自然のふしぎ 天文・宇宙 予備知識なしでOK 読了 約7分

フンコロガシは、なぜ真っ暗な夜でもまっすぐ転がせるの?
― 小さな虫が、天の川を見て方角を決めています

夜のアフリカの草原で、フンコロガシは玉を転がしながら、迷わずまっすぐ遠ざかっていきます。目の上に小さな帽子をかぶせると、とたんに道に迷いました。この虫が見ていたのは、地面ではなく空でした。それも、月ではなく天の川です。

公開:2026.10.06 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

真っ暗な夜、目かくしをされて広い野原に立たされたとします。「まっすぐ100歩、歩いてください」と言われても、たいていの人は大きく曲がってしまいます。

ところが、南アフリカの夜の草原では、親指の先ほどの虫がそれをやってのけます。動物のフンの山から玉を切り出し、逆立ちの姿勢で後ろ向きに押しながら、まっすぐ遠ざかっていくのです。

前も見ず、地図もなく、月さえ出ていない夜に。この虫は、何をたよりに「まっすぐ」を保っているのでしょうか。

理由は2つだけ

1
まっすぐ逃げるのが、いちばん得だから

フンの山のまわりには、玉を横取りしようとする仲間がひしめいています。同じ歩数でいちばん遠くへ離れられる道は、一直線です。

2
空の「明るい帯」を目じるしにしているから

フンコロガシの目では、星を1つずつ見分けるのは難しいとされます。そのかわり、天の川の光の帯の向きを手がかりにしていることが、実験で示されました。

まず「なぜまっすぐでないと困るのか」から見ていきます。そのあとで、真っ暗な夜にそれを可能にしている空の目じるしの話をします。

曲がりくねると、いつまでもフンの山から離れられない

フンの山は、フンコロガシにとって食べ物と子育ての材料が集まる宝の山です。そのぶん競争も激しく、せっかく丸めた玉を、ほかの虫に奪われることがよくあります。だから玉ができたら、一刻も早くその場を離れたいのです。

ここで「向き」が大きく効いてきます。1回押すごとに向きがでたらめに変わると、進んだぶんの多くが打ち消し合います。図1のつまみを動かしてみてください。押した回数を増やすと、まっすぐ進む矢印はどんどん伸びます。一方、向きがでたらめなときに届く距離(点線の円)は、なかなか広がりません。

フンの山 太い矢印:毎回同じ向きに押す(まっすぐ) → 山から 4.9 m 点線の円:毎回でたらめな向き → 平均で約 0.7 m 同じ回数なのに、まっすぐのほうが 約7倍 遠い 1回で10cm進むとした計算
つまみを動かすと、矢印と円の大きさの差が変わります
図1:フンの山(左端)から玉を転がしたときの到達距離。太い矢印は毎回同じ向きに押した場合、点線の円は毎回向きがでたらめな場合の平均的な距離です。つまみで押す回数を4倍にすると、矢印は4倍に伸びますが、円は2倍にしかなりません。

49回押すと、まっすぐなら約5メートル先まで行けます。でたらめな向きでは、平均して1メートルも離れられません。この差は、回数が増えるほど開いていきます。玉を守りたいフンコロガシにとって、「まっすぐ」は生き残りに直結する技なのです。

月のない夜、目じるしは天の川だった

昼のフンコロガシは、太陽の位置を目じるしにしています。夜は月や、月の光が空気に散らばってできる「光の向きのそろい方」(偏光)を使うことが、2003年に報告されていました。

ふしぎだったのは、月の出ていない夜です。それでも一部のフンコロガシは、まっすぐ転がしていました。スウェーデンと南アフリカの研究チームは、ここで大胆な実験をします。虫を南アフリカのプラネタリウムに連れていき、映し出す空を変えて転がし方を比べたのです。

結果は図2のようなものでした。満天の星を映すと、まっすぐ転がしました。天の川の帯だけを映しても、同じくらいまっすぐでした。ところが、明るい星だけを映して天の川を消すと、迷い始めたのです。屋外でも、目の上に小さな帽子をかぶせて空を見えなくすると、道すじは大きく曲がりくねりました。

天の川が見える夜 明るい帯の向きを目じるしにする 一直線に山から遠ざかる 目の上に小さな帽子をかぶせると 空が見えない 山のまわりを曲がりくねる
図2:左は天の川が見える夜。空を斜めに横切る明るい帯を目じるしに、点線の道すじは一直線になります。右は目の上に小さな帽子をかぶせた場合で、道すじは山のまわりで曲がりくねります(研究の結果を模式的に描いたもので、実際の道すじではありません)。

ここで大事なのは、フンコロガシが「どの星か」を覚えているわけではないことです。目的地を探しているのでもありません。行き先はどこでもよく、「いま決めた向きを保つ」ことだけが目的です。そのためには、空のどこかに少し明るい側があれば足ります。天の川は、その役にぴったりの大きな目じるしでした。

💡 玉の上の「ダンス」

フンコロガシは転がし始める前に、玉の上に登ってくるりと回る動きを見せます。空を見渡して、進む向きを決めていると考えられています。途中で障害物にぶつかって向きが狂ったときも、また玉に登って向きを決め直します。

💡 人間の船乗りとは、使い方が逆

人間の船乗りは、北極星のように動かない1つの星を覚えて、目的の方角を知りました。フンコロガシは星座を覚えず、帯全体の明るさの向きだけを使います。天の川は夜のあいだに少しずつ動きますが、数分で転がし終えるなら、その動きはほとんど問題になりません。

