「富士山が笠をかぶると雨」は、なぜ当たるの?
― 止まって見える雲の中を、湿った風が通り抜けています
山の頂上に、帽子のような雲がぽつんと乗ることがあります。富士山のまわりでは昔から「笠雲が出たら雨が近い」と言われてきました。この雲は、じっとしているように見えて、実は中を風が勢いよく通り抜けています。その風が湿っていることこそが、天気が崩れる前ぶれなのです。
晴れた朝、新幹線の窓から富士山が見えます。頂上にだけ、つるりとした白い雲が笠のようにかぶさっています。
ほかの空はよく晴れているのに、その雲だけが何十分たっても同じ場所から動きません。
ところが地元の漁師さんや農家さんは、この雲を見ると「明日は雨だな」と道具を片づけ始めます。
笠雲が雨を言い当てる理由は、2つだけ
山にぶつかった風は、山を越えるために持ち上げられます。上ると冷えて水滴になり、下ると温まって消えます。だから雲は、山の真上という「場所」に張りついて見えます。
少し持ち上げただけで雲になるのは、空気がたっぷり水蒸気を含んでいる証拠です。そうした湿った風は、雨を降らせる低気圧が近づく前に吹きやすいのです。
つまり笠雲は、空の上を流れる風の「湿り具合」を、山が目に見える形にしてくれた看板です。順番に見ていきましょう。
止まって見える雲の中を、風が通り抜けている
空気は上へ持ち上げられると、まわりの気圧が下がってふくらみます。ふくらむときに自分の熱を使うので、空気は冷えます。冷えた空気は水蒸気を抱えきれなくなり、細かな水滴が現れます。これが雲です。
図1を見てください。左から来た風は、富士山を越えるために山の上で持ち上げられます。持ち上げ方がいちばん大きいのは頂上の真上です。そこで点線の高さを越えた空気だけが、雲になります。
山を越えて下りに入ると、空気は押し縮められて温まります。すると水滴は蒸発して、雲はすっと消えます。雲の左端では新しく雲が生まれ、右端では消え続けています。風がどれほど強く吹いても、雲の「形」だけは山の真上に残るのです。
笠雲がつるりと滑らかな形をしているのも、手がかりの1つです。もくもくした雲は、空気が自分から上へわき上がるときにできます。笠雲は逆に、上下に混ざりにくい落ち着いた空気が、山に沿って静かに持ち上げられたときにできます。
笠は「湿った風が来ている」という知らせ
図1のつまみを動かしてみると、点線の高さは空気の湿り具合で大きく変わります。湿った空気なら、数百m持ち上げるだけで雲になります。乾いた空気だと1000 m以上持ち上げても雲になりません。笠雲が出たということは、富士山の頂上あたりの高さを流れる風が、雲になる寸前まで湿っているということです。
日本付近で、上空に湿った強い風が流れこむのはどんなときでしょうか。代表的なのは、西から低気圧や前線が近づいてくる前です。低気圧の前面では、南寄りの暖かく湿った風が上空に入ってきます。地上はまだ晴れていても、空の上ではもう雨の準備が始まっているのです。
漁師さんや農家さんは、天気予報のない時代から、この「空の上の変化」を富士山という巨大な測定器で読んできました。もちろん外れることもあります。湿った風が来ても、低気圧が南へそれれば雨は降りません。それでも、地上からは見えない上空の湿り気を教えてくれる、確かな手がかりです。
山を越えた風は、そのまま平らに戻らず、上下に波打ちながら風下へ進むことがあります。波の山にあたる場所でまた雲ができると、山から離れた空に、レンズのような雲がぽっかり浮かびます。これが「つるし雲」です。この雲も止まって見えますが、中は強い風が通り抜けています。山の上空は風が強く、空気が大きく波打っているという合図なので、登山者や小型機のパイロットはこの雲を見ると用心するといわれます。
まとめ
笠雲は、山を越える風が頂上の上で持ち上げられ、冷えて水滴になった部分です。雲の形は止まって見えても、中では空気が絶えず入れかわっています。少しの持ち上げで雲になるほど湿った風は、低気圧が近づく前ぶれであることが多いのです。
笠雲は、上空の湿った風に山がかぶせた目印。
止まって見える雲の中を、明日の雨が通り抜けています。
山を越えた風が反対側でどう変わるのかは「山を越えてきた風は、なぜ急に暑くなるの?」で、山の天気が変わりやすい理由は「山の天気は、なぜあんなに急に変わるの?」で詳しく解説しています。
- 山の頂上や、近くの高い山にかかった雲を見つけたら、雲の端と山の稜線の位置関係をスマートフォンで撮ります。
- 5分おきに同じ場所から3〜4枚撮って、見比べます。普通の雲は流れていきますが、笠雲やつるし雲は、ほぼ同じ場所に残っているはずです。
- その日と翌日の天気を記録しておきます。何回か続けると、自分の住む地域で「笠雲のあとに雨」がどのくらい当たるかが分かります。
雲の縁をよく見ると、形は同じなのに、細かな模様が風下側へ少しずつ流れていくのが見えることがあります。雲の中を空気が通り抜けている証拠です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(気象学・大気力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 笠雲(かさぐも):山の頂上にかぶさるようにできる雲。雲の分類では、レンズのような形の雲の仲間とされます。
- つるし雲:山の風下の上空に、ぽっかり浮かぶレンズ形の雲。山を越えた風が波打ってできます。
- 露点:空気を冷やしていったとき、水蒸気が水滴に変わり始める温度。気温と露点の差が小さいほど、空気は湿っています。
中学高校式で確かめる:どれだけ持ち上げれば雲になる?
