは、雪が極端に少ないことです。南極の内陸は砂漠並みに乾いていて、1年に積もる量は氷に換算して数センチほどとされます。厚い氷でも、1年あたりが薄いので、たくさんの年数が詰めこまれます。
ここに、もう1つの驚きがあります。地表の3センチという厚さのまま積み重ねると、3200メートルの氷は約11万年分にしかなりません。ところが実際の底は約80万年前です。深い層は、氷がゆっくり横へ流れ出すときに押しのばされ、数ミリ以下まで薄くなっているのです(図1の右側)。
こうして取り出された氷の柱を「氷床コア」と呼びます。南極のドームCという地点で掘られたコアは、約80万年分の空気を記録していたと報告されています。日本のドームふじ基地でも約3000メートルのコアが掘られ、約72万年分とされています。
数百メートルより深いと、強い圧力で泡は押しつぶされ、空気と水が組み合わさった透明な結晶に変わります。氷を地上に運ぶと結晶はゆっくり泡に戻ります。そのため、掘った氷は、割れないよう寝かせてから測ることがあるとされています。
泡の中の二酸化炭素は、寒い氷期にはおよそ180、暖かい時期にはおよそ280〜300(空気100万に対する割合)を行き来していました。80万年のあいだ、300をこえたことはなかったとされています。いまの大気は420をこえています。
まとめ
南極の氷に古い空気が残っているのは、雪が氷になる途中ですき間が閉じて泡ができ、その氷がほとんど溶けずに何十万年も積み重なってきたからです。深い層ほど押しのばされて薄くなり、3000メートルの柱に80万年が詰めこまれています。
南極の氷は、雪が封じた空気の缶づめ。
3000メートル掘り下げることは、80万年さかのぼること。
氷がどうやって横へ流れ出すのかは「氷河は、なぜ固い氷なのに川のように流れるの?」で、同じ南極の氷の底で起きていることは「地球でいちばん寒い場所の下に、なぜ凍らない湖があるの?」で解説しています。南極がなぜこれほど寒いのかは「南極は、なぜ北極よりずっと寒いの?」もどうぞ。
- コップ2つに水を入れます。片方は水道水のまま、もう片方は一度わかして冷ました水にします。
- 両方を冷凍庫で凍らせ、取り出して光にかざしてみます。
- 水道水の氷は、まん中に白い泡が集まりやすいはずです。外側から凍るとき、水に溶けていた空気が中心へ追いやられて閉じこめられるからです。
南極の氷は水が凍ったものではなく、雪が押し固められたものなので、泡のでき方は少し違います。それでも「空気を中に封じたまま固まる」点は同じです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(雪氷学・古気候学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 氷床(ひょうしょう):大陸をおおう、面積が広く厚い氷のかたまり。いまは南極とグリーンランドにあります。
- 氷床コア:氷床を筒状に掘りぬいて取り出した、氷の柱。深さが年代に対応します。
- フィルン:雪が押し固められ、氷になる途中の状態。すき間の空気はまだ外とつながっています。
中学高校式で確かめる:3200メートルの氷は、何年分なの?
