人間の目には、なぜ白目があるの?
― 多くの動物は、視線の向きを隠しています
動物園のゴリラやチンパンジーの目をよく見ると、白い部分がほとんど見えません。人の目だけが、黒目のまわりに広くて真っ白な白目を持っています。白目は「どこを見ているか」を、まわりに知らせる看板のようなものです。多くの動物はその看板を隠し、人は逆に掲げる道を選んだと考えられています。
授業中、先生が黙って教室の後ろを見ました。顔は前を向いたままなのに、みんながつられて後ろを振り返ります。
家では、犬がこちらをじっと見ています。でも犬の目は、黒目がちで、どこを見ているのかいまひとつ分かりません。
人の視線だけが、なぜこんなにはっきり読めるのでしょうか。答えは、黒目のまわりの白い部分にあります。
理由は2つだけ
黒目が少し動くだけで、左右の白目の幅が変わります。白と黒のくっきりした差のおかげで、離れていても視線の向きが読めます。
狙っている獲物や、にらんでいる相手に視線を気づかれると不利です。そのため多くの霊長類は、白目にあたる部分が暗い色で、見えにくくなっています。
つまり白目は、「視線を見せる」ための作りです。人はなぜ、わざわざ手の内を明かすような目になったのでしょうか。順に見ていきます。
白目があると、視線は何メートル先まで読める?
目の玉は、直径が約2.4センチの球です。白目は、その球をおおう丈夫な膜(強膜)の色です。人ではこの膜が白く、まぶたのすき間から広く見えています。
図1のつまみを動かしてみてください。目の玉が少し回ると、黒目は横に数ミリずれます。左の人の目では、白目の幅が左右で変わるので、ずれがすぐに分かります。右の目は、白目の部分が黒目と近い色です。同じだけ動いても、境目がぼやけて分かりにくくなります。
計算してみると、目の玉が10度回ったときの黒目のずれは、約2ミリです。視力1.0の人が見分けられる細かさで考えると、7メートルほど先からでも読める計算になります。もちろん実際は、明るさや顔の向きで変わる目安です。それでも、白と黒の強い差があってはじめて届く距離です。
なぜ、ほかの動物は視線を隠すの?
1997年、日本の研究者の小林洋美さんと幸島司郎さんが、88種の霊長類の目を写真で比べました。その結果、白目の部分がまったく色づいていない種は、人だけでした。目の横長さと、白目が見えている広さも、人がいちばん大きかったと報告されています。
ほかの多くの霊長類では、白目にあたる部分が、黒目や顔の皮膚と近い暗い色でした。こうすると、目の玉がどちらを向いているのか、外からは読みにくくなります。
視線は、心の中の「次の行動」をもらしてしまいます。獲物を狙う側は、視線がばれると逃げられます。群れの中では、じっと見ることが「けんかを売る」合図になる動物もいます。視線を隠すほうが生き残りやすい場面が、自然界には多いのです。
では、なぜ人は逆なのでしょうか。有力なのは「協力の目」という考え方です。2007年の研究では、1歳ごろの赤ちゃんは、相手が顔を動かさず目だけを動かしても、その視線を追いました。一方、チンパンジーなどの大型類人猿は、主に顔の向きを追ったと報告されています。人は、視線を見せ合うことで「あれを見て」と気持ちを伝え合い、協力してきたのかもしれません。
犬の多くは白目が見えにくい目をしています。それでも、人と長く暮らしてきた犬は、人が目で示した方向を読み取るのが得意だという研究があります。見せる目を持つ人と、読む力を育てた犬。ちょうど組み合わせになっているのが面白いところです。
まとめ
白目は、黒目の位置を白い背景で目立たせ、視線の向きを遠くまで知らせる作りです。多くの霊長類は白目の部分が暗い色で、視線を隠しています。人だけが、視線を見せ合って協力する道を選んだと考えられています。
白目は、自分の視線を相手に渡すための看板。
人は「隠す目」をやめて、「見せる目」で協力してきた。
夜の道で動物の目が光る理由は「夜、動物の目が光って見えるのは、なぜ?」、人の目に紫外線が見えない理由は「人の目には、なぜ紫外線が見えないの?」で解説しています。
- 家族や友だちに、顔を正面に向けたまま、目だけで右か左を見てもらいます。
- 1メートル、3メートル、5メートルと離れながら、どちらを見ているか当てます。
- 次に、サングラスをかけてもらうか、部屋を暗くして同じことをします。白目が見えにくいと、当たる距離がどう変わるか比べます。
動物園では、ゴリラやオランウータンの目もよく見てみましょう。黒目と周りの境目が、人よりずっと見えにくいはずです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」「数学Ⅰ」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(比較形態学・発達心理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 強膜(きょうまく):眼球の外側をおおう丈夫な膜。人ではこれが白く見え、「白目」と呼ばれます。
- 虹彩(こうさい):いわゆる黒目の色のついた部分。中央の穴が瞳孔で、光の量を調節します。
- 視線追従:相手の視線を目で追い、同じものを見ること。言葉を覚える前の赤ちゃんにも見られます。
中学高校式で確かめる:視線の動きは、何メートル先から読める?
