料理に入れたお酒は、加熱すればアルコールが全部飛ぶって本当?
― 1時間煮込んでも、4分の1ほどが残るとされます
「アルコールは78℃で沸くから、煮ればすぐに飛んでいく」。台所でよく聞く説明です。ところが実際に測ってみると、アルコールはなかなか鍋から出ていきません。水と混ざったアルコールは、水と一緒に、少しずつしか逃げられないからです。
寒くなってきた週末、赤ワインをたっぷり入れてビーフシチューを煮込みます。肉じゃがには日本酒とみりん。台所には、ふわりとお酒の香りが立ちのぼります。
「子どもも食べるけど大丈夫?」と聞かれて、あなたはこう答えるかもしれません。「ちゃんと煮たから、アルコールは飛んでるよ」。
でも、その「飛んでる」は、どれくらい確かなのでしょうか。じつはこの問いには、実際に料理を作って測った研究があります。
なかなか飛ばない理由は2つだけ
水に溶けたアルコールは、78℃になっても自分だけ先に沸きません。混ざった液は全体で沸き、湯気には水とアルコールが両方入ります。湯気の大部分は水です。
湯気に乗って出ていくアルコールの量は、鍋の中の濃さに左右されます。最初はどんどん減りますが、薄くなるにつれて逃げ方が鈍り、最後の少しがなかなか消えません。
順番に見ていきましょう。まずは「実際にどれくらい残るのか」という測定の結果からです。
測ってみると、煮込み1時間で約25%が残る
アメリカ農務省の研究者たちは、お酒を使ったさまざまな料理を実際に作り、残ったアルコールを測りました。その結果をまとめた表がいまも使われています。
図1を見てください。沸いた汁にお酒を入れて、すぐ火を止めた場合は、約85%が残るとされます。15分煮込むと約40%まで下がります。ところがそこから先は、減り方がぐっと鈍くなります。30分で約35%、1時間で約25%、2時間でも約10%が残るとされています。ゼロ近くまで減らすには、2時間半ほど煮込み続ける必要がありました。
なぜ、78℃で全部抜けていかないの?
純粋なアルコールは、約78℃で沸きます。水は100℃です。だから「先にアルコールだけが沸いて抜ける」と考えたくなります。でも、それは2つが別々の液体だった場合の話です。
料理の中では、アルコールは水にすっかり溶け込んでいます。混ざった液は、78℃でも100℃でもない、その間の温度で全体として沸きます。ワインくらいの濃さなら、90℃前後で沸くとされます。そして立ちのぼる湯気には、水とアルコールの両方が入っています(図2)。
たしかに、湯気の中のアルコールは、鍋の中より何倍か濃くなります。だから煮ればアルコールは減っていきます。それでも湯気の大部分は水です。アルコールを全部追い出すには、たくさんの水も一緒に飛ばさなければなりません。汁がほとんど減っていないのに「アルコールだけ飛んだ」ということは起こりにくいのです。
薄くなるほど、逃げ足が鈍る
湯気に乗って出ていくアルコールの量は、そのときの鍋の中の濃さで決まります。濃いうちは、湯気にもアルコールがたくさん乗ります。薄くなると、同じだけ湯気を出しても、運び出せるアルコールは少しになります。
そのため、減り方は「最初は速く、だんだん遅く」なります。図1の折れ線が、最初に急に落ちて、そのあと寝そべるような形になっているのはこのためです。最後の1割を追い出すのに、1時間以上かかることもあるのです。
鍋の形でも結果は変わります。ふたをすると、湯気が鍋の中に戻るので、アルコールは残りやすくなるとされます。口の広い浅い鍋は、湯気がよく出るので減りやすくなります。オーブンで焼くお菓子は、中心がそれほど熱くならないため、25分ほど焼いても半分近くが残るとされています。
お酒に火をつけて炎を上げるフランベは、いかにもアルコールが燃えつきそうに見えます。けれども炎が出ているのは数秒から十数秒で、燃えているのは表面から立ちのぼる湯気の中のアルコールだけです。実測では、約75%が料理に残るとされています。フランベの目的は香りづけで、アルコールを抜くことではないのです。
じゃあ、どう考えればいいの?
