台風は、どこまで強くなれるの?
― 上限を決めているのは、海の温度と空の上の寒さです
台風はいくらでも強くなれるわけではありません。台風は、暖かい海から熱を受け取って回る「エンジン」です。燃料の量と、風が強くなるほど急に効くブレーキ。この2つのつり合いで、風の速さには天井ができます。
秋のニュースで「猛烈な台風」という言葉を聞きます。中心の気圧は900ヘクトパスカルを切り、最大風速は秒速60メートル近く。画面には、きれいな渦と、ぽっかり空いた目が映っています。
ふと思います。もっと暑い海の上なら、秒速100メートル、200メートルの台風も生まれるのでしょうか。
実は、そうはなりません。観測史上もっとも強いクラスの台風やハリケーンでも、風速はほぼ同じあたりで頭打ちになっています。そこには、はっきりした理由があります。
上限ができる理由は2つだけ
台風の力の源は、海から蒸発した水蒸気が雲になるときに出す熱です。海の温度で、空気が受け取れる水蒸気の量は決まってしまいます。
風が2倍になると、受け取る熱はおよそ2倍にしかなりません。ところが海面との摩擦で失う分は、およそ8倍に増えます。どこかで必ず追いつかれます。
つまり台風は、アクセルとブレーキが同時に効いている車のようなものです。アクセルの強さは海の温度で決まり、ブレーキは速く走るほど強く効きます。順番に見ていきましょう。
台風は、海の熱で回る「エンジン」です
台風の中心のまわりでは、海面すれすれの風が渦を巻きながら中心へ吹き込みます。このとき風は、暖かい海から熱と水蒸気をたっぷり受け取ります。
中心の近くまで来た空気は、目のまわりの雲の壁を一気に上昇します。上昇すると冷えて、水蒸気が雲つぶになります。このとき、蒸発のときに受け取った熱が空気の中で放たれ、空気をさらに押し上げます。
空気は高さ15キロほどの空の上まで届き、そこで外へ流れ出します。そこはマイナス70℃を下回る、とても寒い場所です。空気はそこで熱を宇宙へ捨て、遠くで静かに沈んでいきます。図1を見てください。
暖かいところで熱を受け取り、寒いところで捨てる。これは、自動車のエンジンや火力発電所と同じ「熱機関」のしくみです。熱機関は、熱いほうと冷たいほうの温度差が大きいほど、熱を動きに変える割合が大きくなります。
台風の場合、熱いほうは27℃前後の海面です。冷たいほうは、マイナス73℃ほどの上空です。この100℃もの温度差が、台風に大きな効率を与えています。ただし燃料の量には限りがあります。海の温度で、空気が抱えられる水蒸気の量に上限があるからです。
風が強くなると、ブレーキが急に効きはじめる
では、燃料さえあれば風はどこまでも強くなるのでしょうか。ここで2つめの理由が効いてきます。
海から受け取る熱は、海面を吹く風が速いほど増えます。速い風ほど、海面の上の空気を次々と入れ替えるからです。ただし増え方は、風速に比例する程度です。
一方、海面との摩擦で失うエネルギーは、風速の3乗に比例して増えます。風速が2倍なら8倍、3倍なら27倍です。弱い台風のうちは、受け取る熱のほうが勝って、風はどんどん強まります。しかしある風速で、失う分が受け取る分に追いつきます。そこが、その海の上での上限です。
図2は、海の温度とこの上限の関係を、もっとも簡単な形の式で計算したものです。27℃の海なら、上限はおよそ秒速74メートル。30℃を超える海なら、秒速80メートルを超えます。どれだけ条件がそろっても、秒速100メートルを大きく超える台風は、今の地球の海では生まれにくいと考えられています。
実際の記録もこの見積もりとよく合います。1979年の台風第20号(ティップ)は、中心気圧870ヘクトパスカルを記録したとされます。2015年のハリケーン・パトリシアは、最大風速が秒速95メートルほどと見積もられています。どちらも30℃前後の暖かい海で生まれた、観測史上もっとも強いクラスの嵐です。
強い風は海をかき混ぜ、深いところの冷たい水を海面へ引き上げます。台風がゆっくり進むほど、自分の足元の海が冷えて、燃料が細ります。台風が通ったあとの海には、冷えた水の帯が残ることが知られています。上限まで届く台風が少ないのは、このためでもあります。
日本の近くの海は、熱帯より冷たいことが多く、燃料が減ります。さらに上空の強い西風が、台風の雲の柱を斜めに傾けます。ただし日本の南の海が例年より暖かい年は、勢力を保ったまま近づきやすいとされています。
