自然のふしぎ 化学 予備知識なしでOK 読了 約7分

へっぴり虫は、なぜお尻から熱いガスを噴き出せるの?
― 傷口でオキシドールが泡立つのと、同じ酵素を使っています

指でつまむと「プッ」と音がして、指先がじんと熱くなる。へっぴり虫が噴き出すのは、ほぼ100℃の液です。虫の体の中に、火も電池もありません。使っているのは、じつは私たちの血液にも入っている「ある酵素」です。

公開:2026.10.31 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

夏から秋の夜、畑のわきの石をひっくり返すと、黄色と黒のまだら模様の虫が走り出しました。体長は1.5センチほど。つまみ上げた瞬間、小さな破裂音とともに、指に何かがかかります。

指先はひりひりと熱く、あとで見ると皮ふが茶色く染まっていました。においもつんと鼻に残ります。これが「へっぴり虫」と呼ばれる、ミイデラゴミムシです。

一方、子どものころ、すり傷にオキシドールを塗ったら白い泡がぶくぶく立った――そんな記憶はありませんか。この2つの場面は、じつは同じ化学反応でつながっています。

熱いガスを出せる理由は、2つだけ

1
材料を「別の部屋」にためている

熱を出す原料の液は、お腹の中の袋に静かにためてあります。混ぜなければ何も起きません。熱が生まれるのは、出口の手前の小部屋に送りこんだ瞬間だけです。

2
小部屋に、反応を一気に進める酵素がある

小部屋の壁からは、反応をけた違いに速める酵素が出ています。同じ種類の酵素は人の血液や肝臓にもあり、オキシドールの泡はその働きです。

人と虫は、同じ道具を持っています。ちがうのは使い方です。人はその酵素で体の中を静かに掃除し、へっぴり虫は武器として噴き出します。順に見ていきましょう。

理由1:混ぜた瞬間だけ熱くなる「2部屋のしくみ」

へっぴり虫のお腹の先には、大小2つの部屋があります。図1を見てください。左の大きな袋には、過酸化水素という液と、もう1つの原料がためてあります。過酸化水素は、オキシドールの成分と同じものです。

この袋の中では、液は落ち着いたままです。過酸化水素はゆっくりとしか分解しないからです。袋と小部屋のあいだには、筋肉で開け閉めする弁があります。

敵におそわれると、弁が開いて原料が右の小部屋へ流れこみます。小部屋の壁が出す酵素に触れたとたん、過酸化水素が一気に分解します。酸素の気体と大量の熱が生まれ、液は沸騰する温度まで熱くなります。ふくらんだ気体に押されて、液は出口から「プッ」と飛び出します。

噴射は1回の長い吹き出しではありません。高速カメラで撮ると、1秒間に数百回の小さな噴射が連なっていることが分かっています。熱で小部屋が押し広げられると弁が閉じ、噴き出して圧が下がると、また原料が入る。この繰り返しです。小刻みに出すことで、自分の体が熱くなりすぎるのを防いでいると考えられています。

へっぴり虫のお腹の先(模式図) 大きな袋(ためる部屋) 過酸化水素などの原料液 ここでは混ぜても静か 弁(筋肉で開閉) 小部屋 壁から酵素が出る 混ざった瞬間に分解 約100℃の液と気体 1秒に数百回の小噴射 原料の流れ(左から右へ)
図1:へっぴり虫のお腹の先の模式図。左の大きな袋に原料液をためておき、中央の弁を開けると右の小部屋へ流れこみます。太い枠の小部屋で酵素に触れて初めて分解が起き、右の矢印の向きに熱い液と気体が噴き出します。

理由2:同じ酵素は、あなたの体の中でも働いている

小部屋で働く主役の1つは、カタラーゼという酵素です。過酸化水素を、水と酸素に分けるのが仕事です。この酵素は、人の血液にも肝臓にもたっぷり入っています。

すり傷にオキシドールを塗ると泡立つのは、傷口の血液のカタラーゼが過酸化水素を分解し、酸素の泡を作るからです。きれいな皮ふに塗っても、あまり泡は立ちません。

では、人の体はなぜこの酵素を持っているのでしょう。じつは、私たちの細胞は、呼吸や代謝のついでに過酸化水素を少しずつ作ってしまいます。放っておくと細胞を傷めるので、カタラーゼがすぐに分解して片づけます。1個の酵素が1秒間に数百万個の過酸化水素を分解するとされ、知られている中でも特に速い酵素です。

人の体では、過酸化水素はとても薄く、できたそばから片づけられます。だから熱くなることはありません。へっぴり虫は逆に、濃い過酸化水素を袋いっぱいにためておき、一度に酵素とぶつけます。同じ反応でも、量と速さを変えるだけで、掃除が武器に変わるのです。

