ヘビは、なぜ真っ暗でも獲物の場所がわかるの?
― 顔の小さな穴で、体温の「光」を見ています
月のない夜、ヘビは目がほとんど役に立たない暗さの中でも、ネズミに正確に飛びかかります。手がかりは、温かい体が出している、人の目には見えない光です。マムシやハブは、その光を感じる「第二の目」を顔に持っています。
冬の朝、ストーブの前に手をかざすと、触れていないのに手のひらがじんわり温かくなります。ストーブから、目に見えない何かが届いているからです。
では、目をつぶったまま、部屋のどこにストーブがあるかを指させるでしょうか。大まかな向きは分かっても、場所をぴたりと当てるのは難しいはずです。
ヘビは、これをはるかに弱い熱でやってのけます。相手はストーブではなく、小さなネズミ1匹の体温です。
理由は2つだけ
どんな物も、温度に応じた光を出しています。体温くらいの物が出すのは、目に見える光より波が長い「赤外線」です。暗闇でも、ネズミは赤外線でぼんやり光っています。
マムシやハブの目と鼻のあいだには、小さな穴があります。奥には、ごくうすい膜が張られています。入口がせまいので、光が来た向きによって、膜の温まる場所が変わります。
つまりヘビは、熱を「感じる」だけでなく、どの方向から来たかを「見て」います。順番に見ていきましょう。
暗闇でも、温かい物は光っている
鍛冶屋の鉄は、熱いほど赤から白へと色を変えて光ります。温度が下がると光は暗くなり、やがて目には見えなくなります。けれど、光が止まったわけではありません。
温度が下がるほど、出てくる光の波は長くなります。体温くらいになると、いちばん強く出る波の長さは、目に見える赤い光のおよそ12倍です。人の目には、まったく見えない光です。
図1を見てください。つまみで物の温度を変えると、山の形の線(出てくる光の強さ)が左右に動きます。左の細い帯が、人の目に見える光の範囲です。体温の山は、その帯からずっと右に離れています。
下の2本の棒にも注目してください。体温37℃の物は、17℃の地面より3割ほど強く赤外線を出しています。夜の森で、ネズミは冷えた地面の上に「明るい点」として浮かんで見えるわけです。
穴の奥の膜が、光の向きを読みとる
ヘビの「熱の目」は、ピット器官と呼ばれます。図2の左のように、マムシの顔では、目と鼻の穴のあいだにくぼみがあります。ニシキヘビやボアでは、唇のふちに小さな穴が並んでいます。
図2の右が、穴の中のつくりです。奥には、厚さ0.015ミリほどとされる、ごくうすい膜が張られています。膜の裏側は空気の部屋で、熱が逃げにくくなっています。うすくて軽いので、わずかな赤外線でもすぐに温まります。
膜には、温度の変化を感じる神経の先が、びっしり並んでいます。感じとれる温度の変化は、1000分の1℃ほどとも言われます。
入口がせまいので、ピットは「針穴写真機」のようにはたらきます。左上から来た光は膜の下側に、左下から来た光は上側に当たります。左右に1つずつあるピットを比べれば、向きはさらにはっきりします。
目をふさいだガラガラヘビでも、温かい的には正確に飛びかかれることが、古い実験で確かめられているとされます。脳の中では、目からの像とピットからの像が重ね合わされていると考えられています。
ストーブの前で手が温かいのは、人の肌も赤外線を受けとっているからです。ただ、肌は厚くて温まりにくく、受けた場所の「絵」も作れません。ヘビは、同じ光を、うすい膜とせまい入口で「像」に変えています。
血を吸うチスイコウモリは、鼻のまわりで獲物の温かい血管の位置を感じとるとされます。山火事の熱に引き寄せられる甲虫もいます。どれも、ヘビとは別々に、似た能力を身につけたと考えられています。
まとめ
体温のある生き物は、暗闇でも赤外線でぼんやり光っています。マムシやハブは、顔のピットの奥にあるうすい膜で、その光が来た向きを読みとります。人の目には真っ暗な夜も、ヘビにとっては、獲物だけが明るく浮かぶ景色です。
暗闇は、だれにとっても暗いわけではない。
ヘビは、体温という「光」で夜を見ている。
温かい物が出す光そのものについては、たき火にあたると顔だけ熱いのはなぜ?や鍛冶職人が鉄の色で温度を知るしくみも読んでみてください。音で暗闇を「見る」生き物の話は、コウモリの記事にあります。
- 暗い部屋で、温かいマグカップを顔の横20センチほどに置き、目を閉じて頬で向きを当ててみます。
- 次に、カップと顔のあいだに厚紙を立てます。紙1枚で、温かさがすっと消えるのを感じてみましょう。光と同じく、まっすぐ進んでさえぎられるからです。
- 最後に、筒状に丸めた紙を頬に当てて、筒の先をカップに向けたり外したりします。せまい入口で向きを絞ると、方向が分かりやすくなるかを比べます。
熱い飲み物は、やけどしない温度にして使ってください。ヘビのピットは、筒の方法をとても小さく、とても敏感にしたものだと考えると分かりやすくなります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱物理学・感覚生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 熱放射:物が、温度に応じた光(電磁波)を出して熱を伝えること。間に空気がなくても伝わります。
- 赤外線:赤い光より波が長く、目には見えない光。体温くらいの物が出す光の大部分はこれです。
- ピット器官:マムシの仲間やニシキヘビ・ボアが持つ、赤外線を感じる器官。マムシの仲間では目と鼻のあいだにあり、頬窩(きょうか)とも呼ばれます。
中学高校式で確かめる:ネズミが出す光は、どんな光で、どれくらい明るいか
体温の獲物が出す光の「色(波の長さ)」と「明るさ」を、2つの式で計算します。体の表面の温度は場所によって30℃台と幅がありますが、ここでは簡単のため37℃とします。
| 記号で書くと | λ = b ÷ T と M = σ × T⁴ |
| 言葉で書くと | いちばん強く出る光の波長 = 定数 ÷ 温度。表面1平方メートルから出る光の強さ = 定数 × 温度の4乗 |