笠雲ができるかどうかは、「山がどれだけ空気を持ち上げるか」と「何m持ち上げれば雲になるか」の比べっこです。後者を式で求めます。
| 記号で書くと | h = 125 × ( T − Td ) 〔h の単位は m〕 |
| 言葉で書くと | 雲になるのに必要な持ち上げの高さ = 125 m × (気温と露点の差) |
| どこから来る式か | 持ち上げられた空気は、ふくらむために自分の熱を使って冷える(断熱膨張)。気温は100 mで約1℃下がるが、露点は約0.2℃しか下がらない。両者の差が縮まって0になった高さで雲ができる |
| 記号 | 意味と単位 |
| h | 雲になるのに必要な持ち上げの高さ(m) |
| T | 持ち上げる前の空気の気温(℃) |
| Td | 持ち上げる前の空気の露点(℃) |
| 乾いた空気が上るときの気温の下がり方 | 100 mあたり 約1.0℃ |
| 上るときの露点の下がり方 | 100 mあたり 約0.2℃ |
| 湿った日の、上空の気温と露点の差(例) | 3℃ |
| 乾いた日の、上空の気温と露点の差(例) | 10℃ |
| 100 mごとに、気温と露点の差が縮まる量 | 1.0 − 0.2 = 0.8(℃) |
| 差が1℃縮まるのに必要な高さ | 100 ÷ 0.8 = 125(m) |
| 湿った日に雲になるのに必要な持ち上げ | 125 × 3 = 375(m) |
| 乾いた日に雲になるのに必要な持ち上げ | 125 × 10 = 1250(m) |
| 乾いた日は、湿った日の何倍持ち上げる必要があるか | 1250 ÷ 375 ≒ 3.3(倍) |
山が空気を持ち上げる高さを仮に数百mとすると、湿った日なら届き、乾いた日には届きません。東京タワー(333 m)ほど持ち上げるだけで雲になる空気は、それだけ湿っているということです。この差が、笠雲が「出る日」と「出ない日」を分けています。
高校高校+なぜ笠雲は滑らかで、決まった場所にできるのか
高校上の計算で使った「100 mで約1℃」は乾燥断熱減率と呼ばれます。雲ができてからは、水蒸気が水滴に変わるときに熱を出すので、冷え方は100 mで約0.5℃ほどに鈍ります(湿潤断熱減率)。上で求めた高さは、持ち上げ凝結高度と呼ばれる考え方の簡易版です。
高校+笠雲ができやすいのは、大気が「安定」なときです。安定した大気では、持ち上げられた空気はまわりより冷たく重くなり、元の高さへ戻ろうとします。だから空気は自分から積乱雲のようにわき上がらず、山の形に沿って滑らかに上下します。雲の上面と下面がつるりとしているのは、このためです。
大学山岳波:風下に雲が並ぶ理由
安定な大気の中で上下にずらされた空気は、浮力で元に戻ろうとして振動します。この振動の速さを表すのがブラント・バイサラ振動数(浮力振動数)で、典型的な値は毎秒0.01ほどとされます。風速 U の風に乗った空気がこの振動をすると、地面に対して止まった波ができます。これが山岳波(リー波)で、波長はおよそ 2π × U ÷ N になります。
| 風速を浮力振動数でわる | 15 ÷ 0.01 = 1500(m) |
| 2π(約6.28)をかけて波長にする | 1500 × 6.28 = 9420(m) |
風下におよそ10 kmおきに波の山ができ、そこにつるし雲が並ぶことがある、という計算になります。
📖 式の導出や、さらに先の内容:山岳波(ウィキペディア) / 持ち上げ凝結高度(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 言い伝えは、どれくらい当たるのか。 笠雲のあとに雨が降る割合は、季節や雲の形、風向きで変わるとされます。長い期間の観測記録と天気図を照らし合わせた検証は、まだ限られています。
- 山岳波が乱れに変わる条件。 山岳波は、ときに砕けて強い乱気流や、ふもとへの突風を生みます。どんな条件で砕けるのかは、航空の安全のためにも研究が続いています。
- 雲の中の小さな水滴の一生。 笠雲の中では、水滴が生まれて数分で消えます。その間に氷の粒ができるかどうかは、上空の小さなちりの性質に左右されると考えられ、詳しい観測が進められています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。昔からの言い伝えは、数値予報が進んだいまでも、確かめる価値のある研究の題材になっています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「気象とその変化」(露点・雲のでき方) | 上ると冷えて雲になる |
| 高校 | 地学「大気の構造と運動」(断熱変化) | 100 mで約1℃の冷え方 |
| 高校+ | 地学の発展(大気の安定・不安定) | 笠雲が滑らかな理由 |
| 大学 | 気象学・大気力学(浮力振動数、山岳波) | つるし雲が並ぶ間隔 |
| 研究 | 大気境界層・雲物理 | 言い伝えの検証、山岳波の乱れ |
| ― | 生活とのつながり | 山の雲から、半日〜1日先の天気の崩れに気づく |
- 小倉義光『一般気象学(第2版補訂版)』東京大学出版会
- 荒木健太郎『雲を愛する技術』光文社新書
- Durran, D. R. "Mountain Waves and Downslope Winds", Atmospheric Processes over Complex Terrain, Meteorological Monographs, American Meteorological Society (1990)
- レンズ雲(笠雲・吊るし雲)― ウィキペディア
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。笠雲は天気の崩れの目安の1つにすぎません。登山や海・山での活動の判断は、気象庁の天気予報や警報・注意報、自治体等の情報をもとに行ってください。