どれくらい濃ければ沸騰まで届くのか。図2のつまみで、過酸化水素の濃さを変えてみてください。オキシドールの濃さ(約3%)では、熱がまったく逃げなくても40℃ほどにしかなりません。へっぴり虫の袋の中は約25%とされ、沸騰してもなお熱が余ります。

液1 gが一度に分解したら、何℃になる?(熱が逃げない場合) 100℃(沸騰) 約41℃(オキシドールの濃さ) 20℃(はじめ) 過酸化水素の濃さ 25 % 出る熱 721 J 届く温度 100 ℃ 湯気になる水 0.17 g 上の横棒:湯気の量(右端で0.25 g) 沸騰に届くのは、濃さ約12%から
つまみを動かすと、温度計の高さと湯気の量が変わります
図2:左の温度計は、液1 gが一度に分解したときに届く温度です。右上の数字と横棒は、沸騰したあとに余った熱で湯気になる水の量を示します。つまみで濃さを上げると、約12%で上端の点線(100℃)に届きます。
💡 ヒキガエルに飲みこまれても、生きて出てくる

神戸大学の研究者が、ヒキガエルにミイデラゴミムシを食べさせる実験をしました。すると、飲みこまれた虫が胃の中で噴射し、カエルが虫を吐き出すことがありました。吐き出されたのは4割ほどで、早いものは12分、遅いものは100分以上たってからだったとされています。吐き出された虫の多くは、そのまま歩いて去りました。

💡 かかったら、せっけんで洗い流す

噴射液には、皮ふを刺激して茶色く染める成分がふくまれます。素手でつかまないのがいちばんです。かかってしまったら、こすらずに水とせっけんで洗い流しましょう。目に入ったときは、すぐに水で洗って眼科を受診してください。

まとめ

へっぴり虫は、過酸化水素などの原料を大きな袋にためておき、弁を開けて小部屋へ送ります。小部屋の酵素に触れた瞬間、過酸化水素が一気に分解し、沸騰するほどの熱と気体が生まれます。同じ種類の酵素は人の体にもあり、ふだんは細胞を守る掃除役として静かに働いています。

掃除の道具も、濃さと速さを変えれば武器になる。
へっぴり虫は、オキシドールの泡を「100℃の一撃」に変えた虫です。

傷口で起きていることは切り傷は、どうやってふさがるの?、虫が化学反応で光を作るしくみはホタルの記事でも紹介しています。

🧪 台所で、カタラーゼの働きを見てみよう
  1. 小さなコップを2つ用意し、片方に生のじゃがいもの薄切り、もう片方に加熱したじゃがいもを入れます。
  2. それぞれにオキシドールを小さじ1杯ほど注ぎ、泡の出方を比べます。
  3. 生のほうだけ盛んに泡立てば、それが酵素の働きです。加熱すると酵素が壊れ、泡はほとんど出ません。

オキシドールは目に入らないように気をつけ、終わったら水で流して捨ててください。温度計があれば温度も測ってみましょう。濃さが約3%なので、熱が逃げることもあり、ほとんど温かくなりません。へっぴり虫の液がいかに濃いかが実感できます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(生化学・化学熱力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:液1 gは、本当に沸騰まで届くのか

袋の中の液を1 g取り出して、一度に分解させたとします。熱が外へ逃げないとして、温度がどこまで上がるかを計算します。ここではもう1つの原料が出す熱は数えず、過酸化水素の分だけで見積もります。

⓪ もとになる式
記号で書くとQ = m × w × h / ΔT = Q ÷ ( m × c )
言葉で書くと出る熱 = 液の量 × 過酸化水素の割合 × 1 gあたりの分解熱。上がる温度 = 出る熱 ÷ (液の量 × 比熱)
どこから来る式かエネルギーの保存。反応で出た熱が、すべて液を温めるのに使われるとしたつり合いの式です。100℃をこえる分は、水を湯気に変える熱(蒸発熱)に回ります。
記号意味と単位
Q出る熱(J、ジュール)
m液の量(g)
w液の中の過酸化水素の割合(重さの割合)
h過酸化水素1 gが分解したときに出る熱(J/g)
c液の比熱。水と同じとして 4.2 J/(g・℃)
ΔT上がる温度(℃)
① もとになる数値
過酸化水素1 molが分解して出る熱約 98000 J とされる
過酸化水素1 molの重さ34 g
袋の中の過酸化水素の割合約25%とされる(1969年の分析)
はじめの温度20℃
水1 gを湯気にする熱約 2260 J
② 計算してみる
1 gあたりの分解熱 h98000 ÷ 34 ≒ 2882 J/g
液1 g中の過酸化水素1 × 0.25 = 0.25 g
出る熱 Q0.25 × 2882 ≒ 721 J
液1 gの熱の入れもの(m × c)1 × 4.2 = 4.2 J/℃
上がるはずの温度 ΔT721 ÷ 4.2 ≒ 172 ℃
20℃から100℃まで上げる熱4.2 × 80 = 336 J
沸騰したあとに余る熱721 - 336 = 385 J
その熱で湯気になる水385 ÷ 2260 ≒ 0.17 g

