ネコのひげは、何を感じているの?
― 毛には神経がなく、根元で「てこ」の動きを読んでいます
ネコのひげの毛そのものには、神経が1本も通っていません。感じているのは根元です。ひげは長い「てこ」で、先にふれたほんのわずかな力を、神経がびっしり集まった根元へ、大きなひねりにして届けています。
夜、明かりを消した部屋で、ネコが家具のすき間をするりと通り抜けていきます。ぶつかる気配もありません。
じゃれているネコの顔をよく見ると、おもちゃに飛びつく瞬間、ひげがぐっと前へ倒れています。まるで手を前に出すようにです。
ひげの先に指でそっとふれると、ネコはすぐにまばたきをしたり、顔をそむけたりします。ただの毛なのに、なぜそんなに敏感なのでしょうか。
ひげが敏感な理由は、2つだけ
ひげは、ふつうの毛よりずっと深く皮ふに埋まっています。その根元を包む袋に、たくさんの神経が集まっています。毛は、根元へ動きを伝える「棒」の役目です。
細い棒は少しの力でしなります。長い棒ほど、先の力は根元で大きな「ひねり」になります。ひげは、ほこりが乗ったほどの力でも根元を動かせる形をしています。
つまり、ひげは「感じる毛」ではなく、「力を根元へ運ぶてこ」です。順番に見ていきましょう。
毛そのものには、神経がない
髪の毛を切っても痛くないのと同じで、ネコのひげも、毛の部分には神経が通っていません。生きた細胞もありません。毛は、皮ふが作った固いたんぱく質の棒です。
秘密は根元にあります。ひげの根元は、ふつうの毛よりずっと深いところまで埋まっています。そのまわりを血液で満ちた小さな袋が包み、そこに神経の先がびっしりと並んでいます。ひげ1本の根元に、百本をこえる神経線維がつながるとされます。
ひげの先に何かがふれると、毛は根元を支点にしなります。すると根元が袋の中でわずかに傾き、まわりの神経を押します。図1を見てください。つまみで、ひげの先を押し下げる量を変えられます。
図1の初めの状態では、ひげの先が1ミリ下がっています。このとき先にかかる力は、1円玉の重さの約3000分の1と見積もれます。重さでいえば、0.3ミリグラムほどです。それでも根元はちゃんとひねられ、神経に届きます。
長いほど、細いほど、敏感になる
ひげが「てこ」だというのは、こういう意味です。根元をひねる力は、先にかかる力に、ひげの長さをかけたものになります。同じ力でふれても、ひげが2倍長ければ、根元のひねりは2倍になります。
しなりやすさは、太さにもっと強く左右されます。棒の太さが2倍になると、曲げにくさは16倍になります。ネコのひげは根元が太く、先へ行くほど細くとがっています。いちばん細い先端は、ごくわずかな力でもしなるわけです。
一方で、根元が太いので、毛全体はぐにゃりと折れません。先は敏感に、根元はしっかり力を伝える。細くとがった形は、この2つを両立させています。
ネコは、ひげを何に使っているの?