ふつうの料理に入るお酒は、1人分にすると多くありません。下の計算のように、ワインを使った煮込みでも、1人分に残るアルコールは缶ビール1本の10分の1ほどです。たいていの人にとっては、気にするほどの量ではないでしょう。
ただし「加熱したからゼロ」ではありません。小さな子ども、妊娠中の人、アルコールを避けるよう言われている人、お酒をやめようとしている人にとっては、ゼロかどうかが大事な場合があります。そうした人に出すときは、お酒を使わない作り方を選ぶほうが確実です。「煮切ったから大丈夫」と思い込まないことが、いちばんの対策です。
まとめ
水に溶けたアルコールは、78℃で自分だけ先に沸くことはできません。湯気に混ざって、水と一緒に少しずつ出ていきます。しかも薄くなるほど出ていき方が鈍るため、1時間煮込んでも約4分の1、フランベでは約4分の3が残るとされます。
アルコールは、湯気に「便乗」してしか鍋を出られない。
だから、煮ても焼いても、すぐには消えません。
同じく「沸騰」にまつわる台所の言い伝えは、お湯に塩を入れると、早く沸くって本当?でも確かめています。料理のお酒のもとになる「発酵」については発酵と腐敗は、何が違うの?、パン生地の中で生まれるアルコールの話はパンはなぜふくらむの?へどうぞ。
- 小鍋に日本酒かみりんを大さじ3ほど入れ、水を大さじ3足して火にかけます。沸いたら30秒で火を止めます。
- さめてから、小皿に少し取って香りをかいでみましょう。まだはっきりとお酒の香りが残っているはずです。
- 同じものをもう一度用意し、今度は弱火で10分ほど煮詰めます。最初の量とくらべて汁がどれくらい減ったかと、香りの強さをくらべてみましょう。
火のそばでは鍋に顔を近づけず、香りは必ず火を止めて冷ましてからかいでください。湯気に火が移ることがあるので、強火で長く熱しないこと。お子さんが確かめるときは、大人が火を扱い、味見はしないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(物理化学・化学工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 沸点:液体が沸騰しはじめる温度。水は100℃、アルコール(エタノール)は約78℃です。混ざった液の沸点は、その間の温度になります。
- 蒸留:液体を沸かして出てきた湯気を冷やし、成分を分ける方法。中学では、ワインからアルコールを多く含む液を取り出す実験で習います。その実験でも、出てくる液は水を含んでいます。
- 残存率:料理の前に入れた成分のうち、できあがりに残った割合。この記事では、入れたアルコールのうち何%が残ったかを指します。
中学高校式で確かめる:ワイン煮込み1人分に、アルコールは何グラム残る?