20℃から172℃も上がる計算です。実際には100℃で沸騰が始まり、余った熱で液の約6分の1が湯気になります。噴射液がほぼ100℃なのは、この「沸騰で頭打ち」のためです。

③ 実感に直す:オキシドールではどうか
オキシドールの過酸化水素の割合約3%
液1 gで出る熱0.03 × 2882 ≒ 86 J
上がる温度86 ÷ 4.2 ≒ 20 ℃
沸騰に必要な割合336 ÷ 2882 ≒ 0.117

オキシドールは熱が逃げなくても20℃ほどしか上がらず、約41℃止まりです。沸騰に届くには約12%以上の濃さが必要で、へっぴり虫はその2倍ほどの濃さをためていることになります。

高校高校+反応熱と、酵素が速める意味

高校高校化学では、過酸化水素の分解を反応熱(エンタルピー変化)の例として学びます。生物では、カタラーゼを「最適温度を持つ酵素」の例として扱います。生のレバーや野菜で泡が出て、ゆでると出ないのは、熱でたんぱく質の形が崩れる「変性」のためです。

高校+酵素は反応で出る熱の量を変えません。変えるのは「進む速さ」だけです。触媒がないと、過酸化水素は何か月もかけてゆっくり分解し、熱はそのつど逃げてしまいます。酵素でごく短い時間に分解させるから、熱が逃げる前にたまり、沸騰に届きます。速さそのものが、熱さを生んでいるのです。もう1つの原料(ヒドロキノン類)は、ペルオキシダーゼという別の酵素で酸化されてベンゾキノン類になり、これが刺激と茶色い色のもとです。この反応も熱を出し、噴射を熱くするのに加わります。

大学酵素の速さと、脈動する噴射

カタラーゼは、1分子が1秒間に分解できる基質の数(ターンオーバー数)が数百万に達するとされ、反応速度がほぼ基質の拡散で決まる「拡散律速」に近い酵素の代表です。酵素反応の速さは、ミカエリス・メンテンの式で整理されます。噴射の脈動は、工学でいうパルス燃焼(パルスジェット)とよく似たしくみだとして、1990年に高速撮影で報告されました。2015年には放射光のエックス線で生きた虫の体内を撮影し、弁が圧力で受け身に閉じることで脈動が自然に続くと示されました。

📖 式の導出や、さらに先の内容:カタラーゼ(ウィキペディア) / 比熱容量(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。上の計算も、もう1つの原料が出す熱や、体へ逃げる熱を省いた見積もりです。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科:酸素の発生、化学変化と熱過酸化水素が分解して酸素と熱を出すこと
高校化学:反応熱/生物:酵素分解熱の計算、カタラーゼと変性
高校+化学:反応速度と触媒速く進むから熱がたまる、という見方
大学生化学:酵素反応速度論ターンオーバー数、拡散律速、脈動噴射
研究進化生物学・生体力学2部屋のしくみの進化、耐熱のしくみ
―生活とのつながり傷口のオキシドールの泡、へっぴり虫に触れたときの手当て
参考・出典
  1. Aneshansley, D. J., Eisner, T., Widom, J. M., Widom, B. (1969) Biochemistry at 100°C: Explosive secretory discharge of bombardier beetles (Brachinus). Science 165: 61–63.
  2. Dean, J., Aneshansley, D. J., Edgerton, H. E., Eisner, T. (1990) Defensive spray of the bombardier beetle: a biological pulse jet. Science 248: 1219–1221.
  3. Arndt, E. M., Moore, W., Lee, W.-K., Ortiz, C. (2015) Mechanistic origins of bombardier beetle (Brachinini) explosion-induced defensive spray pulsation. Science 348: 563–567.
  4. Sugiura, S., Sato, T. (2018) Successful escape of bombardier beetles from predator digestive systems. Biology Letters 14: 20170647.
  5. ミイデラゴミムシ(ウィキペディア)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。オキシドールを使う観察は大人と一緒に行い、目や口に入れないでください。虫の噴射液が目に入ったり、皮ふの異常が続いたりする場合は医療機関に相談してください。