「猛烈な台風」という予報は、その台風が上限に近いところまで育っていることを意味します。上限があるからといって、安心してよいわけではありません。秒速54メートルの風でも、風が物を押す力は秒速20メートルの風のおよそ7倍です。予報で強さの言葉を聞いたら、早めに備えるきっかけにしてください。
まとめ
台風は、暖かい海で熱を受け取り、寒い上空で捨てる熱機関です。燃料の量は海の温度で決まり、風が強くなるほど海面の摩擦で失う分が急に増えます。この2つがつり合うところに、風速の天井があります。今の地球の海では、その天井はおよそ秒速75〜85メートルです。
台風の天井は、海の温度と空の寒さで決まっている。
だから海が暖かくなれば、天井も少しずつ上がる。
台風のしくみをもっと知りたい人は、台風の目はなぜ晴れているのか、台風で海面が盛り上がる理由、風速40メートルの風の強さも読んでみてください。
- 台風が来ている時期に、気象庁の台風情報で、その台風の中心気圧と最大風速、強さの区分を確かめます。
- 同じ日の海面水温の図(気象庁の「海洋の健康診断表」など)を開き、台風の進む先の海が26℃より暖かいか、冷たいかを見ます。
- 1日ごとに記録して、暖かい海の上で強まり、冷たい海に入ると弱まっていくかを確かめます。
台風が通ったあとの海面水温の図を見ると、進路に沿って海が冷えた帯が見つかることもあります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(気象力学・熱力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 潜熱(せんねつ):水が蒸発するときに受け取り、水蒸気が水に戻るときに放つ熱。台風の燃料はこれです。
- 熱機関:高い温度のところで熱を受け取り、低い温度のところへ捨てる間に、熱の一部を動きに変えるしくみ。
- 最大潜在強度:その海と大気の条件で、台風が理論上到達しうる最大の強さ。ポテンシャル強度とも呼ばれます。
中学高校式で確かめる:27℃の海で、風速の上限はいくつ?
海から受け取る熱で生まれる力と、海面の摩擦で失う力がつり合う風速を求めます。単位は、風速が秒速メートル、熱の差が1キログラムの空気あたりのジュールです。
| 記号で書くと | V² = (Ck ÷ Cd)×(Ts − To)÷ To × Δk |
| 言葉で書くと | 風速の上限の2乗 = 熱の受け取りやすさと摩擦の受けやすさの比 × エンジンの効率 × 海面と空気の熱の差 |
| どこから来る式か | 海面から受け取る熱(風速に比例)を効率の分だけ風の力に変えた量と、海面の摩擦で失う量(風速の3乗に比例)のつり合い。両辺を風速で割ると、風速の2乗が残ります |
| 記号 | 意味と単位 |
| V | 海面近くの最大風速(m/s) |
| Ck、Cd | 海面から熱が移る効率を表す係数と、摩擦を表す係数(単位なし) |
| Ts | 海面の温度(K、ケルビン。℃に273を足した値) |
| To | 上空で空気が流れ出す高さの温度(K) |
| Δk | 海面すれすれの湿った空気と、まわりの空気との熱の量の差(J/kg) |
| 海面の温度 | 27℃(およそ 300 K) |
| 流れ出す高さの温度 | −73℃(およそ 200 K)とされる |
| Ck と Cd の比 | およそ 1 とされる |
| 27℃で空気が抱えられる水蒸気 | 1 kg あたり およそ 21.9 g |
| まわりの空気の湿度 | およそ 80%(足りない分は 20%) |
| 水 1 g が蒸発するときの熱 | およそ 2500 J |
| 海面と上空の温度差 | 300 − 200 = 100 |
| エンジンの効率 | 100 ÷ 200 = 0.5 |
| 海面でさらに受け取れる水蒸気(g) | 21.9 × 0.2 ≒ 4.4 |
| 熱の差 Δk(J/kg) | 4.4 × 2500 = 11000 |
| 風速の2乗 | 0.5 × 11000 = 5500 |
| 風速の上限(m/s) | 5500 の平方根は およそ 74 |
| 時速に直す(km/h) | 74 × 3.6 ≒ 266 |
27℃の海の上で台風が到達しうる風速は、およそ秒速74メートル、時速270キロ近くです。図2のつまみは、この計算を海面水温ごとに行っています。
| 猛烈な台風の基準との比 | 74 ÷ 54 ≒ 1.37 |
| 風が物を押す力の比(風速の2乗) | 1.37 × 1.37 ≒ 1.88 |
| 猛烈な台風の基準と、秒速20メートルの風の比 | 54 ÷ 20 = 2.7 |