積み重なった層の年数は、地層と同じように「全体の厚さを、1年分の厚さで割る」と見積もれます。まず地表の厚さのまま計算し、実際の年代とくらべてみましょう。
| 記号で書くと | t = z ÷ λ |
| 言葉で書くと | 記録された年数 = 氷の深さ ÷ 1年分の層の厚さ |
| どこから来る式か | 下の層ほど古いという「地層累重の法則」で、1年に1枚ずつ層が重なると考えて枚数を数える式です。層が途中で薄くなれば、λ は深さごとに変わります。 |
| t | 記録された年数(年) |
| z | 氷の深さ(メートル) |
| λ | 1年分の層の厚さ(メートル)。氷に換算した値 |
| ドームCの氷床コアの長さ | 約3200 m とされる |
| 地表付近の1年に積もる厚さ(氷に換算) | 約0.03 m とされる |
| 底近くの氷の年代 | 約80万年(800000年)と報告されている |
| すき間が閉じて泡になる深さ | 約100 m とされる |
| 地表の厚さのまま積んだ場合の年数 | 3200 ÷ 0.03 ≒ 106667 |
| 実際の年代から逆算した、1年分の平均の厚さ(m) | 3200 ÷ 800000 = 0.004 |
| ミリメートルに直す | 0.004 × 1000 = 4 |
| 地表とくらべて何分の1に薄くなったか | 0.03 ÷ 0.004 = 7.5 |
| 泡が閉じるまでにかかる年数(おおまかな目安) | 100 ÷ 0.03 ≒ 3333 |
地表の厚さのままなら約11万年分ですが、実際は約80万年分です。平均でも1年分は約4ミリまで薄くなっていて、底近くではさらに薄いはずです。また、泡が閉じるまでの数千年のあいだ空気は入れかわり続けるので、泡の空気は周りの氷より数千年若くなります(実際はフィルンの密度が低いぶん、もう少し短く見積もられます)。
高校高校+泡と氷から、昔の気温まで分かる
高校高校の地学では、氷床コアの二酸化炭素濃度と気温の変化が、氷期と間氷期のくり返しとして紹介されます。およそ10万年ごとに寒い時期と暖かい時期が入れかわり、二酸化炭素もそれにそろって上下していました。
高校+気温は泡ではなく、氷そのものの水から読み取ります。水の分子には、ふつうより少し重い酸素や水素を含むものがまじっています。寒い時代の雪ほど重い分子の割合が小さくなるため、その割合(酸素同位体比・水素同位体比)が昔の気温の目安になります。
大学フィルンの緻密化と、ガスの年代のずれ
雪が氷になる過程は「フィルンの緻密化(ちみつか)」として雪氷学で扱われます。密度がおよそ0.83グラム毎立方センチをこえると気泡が閉じるとされ、この深さを気泡閉塞深度と呼びます。泡の空気の年代(ガス年代)と氷の年代の差は「デルタエイジ」と呼ばれ、雪の少ない寒冷期ほど大きくなります。深さと年代の関係は、氷の流れを仮定したナイの年代モデルなどで見積もり、火山灰の層や他の記録と照らし合わせて決めます。深部の気泡はエアハイドレート(クラスレート水和物)に変わります。
📖 式の導出や、さらに先の内容:氷床コア(ウィキペディア) / 南極氷床(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 100万年より古い氷はあるのか。 ヨーロッパの研究計画が、120万年をこえる氷に届いたと2025年に発表しています。約100万年前を境に氷期の周期が4万年から10万年へ変わった理由を知る手がかりとして、分析が進められています。
- 底の層はどこまで乱れているか。 岩盤に近い氷は、流れや地熱で層が折れ曲がったり溶けたりしていることがあり、どこまで年代順が保たれているかの見極めが難しいとされています。
- 泡の中身は本当に当時のままか。 二酸化炭素が氷の中の不純物と反応してわずかに増減する可能性が指摘されており、グリーンランドの氷では特に注意が必要とされています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。年代の数値は、新しい掘削や分析で書きかえられることがあります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・地層の重なり/状態変化 | 下ほど古い層、雪が氷になること |
| 高校 | 地学・地球環境の変遷 | 氷期と間氷期、二酸化炭素の変化 |
| 高校+ | 地学・同位体による古気温 | 重い水の割合で気温を読む |
| 大学 | 雪氷学・古気候学 | フィルンの緻密化、デルタエイジ、年代モデル |
| 研究 | 最古の氷の探索 | 100万年をこえる氷、底の層の乱れ |
| ― | 生活とのつながり | いまの二酸化炭素が過去80万年の範囲をこえていることの根拠 |
- Lüthi, D. et al. (2008) High-resolution carbon dioxide concentration record 650,000–800,000 years before present. Nature 453
- EPICA community members (2004) Eight glacial cycles from an Antarctic ice core. Nature 429
- 国立極地研究所 ドームふじ氷床深層掘削に関する解説資料
- ウィキペディア「氷床コア」
- ウィキペディア「南極氷床」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。氷床コアの年代や濃度は研究によって幅があり、今後の分析で更新されることがあります。