日常のふしぎ 力学 予備知識なしでOK 読了 約6分

船乗りは、なぜロープを柱に数回巻くだけで大きな船を止められるの?
― ひと巻きごとに、手の力は「かけ算」でふくらみます

港では、何トンもある船を、船乗りがロープ1本で押さえています。コツは、岸の柱にロープを2〜3回巻きつけることです。巻いた部分の摩擦は、足し算ではなく、かけ算で効いてきます。3回巻けば、手の力はおよそ300倍にもなるのです。

公開:2026.09.28 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

漁港で、小さな漁船が岸に寄ってきます。船から投げられたロープを、岸の人が受け取ります。

その人は綱を引っぱり合うことはしません。岸にある鉄の短い柱に、くるくるとロープを巻きつけるだけです。

船はまだ少し動いているのに、片手でロープの端を持っているだけで、ぴたりと止まります。力持ちでなくても、なぜあれで止められるのでしょうか。

理由は2つだけ

1
ロープは、引かれるほど柱を強く押す

曲がったロープを引くと、ロープは柱に押しつけられます。押しつける力が強いほど、すべりにくくなります。

2
摩擦が、ひと区切りごとに同じ割合で力を減らす

巻いた部分を細かく区切ると、どの区切りも力を同じ割合だけ減らします。割合で減るので、効き目はかけ算で積み重なります。

この2つが組み合わさると、巻いた回数が1回増えるたびに、押さえられる力が何倍にもなります。順に見ていきましょう。

引くほど強く押しつけられる、ロープの性質

机の上の本を指で押しながら動かすと、強く押すほど動かしにくくなります。この「押しつける力に比例して、すべりを止める力」が摩擦です。

柱に巻いたロープでは、この押しつける力をロープ自身が作ります。ぴんと張ったロープが曲がると、曲がりの内側、つまり柱のほうへ押しつけられます。船が強く引くほど、ロープは柱を強く押します。すると摩擦も強くなります。引かれるほど止める力も増す、という都合のよい関係です。

岸の柱を真上から見ると 柱 船が引く力(大) 約5.7トン 手の力(小) 約20キロ ロープを1周半巻いた例(数値は3周のとき) 巻いた回数と、力が何倍になるか 1倍 10倍 100倍 2.6倍 6.6倍 43倍 約290倍 半周 1周 2周 3周 摩擦係数0.3の場合。縦の目盛りは10倍ごとに等間隔
図1:左は岸の柱を上から見た図です。左上の太い矢印が船の引く大きな力で、柱を巻いて右下へ出たロープを、細い矢印の小さな手の力で押さえています。右の棒グラフは、巻く回数を増やしたときに力が何倍になるかを示しています。縦の目盛りは10倍ごとに等間隔なので、1周ごとに同じ高さずつ伸びています。

摩擦は「足し算」ではなく「かけ算」で効く

巻いたロープを、ごく短い区切りに分けて考えます。船側の端では、ロープは強く引かれています。そこから柱にそって進むと、区切りごとに摩擦が少しずつ力を肩代わりします。

ポイントは、どの区切りでも「そこでの力の何割か」を肩代わりすることです。力が大きいところでは柱を強く押すので、多く肩代わりします。力が小さくなると、肩代わりも小さくなります。いつも同じ割合で減っていくのです。

これは、銀行の利子が複利でふくらむのと同じ形です。1周で力が約6.6分の1になるなら、2周では6.6分の1のさらに6.6分の1になります。図1の右の棒グラフを見てください。棒が1周ごとに同じ高さずつ伸びているのは、1周ごとに同じ倍率がかかるからです。3周巻けば、手の20キロで約5.7トンを押さえられる計算になります。

もう1つ意外なのは、柱の太さが関係ないことです。太い柱はロープが長く触れますが、そのぶん押しつける力は弱まります。2つの効果がちょうど打ち消し合い、効き目を決めるのは「何周巻いたか」だけになります。

💡 船の上の「巻き上げ機」も同じしくみ

大きな船には、ロープを巻きつけて回る太い筒があります。キャプスタンと呼ばれる巻き上げ機です。船乗りはロープの端を軽く引いているだけです。回る筒との摩擦が、何百倍の力でロープをたぐり寄せます。手をゆるめれば、ロープはすぐ筒の上をすべります。力の加減を、手のひらで細かく調整できるのです。

💡 現場で言われる「手に巻きつけない」

ロープを扱う仕事では、ロープを手首や指に巻きつけないことが基本とされています。巻きつけた手は、柱と同じく何倍もの力で締めつけられます。船が急に動くと、手ごと引きこまれてしまいます。押さえるのは、いつも握った手のひらの中だけにします。