赤ワイン200ミリリットルを入れて、1時間煮込んだ4人分のシチューを考えます。記号の意味は次のとおりです。A は入れたアルコールの量、R は残存率(時間で変わる)、A残 は残る量です。
| 記号で書くと | A残 = A × R(t)、 A = V × c |
| 言葉で書くと | 残るアルコール =(お酒の量 × アルコール度数)× 煮込み時間で決まる残存率 |
| どこから来る式か | アルコールは消えてなくならず、湯気として鍋を出た分だけ減る(物質の量の保存)。残存率は、湯気に乗って出ていく速さが鍋の中の濃さに左右されることから時間とともにゆっくり下がり、その値は実測で決まる |
| お酒の量 V(赤ワイン) | 200 mL |
| アルコール度数 c | 12%(0.12) |
| 1時間煮込んだときの残存率 R | 約25%(0.25)とされる |
| アルコール1ミリリットルの重さ | 約0.79 g |
| 缶ビール1本(350 mL、5%) | アルコール約14 g とされる |
| 入れたアルコールの量 | 200 × 0.12 = 24 mL |
| 1時間後に残る量 | 24 × 0.25 = 6 mL |
| 重さに直す | 6 × 0.79 ≒ 4.7 g |
| 4人分で割る | 4.7 ÷ 4 ≒ 1.2 g |
| 缶ビール1本とくらべる | 14 ÷ 1.2 ≒ 12 |
1人分に残るアルコールは約1.2グラムで、缶ビール1本のおよそ12分の1です。少ないけれど、ゼロではありません。同じ料理をふたをして煮たり、煮込み時間が15分だったりすると、残存率は40%ほどになり、残る量は1.6倍ほどに増えます。
高校高校+混ざった液は、どう沸くのか
高校高校化学では、沸点の違う液体を分ける方法として「分留」を習います。ただし分留で成分がきれいに分かれるのは、湯気を何度も冷やしては沸かし直す装置を使うからです。鍋で1回沸かしただけでは、湯気は水とアルコールの混合物のままです。
高校+液の濃さと湯気の濃さの関係を、温度ごとに描いた図を「気液平衡図」と呼びます。水とアルコールの場合、薄い液から出る湯気は、液の数倍アルコールが濃くなります。それでも湯気が出るたびに鍋の中は薄まり、湯気に乗るアルコールも減っていきます。これが図1の「寝そべる尾」の正体です。
大学ラウールの法則からのずれと、レイリーの蒸留式
理想的な混合物なら、各成分の蒸気圧は液中の割合に比例します(ラウールの法則)。水とエタノールの混合物はこれから大きくずれ、薄いエタノールは「活量係数」が大きく、実際より出ていきやすくふるまいます。それでもアルコールが残るのは、湯気の量そのものが限られるからです。1回きりの沸騰で液がどれだけ減ると成分がどれだけ減るかは「レイリーの蒸留式」で表され、相対揮発度という量で決まります。また水とエタノールは、質量で約96%のところで「共沸」を起こし、それ以上は蒸留で濃くできません。
📖 式の導出や、さらに先の内容:気液平衡(ウィキペディア) / 共沸(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 料理ごとのばらつき。 よく引用される残存率は、限られた料理での測定にもとづく目安です。鍋の大きさ、火力、具の量、汁の量で、同じ時間でも結果が大きく変わるとされ、家庭の料理での実測は多くありません。
- 具の中に入りこんだアルコール。 肉や野菜に染みこんだアルコールが、汁の中とくらべてどれくらい抜けにくいのかは、まだよく調べられていません。
- 脂や糖との関係。 油脂や糖分が多いと、アルコールの出ていき方が変わる可能性が指摘されています。香りの研究とも関わるテーマです。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。残存率の数字は、料理の条件によって上下する目安として受けとってください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「状態変化と沸点」「蒸留」 | アルコールは約78℃、水は100℃で沸く/ワインの蒸留 |
| 高校 | 化学「分離・精製(分留)」 | 1回沸かすだけでは成分が分かれない理由 |
| 高校+ | 化学の発展「気液平衡」 | 湯気の中のアルコールの濃さと、減り方の鈍り |
| 大学 | 物理化学・化学工学「ラウールの法則」「レイリーの蒸留式」「共沸」 | 残存率が時間とともにゆっくり下がるしくみ |
| 研究 | 食品科学・調理科学 | 料理ごとの残存率のばらつき |
| ― | 生活とのつながり | 子どもや妊娠中の人、お酒を避けたい人に料理を出すときの判断 |
- 米国農務省(USDA)Table of Nutrient Retention Factors, Release 6(2007)
- Augustin, J. et al. "Alcohol retention in food preparation." Journal of the American Dietetic Association, 92(4), 486–488 (1992).
- ウィキペディア「気液平衡」
- ウィキペディア「共沸」
- Harold McGee『On Food and Cooking』(邦訳『マギー キッチンサイエンス』共立出版)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。アルコールの残り方は、料理の方法や条件によって大きく変わります。妊娠中の方や医師からアルコールを控えるよう言われている方は、医師・専門家の指示に従ってください。