| どこから来る式か | 温度だけで決まる「理想的な物」の出す光(黒体放射)の法則。前者をウィーンの変位則、後者をシュテファン=ボルツマンの法則と呼びます。温度は絶対温度(K)で入れます。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| λ | いちばん強く出る光の波長(μm、1μm は1000分の1ミリ) |
| T | 物の表面の絶対温度(K)。℃に273を足した値 |
| b | ウィーンの定数。およそ 2898 μm・K |
| M | 表面1平方メートルから出る光の強さ(W/m²) |
| σ | シュテファン=ボルツマン定数。およそ 5.67 × 10⁻⁸ W/(m²・K⁴) |
| ウィーンの定数 | 2898 μm・K |
| 人の目に見える光のいちばん長い波長(赤の端) | およそ 0.78 μm |
| 310を4回かけた数 | およそ 92.35 億(92.35 × 10⁸) |
| 夜の地面の温度(17℃=290 K)で、290を4回かけた数 | およそ 70.73 億(70.73 × 10⁸) |
肌や毛は赤外線をほぼ理想的に出す(放射率が1に近い)とされるので、式をそのまま使います。σ の 10⁻⁸ と、4乗の 10⁸ は打ち消し合います。
| 体温を絶対温度に直す | 37 + 273 = 310 |
| いちばん強い波長(μm) | 2898 ÷ 310 ≒ 9.35 |
| 目に見える赤の端と比べると | 9.35 ÷ 0.78 ≒ 12.0 |
| 獲物の表面が出す光の強さ(W/m²) | 5.67 × 92.35 ≒ 523.6 |
| 地面が出す光の強さ(W/m²) | 5.67 × 70.73 ≒ 401.0 |
| 1平方メートルあたりの差(W/m²) | 523.6 − 401.0 = 122.6 |
| 地面と比べて何倍か | 523.6 ÷ 401.0 ≒ 1.31 |
獲物が出す光は、波長およそ9.3μmで、目に見える光のおよそ12倍の長さです。明るさは地面のおよそ1.3倍。人には見えなくても、ピットには「冷えた背景に浮かぶ、3割明るい点」として届きます。これが図1の山の位置と、下の棒の長さです。
高校高校+熱は「光」として運ばれる
高校熱の伝わり方には、伝導・対流・放射の3つがあります。ピットが使うのは放射で、赤外線は電磁波の一種です。電磁波は空気がなくても進み、まっすぐ進んでさえぎられます。だから「向き」の情報を運べます。
高校+黒体放射の光の強さを波長ごとに表したのがプランクの放射則で、図1の山の形はその概形です。山の頂点の位置を与えるのがウィーンの変位則、山の下の面積の合計がシュテファン=ボルツマンの法則にあたります。
大学膜の中で、熱はどうやって神経の信号になるのか
2010年の研究で、ピット膜の神経では温度に反応するイオンの通り道「TRPA1チャネル」が大量にはたらいていることが報告されました。ほかの動物では刺激物の検知にも使われる分子が、ヘビでは赤外線による温度上昇のセンサーになっていると考えられています。膜は三叉神経に支配され、信号は中脳の視蓋で目からの像と統合されるとされます。せまい入口による結像は、ピンホールカメラの光学として扱えます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ピット器官(ウィキペディア) / ウィーンの変位則(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- ヘビは、どれくらい「くっきり」見えているのか。 入口が大きめなので像はぼやけるはずですが、脳の処理で鮮明にしている可能性が議論されています。
- どこまで遠くの獲物を感じられるのか。 背景との温度差や大きさで大きく変わり、種によっても違うため、決まった値は出しにくいとされます。
- なぜ別々の系統で、似た器官が生まれたのか。 マムシの仲間とニシキヘビ・ボアは、それぞれ独立にピットを持ったと考えられており、その道すじは研究が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ヘビが実際にどんな景色を見ているかは、ヘビにしか分かりません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「熱の伝わり方」「光の進み方」 | 体温の物も見えない光を出す、光はまっすぐ進む |
| 高校 | 物理「電磁波」、生物「刺激の受容」 | 赤外線、膜の神経が温度変化を感じる |
| 高校+ | 物理の発展「黒体放射」 | ウィーンの変位則、シュテファン=ボルツマンの法則 |
| 大学 | 熱物理学、感覚生理学、神経科学 | TRPA1チャネル、視蓋での像の統合、ピンホール光学 |
| 研究 | 進化生物学、感覚生態学 | 像の鮮明さ、感知距離、器官が独立に生まれた理由 |
| ― | 生活とのつながり | ストーブの温かさ、温度を色で映すカメラのしくみ |
- Gracheva, E. O. et al. (2010) Molecular basis of infrared detection by snakes. Nature 464, 1006–1011.
- Newman, E. A. & Hartline, P. H. (1982) The infrared "vision" of snakes. Scientific American 246(3).
- Bullock, T. H. & Diecke, F. P. J. (1956) Properties of an infra-red receptor. Journal of Physiology 134.
- Gracheva, E. O. et al. (2011) Ganglion-specific splicing of TRPV1 underlies infrared sensation in vampire bats. Nature 476.
- 国立天文台 編『理科年表』(物理定数:ウィーンの定数、シュテファン=ボルツマン定数)丸善出版
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。野外でヘビを見かけても、手を出さずに離れてください。