ネコは暗い場所が得意な動物ですが、真っ暗では目も働きません。そんなとき、ひげが周りの物の位置を教えます。顔の横に広がるひげは、すき間の幅を確かめるのに役立つと考えられています。
意外なのは、目の前のごく近い所です。ネコは、顔に近すぎる物に目の焦点を合わせるのが苦手だとされます。獲物に飛びつく瞬間にひげを前へ倒すのは、見えにくい距離を、ひげでさわって補うためだと考えられています。
ひげは、風のかすかな流れも感じるとされます。物のそばでは空気の流れが変わるので、ふれる前に何かがあると気づける可能性があります。
ネコには、目の上、ほおの後ろ、あごの下にも、同じしくみの毛があります。前足の裏側の手首近くにも数本あり、つかんだ獲物の動きを感じるとされます。口の両側のひげは、左右12本ずつ、合わせて24本ほどが一般的です。
ひげを切っても痛みはありません。毛に神経がないからです。しかし、てことして働く長さが失われるので、ネコは周りの様子をつかみにくくなります。ひげは自然に抜けて生えかわるので、落ちていても心配はいりません。
まとめ
ネコのひげの毛そのものには神経がありません。ひげは長く細い「てこ」で、先にふれたかすかな力を、神経が集まった根元へひねりとして届けます。暗い所や、目の焦点が合わない近い所を、ネコはひげでさわって確かめています。
ひげは、感じる毛ではない。
かすかな力を根元へ運ぶ、長いてこです。
ネコの体の力学は、猫が空中で体をひねって足から着地するしくみや、高い所から落ちても平気な理由でも紹介しています。暗闇で物を感じる別の方法は、ヘビが熱で獲物を見つけるしくみをどうぞ。
- 腕のうぶ毛の先だけを、皮ふにふれないように指先でそっと動かします。毛には神経がないのに、根元のあたりで「何かがさわった」と分かるはずです。
- 30センチの定規を机のふちから20センチほど出し、手で机に押さえます。先を指で軽く押して、どれくらいしなるかを見ます。
- 次に、出す長さを10センチにして、同じくらいの力で押します。長いほうが、ずっと小さな力で大きくしなることが分かります。
ネコのひげにさわって試すのはやめましょう。ネコはひげにふれられるのをいやがることが多いからです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(材料力学・神経科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 洞毛(どうもう)・触毛:根元が血液で満ちた袋に包まれ、神経が集まった感覚用の毛。ネコのひげはこれにあたります。
- てこ・力のモーメント:棒を回そうとするはたらきの大きさ。力 × 支点からの長さ、で決まります。
- 片持ちはり:一方の端だけを固定し、もう一方が自由な棒。ひげ、飛びこみ台、机から出した定規がこの形です。
中学高校式で確かめる:ひげの先を1ミリ曲げるのに、どれだけの力が要るか
ひげを、根元の太さのまま一様な丸い棒とみなして概算します。本物は先へ行くほど細いので、実際にはこれよりさらに小さな力でしなると考えられます。長さの単位はミリメートル、力の単位はニュートン(N)でそろえます。
| 記号で書くと | F = 3 × E × I × δ ÷ L³ (ただし I = π × d⁴ ÷ 64) |
| 言葉で書くと | 先を押す力 = 3 × 材料の固さ × 断面の曲げにくさ × 先の下がり量 ÷(長さの3乗) |
| どこから来る式か | 片持ちはりの曲げの式。棒の各点で、曲げようとする力のモーメントと、材料が元に戻ろうとする力がつり合う条件から出ます |
| 記号 | 意味と単位 |
| F | 先端を押す力(N) |
| E | ヤング率=材料の固さ(N/mm²) |
| I | 断面二次モーメント=断面の形で決まる曲げにくさ(mm⁴) |
| δ | 先端が下がる量(mm) |
| L、d | ひげの長さと、根元の太さ(mm) |
| ひげの長さ L | 60 mm(口の横の長いひげの目安) |
| 根元の太さ d | 0.2 mm(0.2〜0.3 mm ほどとされます) |
| 毛の固さ E | 3000 N/mm²(毛の主成分ケラチンは数千 N/mm² ほどとされます) |
| 先の下がり量 δ | 1 mm |
| 1円玉の重さにかかる重力 | 0.0098 N |
| 太さの2乗 | 0.2 × 0.2 = 0.04 |
| 太さの4乗 | 0.04 × 0.04 = 0.0016 |
| π をかける | 3.1416 × 0.0016 ≒ 0.005027 |
| 64 でわって、断面の曲げにくさ I(mm⁴) | 0.005027 ÷ 64 ≒ 0.0000785 |
| 材料の固さをかける(E × I) | 3000 × 0.0000785 ≒ 0.2355 |
| 3 をかける(δ は 1 mm なのでそのまま) | 3 × 0.2355 ≒ 0.7065 |
| 長さの2乗 | 60 × 60 = 3600 |
| 長さの3乗 | 3600 × 60 = 216000 |