まとめ

ロープを柱に巻くと、引かれるほど柱を強く押し、摩擦も強くなります。そして摩擦は区切りごとに同じ割合で力を減らすので、効き目は巻いた回数に応じてかけ算でふくらみます。港の船乗りは、この性質を経験で知っていて、少ない力で大きな船を止めています。

摩擦は、巻くたびに「倍」で効く。
だから20キロの手で、トンの船を止められる。

足の裏の摩擦が勝負を決める話は、「綱引きは、力の強いチームが勝つの?」でくわしく紹介しています。

🧪 ほうきの柄とペットボトルで確かめよう
  1. 2リットルのペットボトルに水を入れ、ひもで結びます。ほうきの柄を2つの椅子の背にわたします。
  2. ひもを柄に半周だけかけて、反対側の端を指でつまみます。ボトルを支える指の重さを覚えておきます。
  3. 次に1周、2周と巻く回数を増やします。2周になると、指1本でも楽に止められるはずです。

ボトルは床から少しだけ浮かせて行いましょう。つるつるの柄より、木の柄やざらざらした布を巻いた柄のほうが、効き目の違いがはっきり分かります。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎」「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(力学・機械力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:3周巻くと、何トンまで押さえられる?

船側の力を、手の力と巻いた角度から求めます。角度は1周を 2 × 3.14 として数えます。記号の意味と単位は次の表のとおりです。

T船船側でロープを引く力(キロ重)
T手手でロープの端を押さえる力(キロ重)
μロープと柱のあいだの摩擦係数(単位なし)
θロープを巻いた角度(1周が約6.28。単位はラジアン)
eネイピア数。約2.718の決まった数
⓪ もとになる式
記号で書くとT船 = T手 × eμθ
言葉で書くと船側の力 = 手の力 ×(ネイピア数の「摩擦係数 × 巻いた角度」乗)
どこから来る式かロープのごく短い一区間で「張力の変化 = 摩擦係数 × 柱を押す力」がつり合うことを、巻いた全体にわたって積み重ねた式です。18世紀にオイラーが導いたとされています。
① もとになる数値
手の力20キロ重(片手で無理なく押さえられる目安)
摩擦係数およそ0.3(ロープと鉄の柱の目安とされる。材質や濡れ具合で変わる)
巻いた回数3周
ネイピア数の 1.884 乗およそ 6.6 とされます(1周ぶんの倍率)
② 計算してみる
1周の角度2 × 3.14 = 6.28
1周ぶんの「摩擦係数 × 角度」0.3 × 6.28 ≒ 1.884
2周ぶんの倍率6.6 × 6.6 ≒ 43.56
3周ぶんの倍率43.56 × 6.6 ≒ 287
3周で押さえられる船側の力20 × 287 = 5740 キロ重

手の20キロで、約5.7トンの力を押さえられる計算です。乗用車4台ぶんほどの重さに相当します。1周ずつ増やすたびに6.6倍になるので、4周なら約1900倍です。実際の現場では、ロープが柱の上ですべらせながら少しずつ力を逃がす使い方もします。

高校高校+なぜ「割合」で減るのか

高校高校の物理では、動きはじめる直前の摩擦力を「静止摩擦係数 × 垂直抗力」と習います。垂直抗力とは、面が物体を押し返す力です。曲がったロープでは、張力が大きいほど垂直抗力も大きくなります。

高校+短い区間で、張力の減り方が「張力そのもの」に比例する関係は、微分方程式で表されます。これを解くと指数関数が現れます。放射性物質が半減期ごとに半分になる話と、数学的には同じ形です。柱の半径が式から消えるのは、ロープが柱にふれる長さと、柱を押す力の強さが、逆向きに半径へ比例するためです。

大学キャプスタン方程式とベルト摩擦

この関係は、キャプスタン方程式、またはオイラー・アイテルワインの式と呼ばれます。機械力学では、ベルトとプーリー(滑車)の間で伝えられる力の上限を決める「ベルト摩擦」の基本式として習います。実際のロープでは、曲げに対する硬さや太さがあり、式の前提どおりにはなりません。そのため、太いロープや細い柱では補正が必要とされています。

📖 式の導出や、さらに先の内容:キャプスタン方程式(ウィキペディア) / 摩擦(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。5740キロ重という数は、摩擦係数を0.3と置いたときの目安にすぎません。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科1分野「力のはたらき」押しつけるほど強くなる摩擦
高校物理基礎「摩擦力」静止摩擦係数と垂直抗力
高校+数学Ⅲ「微分方程式・指数関数」割合で減るとかけ算で効く理由
大学機械力学「ベルト摩擦」キャプスタン方程式
研究結び目の力学結び目の強さの予測
―生活とのつながり荷物をしばる・犬のリードを柱にかける・船の係留

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の係留作業は、ロープの強さや現場の指示に従って行ってください。