目の玉を球と考え、黒目がどれだけ横にずれるかを三角比で求めます。そのずれが、視力で見分けられる角度より大きく見える距離を出します。
| 記号で書くと | x = R × sin θ 、 d = x ÷ φ |
| 言葉で書くと | 黒目のずれ = 眼球の半径 × 回した角度の正弦。読める距離 = 黒目のずれ ÷ 見分けられる最小の角度 |
| どこから来る式か | 眼球は中心のまわりに回る球なので、表面の点の横ずれは三角比で決まります。距離の式は、小さな角度では「角度 = 長さ ÷ 距離」とみなせることから来ます。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| x | 黒目の中心が横にずれる長さ(mm) |
| R | 眼球の半径(mm) |
| θ | 目の玉を回した角度 |
| φ | 視力で見分けられる最小の角度(ラジアン) |
| d | ずれを見分けられる距離(mm) |
| 眼球の直径(大人) | 約24 mm とされます |
| 10度の正弦の値 | およそ 0.174 |
| 視力1.0で見分けられる角度(1分角) | およそ 0.00029 ラジアン |
| 眼球の半径(mm) | 24 ÷ 2 = 12 |
| 10度回したときの黒目のずれ(mm) | 12 × 0.174 ≒ 2.1 |
| そのずれを見分けられる距離(mm) | 2.1 ÷ 0.00029 ≒ 7241 |
| メートルに直す | 7241 ÷ 1000 ≒ 7.2 |
目の玉をたった10度回すだけで、黒目は約2ミリずれます。白と黒の差がくっきりしていれば、7メートルほど先からでも読める計算です。ただしこれは、くっきりした白黒の線を見分ける条件での上限の目安です。白目の部分が暗いと境目がぼやけ、読める距離はずっと短くなると考えられます。
高校高校+白目が「白い」しくみと、見分けやすさ
高校強膜は、コラーゲンの繊維が不規則に重なった膜です。繊維の向きがそろっていないため光をあらゆる方向に散らし、白く見えます。同じコラーゲンでも、繊維が規則正しく並ぶ角膜は透明です。
高校+物の境目の見分けやすさは、明るさの差(コントラスト)に強く左右されます。視力検査は白地に黒の高いコントラストで行うため、1分角という値は「いちばん条件がよいとき」の値です。白目の部分が暗いと、黒目との明るさの差が小さくなり、同じずれでも近づかないと見えません。
大学比較形態学と「協力の目仮説」
小林・幸島(1997)は、霊長類88種の目の輪郭の横長さ(縦横比)と、強膜が見えている割合(強膜露出指数)を測りました。人はどちらも最大で、強膜に色素を持たない唯一の種と報告しました。彼らは、多くの霊長類の暗い強膜を「視線のカモフラージュ」と解釈しています。トマセロらの2007年の研究は、人の乳児が目の向きを手がかりに視線追従することを示し、「協力の目仮説(協調的な目仮説)」として知られるようになりました。
📖 式の導出や、さらに先の内容:小林・幸島「人の目の独特な形態」(ネイチャー誌、1997) / 視力(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 白い白目は、本当に人だけか。 その後の研究で、チンパンジーやボノボにも、強膜が比較的明るい個体がいることが報告されています。「人だけが特別」という見方は、程度の差として見直されつつあります。
- 白目が白くなった理由は、協力だけか。 白目の色は、充血や黄ばみで体調も表します。健康の合図として選ばれた可能性など、ほかの説も議論されています。
- 犬が人の視線を読む力は、どこから来たか。 人と暮らすうちに育った能力なのか、もともとの能力なのかは、研究によって見方が分かれています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。白目の進化の物語は、いまも書き換えが続いています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「動物の体のつくり(感覚器官)」 | 強膜・虹彩・瞳孔のしくみ |
| 高校 | 数学Ⅰ「三角比」/生物「動物の反応と行動」 | 黒目のずれの計算、視線と行動 |
| 高校+ | 視覚とコントラスト | 白目の部分が暗いと読みにくい理由 |
| 大学 | 比較形態学・発達心理学 | 88種の比較、乳児の視線追従 |
| 研究 | 人類進化・動物行動学 | 白目の起源をめぐる議論 |
| ― | 生活とのつながり | サングラスで表情や意図が読みにくくなる理由 |
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。白目の進化については複数の説があり、本記事は代表的な研究の紹介にとどまります。目の充血や黄ばみが続くときは、眼科などの医療機関に相談してください。