| 先を押す力 F(N) | 0.7065 ÷ 216000 ≒ 0.0000033 |
| 1円玉の重さの何分の1か | 0.0098 ÷ 0.0000033 ≒ 2970 |
| 根元をひねる力のモーメント(N・mm) | 0.0000033 × 60 ≒ 0.000198 |
ひげの先を1ミリ下げる力は、約0.0000033ニュートン(3.3マイクロニュートン)です。1円玉の重さの約3000分の1、つまり0.3ミリグラムほどの物が乗った重さにあたります。式に d⁴ が入っているので、太さが2倍なら必要な力は16倍、長さが半分なら8倍になります。細く長いひげが敏感なのは、この形のおかげです。
高校高校+根元は「力」ではなく「ひねり」を読む
高校高校物理では、棒を回そうとするはたらきを「力のモーメント」と呼び、力 × うでの長さで表します。ひげの先に力 F がかかると、根元には F × L のモーメントがかかります。長いひげほど、同じ力でも根元を強くひねるのはこのためです。
高校+ネズミのひげを使った研究では、根元にかかるモーメントの向きと大きさから、ふれた物までの距離や方向が読み取れる可能性が示されています。同じ力でも、先の近くでふれるか根元の近くでふれるかで、モーメントが変わるからです。
大学オイラー・ベルヌーイのはりの理論と、洞毛の神経
上の式は、材料力学の「オイラー・ベルヌーイのはりの理論」で、片持ちはりの先端に集中荷重がかかる場合の解です。曲げにくさは、ヤング率 E と断面二次モーメント I の積 EI(曲げ剛性)で決まります。先へ細くなるひげでは I が場所ごとに変わるので、実際の研究では先細りのはりとして数値計算します。根元の洞毛には、血洞と呼ばれる血液の袋と、メルケル細胞など何種類もの機械受容器があり、ネズミでは信号が大脳の「バレル皮質」へ、ひげ1本ごとに区画を分けて届くことが知られています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:カンチレバー(片持ちはり)― ウィキペディア / 洞毛 ― ウィキペディア
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- ひげの幅は、体の幅と同じなのか。 「左右のひげの先の幅は体の幅と同じで、すき間を通れるか測っている」とよく言われます。しかし、これをきちんと確かめた研究は少なく、成長や体重の変化との関係もはっきりしていません。
- ネコの脳は、ひげと目の情報をどう合わせているのか。 ひげの研究はネズミが中心で、ネコの脳でどう処理されているかは、まだ分からないことが多いとされます。
- 空気の流れをどこまで読めるのか。 ひげが風を感じることは示されていますが、暗闇で物をよけるのにどれほど役立っているかは、研究が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくにネコについての細かな数値は、個体差が大きいことに注意してください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「力のはたらき」「刺激と反応」 | てこ、感覚器と神経 |
| 高校 | 物理「剛体のつり合い」、生物「受容器」 | 力のモーメント、機械的な刺激を受け取る細胞 |
| 高校+ | 物理の発展 | モーメントから、ふれた場所を読み取る話 |
| 大学 | 材料力学、神経科学 | はりの理論、曲げ剛性、バレル皮質 |
| 研究 | 動物行動学、触覚の神経科学 | ひげの幅と体の幅、ネコでの情報処理 |
| ― | 生活とのつながり | ネコのひげを切らない、定規のしなり |
- ウィキペディア「洞毛」
- ウィキペディア「断面二次モーメント」
- Ahl, A. S. (1986). The role of vibrissae in behavior: a status review. Veterinary Research Communications, 10, 245–268.
- Prescott, T. J., Mitchinson, B., & Grant, R. A. (2011). Vibrissal behavior and function. Scholarpedia, 6(10), 6642.
- Quist, B. W., & Hartmann, M. J. Z. (2012). Mechanical signals at the base of a rat vibrissa: the effect of intrinsic vibrissa curvature and implications for tactile exploration. Journal of Neurophysiology, 107, 2298–2312.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。ひげの長さや太さには個体差があります。ネコの体調に気になる点があれば、獣医師に相談してください。