⚠ 命を守る科学 命を守る科学 流体 予備知識なしでOK 読了 約6分

冠水した道路で、車のドアが開かなくなるのはなぜ?
― 水深30cmで、大人の力を超えます

水につかった車から出られなくなる事故が、大雨のたびに起きています。原因は「ドアが壊れたから」ではありません。外にたまった水が、ドアを内側へ押しつけているからです。しかもその力は、水深がたった30cmでも、大人ひとりの力を超えてしまいます。

公開:2026.09.07 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

激しい雨の夜、いつもの道を車で走っています。線路の下をくぐる、少し低くなった道にさしかかりました。

路面に水がたまっているのは見えますが、深さは分かりません。前の車が通れたので、そのまま進みます。

ところが道の真ん中でエンジンが止まり、水がじわじわ増えてきました。ドアを押しても、びくともしません。

ドアが開かなくなる理由は、2つだけです

1
水は深いほど強く押す

水がまわりのものを押す力は、深さに比例して強くなります。ドアの下のほうほど強く押されるため、水位が上がると力は急激に増えます。

2
外だけ水位が高い間は、押し返せない

ドアの外は水、内側はまだ空気です。この差がある間、ドアは外から内へ押しつけられ続けます。車内に水が入って水位がそろうまで、力の差は消えません。

この2つは、どちらも「水の重さ」という同じ原因から出ています。順に見ていきます。

水深30cmで、どれくらいの力になるの?

水の中では、上に乗っている水の重さのぶんだけ、まわりを押す力が生まれます。これを水圧といいます。深さ10cmの場所より、深さ30cmの場所のほうが、上に乗っている水が多いぶん強く押されます。

ドアは縦に長い板ですから、下のほうほど強く押されることになります。ドア全体が受ける力は、この「下ほど強い押し」を全部足したものです。計算すると、水深30cmで約45kg分、水深60cmでは約180kg分になります。深さが2倍になると、力は4倍です。図1を見てください。

左:水深 30cm 右:水深 60cm 水面 ドア 車内 (空気) 深いほど強い 合計 約45kg分 水面 ドア 車内 (空気) 深いほど強い 合計 約180kg分 深さが2倍になると、ドアを押す力は4倍になります
図1:左が水深30cm、右が水深60cm。ドアの外側にならぶ横向きの黄色い矢印が水圧で、下へいくほど長く(強く)なっています。全部を足した力は、深さが2倍になると4倍にふくらみます。

水位がそろうと、ドアは開きます

ドアを押しつけているのは、外の水と内側の空気の差です。ですから車内に水が入り、内と外の水位が同じ高さになれば、押す力は打ち消し合ってドアは開きます。

ただし、そのときには車内が胸の高さまで水で満たされている、ということでもあります。「待っていれば開く」を当てにするのは危険です。開くのを待つのではなく、水位が低いうちに外へ出るのが基本になります。図2を見てください。

① 外だけ水位が高い ② 窓から出る ③ 水位がそろう 開かない 車内はまだ空気 窓は開く 水位が低いうちに やっと開く 車内も水でいっぱい ③まで待つのではなく、①のうちに②へ進みます
図2:左から右へ時間の流れを示しています。左のコマは外だけ水位が高くドアが開かない状態、中央のコマは窓から外に出る場面、右のコマは車内にも水が入って水位がそろい、ようやくドアが開く状態です。
💡 電動の窓は、水につかってもしばらくは動くことが多い

電気系統が水につかると窓が動かなくなる、と思われがちです。実際には配線やモーターがすぐに止まるとは限らず、水位が上がりきる前なら動くことが多いとされています。ただし当てにはできません。座席のそばに置ける、窓ガラスを割るための道具を備えておくと安心です。

💡 車が浮いてしまう深さは、意外と浅い

車は箱の形をしていて中に空気を抱えているため、水深がタイヤの高さを超えるあたりから浮力で軽くなり始めます。ハンドルもブレーキも効かなくなり、流れがあれば横へ押し流されます。「進めるかどうか」の判断は、ドアが開くかどうかより早い段階で必要になります。

じゃあ、どうすればいいの?