まとめ

フンコロガシは、玉を奪われないように、フンの山から一直線に離れます。曲がりくねると、何倍も押しても遠くへ行けないからです。月のない夜にその「まっすぐ」を支えているのが、空を横切る天の川の淡い帯でした。星を1つずつ見分けられない小さな目でも、帯の明るさの向きなら読み取れます。

私たちが見上げて美しいと思う天の川を、
この虫は毎晩、方位磁針として使っています。

北極星が昔から人の道しるべだった理由は「北極星は、いちばん明るい星なの?」で、秋の夜に天の川が目立たない理由は「秋の夜空は、なぜ明るい星が少ないの?」で解説しています。

🧪 目を閉じて「まっすぐ」を試してみよう
  1. 広くて安全な場所(芝生の公園や校庭)で、まっすぐな目標に向かって立ちます。足元に印を置いておきます。
  2. 目を閉じて、目標に向かってまっすぐ30歩、ゆっくり歩きます。必ず誰かにそばで見守ってもらいます。
  3. 目を開けて、目標からどれだけずれたかを見ます。次に、目を開けたまま遠くの1点だけを見て歩き、ずれ方を比べます。

目じるしがあるだけで、まっすぐ歩くのがどれほど楽になるかを体で感じられます。晴れた暗い夜に、街明かりの少ない場所で天の川を探してみると、フンコロガシが見ている「帯」の大きさも実感できます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(確率論・感覚生理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:まっすぐとでたらめで、どれだけ差がつく?

1回押すと玉が進む長さを ℓ、押した回数を N とします。毎回同じ向きなら、進んだ長さはそのまま足し算になります。毎回向きがでたらめなら、平均してどれだけ離れるかは次の式で見積もれます。ここでは計算しやすいように、1回に10cm進むと仮定します(実際の値は、虫の大きさや地面で変わります)。

⓪ もとになる式
記号で書くとまっすぐ:D = ℓ × N / でたらめ:D ≒ ℓ × √N
言葉で書くと山からの距離 = 1回の長さ × 回数。向きがでたらめなら、距離 ≒ 1回の長さ × 回数の平方根
どこから来る式か向きがでたらめな1歩どうしは、平均すると打ち消し合います。打ち消されずに残るのは「距離の2乗」の合計で、それが回数に比例して ℓ² × N になります。その平方根をとった値が平均的な距離です

記号の意味:D は山からの距離(cm)、ℓ は1回に進む長さ(cm)、N は押した回数です。単位は cm で計算します。

① もとになる数値
1回に進む長さ ℓ(仮定)10 cm
押した回数 N100 回
100 の平方根10
② 計算してみる
まっすぐ押した場合の距離10 × 100 = 1000 cm(10 m)
でたらめな向きの場合の距離10 × 10 = 100 cm(1 m)
何倍ちがうか1000 ÷ 100 = 10 倍
でたらめな向きで 10 m 離れるのに必要な回数(N = 回数の2乗)100 × 100 = 10000 回

同じ100回でも、まっすぐなら10倍遠くへ行けます。でたらめな向きで同じ10mを離れるには、100倍の手間がかかります。この差は回数が増えるほど開きます。迷わないことは、それだけで大きな武器になります。

高校高校+向きを保つための「空の目じるし」

高校移動をベクトルの和として考えると、同じ向きの矢印は長さがそのまま足されます。向きがばらばらな矢印は、互いに打ち消し合います。図1の矢印と円の差は、このベクトルの合成の違いそのものです。動物の行動としては、太陽などを基準に一定の角度を保って進む「太陽コンパス」が、ミツバチや渡り鳥でも知られています。

高校+太陽や月の光は、空気の分子に散らばるときに偏光します。空のどの方向でどんな向きに偏光しているかは、太陽や月の位置で決まります。昆虫の複眼の上のふちには、この偏光を感じとる部分(背側縁部)があるとされ、フンコロガシは月明かりの偏光も目じるしにします。

大学ランダムウォークと、昆虫の空のコンパス

向きがでたらめな移動は、確率論でランダムウォークと呼ばれます。出発点からの距離の2乗の平均(平均二乗変位)が歩数に比例するという性質は、液体中の分子の拡散と同じ形をしています。一方、フンコロガシの方角の保ち方は、目的地を目指す「ナビゲーション」ではなく、決めた向きを保つだけの直進定位(メナクシス)に分類されます。夜行性の種は、暗い光でも感度を保つように、多くの光を集める目のつくりを持つとされます。

📖 式の導出や、さらに先の内容:ランダムウォーク(ウィキペディア) / 偏光(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。小さな脳でどうやって空を読んでいるのかは、まだ解き明かされている途中です。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科「地球と宇宙」「動物の体のつくり」天の川の正体、昆虫の目
高校物理「ベクトルの合成」、生物「動物の行動」図1の矢印と円、太陽コンパス
高校+物理「光の偏り」月明かりの偏光
大学確率論、感覚生理学・行動学ランダムウォーク、直進定位
研究動物のナビゲーション研究空の手がかりの組み合わせ、光害
―生活とのつながり目じるしなしでは人もまっすぐ歩けないこと、夜空の明るさ

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。図1の距離は、1回に10cm進むと仮定した模式的な計算です。