| そのときの押す力の比 | 2.7 × 2.7 ≒ 7.3 |
上限いっぱいの台風は、「猛烈な台風」の入り口の風より、物を押す力がおよそ1.9倍強いことになります。
高校高校+熱機関としての台風
高校高校物理の熱力学では、熱機関の効率の上限が、高温側と低温側の絶対温度で決まることを学びます。台風では、高温側が海面、低温側が上空の圏界面(対流圏のいちばん上)にあたります。水が蒸発するときの潜熱は、温度が1℃上がるごとに飽和水蒸気量がおよそ6〜7%増えるため、海が暖かいほど燃料が増えます。
高校+上の式で効率を(Ts − To)÷ Ts ではなく(Ts − To)÷ To としているのは、摩擦で生まれた熱が、もう一度燃料として使われるためとされています。摩擦の熱が海面近くの空気を温め、それがまたエンジンに入るのです。
大学最大潜在強度の理論
この記事の式は、エマニュエルが1986年に示した最大潜在強度(ポテンシャル強度)の理論を、もっとも簡単な形にしたものです。台風を、海面で等温的に熱を受け取り、上空で熱を捨てるカルノーサイクルとして扱います。海面のエンタルピー交換係数と抵抗係数の比、海面と流出層の温度、海面での湿りエンタルピーの不平衡から、到達可能な最大風速が決まります。飽和水蒸気量の温度による変化は、クラウジウス・クラペイロンの式で表されます。実際の解析では、大気の気温・湿度の鉛直分布から流出温度を求め、海域ごとの地図として描かれます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:カルノーサイクル(ウィキペディア) / クラウジウス・クラペイロンの式(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 上限を超える台風があるのはなぜか。 観測では、計算した上限を少し上回る台風が見つかることがあります。目の中の暖かい空気が熱を補っている、などの説明が提案され、研究が続いています。
- 急に強まる台風の予測。 1日で中心気圧が数十ヘクトパスカルも下がる「急発達」は、進路の予報に比べて当てるのが難しいとされています。
- 温暖化で、強い台風はどれだけ増えるか。 海が暖まると上限は上がると考えられています。ただし、台風の数や、実際に上限近くまで育つ割合がどう変わるかは、まだ議論が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。上限の式は、強さの「天井」を教えてくれますが、ひとつひとつの台風がどこまで育つかまでは教えてくれません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「天気とその変化」(水蒸気・雲のでき方) | 水蒸気が雲になるときに熱を出す話 |
| 高校 | 物理「熱力学」・地学「大気の運動」 | 熱機関の効率と温度差 |
| 高校+ | 物理の発展(効率の式の形) | 摩擦の熱が燃料に戻る話 |
| 大学 | 気象力学・熱帯気象学 | 最大潜在強度の理論 |
| 研究 | 台風の強度予測・気候変動 | 上限を超える台風、急発達、温暖化の影響 |
| ― | 生活とのつながり | 「猛烈な台風」という予報の意味と、早めの備え |
- Emanuel, K. A. (1986) An Air-Sea Interaction Theory for Tropical Cyclones. Part I: Steady-State Maintenance. Journal of the Atmospheric Sciences
- 気象庁「台風情報の種類と表現方法」(強さの階級)
- Emanuel, K. (2005) Divine Wind: The History and Science of Hurricanes. Oxford University Press
- Kimberlain, T. B., Blake, E. S., Cangialosi, J. P. (2016) Hurricane Patricia. National Hurricane Center Tropical Cyclone Report
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。上限の風速は簡単な式による見積もりで、実際の台風の強さは気象庁の発表をご確認ください。台風が近づくときは、気象庁や自治体の情報・指示に従って行動してください。