✅ 水がたまった道を見たときの3か条
  1. 深さが分からない水には入らない路面が見えない時点で、その先の深さは分かりません。引き返すのがいちばん確実です。
  2. 止まったら、まず窓を開けるドアより窓のほうが先に使えなくなることがあります。エンジンが止まった直後が、いちばん出やすいときです。
  3. 荷物より先に自分が出る外に出てから、高いところへ移動します。荷物を探しているあいだに水位は上がります。
⚠ 水につかった車を見かけたときは

まず119番へ通報してください。助けようとして水の中へ飛び込まないでください。流れの速さも深さも外からは分からず、助けに向かった人が巻き込まれる事故が起きています。水際には近づかないまま、浮くもの(クーラーボックスや空のポリタンクなど)があれば投げて渡し、救助を待ちます。

まとめ

ドアが開かないのは、車が壊れたからではありません。外の水が深さに応じてドアを押し、その力が水深30cmで約45kg分にもなるからです。水位がそろえば開きますが、そのときには車内も水でいっぱいです。開かなくなる前に、窓から出ます。

水は、深さ30cmで大人の力を超えます。
ドアと戦うのではなく、窓から出るのが正解です。

水の深さと圧力の話は、深海の生き物は、なぜあの水圧でつぶれないの?でも別の角度から扱っています。道路が水につかる前の段階については、晴れているのに、川が急に増水するのはなぜ?もあわせてどうぞ。

🧪 台所で確かめる:深さで力が変わること
  1. 空の2Lペットボトルの側面に、上のほうと下のほうの2か所、同じ大きさの穴をあけます(大人といっしょに)。
  2. 穴を指でふさぎ、水を口元まで入れて、流し台の上で指を同時に離します。
  3. 下の穴から出る水のほうが、勢いよく遠くまで飛ぶことを確かめます。同じ水なのに、深いところほど強く押されている証拠です。

水が減っていくと、飛ぶ距離もだんだん短くなります。押す力が「上に乗っている水の量」で決まっていることが、目で見て分かります。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎・物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(水理学・流体力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:水深30cmのドアにかかる力

ドアのうち水につかっている部分だけを考えます。上端はゼロ、下端が最大という三角形の分布なので、平均の圧力は最大の半分になります。

① もとになる数値
水の密度1000 kg/m³
重力加速度9.8 m/s²
水深0.3 m
ドアの幅(水につかる部分)1.0 m
② 計算してみる
深さ1mあたりの圧力の増え方1000 × 9.8 = 9800
いちばん下(水深0.3m)の圧力9800 × 0.3 = 2940
平均の圧力(三角分布なので半分)2940 ÷ 2 = 1470
水につかっている面積1.0 × 0.3 = 0.3
ドアが受ける力1470 × 0.3 = 441
重さに直すと441 ÷ 9.8 = 45

圧力の単位はパスカル、力の単位はニュートン、最後の行は「何kgの物を持ち上げるのと同じか」に直した値です。答えは45で、45kgの荷物を横向きに押しのけるのと同じことになります。水深が0.6mなら、面積が2倍・平均の圧力も2倍で、約180kg分です。

高校高校+なぜ深さの2乗で効いてくるのか

高校圧力は深さに比例して増えます。同時に、水につかる面積も深さに比例して広がります。力は「平均の圧力 × 面積」ですから、比例するものどうしのかけ算になり、結果として深さの2乗に比例します。

高校+さらに、力がかかる位置も深さで変わります。三角形の分布の重心は、水面から見て水深の3分の2の位置です。この点を圧力の中心と呼びます。ドアのちょうつがいから遠い低い位置に力が集まるため、回転させて開こうとする動きに対しても不利になります。

大学閉じた空間の空気が、抵抗になる

車内の空気は、水が入ってくるにつれて圧縮されます。密閉に近い状態では内側の圧力も上がるため、外との差はいくらか小さくなります。しかし実際の車には多くのすき間があり、空気は逃げていきます。どれだけ抜けるかは車種や損傷の程度で変わります。水理学では、こうした「面にかかる合力とその作用点」の計算が、ダムや水門の設計の基礎になっています。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は目安として読んでください。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・圧力と水圧深いほど強く押される、という話
高校物理基礎・圧力と浮力「式で確かめる」の計算
高校+物理・力のモーメント圧力の中心と、ちょうつがいの話
大学水理学・流体力学面にかかる合力と作用点の計算
研究交通安全工学・交通心理脱出時間と、警告の伝わり方
生活とのつながり大雨のときの運転と、車内への備え
参考・出典
  1. 国土交通省 水管理・国土保全局(河川・洪水対策の情報)
  2. 内閣府 防災情報のページ
  3. 気象庁「防災気象情報」
  4. 日本機械学会編『流体工学』(水圧の分布と圧力の中心に関する基礎的な記述)
  5. 土木学会 水理公式集(静水圧による面への合力と作用点の算定法)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の大雨や冠水の場面では、消防・警察・自治体等の指示に従ってください。